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異説・東方永夜抄  作者: 小湊拓也
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第7話 消える霊夢、燃える魔理沙

原作 上海アリス幻樂団


改変、独自設定その他諸々 小湊拓也

 夜が、永遠に続く。

 それで良いではないか、と私は思う。朝など来なくて良い。太陽など、いらない。

 空に浮かんでいるのは、誰かが作った偽物の月である。

 上手な絵画のようでもある月が、地上に紛い物の月光を降らせている。

 それで良いのだ。光など、偽物で良い。本物の光など、あってはならない。

 偽物の月光を浴びながら私は今、魔法の森の中をひたすらに駆けている。走っている。逃げている。

 霧雨魔理沙が戦っていると言うのにだ。

 当たり前だ、と私は思う。戦う、くらいならば逃げる。それが理性というものだ。

 戦う。本気を出して、戦う。世の中、これほど馬鹿げた事はない。

「馬鹿、馬鹿……お馬鹿な魔理沙……どうして戦うの? あの化け物と、本気で戦うなんて……どうしようもない、大馬鹿!」

 息を切らせながら、私は誰にも届かぬ声を発した。

 霧雨魔理沙は、いつでも本気だった。

 本気の弾幕戦で、勝てずに後がないところまで追い込まれ、それでも本気であり続けた。靈夢と戦う時も、幽香と戦う時も、私と戦う時も、夢子と戦う時も、神綺様と戦う時も。

 いや違う。魔界の造物主・神綺は、この私だ。

「そうよ、神綺は私。私は神綺、魔界の神! そうよねアリス。ねえ、そうよねアリス……」

 人形に、私は話しかけていた。しっかりと腕に抱いた人形……いや違う、人形などではない。

 この子はアリス、私の最も不出来な娘である。

 他の娘たちは皆、殺されてしまった。サラもルイズも、ユキもマイも、要領良しの夢子もだ。

 不出来で無様なアリスしか、もう私には残っていないのか。

 空が、光った。夜空が白く染まった。雷か。

 違う。弾幕戦の光だ。

 それは、偽りの月光を駆逐する、本物の光であった。

 あってはならない、本物の光。

 魔法の森の上空で、本物の戦い、本気の戦いが、繰り広げられているのだ。

「…………馬鹿……」

 私はアリスを抱いたまま、いつの間にか木陰に座り込んでいた。

 そんな事をしても、光からは逃げられない。

「魔理沙の、馬鹿……わかっているの? 本気で、戦う……それが一体、どういう事なのか……わかってないでしょ……お馬鹿な魔理沙……」

 凶悪な弾幕の煌めきが、夜空に咲き乱れては魔法の森を照らし続ける。木陰にしがみつく私にまで、光が降り注ぐ。

「本気で戦って……もしも負けてしまったら、どうするの……? 後がないじゃない……その先が、ないじゃないのよォ……」

 本気の戦いで、私は負けた。私たちは、負けてしまった。

 靈夢に、魔理沙に、魅魔に、幽香に。

 神綺様までもが、敗れてしまった。要領良しの夢子では結局、神綺様のお役には立てなかったのだ。

 私ならば。私が居れば。夢子などではなく私が、神綺様のお側に居たならば。

 その思いだけを心に抱き、私は究極の魔法書を携えて逆襲・雪辱に臨んだ。

 そして、敗れた。

 本気で戦ったせいで、その先が無くなってしまったのだ。

 あれから私はずっと、偽りの光の中で生きている。

 そんな私を、神綺様は見放した。

 違う。神綺は、この私だ。

「お前……お前が、お前さえ! もう少し強ければ! お前が勝っていればっ、もっと役に立っていればぁああッ!」

 私は、アリスを思いきり投げ捨てた。

「この役立たず! 無能者! 敗北者! 本物の光を失った、無様なアリス! あの戦いで綺麗に討ち死にでもしていれば良いものを、愚かしく生き残って醜態をきゃああああああああ!」

 ひときわ激しく、空が光った。

 偽りの夜空を灼き払う、本物の光。

 描かれたような偽物の月を、粉砕してしまうのではないかと思わせる。

 その輝きが、私の偽りの光を押し潰してゆく。

 アリスは木にぶつかり、その根元に転がっていた。

 私は木陰で、頭を抱えている。

 偽りの光を潰されたら、私にはもう何も残らない。

 私はすでに、本物の光を失っている。

 何故なら、本気の戦いで敗れたからだ。

『……人間は、大変よね。石になれないから』

 声が聞こえた。幻聴か。

『ええと貴女、人間じゃあないのかしら。まあ私から見れば似たようなもの……生身だから、そんなに苦しんでいる』

 アリスが喋っている、ようでもある。

 いや。アリスは無言のまま、木の根元に転がっている。

 ……否。それは、木ではなかった。

『私もね、心まで石になれればって思う時あるわ』

 石である。石の、地蔵像。

「貴女……」

『お久しぶりね、人形師さん。同じ魔法の森に住んでるのに、あれから全然会わなくて』

 春雪異変の時、この魔法の森で私が最初に会話をした相手である。

『貴女、どっちかって言うと引き籠もり気味の人みたいね。まあ私もだけど……生身で動き回るの億劫だから、こうやって石のまま。そのうち喋るのも、何か考えるのも億劫になったりしてね』

 動かず、物を言わず、思考する事もなく佇む地蔵。

 悪くない、と私は思った。今、私はそうなりたい。

『誰かを助けに行くなんて……億劫の極み、よね』

「………………魔理沙の事?」

『あの魔法人間……今、死にかけてるのよね。とんでもない化け物と戦って。馬鹿げた妖力が、ここにいても感じられるわ』

「そう……そうよ、馬鹿げているわ。あれと戦うなんて……か……風見、幽香と……戦う、なんて……」

 風見幽香。名を呟くだけで、私は震えが止まらなくなる。この世に、これほど禍々しい固有名詞はない。

「馬鹿げているとわかってる事……最初から、するべきじゃないのよ……私、間違ってない……」

『自分は間違ってない。そう思い込んだまま石になれたら、楽よね』

 足音が聞こえた、ような気がした。

 地蔵が、こちらへ歩み寄って来ているのか。

『私も今、何もしなかったら……この先ずっと石のままよ。地蔵菩薩様の形をしているだけの、石の塊。魔理沙のいなくなった魔法の森で、ただ苔にまみれていくだけ』

 目の前に、アリスがいた。ビーズの瞳で、私をじっと見つめている。

 つい今まで地蔵であった少女が、アリスを抱き上げたまま、私の眼前で身を屈めていた。

 そして、言った。

「お願い……私と一緒に、行こう? 魔理沙を助けに……」



「もう1度だけ言うわよ霊夢。警告は、これが最後」

 八雲紫が扇子を畳み、博麗霊夢に突き付けた。まるで刃物のように。

「……綿月依姫の身柄を、引き渡しなさい。もしくは貴女の手で、命を奪いなさい」

「断る」

 お祓い棒が、扇子を払いのけた。

「これで話は終わりね……やりましょうか弾幕戦。今度は見せてもらうわよ、あんたの本気」

「……待て、博麗霊夢」

 綿月依姫が、霊夢の背後で弱々しい声を発した。

「守ってもらおうとは思わぬ……八雲紫とは、私が戦う」

「おめえ今、消されるとこだったろうが」

 八雲藍と油断なく睨み合ったまま、伊吹萃香は言った。

「そのスキマ妖怪もな、私が見たとこ本調子じゃねえが……それでも今のお前で勝てる相手じゃねえよ」

「……皆で私に、一体何を期待しているのかしらね」

 紫は苦笑した。

「霊夢に叩きのめされた時の私が正真正銘、八雲紫の本調子よ。全力よ。あれ以上はね、逆さまに振っても何も出ないわ」

「逆さまに振り回されたくなかったら、一刻も早く消え失せなさい」

 お祓い棒を揺らしながら、霊夢は言った。

「博麗神社の居候に、手を出すのは……あれ1度きりに、しといてもらうわよ」

「待て、私は……」

「何度も言うわよ依姫さん。あんたはね、うちの居候」

 振り向かず紫と対峙したまま、霊夢は言った。

「居候にね、拒否権はないから」

「……月人と、仲良く出来るとでも思っているの? 守り守られる関係が、成立するとでも」

 言葉と共に紫が、霊夢を見据える。

 いや。その視線は霊夢を迂回し、依姫に向けられている。

「情にほだされ、心を開いてくれるとでも? 心を持たない月人の姫が……嫦娥の、娘が」

「私は…………」

 依姫の声が引きつり、かすれた。

 消される。

 萃香がそう思った瞬間、霊夢が踏み込んでいた。

「それは! それだけは絶対にさせない!」

 お祓い棒が唸って弧を描き、純白の紙垂が刃の如く一閃する。

 その一撃を、紫は幻影のようにかわした。優美な肢体がフワリと後方に揺らぎ、畳まれた扇子が小刻みに跳ね上がる。

 立て続けに襲い来るお祓い棒の殴打を、紫はことごとく扇子で受け止めていた。ピタ、ピタリと力みなく。

 やはり、と萃香は思う。この八雲紫という妖怪、まだまだ底が知れない。霊夢に叩きのめされた、あの戦いで全力を出し尽くしていたとは思えない。

「アレが本気、だったとしたら……本気の、さらにその先があるって事だな。この女」

 萃香は呟き、叫んだ。

「おい逃げろ依姫。スキマ妖怪の目の届く場所にいたら、お前いつ消えちまうかわかんねえぞ! ああ自力じゃ逃げらんねえか、なら霊夢! 依姫を持ってけ!」

 叫びに合わせて、炎が迸った。

 有り余る酒精が、萃香の口から吐き出されて発火し、紅蓮の荒波と化して藍を襲う。紫を襲う。

 九尾の拘束の中で蕩けている、とは言え高麗野あうんがいる。博麗神社の敷地内である限り、火災が起こる事はない。

 藍が、紫が、炎を避けた。

 その間、霊夢が依姫の腕を掴む。

 消えた。

 藍も、紫も、目を見開いた。驚いている、という事はスキマ妖怪が何かをしたわけではない。

 なのに霊夢も依姫も、忽然と姿を消していた。2人のどちらかが、透明になれる能力でも実は持っていたのか。

 紫が、一瞬にして冷静さを取り戻した。

「……何をしたのか知らないけれど、私の目の届かない場所なんて幻想郷中そんなにはないわよ。どこへ逃げても無駄な事」

 空間が、裂けて開いた。

 萃香は鎖を振るった。三角錐、球形、立方体、3種類の分銅が超高速で紫を強襲する。

「待ちやがれ……!」

「……させんよ」

 藍が、気配の揺らぎもなく動いて紫の盾となった。広い袖口から鋭利な繊手が現れ、3種類の分銅全てを受け弾く。

 その間、紫は空間の裂け目に滑り込み、姿を消していた。

「ちぃっ……!」

 舌打ちをしている暇もない。藍の長い手足が、ゆったりと長い衣服をはためかせながら鋭利な疾風と化し、立て続けに萃香を襲う。

 広い袖口から現れた、白く優美な貫手。スカート状の裾を跳ね除けて一閃する美脚。

 疾風に煽られ、揺らぎ、よろめくように、萃香はかわした。貫手を、蹴りを、千鳥足で回避した。

「紫様の邪魔は、させない」

 藍が、ゆらりと身構え直す。美しく鋭利な両手は、鳥の嘴あるいは蟷螂の前肢を形作り、すらりと綺麗な片足は軽やかに浮いている。

「我が主・八雲紫は……伊吹萃香よ、貴様の力を高く評価している。その力を、だから貸せ。異変解決に協力せよ」

「……異変解決ってなぁ、博麗の巫女の役目じゃねえのかい。策士気取りのスキマ妖怪じゃなくてよ」

 萃香は酒を飲み、息をついた。その吐息が発火し、不敵に歪む口元でチロチロと燃え上がる。

「あの綿月依姫ってのぁ確かにな、本調子にしちまうと冗談抜きで手が付けられねえ。弱ってる間に始末しちまえっての大いにわかる。わかるけどよ……そんだけじゃねえだろ? もう1つか2つ、紫の頭ん中にゃあ悪だくみがある。そいつがハッキリしねえ限り、ちょっと力は貸せねえなあ」

「ならば、せめて邪魔はするな。大人しく中立を保て」

「中立って、要するにアレだろ? どっちつかずの見て見ぬふり……私ら鬼は、そいつが大ッ嫌えでなあ」

「難儀な種族よ……」

 藍が、ゆらりと踏み込んで来る。

 その動きが、止まった。

 1匹の獣が、背後から藍にしがみついていた。

「駄目ですよー。依姫さんを殺すとか消すとか、ダメですよう」

 豊かな九尾に絡め捕らえられていた高麗野あうんが、その拘束の中から藍の背中、と言うか腰にすがりつき甘えてゆく。

「依姫さんは優しくて良い人です。藍さんとも仲良く出来ます。だから、だから」

「こ、こら。やめんか尻を触るな! 嗅ぐなぁああッ!」

 藍が、怒声か悲鳴かわからぬ声を発した。

 ふっさりとした9つの尻尾が、あうんを強烈に締め上げてゆく。

「むぎゅううぅぅぅ……も、もふもふに圧殺されるぅ……」

「殺しはせんから大人しくしていろ、まったく」

 そんな事を言いながら、藍は気付いていないのだろうか。

 萃香は、今更ながら気付いた。

 今、九尾の束縛に殺されかけているのは、あうんだけである。萃香は、顎に片手を当てた。

「はて……妖精が3匹ばかり、いたはずだがなあ」



 忌々しいほどに月が美しい。

 やはり、あれは偽物の月なのだ、と霧雨魔理沙は思った。

 何者かが、夜空に美しく描いた月だ。本物の月は、ここまで綺麗ではない。

 綺麗な作り物の月光を浴びながら魔理沙は今、倒れている。

 墜落したところである。

 魔力を全て、肉体防御に注ぎ込んだ。そして使い果たした。

 ぼんやりと夜空を眺めつつ魔理沙は、腰に装着した小物入れの中を片手でまさぐった。

 取り出したのは、小さな瓶である。

 中身は、魔理沙自身が数種類の茸を煮詰め乾燥させ戻して作ったスープ状の飲み薬で、これが体内に入ると魔力に変わる。

「…………まっ…………ず…………」

 あの薬よりは遥かにましだ、と思いながら魔理沙は飲み干し、空になった小瓶を放り捨てた。

 魔力が回復しても、起き上がる事が出来ない。

 魔力が回復したところで、出来る事など何もないのだ。

 この、風見幽香という怪物に対しては。

「月はね、妖怪に力を与えてくれるのよ」

 空中に佇み、魔理沙を見下ろしながら、幽香は言った。

「……偽物の月で良かったわね魔理沙。今が本物の、月夜の晩だったら……貴女、死体も残っていないわよ」

 そんな言葉と共に、鋭利な人差し指が魔理沙に向けられる。

 夜空を灼き払う光。あれが、今度は地上に向けて放たれようとしている。

「魔理沙、ごめんよー」

 声がした。

 ルーミアだった。魔理沙と並ぶように倒れたまま、日傘の下敷きになっている。

 弱々しく、微笑んでいる。

「魔理沙を守りたいけど……相手が花の幽香じゃ、こうやって一緒に死んであげる事しか出来ないなー」

「……やめろよルーミア、そういうのはっ」

 回復したばかりの魔力を、魔理沙は燃やした。

 魔法の箒を握り、起き上がる。その箒に、燃え盛る魔力が流れ込む。

 発射された。魔法の箒が、地上から空中へと。光り輝くマジックミサイルのように。

 その箒にしがみついたまま、魔理沙は幽香にぶつかって行った。

「うおおおおおお食らいやがれスターダストレヴァリエッッ!」

 魔法の箒もろとも魔理沙は、燃える魔力の輝きに包まれた、巨大な飛翔体と化していた。

 ともかく空中戦を続けなければ、魔法の森が焦土と化す。ルーミアも死ぬ。

 幽香の眼前で、向日葵が咲いた。盾の形にだ。

 その盾に、魔理沙を内包する光の飛翔体が激突する。

 向日葵が砕け散り、光の破片となってキラキラと散った。

 それを蹴散らし、飛行しながら、魔理沙は見回した。幽香の姿が、どこにも見えない。

 花の香りに、魔理沙は包まれた。

「……そう、それでいいのよ魔理沙」

 傍に、幽香はいた。

 振り向いた魔理沙の視界を、人外の美貌が占める。

「あのままでは私、魔法の森の植物たちを灼き払うところだった……そんな悲しい事を、私にさせないでくれて」

 可憐な花びらを思わせる唇が、にこりと歪みながら言葉を紡ぐ。

 あまりにも美しく禍々しい笑顔に、心奪われている間、

「……本当に、ありがとうね……魔理沙……」

 魔理沙は、唇を奪われていた。

 幽香の端麗な唇が、魔理沙の可憐な唇を一瞬だけ塞ぐ。

 その一瞬の間。体内に何かが植え付けられたのを、魔理沙は感じた。

 幽香の唇が、離れてゆく。

 その時には魔理沙は、呼吸が出来なくなっていた。

 声も出ない。いや、悲鳴は出せる。

「がっ……ぎゃうッぐ……ぅううう……うぐぁああああああああ」

 声帯が、気管が、肺が、痙攣している。

 普段はそれなりに可愛い顔が、引きつり震えた。頰に、額に、血管が浮かぶ。いや、神経か。

 違う。植物の根、であった。

 植え付けられたものが、魔理沙の全身に根を張ってゆく。

 肉を、皮膚を、破いて芽吹くのは時間の問題であろう。

「なかなか……いいわよ魔理沙。貴女の、とびっきりの魔力と生命力を養分にして……一体どんな花が咲くのかしら」

 幽香の笑顔に、邪気はない。花が咲くのを本当に楽しみにしている、純真な少女そのものだ。

「心配御無用、貴女は死なないわ魔理沙。貴女にしか咲かせられない花の土壌として、私がずっと生かしてあげるから」

「……噂以上の大外道妖怪ね、風見幽香」

 声が聞こえた。

 植物の根が、脳髄にまで入り込みつつある。辛うじて魔理沙は、ぼんやりと思考する事は出来た。

 この少女の肉声を聞いたのは、本当に久しぶりだ、と。

「無仏の時代に、衆生を救済する……それが地蔵の使命だけど」

 偽物の月を背景に、その少女は空中に立っていた。笠をかぶり、三つ編みにした髪を揺らし、合掌をしながらだ。

「お前みたいな凶悪妖怪は、その対象じゃないのよね。残念無念、また来世ー!」

 魔理沙の全身が、炎に包まれた。

 魔法の炎。魔力でなら、耐える事が出来る。耐えられなければ普通に焼け死ぬだけだ。

「地蔵の業火が、貴女の体内の悪い植物を焼き尽くす……」

 合掌する少女が言った。

「……魔力全開で、しっかり耐えなさいよ。魔法人間」

「……なる……こ……」

「成美。矢田寺成美よ、私の名前は」

 成子、と覚えてしまった。そう容易くは変えられない。

「ふうん? 付喪神、みたいなものかしら……自我を持つストーンゴーレム。面白い子がいるのねえ」

 言いつつ幽香が、矢田寺成美に人差し指を向ける。

「何にしても。弾幕戦に割って入ろうとするなら、それなりの覚悟は出来ているのよね」

「やめろ……」

 炎の中で魔理沙が呻いた、その時。

 衝撃そのもの、と言うべき小さな何かが超高速で飛来し、幽香の身体を刺し貫いた。

「…………これは?」

 幽香の口調には、いくらかは苦痛が滲んでいる。

 槍だった。左鎖骨の下あたりを貫通している。左肩と左胸の間。心臓は外れているが、心臓を突き刺した程度で風見幽香が絶命するとも思えない。

 その槍を握っているのは、人形だった。たっぷりと魔力を宿した人形。

 幽香が右手で、その人形を掴もうとしている。掴まれた瞬間、人形は無残に引き裂かれる事であろう。

 人形使いの少女が、幽香の右腕にしがみついた。

 命を捨てて、人形を守ろうとしている。魔理沙には、そう見えた。

「貴女……」

「風見、幽香……お前さえ現れなければ、私はずっと……神綺で、いられた……」

 歯を食いしばり、震えながら、神綺ではない少女は無理矢理に微笑んでいるようであった。

「……いえ……遅かれ早かれ、いつかは……さあ、アリス! 私が憎いのでしょう。その憎しみで私を粉砕しなさい、この風見幽香もろとも!」

 人形が、光り輝いた。夢想封印を思わせる、色彩豊かな魔力の輝き。

 それが人形の小さな身体から激しく迸り、轟音を立てて拡散する。

 夜空に光の波紋が広がった、ように見えた。

「……アーティフル……サクリファイス……」

 幽香もろとも波紋に吹っ飛ばされ、宙を舞いながら、人形使いの少女は叫んでいた。

「……そうよ……私は魔界の創造神、ではなく役立たずの敗北者……無様なアリス・マーガトロイドが、この私よ……文句ある!? 文句あるなら言ってみなさいよおおおおおおおおおおおおおッッ!」

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