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異説・東方永夜抄  作者: 小湊拓也
57/90

第57話 幻想郷、解放

原作 上海アリス幻樂団


改変、独自設定 小湊拓也

 地球から月までは約36万キロメートル。外の世界の技術でも、到着には数日を要するという。

 だが幻想郷で、満月の夜にロケットを打ち上げれば、その夜のうちに月の都へ到達する。

 満月の夜には、月の都への通路が開く。

 幻想郷からであれば、「空に映る月」を直接、目指す事が出来るのだ。

 ただ動力として、航海の神の力を借りる必要はある。

 神降ろしの出来る巫女を、ロケットに同乗させなければならない。

「……と、八意先生はおっしゃったわ。お言葉通りの事が出来るかどうかは、まだわからないけれど」

 パチュリー・ノーレッジは言った。

 初対面の巫女に対し、確認をした。

「貴女次第、という事になるわ綿月依姫。迷いを持って欲しくはない、思いとどまるなら今のうちよ」

「散々に迷い、無様を晒した結果として、私は今ここにいる」

 そんな事を言いつつ、綿月依姫が見回している。

 紅魔館、地下大図書館。

 無数の書物で満たされた、無数の書架に、依姫は嫌悪と興味の入り混じった眼差しを向けていた。

「書物……穢れ、そのものの記録。月人が、初期の段階で失ったもの1つ。パチュリー・ノーレッジ、貴女も日々穢れにまみれて暮らしているというわけ」

「月の都は、どうやら無菌室のような場所のようね」

 パチュリーも見回した。

 今ここには大勢の人妖が集い、図書館という場所に本来あるべき静寂を大いに乱してくれている。

 こんな時でなければ全員叩き出しているところだ、と思いつつパチュリーは言った。

「……こんな悪玉菌どもを持ち込んで、大丈夫なのかしら?」

「大丈夫なはずはないわ。この子、1人を連れ込んだだけで……今の月の民は、滅びてしまいかねない」

「おお、何だ何だ」

 飛び回りはしゃいでいるチルノを、依姫が抱き寄せる。

 そして、ふんわりとしたものをチルノの身体に巻き付けた。

「この羽衣があれば、私は1人で月に帰る事が出来る。が……月には豊姫だけでなく嫦娥がいる。時空犯罪者・岡崎夢美もいる。私1人では勝てない、ここにいる全員の力が必要だ」

 羽衣に巻き取られたチルノが、じたばたと暴れながら浮遊・上昇して行く。図書館の、高い天井へと向かって風船のように。

 大妖精が血相を変え、飛んで来た。

「チルノちゃんで遊ばないで下さい!」

「うふふ、失礼失礼」

 依姫が笑う。

 綿月豊姫の、あの冷たい笑顔と、どこか通じるものがあるのだろうか。

「その羽衣」

 博麗霊夢が、言った。

「私らの人数分あれば……こんな掘っ立て小屋を飛ばして月を目指す、なんて自殺めいた事しなくて済むのよね」

「残念ながら、月の羽衣で宇宙を飛べるのは月人か玉兎、つまり月の都の住人だけよ」

 掘っ立て小屋、と呼ばれたものを依姫は見上げた。

「ただ、航海の助けにはなるでしょう。私の羽衣は、貴女がたに進呈します。このロケットの機関部に取り付けておけば」

「月の都には確実に到着する、というわけね」

 まさしく掘っ立て小屋を積み重ねたもの、としか表現しようのないものを、パチュリーも見上げた。

 これを打ち上げ、月に向かう。傍から見れば、確かに正気の沙汰ではないだろう。

 大妖精が、チルノの身体から羽衣をほどき、それを小悪魔に手渡している。今から、ロケット機関部に取り付ける事になる。

「これは素晴らしいロケットよ。見た目はともかく」

 依姫が誉めてくれた、のであろうか。

「私が、この中で住吉様を降ろせば……間違いなく、月の都へ往ける」

「……やって、くれるんだな? 依姫さん」

 霧雨魔理沙が言った。

「あんたの故郷……月の都に刃向かう、って事になっちまうけど」

「もう刃向かった。私は、すでに逆賊よ」

 俯く依姫に、藤原妹紅が言葉を投げた。

「輝夜を、助けるためにか」

「…………結局、それは出来なかった。輝夜は、豊姫に……」

 依姫が、妹紅を見つめた。

「輝夜を……助けたい。力を貸してくれるか、地上の蓬莱人よ」

「助けるってのとは、ちょっと違うな。私は、私の玩具を取り戻すだけだ」

 妹紅が、にやりと笑って見せている。

「私は私で、勝手にやる。もっとも依姫さん、あんたが月まで連れてってくれるなら……力を貸せと言われて、貸さないわけにはいかないな」

「ありがとう」

「言ったぞ? 私は私で、勝手にやると」

「地上で……ずっと輝夜の友でいてくれて、本当にありがとう。藤原妹紅」

 依姫の言葉に、妹紅は固まった。

「や……八つ当たりをしてただけだ! 私は、あいつに」

「藤原妹紅。お前は、八つ当たり同然の妖怪退治をしていたのね。ずっと」

 レミリア・スカーレットが言った。

 椅子に座り、傍らに十六夜咲夜を控えさせ、気取った仕草でティーカップを傾けているが、飲んでいるのは砂糖たっぷりの紅茶である。

「私も……ふふっ。八つ当たりの餌食に、なるところだったわ」

「……今からでも、なってみるかい」

 レミリアに向かおうとした妹紅の眼前に、小さな人影が立ち塞がる。

 フランドール・スカーレットだった。

 表情のない、人形の美貌が、妹紅に向けられている。

「……っと、そうだな。お前さんに、借りを返しておかないと」

 妹紅の方は、まるで牙を剥くような笑みを浮かべている。

「スカーレット姉妹……2匹とも、妖怪退治人としては放置しておけない化け物だからな」

「やめておきなさい」

 苦笑しつつ、霊夢が割って入る。

「こんな連中に目くじら立てたら駄目。2匹ともね、小動物でしかないんだから。姉は可愛い仔犬ちゃん、妹は可愛くない狂犬」

 その狂犬が、霊夢に殴りかかっていた。

 歪んだ時計の針、のような武器が、唸りを立てて振り下ろされる。

 それを霊夢が、お祓い棒で受け流す。

 無表情だったフランドールが、今は可愛らしい牙を剥き出しにして霊夢を睨み、真紅の眼光を燃やしている。

 その眼差しを、霊夢は正面から睨み返す。

「相変わらず躾が全ッ然なってないわね。あんた何、外の世界に行ってたんだって? また叩き出してあげようか?」

「おい、やめろよ霊夢」

「どうどう、フラン」

 魔理沙とチルノが、両名を引き離しにかかる。

 そこへ、レミリアが声をかける。

「貴女の愛玩動物になってあげられなくて……本当に申し訳なかったわね、霊夢」

「別に今からだって全然遅くないわよレミリア。博麗神社に、帰ってらっしゃい」

 霊夢が、言葉を返す。

「……大事に大事に、飼ってあげる」

「貴女が紅魔館にいらっしゃい。フランが恐い? 大丈夫。私が霊夢を守ってあげるわ」

「……自分が、うーうー鳴いてるだけの小動物だって事。思い出させてあげないと駄目?」

「だから! やめろよ霊夢。レミリアもだぜ」

 魔理沙が苦労する様に、いくらか冷ややかな目を向ける者がいる。

「この全員を……本当に、連れて行くの? パチュリーさん」

 鈴仙・優曇華院・イナバである。

「出発前から、すでに空中分解寸前よ。いっその事、私がまとめて意思統一させておきましょうか?」

 冷ややかな両眼が、ぼんやりと赤く発光する。

 霊夢が、睨み返す。

「それをやったら、ぶちのめすだけじゃ済まないわよ?」

「……どう、済まさないのかしらね?」

「出発の前祝い、景気付けの兎鍋になりたくなかったら大人しくしてろと、そう言ってるのよ」

「誰彼構わず喧嘩をふっかけるのは、やめなさい霊夢」

 苦笑まじりに、依姫が言う。

 姉にたしなめられた妹の如く、霊夢は俯いて黙った。

「まったく……これが、幻想郷の弾幕使いなのね。特に高尚な理由があるでもなく、ただ戦わずにはいられない。まさしく地上の穢れ。鈴仙、貴女も穢れに染まってしまったのね」

「……申し訳、ありません」

「謝る事ではないわ」

 依姫が見上げた。

 図書館の高い天井越しに、夜空を、月を、見上げているようであった。

「意味の無い、戦い……そのようなものこそが、月の民には……本当に、必要だったのかも知れない……」

 満月の夜。

 出発の時、である。

「間に合ったな、藤原」

 紅美鈴が、妹紅に話しかけた。

「お前をな、腑抜けたまんまロケットに詰め込まなきゃいけないかと思ってた」

「面倒かけたな」

 言いつつ妹紅が、美鈴をじっと観察する。

「それにしても紅美鈴……お前、ちょっと信じられないくらい強くなったな?」

「お前がまだ本調子じゃないから、そう見えるだけだ。道中、何とか万全にしておけよ」

 妹紅の肩を軽く叩いて、美鈴は歩き出す。図書館を、出て行こうとしている。

「お嬢様すみません。私も行くつもりでしたけど……ちょっと、門番に戻らなきゃいけなくなりました」

「……敵が、来たのね。私たちの出発を阻もうと」

 レミリアが言った。

 この場にいる者たちの中で美鈴1人が、何かを感じ取ったのだ。

 恐らくは、敵意ある者の気を。

 綿月豊姫の手の者、であるかどうかは、わからない。

 咲夜が、動きかけた。

「私も……」

「いえ。咲夜さんは、お嬢様と一緒に」

 美鈴が、片手を上げる。

「この面子なら、私なんかいなくても大抵の敵には勝てると思います……行って下さい。月の連中が準備を整えて、また攻めて来る前に」

「あ、あたいも」

 歩み去って行く美鈴に、チルノが飛んで追いすがる。

「月には行きたいけど、美鈴を置いてけないよー!」

「あ、待ってチルノちゃん」

 大妖精が、それを追う。

 3人を見送りつつ、アリス・マーガトロイドが言った。

「敵……私たち全員で、迎え撃った方が良くはない?」

「……いや。一刻も早く、出発するべきだと思う」

 黙り込んでいた魂魄妖夢が、ようやく言葉を発した。

「ここで迎撃戦・弾幕戦を繰り広げて……ロケットが、被弾でもしたら」

 一刻も早く、西行寺幽々子を救出したい。それが妖夢の本音ではあるだろう。

「そう。ここで、私たちの力を消耗するわけにはいかないわ」

 言葉と共に、空間が裂けた。

 八雲紫が、ふわりと出現していた。

「出発しましょう。貴女の出番よ、綿月依姫」

「随分と……慌ただしい出立に、なってしまうのね」

 レミリアが、いくらか不満げではある。

「霊夢の言う通り、というわけではないけれど……出発の前祝いに、ロケット完成記念の祝賀会でも開きたかったところね。まあ帰って来てからのお楽しみ、という事にしておきましょうか」



 満月。

 本物の、満月である。

 霧の湖の湖畔で、上白沢慧音は今、本物の月光を浴びている。

「妹紅……妹紅ぅ……もこぉおおお……おぅ……」

 ふらふらと歩きながら、名を呼ぶ。

 届かない。ここに、妹紅はいない。

 慧音の声も、手も、届かない場所へ、妹紅は行ってしまう。

 妹紅を、連れて行こうとしている者たちがいる。

「ひどい……あまりにも、ひどくはないか……」

 慧音は、涙を流していた。

「何故だ? 何故、立ち向かわせる? 戦わせる? 辛い事を、乗り越えさせようとする? 呪いの歴史を何故、妹紅に歩ませようとするのだ……」

 ふらふらと乱れた足跡を湖畔に残しながら慧音は、あてもなく歩いているわけではなかった。

 行く先に聳え立つは、夜闇の中でも紅さがわかる、禍々しい巨大建造物。

 呪いの歴史に囚われた者たちが今、紅魔館に集っている。

 紅魔館から、満月に向かって飛び立とうとしている。

 愚かしさ極まる戦いの歴史を、血で書き記そうとしている。

 その歴史に、妹紅を巻き込もうとしているのだ。

「そんな歴史は……私が、認めない……」

 慧音のたおやかな全身が、メキッ……と歪み痙攣した。

 降り注ぐ月光を、慧音は震える全身で吸収していた。

「…………満月の、夜……」

 呻く口の中で、牙が伸びる。

「この時にのみ……歴史喰らいは……歴史を、解放する……」

 頭蓋骨が、ばきばきと変異を起こす。

 月光を照り返す銀色の髪を掻き分けて、巨大な角が伸びてゆく。

 豊麗な尻で、ふっさりと尻尾が揺れる。

「…………今……私は……」

 ふらふらと乱れた足跡。それが、蹄の跡に変わっていた。

「…………忘れ去られた歴史を……解放する……」

「駄目……」

 声がした。慧音にしか、聞こえない声。

「それは駄目だよ、上白沢先生……」

「今、私たちの歴史が幻想郷にあってはいけない!」

「幻想郷が……消えてしまいますぅ……」

 声、だけではない。

 姿が、現れつつある。

「消えてしまえばいい、呪いの歴史など……!」

 慧音は、角を振り立てた。

「この宇宙には! 妹紅が、幸せに穏やかに生きる歴史だけがあれば良い! それ以外の歴史は潰す!」

「それは駄目だって慧音さん、落ち着いて!」

「ちょっと……駄目……あいつらが……」

「いかん、全員で道を塞げ! あやつらは、あの両名だけは……」

「あの2人だけは……行かせては駄目、解放してはいけない……!」

 姿を現した者たちが、吹っ飛んだ。蹴散らされていた。

 続いて、姿を現した者たちによってだ。

「んんっ……あぁ〜。はいっ、休憩終わり。空気おいしー! 弾幕の火花と血飛沫の香りがするよお」

「……ここ、どこ? まあ、どこでもいいかな……どこだって、やる事同じ、弾幕戦」

「気に入った! どいつもこいつも、みんなブチ殺していい世界って事だね!」

「慧音先生……私らを解放してくれて、ありがとう」

「何か、して欲しい事あるう? 悪魔は義理堅い種族だからねえ、お願い叶えちゃうよん」

 軽やかな人影が2つ、楽しげに舞い踊っている。花火の如く弾幕をぶちまけながらだ。

「……妹紅を……取り戻してくれ……」

 慧音は呻いた。

 全身で衣服が破れ、獣毛が盛り上がって来る。

「……紅魔館を、潰してくれ……愚かしい、呪いの歴史に妹紅を巻き込む者どもを……殺せ、殺し尽くせ悪魔たち。滅ぼしてしまえ!」

「はい契約成立。滅ぼしてしまえ承りましたぁん。悪魔にとって、契約は絶対だからねっ」

「紅魔館、っていうのは……アレね。もこうっていう人以外は、殺しちゃっていいのね」

「じゃさっそく契約履行! こちとら仕事に行くんだからぁ、どけこの無職暇人ども!」

「かわいい悪魔の、お通りだよー」

 立ち塞がろうとする者たちを弾幕で蹴散らし、その姉妹は紅魔館へと向かう。

 見送りながら、慧音は踏み出した。見送るだけでは済ませない。自分も、紅魔館の破壊殲滅に協力する。

 踏み出した蹄が、地面を大きく凹ませた。地震、のような地響きが起こった。

 幻想郷そのものを粉砕する地響きだ、と慧音は思った。

「滅ぼす……妹紅が幸せにならない幻想郷など……この宇宙に、残してはおかぬ……」

 満月に向かって、慧音は吼えた。

「押し潰してやる、塗り潰してくれるぞ! もう1つの幻想郷でなぁああああああああああッ !」

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