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異説・東方永夜抄  作者: 小湊拓也
54/90

第54話 襲来、時空犯罪者

原作 上海アリス幻樂団


改変、独自設定その他諸々 小湊拓也

 明らかに自分は、何かを忘れている。

 それは、しかし思い出す必要がないどころか、忘れたままでいた方が幸せな何かであるのかも知れない。

 霧雨魔理沙は、そう思う。

 その何かに、このカナ・アナベラルという少女は、強烈に触れてくる。

「あいつを立ち直らせるために……わざわざ、出て来たのか?」

「私、誰かのために何かした事なんてないわ。今までも、これからだって」

 魔理沙の問いかけに、カナはそう答えた。

 太陽の畑・上空。激烈な弾幕戦が、今まで繰り広げられていたところである。

 あいつ、と呼んだ少女を、魔理沙は見やった。

 対峙するカナと魔理沙から少し離れたところで、空中に佇んでいる。炎の翼を広げ、紅蓮の尾羽を揺らめかせる、銀髪の少女。

 藤原妹紅である。

 強靭な細腕で上白沢慧音を抱き上げたまま、さらなる上空を見上げている。

 空から来るものを、警戒するかのように。

「炎の、翼……」

 カナが、陶然と呟く。

「鳥籠を灼き砕いて、羽ばたく翼……私、それが見たかっただけ……」

「鳥籠、か……」

 鳥籠の中で、安穏と飼われる。その方が、あるいは幸せな事なのかも知れない。

 その幸せを妹紅は、炎の翼で焼却・粉砕した。

 忘れたままでいるべきであった何かを、妺紅は思い出してしまったのだ。

「…………妹紅……」

 抱き上げられたまま、慧音が呻く。

「駄目だ……戻って来ては、いけない……過酷な、戦いの歴史に……」

「……慧音、ごめん」

 名残惜しげに妺紅は、慧音の身体を抱擁から解放し、空中に立たせ、背後に庇った。

「本当に、ありがとう……」

「妹紅……」

「……駄目なんだよ、慧音」

 妺紅は見上げ、見据えた。

「今、目の前にある弾幕戦……それが、私の歴史なんだ」

 高空から、そのものたちは舞い降りて来た。

 空中、一面に花が咲いたかのようである。

 全身各所で色とりどりの花々を開かせ、葉を茂らせた、恐らくは妖怪。人の体型をした、植物の塊。

 そんなものが無数、翼もなく飛翔しながら妹紅を取り囲む。魔理沙たちを、包囲している。

 どこかで見た事がある、と魔理沙は思った。

 のんびりと思い出している、暇はなかった。

 植物の塊たちが、全身の花々から一斉に、花粉を噴射したのだ。

 花粉は全て、光弾だった。

 煌めく花の弾幕が、妹紅を襲う。魔理沙たちを襲う。

「……逃げられないんだよ慧音。弾幕使いは、戦いからは」

 言葉と共に、妹紅は羽ばたいた。

 炎の翼が、轟音を立てて空中に燃え広がり、花の弾幕を焼き払う。殺傷力を有する光の花粉が無数、ことごとく焼却され消滅する。

「こいつらが何者なのかは知らないけど、わかる事が1つある……私がどこへ逃げ込んだって、こいつらは逃がしてくれない。戦わなきゃ、いけないんだ」

「逃げればいい……戦いなど、戦いたがる者たちに任せておけばいいだろう……」

 慧音が涙を流し、声を震わせる。

「立ち向かいたがる者どもが……見ろ妹紅、ここに何人もいる。こやつらに、戦わせておけばいい……妹紅が、立ち向かう必要など……」

「随分な言われようね。私たちに全て押し付けようと言うの? この、難儀な敵との戦いを」

 アリス・マーガトロイドが言った。

 言葉に合わせて人形たちが盾を掲げ、花の弾幕を跳ね返す。

「私は知っている。この怪物たちは、とてつもなく危険な相手よ。ねえ藤原妹紅、一緒に戦ってくれないかしら?」

「任せろ……!」

 炎の翼が、羽を舞い散らせた。

 舞い散ったものが火球に変わり、植物の塊たちを直撃する。

「妹紅…………」

 なおも何かを言おうとする慧音を、プリズムリバー三姉妹が取り囲んだ。

「上白沢先生……今の貴女、とても素敵な音を鳴らしているわ。でも」

「そういう事。この場で出来る事なんて、あんたもう無いから」

 ルナサ・プリズムリバーとメルラン・プリズムリバーが、慧音を左右から捕えて妹紅から引き離す。

 リリカ・プリズムリバーが、入れ替わるように妹紅と並んだ。

「ルナ姉もメル姉も、先生の安全確保……しっかりね」

「お前さんの安全確保は、どうなる?」

 問いかけながら魔理沙は、大量のスターダストミサイルを飛ばした。

 リリカが、それに合わせてキーボードを叩き鳴らす。無数の音符が溢れ出し、弾幕を成した。

「私……ここで戦う。今の演奏で、ハッキリわかったから……ルナ姉メル姉に比べて私、自分の音楽ってものが全然なってない」

「そう? そんな事ないと思うけど。でもやっぱり騒霊は弾幕戦やって騒がないとね!」

 カナが、白色の大型光弾を複数ぶっ放して渦巻かせる。

 妹紅の炎、魔理沙のスターダストミサイル、リリカの音符、カナの白色光球。

 4種の弾幕が、植物の塊たちを粉砕していった。無数の花が、蔓草や葉が、ちぎれて枯れて崩れ散る。

 そして、即座に生え替わってゆく。

 粉砕された、ように見えた植物の塊たちが、何事もなく花を咲かせ、蔓草や葉を生い茂らせ、完全なる再生を遂げていた。

「こいつら……!?」

 魔理沙が息を呑んでいる間に、再生した怪物たちが武器を振るう。

 鞭、であった。絡み合う蔓草と荊で出来た、植物の鞭。

 怪物たちの右手から伸びたそれが、魔理沙の全身に絡み付いていた。

「ぐぅっ!」

 荊が、白黒の衣服もろとも皮膚を穿つ。突き刺さって来る。

 激痛が、魔理沙から行動力も集中力も奪い取っていた。魔力を振り絞ってスターダストミサイルを生成する、事も出来ない。

 激痛、だけではなかった。

 荊の棘から魔理沙の体内へと、何か禍々しいものが注入されて来る。毒か。いや、もっとおぞましいものだ。

 この感覚には、覚えがある。かつて、同じ目に遭った。

 声が出ない。息も苦しい。声帯が、呼吸器官が、おぞましい何かにメキメキと侵蝕されつつある。

 妹紅も、リリカも、カナも、それにアリスも、同じ事になっていた。植物の鞭に絡め取られ、荊に切り裂かれて鮮血の飛沫を散らせながら、侵蝕されてゆく。

 アリスが、魔理沙に向かって何か叫ぼうとしている。が、声は出ない。おそらく呼吸も出来ていない。

 引きつり青ざめた美貌に、無数の血管が浮かんでいる。いや、神経か。

 違う。植物の根、である。

 自分も同じ有り様を晒しているのが、魔理沙にはわかった。

 声が聞こえた。

「リリカ……」

「ああもう何やってんの、あの子は!」

 ルナサとメルランが、妹を気遣いながら動けずにいた。怪物たちが、植物の鞭を揺らめかせながら彼女らの方にも向かっている。

 プリズムリバーの姉2名に護衛されながら、慧音が呟く。

「妹紅……だから、言ったのだ……」

 騒霊2名もろとも慧音も、植物の鞭に絡め取られていた。

「こんな、おぞましい歴史を……歩むしか、なくなってしまう……」

 泣き歪む慧音の顔が、メキメキと植物の根を走らせながら、なおも歪む。

 妹紅が、何か叫ぼうとして声も出せぬまま、全身で炎を燃やした。

 その炎が、幾重にも巻き付く荊と蔓草に埋め尽くされ消えてゆく。植物が、炎を吸収しているようにも見える。

 それとは別の炎が、見えた。

 アリスとカナ、妺紅と慧音、プリズムリバー三姉妹、それに魔理沙。

 植物に侵蝕されつつある全員が、炎に包まれていた。

 妹紅の振るう破壊の炎、とは違う。

 少女たちの肉体を侵蝕する植物のみを灼き滅ぼす、浄化の炎。

「全員……魔力なり霊力なりで、自分の身体をしっかり守るように」

 声がした。

 1人の、合掌する少女の姿が見えた。空中に立って両手を合わせ、浄化を念じている。

 魔理沙の、呼吸が回復した。声も出せるようになった。

「…………な……るこ……」

「お久しぶりね魔法人間。お互い、生きていられて何より何より」

 矢田寺成美が、合掌したまま微笑んでいる。

「夜は明けても。異変は、まだまだ片付かないわね」

「……もう一息、なんだけどな」

 魔理沙は苦笑した。

「助かったぜ成子……ここへ来て、まさかこんな連中が出て来るとは」

「まったくねえ。ちょっと貴女、説明するべきなんじゃないの?」

 成美は声を投げた。

「一体どこで、どれだけ外道破廉恥な事をやらかしてきたのよ」

「とっても可愛い女の子がいたから、ちょっとお花を植えてあげただけ」

 空中に佇み、日傘をくるくると弄びながら、風見幽香が言った。

「それがね、まさか……これほどの事態になるとは、思わなかったけど」

「おい、何だこりゃ。こいつら、まさかお前の……分身、みたいなものか?」

 怪物たちが、焼けちぎれた植物の鞭をシュルシュルと再生させる様に、魔理沙は片手を向けた。

「道理で、くそ強いと思ったぜ」

「そうねえ。間に合わせの促成栽培、にしては悪くない出来だと思うわ」

 自身の量産品、とも言うべきものたちを、幽香は興味深げに見渡した。

「……岡崎教授の作品、かしら?」

「私の身体の中に、こびり付いていた……お前の力の、汚らしい残りカスが原材料だ」

 敵意、そのものの声であった。

 植物の塊たちを率いる格好で、その少女はそこにいた。八雲紫の如く、いつの間にか出現していた。

「風見幽香……見ての通り、お前と同じくらい醜悪で汚らしい、けどまあお前のクソ力をそこそこ受け継いだ兵隊どもだ。愛着が全く湧かないから、いくらでも使い潰すぞ」

「……誰だ、お前」

 魔理沙は問いかけた。帽子の上から、頭を押さえた。

「いや……会ったか? どこかで」

「私は北白河ちゆり。お前……霧雨魔理沙だな。それに、そこにいるのはカナ・アナベラルか」

「ちゆりちゃん! 私の事、覚えててくれたの? 嬉しい!」

 カナが、声を弾ませる。

 北白河ちゆりが、片手を差し伸べる。

「カナ、お前はこっちへ来い。私や教授と一緒に、豊姫さんの味方として戦うんだ」

「豊姫、だと……」

 妹紅の声が、微かに震える。

「まさか綿月豊姫か……こいつらは、月の兵隊なのか」

「うちの教授と豊姫さんは、同盟を結んでいる」

 ちゆりが言った。

「……豊姫さんが、この幻想郷を滅ぼすと言ってる。だから教授も私も、それに協力する」

「させない……!」

「戦うの? 妖怪退治人・藤原妹紅」

 妖怪退治人にとっては最も危険度の高い標的であろう風見幽香が、言った。

「今……随分と手酷く、してやられていたように見えたけど。鳥籠から大空へと飛び出した瞬間、出鼻を挫かれてしまったわね」

「返す言葉もない。立ち塞がるもの全て焼き尽くす、つもりでいたんだけどな」

 妹紅が、頭を掻いている。

「籠の外へ出るっていうのは、まあ、こういう事なんだろうさ。そこのお地蔵さん、助けてくれてありがとうよ。花妖怪の風見幽香、私はいずれお前を退治するが……その前に、やる事が出来た」

「今からでも、鳥籠へ戻る事は出来ると思うけれど」

 幽香の視線が、ちらりと動く。

「……そうよね? 上白沢先生」

「……戻れ……妹紅……」

 プリズムリバー三姉妹に支えられながら慧音が、どうにか聞き取れる声を漏らす。

「鳥籠の中で、安穏と餌を啄む……時折、綺麗な歌を聴かせてくれる……そんな歴史でも、いいだろう? いいじゃないか……」

「……私、心のどこかで気付いていたと思う。これは慧音が見せてくれている、幸せな夢なんだって」

 妹紅は羽ばたき、駆けた。飛翔か、疾駆か。

「それでもいいって、思ってた。私……慧音に、甘えてたんだ」

 風見幽香の分身たちが、一斉に鞭を振るう。

 襲い来る荊を、蔓草を、炎の翼で打ち払いながら妹紅は言う。

「甘えてもいいって、慧音は言うよな。でも……ごめん、私が駄目なんだ。慧音に甘えてダラダラやってる私を、私が許せない」

 植物の塊が1体、人型が崩れるほどに歪んだ。

 妹紅の蹴りが、超高速で叩き込まれていた。

 すらりと鋭利な両脚が、様々な形に乱舞する。前蹴り、回し蹴り、踵落とし。後ろ回し蹴り。

 植物の塊が、ズタズタにちぎれながら、即座に再生してゆく。

 際限なく花を咲かせ、葉を広げ、蔓草を伸ばす怪物に、

「慧音……ごめん。本当にごめん……」

 妹紅は、右手を叩き込んでいた。炎をまとう、五指と掌。

 火の鳥の、鉤爪だった。

 その炎が、轟音を立てて燃え上がる。零距離からの、炎の弾幕。

 植物の怪物が、ちぎれ飛び砕け散り、灰となって舞う。

 風見幽香の分身を、ようやく1体、倒す事が出来た。

 まだ大量にいる怪物たちが、光弾の花粉を噴射する。植物の鞭を、振るい伸ばす。全てが、妹紅を襲う。

 紅蓮の羽ばたきが、太陽の畑の上空を薙ぎ払った。

 炎の翼。

 花粉嵐の如き弾幕が、焼き払われて砕け散る。蔓草と荊の鞭が、灰に変わる。

 飛散した火の粉が、空中あちこちで巨大に燃え上がり、羽ばたいた。

 無数の、火の鳥が出現していた。

 それらが妹紅と共に飛翔し、幽香の分身たちに激突してゆく。

 焼け焦げた植物の破片を飛び散らせながら、怪物たちは揺らぎ、忙しなく再生を行っている。

 再生途中の1体に、妹紅の飛び蹴りが突き刺さった。

 植物の塊が、爆発した。妹紅の片足が、衝撃と共に爆炎を叩き込んでいた。

「お見事……」

 己の分身が灼き砕かれ灰に変わる様を、幽香は愉しげに見物している。

 自身もまた、植物の塊たちに取り囲まれながらだ。

「と、いうわけよ上白沢先生。もう貴女では、藤原妹紅を鳥籠に閉じ込める事は出来ない」

「駄目だ、妹紅……行ってはいけない……」

 戦い続ける妹紅に、慧音の声は、もはや届いていない。

「止めて……誰か、妺紅を止めて……」

「お前、自分でそれが出来ないなら黙ってろよ」

 言いつつ、ちゆりが何かを片手で握り込んでいる。

 小さな、道具……であろうか。

 小さくとも必殺の武器。

 この少女は、かつて、そんな事を言っていなかったか。

「まったく、実物を見たのは初めてだけど……こんなに未練がましい奴だったとはね」

 ちゆりが、それを操作したようである。

「本当は官憲に引き渡すべきなんだろうけど、私らもお尋ね者だし……いいや面倒くさい。ここで死んでおけ、時空犯罪者・上白沢慧音」

 空間が、裂けた。魔理沙には、そう見えた。

 魔力レーザー、に似た何本もの光の線条が、空間そのものを断裂させるが如く斜めに走ったのだ。

 そして、慧音を直撃する。

 否。

 飛び込んで慧音を庇った、騒霊の少女を直撃していた。

「…………カナ・アナベラル……」

 呆然と呟く慧音の眼前で、カナのふわふわとした全身がズタズタに裂けている。

「……何故……私を……」

「…………次は、ね……慧音先生が、鳥籠から出て来る番だよ……?」

 ズタズタに裂けた少女の霊体が、落下して行く。

「おい……! 貴様……」

 火の鳥の鉤爪と化した手で、植物の鞭を引きちぎりながら、妹紅が吼えた。

「……今……慧音を、殺そうとした……のか貴様ぁああああああッ!」

「当然。弾幕戦って、そういうもんだろう。私だってな、そこのクソったれバケモノ女に1度殺されかけたんだ」

 ちゆりが応える。

「お前も。そこそこ頑張ってるみたいだけど、弾幕戦の最中に気ぃ抜いたら死ぬぞ?」

「…………ほう……」

 妹紅は、牙を剥くように微笑んだ。

「お前……私を、殺してくれるのかい……」

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