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異説・東方永夜抄  作者: 小湊拓也
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第62話  Lotus Land Story(5)

原作 上海アリス幻樂団


改変、独自設定その他諸々 小湊拓也

 博麗霊夢が、昏睡状態に陥った。

「霊夢…………くそっ……一体、何だってんだ……」

 そんな事を言う霧雨魔理沙も、いつ意識を失ってもおかしくはない状態である。

 ロケット内部、板張りの床に2人は寝かされていた。

 三段の筒は、すでに下段2つが切り離されている。

 最上段の狭い空間に、搭乗員11名全員が押し込められている状態だ。

 うち9名が可能な限り壁に寄って、霊夢と魔理沙の寝場所を確保している。

「悪い……ごめん、皆」

「らしくないわよ、魔理沙」

 アリス・マーガトロイドが、2人の身体に毛布を被せた。

 毛布の下で、魔理沙は青ざめ涙ぐんでいる。

 霊夢は、意識を失っている。微かな呼吸が、今にも止まってしまいそうである。

 意識のない博麗霊夢。屍の、博麗霊夢。

 それが一体いかなる存在であるか、自分ほど深く思い知った者はこの中にはいないだろう、と魂魄妖夢は思う。

(死に近い状態へと陥る事で……また、目覚めてしまうのか? お前の、禍々しいまでの潜在能力……)

 半霊を、頭上でユラリとうねらせる。

 それを見て、十六夜咲夜が言った。

「……また、あれをやろうと言うの? 妖夢」

「私は完全なる私情で、この戦いに参加している」

 あの時の事を、妖夢は思い返していた。

 半霊による操縦を振りきってしまいかねないほどの、霊夢の潜在能力。

「幽々子様を取り戻すために……私は、利用出来るものは全て使う」

 たとえ霊夢の屍であっても。

 それは、この場で言う事ではなかった。

「私情。いいわね」

 レミリア・スカーレットが、にこりと牙を見せる。

「それでこそ弾幕使い、と私は思うわ。ほら、そこにもいる……私情でしか戦えない、業深き弾幕使いが」

 凄惨な音が、響いた。

 八雲紫が、床に倒れ込んでいた。すべすべと滑らかな頬が、少し痛々しく腫れている。

 拳を振るったのは、藤原妹紅である。

「お前……ふざけるなよ、お前ら……」

 少なくとも外見だけは美しいスキマ妖怪の顔面に、本当は拳と一緒に炎を叩き込んでやりたかったのだろう、と妖夢は思う。

 それほど妹紅は、怒り狂っていた。

「慧音を! 一体、何だと思っている!」

「……2つの幻想郷を、守るための……装置、よ」

 しとやかに立ち上がり、紫は言った。

「この宇宙に、2つの幻想郷が出現してしまった……どちらかを隔離しなければ、ぶつかり合って双方が消滅する。隔離が出来ないのなら……片方が片方を、滅ぼすしかない」

 今にも炎をぶちまけそうな妹紅と、紫は冷静に向かい合っている。

「……もしかしたら、その方が良かったのかも知れない。幻想郷の賢者の1人は、それを主張していたわ。もうひとつの幻想郷を、攻撃し滅ぼしてしまう事を……時空犯罪者・上白沢慧音という奇跡のような存在が無ければ、それが実行に移されていたでしょうね」

「承諾したのか……慧音は、そんな馬鹿げた話を……」

 妹紅の問いに、紫は直接は答えなかった。

「彼女の、歴史喰いの能力で……もうひとつの幻想郷を、隔離する事が出来た。誰も不幸になっていないわ。隔離された幻想郷の住人たちは、死んで滅びたわけではなく存在を知られないだけ」

「慧音は承諾したのか、と訊いているんだが……まあ、どうだっていいか。そんな事……」

 妹紅の、怒りの形相が歪む。まるで笑顔だ。

「お前ら幻想郷の賢者って連中……1匹たりとも生かしておけない! その事実に変わりはないものなあああっ!」

「……いい加減、静かにしなさい」

 鈴仙・優曇華院・イナバが、冷ややかな声に怒りを滲ませる。

「依姫様が、航海のための祈りに専心していらっしゃるのよ」

 綿月依姫は目を閉じ、合掌し、壁の神棚に向かって一心に祝詞を唱えている。

 パチュリー・ノーレッジは、窓の外の宇宙空間を見つめている。

 そして。

 今まで存在しなかった12人目の搭乗員が、妹紅の眼前に姿を現していた。後光のような尻尾が、ふっさりと揺れた。

「……紫様への無礼狼藉、許しはせぬぞ妖怪退治人」

「八雲藍……お前、賢者という名のクソ妖怪どもを少し甘やかし過ぎじゃないのか」

 睨み合う妹紅と藍。

 そこへ、パチュリーが声を投げる。

「そこまでよ。諍い事は、後回しになさい」

 窓の外に、巨大なものが見えていた。

 宇宙空間に建造された、城塞。そう見えた。

「敵、と見るべきだと思うわ。鈴仙さん、あれが月の防衛戦力かしら?」

「いや……あれは……」

 パチュリーの問いに、鈴仙は答えられなかった。

「確かに、この宙域には……本来なら、月の都の艦隊が布陣しているところ。だけど艦隊は、幻想郷に降りようとして、お師匠様に殲滅されたはず……こんな超巨大戦艦が、まだ残っていたなんて」

「…………可能性空間移動船」

 紫が、謎めいた単語を口にする。

「月の艦隊よりも、厄介な防衛戦力よ」



 暗闇、ではなかった。

 明るい。どこかに光源がある。

 それは太陽でも月でもないだろう、と紅美鈴は思う。

 暗黒よりも禍々しい光が、この空間を照らしている。

 美鈴は見回した。

 禍々しいものであるにせよ、光源はある。なのに、自分の影が見当たらない。

 否、と美鈴は気付いた。ぼんやりと理解した。

 自分こそが影なのだ、と。

『お前……なかなか、やるね』

 禍々しい光源たる何者かが、言った。

『私の存在を、しっかりと認識している』

「……何を言っている。あんたの方から、私に話しかけてきたんだろうが。お前は私の影だ、とか言って」

『それは、そうなのだがね』

 不敵な笑顔が見えた、ような気がした。

『自分が私の影でしかない。それを知った時点で、大抵の者は自我を崩壊させてしまう……だが、お前は紅美鈴という自我を、いささかなりとも揺るがせない。生意気な影だ、気に入らんなあ』

「気に入らないなら……殺すか? 私を」

 命乞いは通用しない。それが、美鈴にはわかった。

『そう慌てるな。様々な世界に、私は影を落としている……が、お前のような影は他にない。初めての例だ、どう扱ったものか』

「……扱いに困っているなら、とりあえず解放して様子を見たらどうかな。私が今、どこに閉じ込められているのかは知らないが」

『お前は……私から解放された後、帰る場所があるのだな』

 じっと観察されている、と美鈴は感じた。

『……だから、紅美鈴などという確固たる存在でいられる。私の影の1つ、ではなく』

「私があんたの影だっていうのは、きっと本当の事なんだろうな。本体様には相応の敬意を払うつもりでいる。助けてもらった事も感謝している。借りを返せと言うなら、出来る限りの事はしよう」

 視認出来ない相手を、美鈴は見据えた。

「……何を、すればいい?」

『いいだろう……出来る限りの事を、してみろ』

 禍々しい光が、強さを増した。

『紅美鈴という存在を、ひたすら高め続けるが良い。もはやこれ以上は高まらぬ、というところで私はお前を回収する。他の影どもと同じく、な』

 間近から語りかけられている、と美鈴は感じた。

『お前たちは、様々な世界で己を高め続け、最終的には私の力となるのだよ……地獄の女神を斃すための、力にな』



「借りが……」

 チルノと大妖精の後ろで、幻月が呻く。

「……出来ちゃった、のかな……偽幻想郷の、下等妖怪に……」

「お前が借りを作ったのは、私に対してじゃあない」

 妖精2人を、美鈴は掴み寄せて無理矢理、背後に庇った。

「認めろ、悪魔。お前はな、チルノと大妖精に助けられたんだよ」

 よろりと立ち上がる幻月を、見据える。

「その2人にお前が一体何をしたのか、よく考えてみる事だ」

「…………」

「それとな、藤原妹紅の事はもう諦めろ。生身の飛行じゃ追い付けない」

 月を見上げる。

 紅魔館から打ち上げられたロケットは、もう見えない。

 見えてきたのは、館内の方からへろへろと飛んで来た、1人の少女の姿である。

 メイドの装束をまとっているが、妖精メイドではない。

 愛らしい少女、ではあるが何やら歪んでいる、と美鈴は感じた。

 幻月が、不機嫌そうな声を発する。

「あ、夢月……ちょっと、一体何やってたの」

「……ぴ………っぷ……ぷぴふぅ……」

 夢月と呼ばれた少女は、上手く喋れないようであった。口を開くと何か吐いてしまう。そう見える。

 その細い身体が、メイド服もろとも一瞬、ねじ曲がった。

 可愛い顔が縦に伸び、横に伸びた。眼球が、涙を飛び散らせながら何度も裏返る。声が、おかしな感じに痙攣している。

「ぷぶぴっ、ぴひぃ! ぱぷふ……ぷぷびひ……ぴっふ、ぴっふ」

「……ふざけてる?」

「待て」

 激昂しかけた幻月を、美鈴は止めた。

「夢月とやら……お前、妹様のアレを喰らったな?」

「ぴぶっふ……ぷぴっ……」

 夢月は今、破裂しかけている。

 飛び散ってしまいそうな内臓や脳髄を、この悪魔少女は今、懸命に己の体内に押しとどめているのだ。

 美鈴は、己の懐に片手を入れた。

「自力で破裂を止めてるだけでも大したもんだ……待ってろ、永遠亭でもらった薬がある。地獄のように不味いけど我慢」

 懐から取り出した小瓶が、砕け散った。

 光弾の、直撃だった。地獄のように不味い液体が、飛散する。

「紅魔館の門番、余計な事をするな」

 上空から、こちらに人差し指を向けている者がいる。

 夜空に、玉座が浮かんでいた。

 深々と腰掛けた女が、地上を、紅魔館の門前を、尊大に指さしている。

「幻想郷はな、2つも要らぬ。古い方は滅ぼす事にした。特に、その2匹……古き幻想郷に関わりある者どもの中でも、2番目3番目に生かしておけぬ」

 夢月の全身に、小さな扉が生じていた。

「……離れていなさい。汚れるから」

 玉座上の女の言葉に合わせ、それらが一斉に開いた。

 夢月が懸命に、己の体内へと押しとどめていたものが全て、噴出していた。

 汚れるから、という言葉通りである。

 夢月の臓物が、肉が、脳髄が、体液が、全方向にぶちまけられて美鈴の、幻月の、チルノと大妖精の、全身をビチャビチャと汚した。

「……………………夢月…………」

 幻月の呆然とした顔に、ちぎれた臓物がトロリと付着している。それが、流れ落ちる。

「…………夢月…………む……げつ……ぅ…………」

「お前…………!」

 空中の玉座に座る女を、美鈴は地上から睨み据えた。

 微笑みが、返って来た。

「言わない事ではない。早く、お風呂にでも入っておいで」

「ふざけるな……」

 美鈴が激昂する前に、幻月が吼えた。

 表記不可能な、咆哮。絶叫。

 それが、光に変わった。迸る魔力の光。

 霧雨魔理沙のマスタースパークを思わせる、極太の光の柱が、幻月の身体の前面から放たれていた。

 そして、玉座の女を直撃する。

 否。直撃の寸前、女は玉座上で鼓を打っていた。

 左手で保持しているのか、宙に浮いているのか、よくわからない鼓。それを、右手でぽんと叩く。

 ぽん、という微かな響きが、夜の上空から幻想郷全土に流れ渡ったかのように感じられた、その瞬間。

 弾幕が、生じた。

 鼓から発生したのか、鼓を叩く繊手から放たれたのかは、よくわからない。

 ともかく、無数の光弾が渦を巻いた。

 幻月の放った光の柱は、その渦に巻き取られ、螺旋状に削られて消滅した。

 光弾の渦が、そのまま幻月本人をも直撃する。

 白い羽根が、舞い散った。

 赤い肉片が、大量に飛び散った。

「お前たちは……幻想郷の人妖ことごとく、そのような目に遭わせるつもりでいたのだろう?」

 鼓を掲げた女が、玉座上で言い放つ。

 その冷たい声を浴びながら、幻月は砕け散っていた。

 夢月と混ざり合い、ぶちまけられた状態である。もはや判別は不可能だ。

 そんな有り様でありながら、夢月も幻月も蠢いていた。

 どちらであるのかわからない肉片が、臓物が、無数の蛞蝓の如く這いずり、寄り集まろうとしている。

 放置しておけば、再生を遂げるのだろうか。

「ふむ……生きているか、まだ」

 玉座上の女が、またしても鼓を打とうとしている。

「しぶとさ、だけが取り柄の旧き者ども……新しき幻想郷の、土に変わるが良い」

「やめろ!」

 美鈴は叫んだ。

「もう決着はついた。こいつら、幻想郷にひどい事をしようとしていたんだろうけど……ここまでやれば、充分だろう」

「そうだ。もう、やめておけ障碍神」

 何者かが、歩み寄って来た。

 桃色の髪にシニヨンキャップを飾った、若い女。

 少なくとも美鈴と同じくらいには鍛え込まれた、強靭な両の細腕で、1匹の牝妖怪を抱き上げている。

「今お前のしている事は、確かに幻想郷を守っている。だが……今からお前がしようとしている事は、幻想郷のためにはならない」

 死にかけの、牝妖怪。角を生やした、半獣の女。

「……この……まがいもの瑞獣が」

 美鈴は、言葉をかけた。

「何で、素直に見送ってやれない……生きて帰って来い……くらいの事、何で言ってやれないんだよ馬鹿たれが!」

「………………妹紅…………」

 血まみれの上白沢慧音が、ここにはいない者の名を呟く。

「…………も……こう……もこぉお……う……」

「見ろ茨華仙。2つの幻想郷を安定させるための装置が、壊れてしまった」

 障碍神、であるらしい女が玉座の上で、慧音を嘲笑っているのか。哀れんでいるのか。

「旧き幻想郷が、このままでは顕現してしまうぞ。今ある、この幻想郷とぶつかり合う……両方が、潰れてしまう」

「そんな事は、わかっている……」

 茨華仙、と呼ばれた女性が、微かに唇を噛んだようだ。

「今その事態に至っていないのは、お前が無理矢理、博麗大結界の維持に力を注ぎ込んでいるから……後戸の女神よ、お前に負担を強いているからに他ならない。それは感謝している、だが」

「そんな恩着せがましい話をしているわけではないよ」

 障碍神が、微笑む。

 屍のようなものが複数、彼女の周囲で宙を漂っている事に、美鈴は今更ながら気付いた。

 弾幕使い、なのであろう少女たち。8名いる。全員、辛うじて屍ではなかった。

「まあ私がそんな無理矢理な事をしているせいで今頃、大結界の要たる博麗の巫女に……もしかしたら、何か不具合が起こっているかも知れない。乗り越えて欲しいものだ」

 後戸の女神、でもあるらしい障碍神が、右手の人差し指を立てた。

「それはそれとして、私自身は特に負担など感じてはいないよ。大結界を維持する片手間に、ほら。こんな事も出来る」

 死にかけた8人の少女が、メキメキと捻れてゆく。

「ぎゃあ……あああぁ……」

「痛い、いたいぃ……やめてよぉ……」

「た……助けて……神綺さまぁ……」

 血を吐きながら、弱々しく悲鳴を上げる少女たちに、後戸の女神が微笑みかける。

「弾幕戦の表舞台にしゃしゃり出て、敗れる……それは、こういう事なのだよ。君たち全員、少なくとも1度は敗北を経験しているはずだが、何も学んでいないのだね」

「お……おーい、やめろぉおお!」

 チルノが叫び、飛翔した。

 大妖精が慌てて追いすがり、止めようとしてチルノに引きずられる。

 高空に座する障碍神へと向かって、妖精2人が高度を上げて行く。

「ダメだ、そんな事しちゃダメだー!」

「ち、チルノちゃん……」

 後戸の女神が無言のまま、チルノと大妖精に視線を向ける。

 視線だけで、妖精など砕け散る。美鈴は、そう感じた。

 妖精の不死身など、この女神には通用しない。そう思えた。

「…………ふむ」

 障碍神が、妖精2人に若干の興味を抱いてしまったようである。

 その言葉に、視線に、妖精を粉砕する力が宿る……そうなる前に一撃を喰らわせる。

 美鈴に出来る事は、それしかなかった。

「待て……」

 茨華仙が止めようとするが聞かず、美鈴は跳躍した。跳躍を、飛翔に変えた。

 その時には、障碍神の玉座と鼓が砕け散っていた。

 破壊の暴風。

 そう表現するしかない何かが、後戸の女神を横合いから急襲したのだ。

 巨大な、光の剣であった。

「ほう……これは、これは」

 燃え輝く斬撃を回避した障碍神が、ふわりと空中に立つ。

 弾幕の塊でもある、光の剣。

 時計の針を歪めて巨大化させたような、槍。

 可憐な両手で左右2つの得物を保持したまま、フランドール・スカーレットは妖精たちを背後に庇っていた。

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