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異説・東方永夜抄  作者: 小湊拓也
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第58話  Lotus Land Story(1)

原作 上海アリス幻樂団


改変、独自設定その他諸々 小湊拓也

 弾幕使いは、戦う事が存在意義である。

 弾幕使いが2人以上いる。それは即ち、弾幕戦が行われるという事だ。

 戦う理由など考える前に、身体から弾幕が溢れ出してしまう。それが弾幕使いという生命体なのである。

 誰も知らぬ場所で大人しく隠居など、していられるはずがないのだ。

「わかる……それは、わかる! 私とて……」

 剣を抜き放ち、明羅は叫んだ。

「こうして解き放たれた今、暴れたくて仕方がない! 博麗の力を奪いたい! だが……駄目なのだよ。今この幻想郷に、我々の歴史があっては……」

 見回してみる。

 湖が見えた。赤い、城館が見えた。

 悪魔たちは、そちらへ向かった。

 今ある幻想郷の住人に、あの悪魔たちは暴虐を働こうとしている。

「……止められるのか? 私に、あの姉妹を……」

 震える手で、明羅は剣を振るった。怯懦を断ち切った、つもりである。

 暴れずにいられない弾幕使いの荒ぶる魂を、力を、あの悪魔たちにぶつけるしかないのだ。今は。

「臆するなよ明羅。古の幻想郷の剣士、その誇りにかけて……新しき幻想郷を、守って見せろ!」

 空中を蹴って、明羅は駆け出した。

 しなやかな人影が1つ、寄り添って宙を駆ける。大鎌を担いだ、死神のような少女。

「1人じゃ無理よ、明羅さん……いやまあ、私なんかいても大して違いはしないけれど」

「エリー殿……いや、助かる」

「久方ぶりの、弾幕戦よ」

 エリーが、引きつった笑みを浮かべる。

「相手が、あの2人……最後の弾幕戦になる、かも知れないけれど」

「何が目的なのだろうな、あの姉妹……」

「悪魔という種族はね、他者に借りを作ったままではいられないの。そういう精神性なのよ」

 エリーが語る。

「他者に、何か自分の利益になる事をされた。その時点でね、貸し借りの契約が成立してしまうの。そして悪魔は、契約を守らずにはいられない生き物……可及的速やかに借りを返済しないと、そこから先へ進む事が出来ないのよ」

「この場合の、貸し借りとは……」

「……上白沢先生に、解放してもらった事」

 空中で、エリーは立ち止まった。

 明羅も、止まるしかなかった。

 行く手を塞がれている。空中に佇む、8人の少女……8人もの、弾幕使いによって。

「そういう事よ。私たちは、あの忌々しいワー・ハクタクに借りを作ってしまった」

 愛らしい頬に星型の模様を描いた、悪魔族の少女。皮膜の翼をゆったりと羽ばたかせ、滞空している。

「忌々しい歴史喰らいの能力を……私たちの誰も、自力で無効化する事が出来なかった。だからねえ……こうして私らを解き放ってくれた事、ひとつの借りとして計算しないといけない。その借りを今、夢月様と幻月様が返済して下さっているのよ。邪魔はさせない」

「借りの返済が終わったら、どうなる」

 口調険しく、明羅は確認をした。

「……心おきなく、慧音殿を殺めるつもりであろうが」

「当然。それが悪魔族として、先に進むという事よ。私たちの歴史を無かった事にした、上白沢慧音……生かしては、おかない」

「貴様とて理解はしているはずだ、エリス。慧音殿がそうして下さらねば……2つの幻想郷がぶつかり合い、共に消滅していた。もちろん我らとて生きてはおらぬ」

 明羅の言葉に、別の少女が応えた。

「表舞台で、弾幕を披露する事も出来ない……」

 悪魔エリスの右隣。メイド姿の少女が、左右2本の剣を構えている。

「……それは私たち弾幕使いにとって、死と同義ではないかしら」

「夢子ちゃんの言う通り!」

 エリスの左隣にいる少女が、凄まじい勢いでバトンを回転させる。

「そもそも、何で私たちの方の幻想郷が選ばれなかったの? あの白澤女が勝手に決めちゃってるわけ!? それを思うだけで夜も眠れない! 大人しく封印されてるわけにもね、いかないってもんなのよ!」

 旧き幻想郷の野良妖怪・オレンジである。

 そして。

「まあ白澤なんてどうでもいいわ。それより!」

「そう。せっかく、日の当たる場所にまた出られたんだから」

「暴れなきゃ! 暴れて暴れて」

「……アリスに、会いに行くの」

 夢子と同じ、魔界神・神綺の娘たちが、弾幕戦の構えに入っている。

 もう1人いた。

 その小柄な少女に、エリーが声を投げる。

「くるみ! 貴女ちょっと一体どういうつもりなの!」

「えへへへ。だってぇ、夢月様と幻月様が」

 可愛らしい牙を見え隠れさせて、少女が微笑む。

「くそったれなスカーレット姉妹をぉ、ぶっ殺しに行ってくれたんだもの。邪魔させるワケいかないっしょ? あいつらがいなくなればぁ、あたしが最強吸血鬼になれるわけで」

「……貴女ね、幽香様に殺されるわよ? そんな言動、晒していると」

「きゃっははははは! あーんなド腐れ有害植物ババァなんざあどーだってイイっつうのよ。とっくの昔にどろっどろに腐ってラフレシアみたいな加齢臭たれ流してやがるクセにさあ、見かけばっかキレイなお花で表面だけ取り繕って未練がましいったらないない。夢月様幻月様が根こそぎ刈り取ってくれるから! あたしはねぇ、あのお二方についてくからぁあああああああ!」

「くるみ……かわいそうに。もう私では庇ってあげられない」

「待て、待てエリー殿」

 明羅は、対話を続けた。

「こんな事をしている場合ではない! このままでは幻想郷が滅びるのだぞ! 今ある幻想郷、我らの住まう古の幻想郷……ぶつかり合い、共に砕け散って消滅する。その事態を避けるべく我ら全員、失われた歴史の中へと去り行く道を選んだのではないのか!」

「……失われた歴史の管理者が、あの有り様ではね」

 夢子が嘲笑い、剣を掲げる。

 剣先の指し示す、その方向では、巨大なものが地響きを立てていた。

 毛むくじゃらの丘陵。そう見えた。

 大木のような2本の角を振り立てて前進する、生きた丘陵。まるで幻想郷の地形が変わってゆくようでもある。

 豊かな獣毛を揺らめかせながら、その巨獣は赤い城館を目指している。城館を、踏み潰そうとしている。

「ふん、無様無様。あんなケダモノに私ら全員、いいように行動を制限されてたってわけ。ああ腹立つ」

「……やめてあげて、ルイズちゃん」

 エリーが呻いた。

「見ての通り……慧音さんはね、かわいそうなのよ。あんな、かわいそうな人に……こんな大きな役目、重い役目を押し付けた……幻想郷の賢者たちが、一番悪いと思うの」

「あの連中だって、もちろん生かしてはおかないわ」

 エリスが言った。

「まあ一番、生かしておけないのは……博麗靈夢。幻想郷もろとも、滅ぼしてあげる」



 幻想郷が滅びるのか、と紅美鈴は一瞬、本気で思った。

 地形が変動している。丘陵が生じ、動いている。そう見えた。人里は無事なのか。

「……お前か、瑞獣もどき」

 紅魔館へと近付いて来る丘陵を見据え、美鈴は呻いた。

 丘陵の如く巨大な、獣毛の塊。2本の角を振り立て、地響きを起こしながら迫り来る様に、美鈴は泣き叫ぶ上白沢慧音の姿を見た。

「駄目なんだよ馬鹿野郎……そんな事をしたって、あいつはもう止められない。見送ってやろうと何故、思わない。帰って来るのを何故、待ってやれないんだ……大馬鹿野郎が……」

 美鈴の言葉に応えた、わけではないだろうが、巨獣・上白沢慧音は吼えた。満月に向かってだ。

 夜の大気が揺れた。

 満月が、星空が、夜そのものが揺れ動いたかのように、美鈴には感じられた。

 巨獣の、足音は地響きとなり、幻想郷の大地を揺るがす。咆哮は、幻想郷の大気を震わせる。

 幻想郷そのものが、激震していた。

「め、美鈴。大変だ」

 チルノが、何やら慌てふためいている。

「大変、大変、大変だよ大ちゃん。どうしよう、どうしよう」

「お、落ち着いてチルノちゃん……だけど、これは……」

 チルノを軽く抱き締めながら、大妖精が見回している。

 大変な事は、確かに起こっている。言われるまでもない、とも言える。

 上白沢慧音が、丘陵の如き巨獣と化し、紅魔館に迫りつつある。

 何人もの見慣れぬ弾幕使いが、空中で弾幕戦を繰り広げている。

 紅魔館の門前から、その様を見据えつつ、美鈴は思う。

 見てわかるものだけではない、妖精にしか感知出来ない何かが、起こっているのではないのか。

 それは、巨獣・上白沢慧音を戦って倒しただけで解決する事が出来るもの、であるのか。

 根拠のない、言葉では説明出来ない何かを、美鈴も感じていた。

「何だ……何なんだ、これは……」

 地面が震える。大気が、揺れる。

「幻想郷が……幻想郷、そのものが……揺らぐ……歪んで、いく……?」

「…………へえ? わかるんだ」

 声を、かけられた。

「そう。君たちの幻想郷はね、歪んで潰れて無くなっちゃうの。残るのは私たちの幻想郷」

 謎めいた言葉と共に、天使が舞い降りて来る。

 白い、羽毛の翼は、レミリア・スカーレットと対極を成しているかのようでもある。

 天使、としか表現し得ぬほど美しく神々しい少女が、美鈴たちを見下ろし、空中に佇んでいた。

「……何、言ってるんだ? お前……」

 チルノは、その少女の言葉を純粋に受け止めているようであった。

「……幻想郷って、2つあるのか? そうか! じゃあそっちの幻想郷の最強は誰かな!? こっちはあたいだ、勝負!」

「ちょっと、チルノちゃん……」

 きらきらと、光が飛び散った。

 チルノと大妖精が、砕け散っていた。

 天使のような少女が、片手を掲げている。

 愛らしい五指が、無数の光弾をばら撒く様。その弾幕が、チルノと大妖精を粉砕する様。

 美鈴は、視認する事が出来なかった。

 妖精2人の破片が煌めいて舞い散り、消えてゆく様を、ただ呆然と見つめるだけだ。

「……私たちの幻想郷にはね、妖精なんていうウザい生き物は存在しないの」

「お前…………!」

「君みたいな三流妖怪がねえ、人間だの妖精だのって連中と馴れ合ってダラダラ過ごしてる……そういう幻想郷、いらないから」

 天使のような悪魔が、告げた。

「私は幻月……本当の幻想郷がどういうものなのか、教えたげるね」



 長大な2本角を生やした、動く丘陵。

 紅魔館に向かい、地響きを立てて前進しつつある巨体が、動きを止めた。

 異様なものが、立ち塞がっているからだ。

 今の上白沢慧音と比べて遥かに小さい、とは言え民家ほどの大きさの、巨大生物。いや、人工構造物。

 単眼を見開く、怪物であった。

 その体内で、里香は操縦桿を握っている。

「慧音先生……それは、駄目なのです……」

 語りかけてみる。眼前のモニター画面に映る、巨獣の姿に。

「ああ、でも私……このイビルアイΩで、実戦が出来る……それが、嬉しくて嬉しくて仕方ないなのですぅうう……」

 涙が、溢れ出して止まらない。自責の涙、歓喜の涙。

「弾幕使いって、本当……どうしようもない生き物なのです……私、慧音先生が今どんなにお馬鹿な事してても責める資格ありませぇええん……」

 里香は、操縦桿のボタンを押し込んだ。

 悪魔戦車イビルアイΩの巨体から、無数の細かなものが発射され飛散した。

 翼を広げた、眼球の群れ。

 それらが慧音を取り巻いて飛翔しつつ、光弾を発射する。

 渦巻く弾幕が、巨獣の全身をあらゆる方向から直撃した。

 慧音が吼えた。悲鳴か、怒号か。

 丘陵の如き巨体が暴れ震え、地響きがイビルアイΩを襲う。

 容赦ない震動の中、里香は懸命に狙いを定めた。モニター画面を睨み、揺れ動く照準をどうにか安定させ、ボタンを押す。

「慧音先生! 落ち着いて下さいなのです!」

 イビルアイΩが、光弾の嵐を速射する。

 全弾命中。

 慧音の巨大な全身で、獣毛が鮮血に濡れた。

「貴女が、落ち着いて下さらないと……幻想郷が、潰れてしまうのですぅ……」

 モニター画面越しに里香は、その様を見据え、語りかけた。

「でも……そうですよね。幻想郷を潰したって、暴れたい時……ありますよねぇ……弾幕使い、なんですからぁ……」

 イビルアイΩの巨大な単眼が、慧音に向けられる。

 血塗られた獣毛を振り乱す巨獣の姿に向かって、眼光を輝かせる。

「暴れましょう! 私が、私がお相手しますぅ慧音先生! このイビルアイΩが壊れるまで!」

 燃え盛る眼光が、一直線に放たれた。

 極太のレーザー。イビルアイΩの瞳孔から迸り、慧音の巨体に突き刺さる。

 光に穿たれ、押されながら、慧音は角を振り立てて咆哮を轟かせた。

 弾幕が、生じた。

 いくつもの、大型光弾か、光の魔法陣か、判然としないものが巨獣の周囲に出現していた。

 慧音の絶大な妖力で出来た、弾幕の発生装置。

 それらが、無数の光弾を吐き出したのだ。

 巨獣の咆哮に合わせて押し寄せる弾幕が、イビルアイΩを粉砕する。

 残骸もろとも、里香は地面に投げ出されていた。

「……所詮、私なんて……過去の存在……」

 立ち上がれぬまま、里香は血を吐いた。

「今の幻想郷で……弾幕戦を、やるなんて……許されないんですねえ……」

 巨獣が、歩を進める。

 地面が、幻想郷が、揺れた。このまま自分は踏み潰される。今ある幻想郷、もろともだ。

「……そんな事はない。いくらか偉そうな物言いになってしまうけれど、貴女はよく戦ってくれたわ」

 優しい声。

 里香は、抱き起こされていた。たおやかに見えて凄まじい力を秘めた、細腕で。

 柔らかな圧力が、顔面に触れて来る。

 胸の膨らみだった。

「幻想郷を……私たちの幻想郷を、守ってくれて。本当にありがとう……」

「貴女……は……」

 薔薇の花が見えた。

 花飾りを胸元に咲かせた、赤い衣服。桃色の髪が、さらりと揺れる。左右2つのシニヨンキャップで隠しているのは、丸めた頭髪か。それとも別の何かか。

「……あとは、私たちに任せて」

 里香をそっと抱き締める、優美な細腕。

 包帯に、里香は気付いた。その女性は、右腕にだけ包帯を巻いている。

 包帯で、何を隠しているのか。

 怪我人とは思えない女性が、里香を背後に庇った。迫り来る巨獣と、対峙した。

「歴史喰らいの……哀れな、魔獣……」

 慈愛の口調、ではあった。

「私たち幻想郷の賢者は、貴女に機械の役割を押し付けてしまった。歴史と歴史の衝突を防ぎ、幻想郷に安定をもたらすための機械……見ての通り上白沢慧音、貴女は感情を捨てられない、一個の中途半端な知的生命体でしかないのにね……」

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