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異説・東方永夜抄  作者: 小湊拓也
63/90

第63話  Lotus Land Story(6)

原作 上海アリス幻樂団


改変、独自設定その他諸々 小湊拓也

 博麗の力、というのが結局は何であるのか、何であったのか。

 今となっては知る由もない。知るべき事ではない、と明羅は思う。

 自分は、敗れたのだ。

 弾幕に打ちのめされた挙げ句、埋められそうになった。言い訳のしようもない、清々しいほど無様な敗北だった。

 博麗の力というものを争奪する戦いがあったとして、それに参加する資格を自分はすでに失っている。

 敗れた者が戦いに参加すると、いかなる結果を迎えるのか。

 体現してくれた者たちがいる。

 水中を漂う溺死者の如く宙に浮かんだ、8人の少女。

 悪魔エリス、妖怪オレンジ、吸血鬼くるみ。それに魔界神の娘たち。

 幻月・夢月の姉妹は、姿が見えない。

 先程まではあったが、砕け散った。

 肉片に、ちぎれた臓物。そういったものたちが大量に蠢き這いずり、のたうち回っている。

 そのような有り様を作り出した女神が、ゆったりとした衣服を揺らし、空中に佇んでいた。北斗七星の描かれた衣服。

「……君か。八雲紫が、外の世界から持ち込んだ危険物。紅魔館という梱包材に、厳重に包まれていたようだが」

 対峙し、会話をしている。

 宝石の生った木の枝を、翼の形に背中から生やした、謎めいた小さな少女とだ。

 可憐な美貌は、いくらか血に汚れながら無表情である。

 小さな手に握られた光の剣は、顔に出ない激情を代弁するかの如く、巨大に燃え輝いている。

 妖精が2人、そんな少女の背後で不安げに身を寄せ合っていた。

 北斗七星の女神が放つ、どこか粘着質の視線から、妖精たちを庇いながら、その少女は光の剣を構えているのだ。

「これほどの代物が出て来るとは、私も予想外だったよ」

 北斗七星の女神が、微笑む。

「今更ながら、幻想郷へようこそ……フランドール・スカーレット」

 名を呼ばれた少女は、何も応えない。人形のような美貌は、微動だにしない。

 その代わりのように、光の剣が動いた。

 燃え盛る刃が振り上がり、北斗七星の女神に叩き込まれる……いや、その寸前。

「どうどう、フラン」

 庇われている妖精の1人が、なだめに入った。

 氷の翅を広げた、小さな少女。冬の妖精、氷の妖精、であろうか。

「何故、止める? 氷の妖精よ」

 北斗七星の女神が、にっこりと笑みを深くした。

「……私の身を、案じてくれたのかな? 優しいのだね」

「だ、弾幕戦は、もう終わりだ」

 氷の妖精が、どうにか会話に応じた。

 溺死体の如く浮かぶ8名の弾幕使いを、見回しながらだ。

「どう見たって、あんたの勝ちじゃないか。誰だか知らないけど、あんたは強い」

「照れるなあ」

「強い弾幕使いは……弱い者いじめを、しちゃダメだ」

 氷の妖精は、言った。

「最強は、そんな事しちゃいけないんだよ」

「ふむ」

 北斗七星の女神が、考え込んだ。

「我々が幻想郷を造り上げた時……妖精という生き物は、存在しなかった。幻想郷の自然から、まるで霧や霞や朝露の如く、いつの間にか発生していたのが、君たち妖精という存在だ」

 謎めいた話が始まった。

「面白い、とは思ったよ私は。想定外の発生物……その頃の妖精はな、現れては何も考えずに宙を漂い、微弱な弾幕をぶちまけて消滅し、また現れる、無害な自然現象のようなものでしかなかった」

 自分の知る幻想郷に、妖精などという存在は無かった、と明羅は思った。

「どういうものに進化してゆくのか、私は興味深く見守ろうと思った。思っているうちに妖精たちは、やがて弾幕使いとしての能力を向上させていった。稚拙ながら、ものを考えて喋るようにもなった」

 北斗七星の女神が、氷の妖精をじっと見つめる。

「……ここまで強固な自我を持つ妖精が、よもや現れていたとはな」

「妖精が……」

 もう1人の妖精が、控え目ながら神との対話を始めた。

「……自分の意思を持ったら、まずいですか。ものを考えて喋ったら、いけないんでしょうか……」

「それを私は今、判断しかねているところでね」

 この女神には、妖精という格下の存在と、いくらか高慢ながら真っ当に会話をしようという意思はあるようだった。

「君たち妖精は、私の想定を超えてしまった。何しろ肉体を粉砕されても、その強固な自我を保ったまま何事もなく再生してしまう……神にだって、そうそう出来る事ではないよ」

 北斗七星の女神は、苦悩に近いものを抱いているようであった。

「興味深さと警戒心が、私の中で相半ばしている。どうしたものかな? 君たち妖精は今や、幻想郷そのもの、と言っても過言ではない存在になりつつある。放っておいたら、幻想郷がどうなってしまうか……私にも、想像がつかない」

「……想定外のものは、滅ぼしてしまうの?」

 声がした。

 女神が、もう1柱。いつの間にか、そこに出現していた。

「全てを自分の管理下に置かなければ気が済まない、と言うより安心が出来ない。その管理から飛び出してしまいそうなものを見ると、不安になる……私たち神という種族の、良くないところだと思うわ」

 たおやかな姿を包み込むように広がる、6枚の翼。

 それが一瞬、夜空全体を覆い尽くしたように、明羅には見えた。

「……しん……き……さまぁ……」

 溺死体の如く浮かび漂う少女たちが、泣きじゃくる。

「神綺様……た、助けて……」

「痛い……痛いよぅ、神綺さまぁ……」

「神綺様ああぁ……」

 6枚の翼と左右の細腕で、女神は己の娘たちを抱き包んだ。

「サラ、ルイズ。ユキにマイ、それに夢子も。これで、わかったでしょう? 弾幕戦の表舞台に出る……それはすなわち、こういう事なのよ」

 慈愛、そのものの笑顔だった。

「今の貴女たちと、同じような思いをしながらね……アリスは、ここに踏みとどまっているのよ」

「うん……やっぱり凄いよ、アリスは……」

「私たち真似できない……」

 魔界の創造主・神綺は、未婚の処女神である。

 腹を痛める事なく彼女は、6人もの娘を生み出した。

 うち1人は、ここにはいない。

 5人の娘を翼で抱き包みながら神綺は今、北斗七星の女神と対峙している。

「想定外の出来事が起こったら、何もかも無かった事にして最初からやり直す……私たち神は、その悪癖を改めなければいけないと思うわ」

「私が……何を、最初からやり直すと言うのだ? 魔界の神よ」

「幻想郷を」

 神綺は言った。

「この幻想郷を……いざとなれば、最初から造り直せば良い。その考えが貴女の中に、欠片ほどもないと言えるかしら?」

「……常に頭のどこかをよぎる考えではある。気を付けよう」

 北斗七星の女神が、満月を見上げた。

「この宇宙に、2つの幻想郷が存在する……それも、何者かが何かを最初からやり直そうとした結果、なのかも知れんな。ともかく私は、今ある幻想郷を、造り直す事なく守らなければならない。そのためには」

「もう1つの幻想郷が、あってはならない。それは、わかるわ」

「2つの幻想郷が、ぶつかり合う事なくいられる状態……それを作り出す装置がな、今はあの様である」

 神々の視線が、地上に向けられた。

 魔界神が、北斗七星の女神が、こちらを見つめている。

 明羅を見ている、わけではない。

 明羅の傍に立つ、エリーを見ているわけでもない。

 両者の後方。幻想郷の賢者・茨華仙に抱き上げられた、1体の牝の魔獣に、2柱の女神は眼差しを注いでいる。

「上白沢慧音……哀れな、歴史喰らいの獣。お前のその稀有な能力のみを、我らは見ていた」

 北斗七星の女神が、口調に哀れみを滲ませる。

「……お前の、心を見ていなかった。全く考慮していなかった。まるで人間の如く、壊れてしまうような心を、お前は持っていたのだな」

「咎は、我ら幻想郷の賢者にある」

 茨華仙が言った。

 上白沢慧音は、まるで屍のような様を晒しながら、何事かを呟いている。人の名前、であろうか。

 そんな慧音を、茨華仙の一見たおやかな両腕が、そっと抱き締める。

「……それを棚に上げ、不要物だから処分するなど。私は許さぬ」

「許さねば、どうする」

 北斗七星の女神が、美貌を歪めた。笑顔、なのであろうか。

「今は、私の力で無理矢理に維持しているとは言え……博麗大結界、そう長くは保たんぞ。一刻も早く、どちらかの幻想郷を消滅させねば激突が起こる。2つの幻想郷が、共に滅びる」

「2つの幻想郷が、ぶつかり合う……面白そうじゃないの」

 声がした。

 ふんわりと、花の香りが漂った。

 芳香に包まれ、明羅は動けなくなった。エリーも硬直している。

 血まみれの慧音を抱いたまま、茨華仙が息を呑んでいる。

 北斗七星の女神が、歪んだ美貌を引きつらせた。

「貴様…………!」

「博麗大結界なんて、どうでもいいわ。そんなものに力を使うのはやめて、全力で私と戦ってごらんなさい」

 地面が、盛り上がった。

 蛇のようなものが無数、大量の土を押しのけ、地中から現れていた。

 蛇ではない。植物の、根である。

 それらが、幻月・夢月の肉片や臓物その他諸々をひとかけらも残さず絡め取り包み込んだまま、地中へとまた沈んでゆく。

「太陽の畑へ。百年か二百年も植えておけば、まあ運が良ければ元に戻るでしょう」

 植物の根に指示を与えながら、その女はゆらりと進み出て来た。

 夜なのに、日傘を開いている。

 左手で日傘を回しながら、右手でエリーの肩をぽんと叩く。

「…………幽香……さま……」

 声を震わせるエリーに、風見幽香は一瞬だけ微笑みかけたようだ。

 妖精2人が、こちらを見た。

「あ……幽香さん……」

「それにルーミアじゃないか、おーい」

 そう呼ばれたのは、幽香の傍に浮かぶ、小さな妖怪の少女である。

「うーん、今度は大ちゃんとチルノが死にそうになってるなー。ここ化け物しかいないじゃないか」

「でも、幽香が来てくれたなら安心だ!」

「うふふ。私が来たからには……幻想郷の賢者などという、全能気取りの管理者もどきに好き勝手はさせないわよ」

 幽香が見上げる。

 北斗七星の女神が、見下ろす。

「ほう……全能の管理者もどきと言うか、我ら神を」

 その美貌から、表情が消えた。

「……成り上がりの元妖精ごときが、我ら神を」

「妖精に対して……随分と、過敏になっているのね」

「……妖精という種族から、貴様のような怪物が生まれてしまったからな」

 女神の眼光が、静かに燃え上がる。

 声が、上がった。

「幽香様! 幽香さまぁああああ!」

 1人の小柄な少女が、空中からパタパタと降下して来て幽香にすがり付く。

「幽香様、会いたかった!」

「あらあら。怪我をしているのね、くるみ。かわいそうに」

「あいつが、あいつがいじめた!」

 吸血鬼くるみが泣きながら、北斗七星の女神に人差し指を向ける。

「若くて美人の幽香さま、あいつブッ殺しちゃってよ! この世で一番綺麗でイイ匂いの優香様、あいつのツラの皮ァ剥いで代わりに豚の皮でも被せちゃってよォ! 宇宙いちステキなお花の優香様、あいつの身体引き裂いてハラワタ、はっはらわた、わたわた、はらわら、わらわらハタワラはらわたわたわたわらわたわらわらわたわたわら」

 くるみの可愛らしい口から、大量の蔓草が溢れ出した。

 裏返った眼球を押しのけて、葉が広がり花が咲いた。

 小柄な細身が捻れ、歪みながら、無数の草葉を生やし花弁を開く。

 くるみは、植物の塊に変わっていた。葉を生い茂らせ、色とりどりの花々を咲かせている。

 お供の小妖怪に、幽香はそれを押し渡した。

「鉢に植えておくように」

「あい」

 ルーミアと呼ばれた小妖怪が、植物の塊を恭しく受け取った。

 そちらを、もはや一瞥もせず、幽香は夜空を睨んだ。女神たちを、見据えた。

 声を投げる。

「アリスなら、ここにはいないわよ」

「知っているわ。あの子はもう、私の手を離れてしまった」

 会話に応じたのは、神綺である。

「……元気そうね、幽香」

「貴女も。ねえ、隠居なんてやめてしまいなさいな」

 幽香が、楽しげに日傘を回転させた。

「皆で、また面白おかしく殺し合いをしましょう。2つの幻想郷は、私が上手く融合させてあげる……妖怪や妖精はともかく、人間は滅びてしまうかしらね? 土が肥えるわ」

「……風見幽香。貴様は狂っていると言うより、正気のまま壊れているようだな」

 北斗七星の女神が、言った。

「それはそれで興味深い。貴様の頭を叩き割って、中を見てみたいな。その綺麗な身体が、どれほど禍々しい正体を詰め込んでいるものか……引きずり出して、みたいものだ」

「やってごらんなさいと、私は言っているのよ。さっきから」

 幽香が、美しく嘲笑う。

「様々なものが習合され過ぎて、元が何であったのかもわからない……正体があるのか、すらもわからない神様に。何か出来る事があるなら、やってごらんなさいな」

「…………」

 女神の衣に描かれた北斗七星が、妖しく輝いた。

 それが明羅の目には、本物の北斗七星に見えた。

 7つの星が、天から落ちてくる。そう見えた。

「……やめて、おきなさい」

 その一声で、北斗七星の落下が止まった。

「戦い、争い、相手を滅ぼして物事を決する……それが正しい場合は確かにある。宇宙の真理よ」

 もう1人の賢者が、いつの間にか、そこにいた。

 茨華仙の傍に、佇んでいる。

「けれど、ここではやめておきなさい。今この場でそれをしても、何も決まりはしないわ」

「…………貴女か」

 北斗七星の女神が、言った。

 敬意、に近いものが、その口調にある。

「貴女が、そう仰るならば……引き下がるしか、あるまいな。貴様も引け、風見幽香。フランドール・スカーレット、君もだ」

 賢者。

 今この場にいる何者よりも、そう呼ぶにふさわしい女性。明羅は、そう感じた。

 北斗七星の女神が、なおも言う。

「幻想郷の恩人……八意永琳殿であるぞ」

「大仰ね」

 八意永琳、という名であるらしい賢者が、優雅に苦笑する。

「私はただ、少し派手目な弾幕戦をしただけよ」

「その弾幕戦で、貴女が月の艦隊を滅してくれなければ……幻想郷は今頃、焦土と化している」

「違うわ。幻想郷を守ったのは、私ではなく伊吹萃香」

 言いつつ永琳は、負傷した慧音の裸身を、茨華仙から受け取っている。

「……ねえ上白沢先生。藤原妹紅が、帰って来るわよ」

「…………もこう……が……」

「彼女の帰る場所を、まずは守りましょう。貴女はね、お帰りなさいを言ってあげなければ」

 永琳が慧音を優しく抱き締め、いたわるように囁きかける。

 北斗七星の女神が、その様をじっと見下ろし、やがて言った。

「……その壊れた装置を、貴女が修理して下さると言うのなら。それまでの間、私が博麗大結界を維持し続けるだけの事」

 女神の背後に、扉が現れていた。

「この場で争い事をする必要は、確かにないな。私は去る。また会おう八意永琳。それに茨木華扇……いずれ、あやつも交えて、ゆっくりとな」

「……茨木華扇は、この世にはいない」

「いずれ甦る。お前が必ず、甦らせる」

 茨華仙と眼差しをぶつけ合った後、女神はやがて幽香を見据えた。

「貴様とも……会いたくはないが、また会う事になるだろう」

「その時までに、自分が何の神様なのか、くらいは確かなものにしておきなさいな」

 幽香が言う。

「自身が不確かなままではね、私にはもちろん……霊夢や魔理沙にだって、勝てないわよ」

「……いずれ私が、彼女らと戦うことになると? ……ふふ、そうだな。その時は、君たちに力を貸してもらう事になるかもな」

 女神は、微笑んだ。

「また会おう……おもしろ妖精に、おもしろ吸血鬼よ」

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