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異説・東方永夜抄  作者: 小湊拓也
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第5話 夜が降りてきた

原作 上海アリス幻樂団


改変、独自設定その他諸々 小湊拓也

 人間は、獣肉を食らう。鳥肉を食らう。魚を食らう。野菜を食らう。

 妖怪は、獣肉を食らう。鳥肉を食らう。魚を食らう。野菜を食らう。人間を食らう。

 好みの話であるから無論、人間ではなく獣や魚を好んで食する妖怪もいる。聞くところによると、鬼はあまり人肉を食わなかったという。

 ルーミアとて、人間を捕食せねば飢えて死ぬ、というわけではない。

 このような、ベーコンエッグトーストにサラダという食事でも栄養を摂る事は出来る。

「おいしい、おいしい」

「人間の肉や内臓なんかより、ずっといいでしょ?」

「うん。神綺様はお料理上手だから、あんな腐ったみたいに脂臭くて不健康なものを作るのは無理だと思うなー」

 言いつつルーミアは皿を舐め回し、パン屑の粉一粒に至るまで余すところなく摂取し尽くした。

 魔界の創造主・神綺と名乗る人形使いの少女が、呆れている。

「そんなふうにして貴女は、人間を血の1滴も残さずに食べ尽くすのね」

「人間を食べた後は、いい弾幕を出せる気がするなー」

「気のせいよ」

「私ら妖怪は精神的な生き物だから、その気のせいっていうのがすごく大事」

 ルーミアは空を見上げた。

 魔法の森。ルーミアが居候をしている、人形使いの自宅。

 庭のテーブルで、屋外の朝食を愉しんだところである。朝食の時間、であるはずだった。

 しかし空は暗い。星が見える。月が見える。夜空である。

「それを踏まえて月を見るとね……うーん、やっぱり変だなー。あの月、何かおかしい気がする」

「……私も貴女も、一晩ぐっすり眠って目覚めた。私の体内時計が、今は間違いなく朝である事を示している」

 神経質なほど規則正しい生活をしている少女が、同じく夜空を見つめて言う。

「一晩寝ても、明けない夜……ルーミアの言う通り、月も何か変ね。まるで……」

 うっすらと隕石孔の模様を浮かべた、一見これ以上ないと思える見事な満月を、人形使いの少女は見上げ見据えた。

「……誰かが、とても綺麗な月の絵を描いて、夜空に飾ったみたい……」

「なるほど。飾ってあるから沈まない、だから夜も明けない」

 つまり、とルーミアは思った。

「……異変かなー。異変なら、魔理沙が動くなー」

「貴女は……そう言えば最初、魔理沙を庇って大怪我をしたのよね」

「まず魔理沙が、私たちを守ってくれたんだ。だから私たちは、魔理沙のためになる事をしなきゃいけない」

「ありがとうね、ルーミア」

 人形使いの少女が、身を乗り出してルーミアの頭を撫でた。

「……魔理沙を、守ってくれて」

「神綺様は、魔理沙が心配?」

「あの子、無茶をするもの」

 絵に描いたような夜空を、少女は見上げた。

「魔理沙はね、昔からそう。霊夢に対抗意識を燃やして突っ走る、それは微笑ましいんだけど……度が過ぎると、ね。危なっかしくて放っておけないわ」

「今は神綺様の方が危なっかしくてある意味、微笑ましい痛っ、痛い痛い。わはははは、痛いなー」

 人形たちが、槍でちくちくとルーミアをつつく。

 人形使いは、月を見つめている。

「月が何かおかしいと気付いたら……魔法の箒で月へ飛んで行こうとしかねないわね、魔理沙ったら」

「そんな事をする前に、魔理沙は死ぬ」

 声がした。

 夜闇の中。木陰に、優美な人影がひとつ佇んでいる。

「今日ここで霧雨魔理沙は、魔法の森の肥やしに変わる……うふふ。綺麗な花が咲くわね、きっと」

 夜空の下で、その女性は日傘を広げていた。

 終わった、とルーミアは思った。

 自分は死ぬ。人形使いの少女も死ぬ。2人仲良く魔法の森の土に還り、茸の養分と化す。魔理沙は喜んでくれるだろうか。

「朝になったら会う約束をしているのよ、魔理沙と」

 綺麗な手で日傘をくるくると弄びながら、彼女は足取り軽やかに歩み寄って来る。

「だけど……朝に、ならないのよねえ。一晩ぐっすり寝たのに夜が明けない。太陽の畑、全体が萎れたままよ。ねえ、こんな事って許せるかしら?」

 月明かりが、日傘の下の美貌を照らし出す。

「花が、陽の光を浴びられない……ね、許せると思う?」

 美しい。死、そのものの笑顔。

 そんな事を感じながらルーミアは、辛うじて声を出す事は出来た。

「……花の、幽香……」

 今から、自分を殺す者の名前である。

「魔理沙と会って、一体……何をするつもりかなー?」

「弾幕戦に決まっているじゃない」

 夜闇の中で、花が咲いた。そう思わせる笑顔だった。

 ルーミアは、へなへなと崩れ落ちて尻餅をついた。

「ばか魔理沙……喧嘩の売り買い、していい相手とダメな相手の区別もつかないのかー……」

「黙って見届けなさい、宵闇のルーミア」

 風見幽香は言った。

「魔理沙は魔理沙で、覚悟を決めて当たるべきものを見つけてしまったのよ。私は、その覚悟に応えなければならない。1人の弾幕使いとして」

 おかしな音が聞こえた。

 人形使いの少女が、変な呼吸をしているのだ。悲鳴を上げようとして、上手くいっていない。

 理知的な美貌が、青ざめ引きつっている。面白い顔だ、とルーミアは思った。

 その面白い顔に、風見幽香が微笑みかける。

「今はね、魔理沙を待っているところ……思わぬ面白い顔を見かけてしまったものねえ。貴女、幻想郷に来ていたなら私に会いに来なさいよ」

「……あ……ひ……きゃう……」

 人形使いの少女は、後退りをして木にぶつかった。

 幽香が1歩、迫り寄る。

「こんな所に隠れ住んでいるなんて……つれないじゃない。私ね、あの連中とは笑ってさよならしたつもりだけど、寂しい気持ちが無いわけじゃないのよ? 会えるものなら会いたかった……貴女にだって、会いたかった」

 人形使いの少女は、なおも後退りをしようとするが、背中が大木に密着している事に気付いていない。木の幹に身体を擦り付けるような、おかしな動きをしている。珍妙な声を発しながらだ。

「はぁっ、はひぃいい……ああ、あうっふ、あうああう、うひぃう……」

「落ち着いて、深呼吸をなさい」

 幽香の口調は優しい。

 その優しさが、しかしこの少女を怯えさせている。

「は、花の幽香」

 ルーミアは、幽香の眼前で両腕を広げた。

「このままじゃ神綺様が過呼吸で死んじゃう。日を改めてはどうかなー」

「……庇うの?」

 幽香の目が、にっこりと細まってルーミアを見つめる。

「その子を庇うの? 宵闇のルーミアが、私を相手に」

「神綺様を、虐めないで欲しいなー」

 愛想笑いを、返すしかなかった。

「神綺様には、お世話になってるんだ。妖怪はね、一宿一飯の恩は返さないといけない」

「そう、それが弾幕使いの仁義というもの。偉いわ、宵闇の」

 幽香が、ルーミアの頭を撫でる。

 頭蓋骨が潰れた、と一瞬だけルーミアは思った。

 幽香が問う。

「……ところで。ねえ、神綺様って誰?」

「私も知らない」

 ルーミアは答えた。

「……やっぱり本当の名前じゃないんだね。その子の本当の名前は、なんちゃって闇妖怪の私なんかじゃどうにもならない闇の底に、沈んでる。隠れてる」

「出て来な」

 幽香の口調から、優しさが消えた。

 美貌からも、微笑みが消えた。

「……そこから、出て来なさい」

「ひぃう……ひいぃい……」

 人形使いの少女が、大木の根元に座り込んだ。綺麗な顔は引きつり青ざめ、涙と鼻水にまみれている。

「何、なによ、何なのよォ……何で、貴女がここにいるの!?」

「私はね、あいつらみたいに大人しく隠居なんかしないわよ」

 言いつつ幽香が、日傘を畳んだ。

「貴女も、そうなのでしょう? 彼女のもとを離れて独り、幻想郷で生きる道を歩み始めたのなら……そこから、出て来な」

 幽香の顔に、凜とした厳格さが漲っている。

 美しい。呆然と、ルーミアは感じた。

「自分の名前を、取り戻しなさい」

 幽香が言う。

「魔界の神・神綺の名は……逃げ込む先として使って良い、ものではないのよ」

「な、何を言うの……神綺は私よ、私が神綺よ、魔界の神なのよ! ひれ伏しなさぁいよオオオオオ!」

 人形が、6体。泣き喚く少女の眼前に浮かんだ。

 幽香が、畳んだ日傘を放り出す。ルーミアに向かってだ。

「ちょっと持っていなさい」

「ふおおお」

 ルーミアは倒れた。凄まじい重量が両腕を、上半身を、圧迫して地面に押し付けている。

 両脚をじたばた暴れさせながら、ルーミアは日傘の下敷きになっていた。

「わははは重い、重たいなー」

「だらしないわねえ宵闇の。今度、鍛え直してあげるわ」

 ルーミアを一瞥した眼差しが、まっすぐ人形使いに向けられる。

「……貴女の性根も、叩き直してあげないとね」

 人形の1体を掴んで抱き寄せながら、少女は叫んだ。

「サラ、ルイズ、ユキにマイに夢子! 私を守りなさい! ああアリス、貴女は駄目よ。貴女は他の子の足を引っ張るだけ。貴女は無能、貴女は役立たず」

 真昼のような光が、生じた。

 名付けられた人形5体が、一斉に弾幕を放ったのだ。色とりどりの光弾の嵐が、レーザーの豪雨が、夜闇を粉砕しながら幽香を強襲する。

「貴女は無様、貴女は弱い、貴女は……だけど、本当は強い……こんな戦いで、貴女が本気を出す必要はないのよアリス。つまらない戦いは、夢子たちに任せておきなさい……」

 花が咲いた。ルーミアには、そう見えた。

 幽香のたおやかな全身から、無数の光弾が、大輪の花弁の如く放たれ広がったのだ。

 弾幕の花、であった。

 倒れて動けぬ自分を、幽香が守ってくれた。ルーミアはそう思ったが、まあそんな事はないであろう。

 ともかく。風見幽香の咲かせた花が、人形使いの弾幕を粉砕していた。光弾の嵐も、レーザー光の雨も、それらの発生源である人形5体も、砕け散っていた。

 ひらひらと舞う人形たちの破片を、少女は呆然と見つめている。残る1体の人形を抱き締めながら。

「サラ……ルイズ……ユキ……マイ…………夢子……」

「もう、1人しか残っていないわよ」

 幽香は言った。

「……本気を、出しなさい」

「ば……馬鹿じゃないの、本気なんて出すわけないでしょ……」

 人形を抱いたまま、少女は泣きじゃくり、だがヘラヘラと笑っている。

「貴女みたいな野蛮な妖怪には、ふん! わからないでしょうね……本気を出すっていうのが、どれだけ無様な事か……そうよ、無様よ……馬鹿みたい、本気で戦うなんて……」

 幽香が、無言で空を仰いだ。

 絵画のような満月が浮かぶ夜空。あれが本物の月であれば、この傘を持ち上げる事も出来るのに、とルーミアは思わない事もない。

 それはともかく幽香は、この場にいない誰かと無言で会話をしている、ようであった。

「今……神綺に許可をもらったわ。貴女の、そういうところを改めさせる。叩いて叩いて、叩き直す。その許可をね」

 やはり神綺という名前ではないのであろう少女が、悲鳴を上げながら息を飲んだ。面白い声になった。

 そこへ幽香が、さらに歩み迫る。その許可とやらを本当に得たのかどうかは不明だ。

「少しは考えなさい、無様な人形使い。貴女が何故、幻想郷にいるのか……神綺が何故、貴女1人だけを旅立たせたのか、それを自分の頭で少しはね」

 そんな言葉に応えられるはずもなく、人形使いの少女は面白い顔を晒し、面白い声を漏らし続ける。

 突然、気配が生じた。

 動けぬルーミアの傍らに、何者かが降り立っていた。

「よいしょ……っと、あー。駄目だな、こりゃあ」

 傘を、持ち上げようとしてくれている。

「私じゃ無理、多分こりゃ男でも無理だ。ていうか人間じゃ無理、萃香を呼んで来ないと……いや、霊夢ならいけるか?」

「魔理沙!」

 ルーミアは叫んだ。悲鳴に近かった。

「ばか何しに来た! 今ここには喧嘩売っちゃいけない相手がいるってわからないのかー!」

「喧嘩の売り買いが成立しちゃったんだよ、もう。なあ? 風見幽香」

 霧雨魔理沙が声を投げる。

「まいったぜ、朝起きても夜なんだもの。だけどまあ、一晩ぐっすり寝たし……時間的には朝、って事でいいよな」

「……そうよね。太陽が出ていないだけで、今は朝」

 幽香が振り向いた。

「朝なのに、向日葵も朝顔も太陽の光を浴びる事が出来ない……」

「何て言うか、花に厳しい異変が続いてるよな」

「だから決めたわ霧雨魔理沙。次の異変は、私が起こす。花の逆襲よ。幻想郷に花が咲き乱れる、人妖ことごとく花の養分になる。そんな異変に、してみせるわ」

「させないぜ。今のうちに、お前をぶちのめす……私の知りたい事、洗いざらい吐いてもらう」

 言葉と共に魔理沙の視線が、幽香を迂回した。

 人形使いの少女が、声を震わせる。

「……ま……りさ……」

「よっ」

 魔理沙は片手を上げ、微笑みかけた。

「あれから、どうよ。自分の名前……思い出したか?」



 深夜、なのであろうか。

 絵に描いたように見事な満月が、夜空に浮かんでいる。

 博麗神社の夜景を、高麗野あうんは台座の上から眺めていた。

 妖精が3人、境内で楽しそうに踊っている。

「つっきがぁ~、でったでぇたぁ♪」

「つぅきがぁあでぇえたぁ~、あよいよいっ♪」

「そして沈まないぃ~、あーよいよい♪」

「ちょっとルナ、いい加減にしなさいよ。朝にならないじゃないのっ」

「私のせいじゃないっての。あんたこそ何かさぼってるんじゃないの? この寝坊助サニー」

「なにおう!」

 踊りが、掴み合いの喧嘩になってしまった。

 スターサファイアは、笑うばかりで止めようとしない。仕方がないので、あうんが台座から飛び降り割って入った。

「やめて下さい2人とも。霊夢さんが起きちゃいます、しばかれますよ」

「んー……あの巫女さん、もう起きてるんじゃない?」

 一向に日が昇らない空を見上げ、スターサファイアが言った。

「何か全然、朝にならないけど……一晩、ぐっすり眠るくらいの時間は経ったと思う。サニーが普通に起きてこられたくらいだし、巫女さんだって」

「……どうでしょう。霊夢さん、昨日も随分と呑んでいましたからね。萃香さん、それにあの綿月依姫さんと一緒に」

「そう……やはり、ここにいるのね。綿月依姫が」

 声がした。

 じたばた暴れるサニーミルクとルナチャイルドを抱き押さえたまま、あうんは凍りついた。辛うじて声は出る。

「……八雲……紫……さん……」

「呼び捨ててくれて構わないわよ、一向に」

 扇の陰で、八雲紫は微笑んだ。

「いきなり霊夢の目の前に現れても良かったのだけど……狛犬さんに、一応は訪いの挨拶をね」

「……それは、どうもご丁寧に」

 妖精2人を、あうんは背後に庇った。

「……御用は?」

「博麗霊夢と、話がしたいわ」

 紫は言った。

「ちょっと込み入ったお話よ」

「狛犬ごときには言えない、ようなお話ですか?」

「言えば、貴女は止めるわ。きっと」

「じゃあ止めます。やましい用事で、霊夢さんに会わせるわけにはいきません」

 あうんは言った。

「……お帰り下さい。ここを、通しはしませんよ」

 自分の知る限り、最も恐るべき妖怪が、紫の傍らに控えている。それは承知の上でだ。

 十六夜咲夜、霧雨魔理沙、博麗霊夢。この3名を相手に単身で戦い引き分けてのけた、九尾の大妖獣。

「……あまり手荒な事を、させないで欲しいな」

 八雲藍が、広い袖の中で腕組みをしている。形良く豊かな胸の膨らみを、抱くように。

「偉大なる主に仕える神獣……高麗野あうん、私は君に親近感を抱いているのだよ。仲良くしよう? 私と君が、弾幕戦をするなんて……そんな悲しい事が、あってはならない」

 9つの尻尾が、黄金色の炎の如く揺らめいていた。

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