表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異説・東方永夜抄  作者: 小湊拓也
65/90

第65話 魔界の乱、地獄の乱

原作 上海アリス幻樂団


改変、独自設定その他諸々 小湊拓也

「いらっしゃいませ……あ、こんにちは」

「はぁい、る~ちゃん。例のヤツ、入ったんだって?」

 明るい声を発しながら、その少女が、店員のメイドロボットと軽いハイタッチをしている。

 小柄な細身に星条旗をまとった、妖精の少女。

 エレンは、カウンターを出て迎えた。

「いらっしゃい、クラピちゃん。ふわふわエレンの魔法のお店へ、今日もようこそ!」

 その名の通り、と言うべきか。様々な魔法的商品を、適当に取り扱っている店である。

 地獄の妖精クラウンピースが、興味津々の様子で店内を見回している。

「いつ来ても、面白そうなモノいっぱいあるねえ……あ、これマンドラゴラの天然物? ああ、いや鉢に植えられてる時点で天然じゃないのか。でもイイ声出しそう! ね、エレンちゃん。引っこ抜いてもいい? 引っこ抜いてみない!?」

「うふふ、ダメに決まってるでしょ。貴女なら、引っこ抜いても平気だとは思うけど」

 馴染みの植物業者から仕入れた逸品である。

「粗末に扱ったらね、私もクラピちゃんも、その人に潰されて畑の土になっちゃうんだから……はい、それより御注文の品」

 包装済みの商品を、エレンはカウンター上に置いた。

「八塩折の超限定醸造ね」

「わぁオリエンタル! うちのご主人様、ネクタル系のお酒はあらかた制覇しちゃってるからねえ」

 クラウンピースの差し出したクレジットカードを、エレンは指先で読み取った。

 ふと、視線を動かす。

 1人、クラウンピースは同行者を伴っていた。

 赤系統の和装。ポニーテールの黒髪、鋭利な美貌。そして額から伸びた1本の角。

 静かな佇まいの中に、とてつもなく不穏な何かを秘めている。エレンは、そう感じた。

 とりあえず、訊いてみる。

「……そちら様は?」

「あたいの同僚。ご主人様の、懐刀だよ」

 答えつつクラウンピースが、少し困ったように微笑む。

「普段はクールで大人しいんだけど、今はちょっとねえ……突っ走らないように、あたいが監視してるの」

「地獄の女神様の、懐刀……」

 エレンも、聞いた事はあった。

「……噂に聞く、星幽剣士さん? 初めまして。御贔屓にしていただいております」

「こやつが、迷惑をかけていないだろうか」

 星幽剣士が、クラウンピースの頭を、撫でたのか。軽く叩いたのか。

 どちらにせよ、クラウンピースが憤慨している。

「何だよう! 突っ走って暴走して、あたいやご主人様に迷惑かける気満々の奴が!」

「貴様ではあるまいし、誰が暴走などするか」

 星幽剣士が言った。

「私はな、冷静に己の為すべき事を見極めた上で……博麗靈夢を殺すのだ。その時は、貴様では止められぬ。あの御方でも、な」



 私を守る事は一切、考えないように。

 八雲紫は、そう厳命した。

 最優先事項は、敵の殲滅。

 その速やかなる遂行が、結局は味方全員を守る事になる。

 紫の言う通りだと、今は思うしかない。

 乱戦に、なってしまった。

 死の天使と、植物の塊。

 2種類の兵士から成る大軍勢が、宇宙空間を満たしていた。

 様々な方向から、攻撃を加えて来る。

 死の天使が、光弾を放ちながらレーザーを迸らせる。

 植物の塊が、人型の全身に咲いた花々から、花粉の如き光弾の嵐を放散する。

 弾幕が、全方向から押し寄せて来ているのだ。

 誰かを守る余裕など、なかった。

「紫様、どうか御無事で……!」

 とうの昔にはぐれて姿の見えぬ主に語りかけながら、八雲藍は飛翔した。

 豊かな九尾を引きずりながら、宇宙空間を高速で泳いだ。

 光弾が、レーザーが、全身各所をかすめて走る。

 回避の飛翔を、藍はそのまま攻撃へと移行させた。

 身を丸め、全身で九尾を振り回す。

 回転。

 9つの尻尾が、黄金色の妖力を放ちながら全方位を薙ぎ払う。

 藍は黄金色の火の玉と化し、死の天使の1体にぶつかって行った。

 優美かつ強固な人型の装甲が、ひび割れた。

 その亀裂に、藍は零距離から光弾速射を叩き込んだ。

 死の天使が、砕け散った。装甲も中身も、もろともに飛散し消滅する。

 そこで、藍の回転は止まった。止められていた。

「く……っ!」

 全身に、蛇のようなものたちが巻き付いている。

 蔓草と根と荊が一緒くたに絡み合って出来た、植物の鞭。

 何本ものそれらが、藍の肢体を絡め取っていた。

 人型の、植物の塊が4体。前後左右から鞭を伸ばし、九尾の妖獣を拘束している。

 凹凸のくっきりとした身体を、大量の蔓草と根と荊が容赦なく締め上げる。

 鞭と鞭の間から、形良く豊かな胸の膨らみが、衣服を突き破ってしまいそうなほどに押し出される。

 押し出された膨らみを横殴りに揺らしながら、藍は身を翻していた。優美にくびれた胴体が、植物の鞭に締め上げられつつ捻転する。

 その柔らかな捻転に合わせて、光の刃が生じた。

 四方向、巨大な卍型に伸びた、妖力の刃。

 それが、植物の塊たちを鞭もろとも叩き斬る。

 叩き斬られた身体が、根や蔓草を蠢かせ繋げて再生してゆく。

 卍型の刃と同時に、藍の捻転がばら撒いた光弾の嵐が、再生中の裂け目を直撃する。

 植物の塊は4体とも、ちぎれ飛んで枯れ砕け、消滅した。

 消滅した植物たちの向こうから、死の天使たちが弾幕を放ってくる。

 光弾の嵐が、レーザーの豪雨が、攻撃直後の藍を襲う。

 かわせない。そう思えた瞬間。

 醜悪なものたちが、藍の周囲で砕け散った。

 罪悪の袋の、群れ。

 藍の盾となり、光弾に穿たれてゆく。レーザーに切り裂かれてゆく。

「貴様ら…………!」

「構うな藍! 俺たちは、このためにいる」

 穿たれ、切り裂かれ、飛び散りながら、罪悪の袋たちは口々に言った。

「呼吸を整えろ。体勢を、整えろ」

「休み、そして戦え! 紫のために……」

「頼むぞ。俺たちには、出来ない事を!」

 飛び散った肉片が、体液が、光に変わってゆく。光弾。

 罪悪の袋たちは、弾幕と化していた。

 命そのものの弾幕が、死の天使たちにぶつかって行く。

 金属製の女人像を思わせる全身装甲が、ひび割れた。

 そこへ、隕石のようなものが激突する。妖力を放ちまとう回転体。二又の尻尾が、高速で弧を描く。

 死の天使が1体、砕け散り消し飛んだ。

 藍は叫んだ。

「橙! お前には、この戦いは危険だ!」

「藍様。こいつらが幻想郷に攻めて来たら、安全な場所なんて無くなるね」

 ひび割れた死の天使を、もう1体。回転体当たりで粉砕しながら、橙は言った。

「逃げ場なんて、ないね。鼠が猫に狙われるみたいに、じっくりゆっくり狩り殺される……だったら橙、ここで戦って死ぬよ。藍様、紫様と一緒に」

「橙……馬鹿、死ぬものか。死なせるものか」

 ひび割れた天使たちを、藍は卍の刃で薙ぎ払い、消し飛ばした。

 そうしながら、見上げる。

 こちらを見下ろすが如く宇宙空間に佇む、1人の少女を。

「……ふん。やるもんだね、幻想郷の妖怪ども」

 白い水兵服を着た少女。

 妖力も魔力も、霊力も感じられない。

 綿月依姫がもたらす住吉三神の加護と同じようなものを、あの可能性空間移動船から受け取っているようである。だから、宇宙空間でも生身で行動が出来る。

「私は北白河ちゆり。今からお前らを解剖調査する。せいぜい元気に暴れて、いいデータを提供しろよ検体ども」

「消えろ、人間」

 藍は言った。

「見ればわかる。貴様、魔法使いでも巫女でもない単なる人間だろう? 妖怪と戦う夢を見るのは良いが、夢だけにしておけ」

「……そうやって、人間を見下してるから」

 北白河ちゆりは、小さく溜め息をついた。

「いくつかの世界じゃ、妖怪や魔物は人間に駆逐されて完全に消え失せた。お前らはな、絶滅危惧種なんだよ。だけど保護はしてやらない……私、妖怪から痛い目に遭わされたばっかりなんでね」



 根が、荊が、蔓草が、あらゆる方向から襲いかかって来る。

 宙を泳ぐ、植物の鞭。

 それらが、アリス・マーガトロイドの周囲で閃光に叩き斬られ、飛び散って枯れ砕ける。

「……本物の風見幽香を連れて来なさい。私を殺したいのなら、ね」

 呟くアリスの周囲で、人形たちが剣を振るったところである。

 人型の、植物の塊……風見幽香の分身たちが、切断された鞭をニョロニョロと再生させる。

 その時には、人形の1体が飛び出し、飛翔していた。

「魔彩光の、上海人形……」

 アリスの声に合わせ、飛翔する上海人形が光を散布する。

 色とりどりの、光弾の嵐。

 その弾幕が、人型植物の群れを薙ぎ払った。

 花や草葉の破片が、舞い散った。風見幽香の分身たちが、怯んだように一瞬、硬直する。

 その一瞬の間、アリスは己の魔力を解放していた。

 たおやかな全身から、青紫色の大型光弾が無数、放たれ迸る。

 それらが、硬直した植物たちを直撃・粉砕していた。

 枯れ砕け消えゆく植物の破片を蹴散らして、光が来た。

 光弾とレーザーの雨。

 死の天使の軍勢が放つ、弾幕であった。

 アリスの周囲で、人形たちが盾を構える。

 そこへ、光弾やレーザーが容赦なく激突する。

 人形たちが、よろめき揺らいでいる間。

 宇宙空間に、いくつもの魔法陣が出現していた。

 それらが一斉に、弾幕を吐き出した。光弾、レーザー、そして爆炎の塊。

 破壊そのものの魔法弾幕が、死の天使たちを片っ端から粉砕してゆく。装甲も中身も、もろともに。

 アリスは慄然とした。

 住吉ロケットの近く。宇宙空間にふわりと佇む、優美な姿。

 長らく体調不良で死にかけていたというパチュリー・ノーレッジは今、健康とそして力を、完全に取り戻していた。

「私、健康になったわけではないから……」

 パチュリーが、ちらりとアリスの方を見る。

「無理が出来る身体ではないわ。貴女の助けが必要なのよ、アリス」

「……わかっている。体力は、きっと私の方が上よね」

 言いつつアリスは、宇宙空間を蹴って踏み込んだ。

 スカートが激しく舞いはためき、鍛え込まれた美脚が一閃する。

 魔力を宿した蹴りが、死の天使の1体を連続で打ちのめしていた。

 光弾を放ちかけていた全身装甲が、ひび割れた。

 そこへ人形たちが殺到し、槍を突き込んでゆく。

 砕け散る死の天使を見つめ、アリスは思う。

 純粋な魔法の勝負であれば、自分はパチュリー・ノーレッジの足元にも及ばないと。

 今は、そんなパチュリーとアリスの2人で、住吉ロケットの防衛に当たっている。

 宇宙空間で、このように生身で動き回る事が出来る。

 その状態を維持するためには、このロケットを、ロケット内で祈祷を行う綿月依姫を、守り通さなければならない。

 依姫には本当に、感謝をするべきだ。

 謝罪もしなければならない、とアリスは思う。

 何故ならば。自分が今、本当に守ろうとしているのは、ロケットでも依姫でもない。

(魔理沙……貴女は、私が守る)

 ロケット内で倒れている少女に、アリスは心の中から語りかけた。無論、返事などない。

『……退け、魔法使いたち』

 声がした。

 宇宙空間に開いた5つの眼が、ロケットを、魔法使い2人を、見据えている。

『我々の目的は、その中にいる博麗靈夢の命ひとつ。お前たちに用はない……命を、無駄にするな』

「と、いう話だけど。貴女はどうするの? パチュリー」

 アリスは訊いた。

「貴女に、霊夢を守る理由はないはずよ」

「貴女にもね、アリス」

 パチュリーが、淀みなく即答する。

「私が輝夜さんを助けに来たのは、八意先生に負い目を抱きたくないから……紅魔館で、やましい事なく堂々と居候を続けるためよ。そのためにも、博麗の巫女には貸しを作っておくの」

「……憂えるべき事態、と言えるな」

 声と共に突然、丸いものが生じた。

 博麗霊夢の陰陽玉、に似ている。

 今、宇宙空間に出現したそれは、しかし球体ではなく巨大な円盤に見えた。陰陽模様の円盤。

 それが、ぼんやりと人影に変わった。

「単身で魔界と地獄を制圧した博麗靈夢が、仲間を獲得してしまった……禍々しき弾幕戦の化身が、かの幻想郷という場所には続々と生まれ、集いつつある」

 男にも見える、女にも見える。

 和装の青年のようでもあり、洋装の美少女にも見える、その者が言った。

「滅ぼすべし、幻想郷……と思うが、今は博麗の巫女よ。生かしてはおかぬ。この好機、逃しはせぬ」

「……魔界は、制圧されてなどいないわ」

 アリスは言った。

「死の天使サリエルの、いくらか強めの分身体が魔界に出現しただけ……それを、博麗靈夢は片付けてくれた。確かに動乱と言うべきものではあったけれど、魔界神・神綺は全くの無傷よ。地獄界も同じようなものでしょう」

『……………………貴女は…………』

 5つの眼が、アリスを睨む。血走っている。

『…………馬鹿な……何故、貴女が……このような場所に……』

「災いの目ユウゲンマガン。神綺様に背き、死の天使に与した貴女を……安心なさい、この場で罰しようという気はないわ」

 アリスは微笑んだ。

「今の私に、そんな資格はないから」

「アリス、貴女……」

 パチュリーが、興味深げな眼差しを向けてくる。

「……想像を絶する大物、なのかしら? もしかすると紅魔館の主よりも、ずっと」

「想像を絶する存在なのは、私の生みの親。アリス・マーガトロイド自身は、単なる……ふふっ、何かしらね。棄て子? 逃亡者? まあそれはともかく」

 アリスは、口調を改めた。

 魔界神・神綺の威を借りて偉そうな口上を述べる、夢子のように。

「聞きなさいユウゲンマガン、それに門番シンギョクよ。今ここに居るのは、あなたたちが恐れる博麗靈夢ではないわ。幻想郷のだらけた巫女・博麗霊夢よ。魔界や地獄を制圧するような存在ではない事、私が保証します」

「だからこそだ魔界の姫よ。恐るべき制圧者としての覚醒を遂げる前に、この宇宙より消し去らねばならぬ」

 シンギョクが言った。

「わからぬか……博麗靈夢は今、眠りについている。それが恐るべき覚醒の前の静けさであるという事、我らが気付いておらぬとでも思うのか」

『魔界の姫よ、貴女にとっても博麗靈夢は忌まわしき仇敵であるはず。何故、守ろうとする』

 ユウゲンマガンの問いに、アリスは答えなかった。

 魔理沙なら、霊夢を守るから。

 それは、言葉にして発するものではないのだ。

 もうひとつ、丸いものが生じた。

 一瞬、満月に見えた。

 この戦場の背景として、月はすでにある。

 それとは別に、新たな月が浮かんだように見えたのだ。

 アリスは見上げ、息を呑んだ

「貴女は……」

『まさしく……貴女のおっしゃる通りよ。魔界の姫君』

 巨大な、円形の金属板であった。美しい女人像が彫り込まれている。

 浮き彫りの美女が、微笑み、言葉を発しているのだ。

『地獄は確かに、制圧されたわけではないわ。勇み足の星幽剣士が、愚かしい不覚を取っただけ……地獄を統べる御方は全くの無傷。それはそれとして、地獄界に刃向かった者を許してはおけないというお話よ』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ