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異説・東方永夜抄  作者: 小湊拓也
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第47話 プロジェクト・スミヨシ

原作 上海アリス幻樂団


改変・独自設定その他諸々 小湊拓也

 死の天使が、傷を癒してくれた。

 たおやかな両手から、荘厳なる6枚の翼から、優しい光が溢れ出し、西行寺幽々子の全身を包み込む。

 命ある生き物が、この光に包まれたら死ぬ。幽々子には、それがわかる。

 そんな死の光が、幽々子の身体には癒しをもたらす。

 綿月豊姫との戦いで負った傷が、薄れ、消え失せてゆく。

「……ありがとう」

「私の力で癒す事が出来る。そんな存在は、この宇宙においては貴女だけだね。西行寺幽々子」

 死の天使が微笑んだ。寂しげ、に見えるのは幽々子の気のせいか。

「少しばかり強引にでも、ここへお呼び立てして良かったと思う……貴女を、知る事が出来た」

「……私も、貴女に会えて良かったと思うわ。死の天使サリエル」

 幽々子は、笑みを返した。

「私の目……節穴だったわね、どうやら。月の都には、ただ存在しているだけの薄くてつまらない、命を奪うにも値しない生き物しかいないと思っていたけれど」

「現在、月人と呼ばれている生命体は……まあ、そのようなものだね。ほとんどが」

 死の天使サリエルが、じっと幽々子を見つめる。

「その認識を貴女は、いくらか改めてくれたのだろうか?」

「……改めざるを得ないわ。綿月姉妹……それに、貴女のような存在もいる。あの時、貴女が何かしら力を行使していたら、私たちなんて……ひとたまりも、なかったでしょうね」

「貴女は……以前、月の都を訪れた事が?」

「お酒を盗みに、ね」

 幽々子は、思い返した。

「あの時……とても、どろどろとした、ぎらぎらとした何かを、私は月の都の中枢近くに感じたわ。あれは貴女だったのかしら」

「……いや、恐らくは嫦娥であろうな。月の都の、支配者だ」

 名前のみ、幽々子は知っている。

「嫦娥の、主な役割。月の都における、彼女の使命……それは、この私を封印し続ける事だ。封印を、守る事だよ」

「……皆、死んでしまうでしょうね。貴女の力、ほんの僅かにでも溢れ出したら……月の都の、脆弱な生命体など」

「だから嫦娥は、力の大半を封印の守護に注ぎ込まなければならない。私の力が月の都に、ひとしずくも漏れ出さぬように」

「貴女は……ある程度ならば、封印の外へ力を及ばせる事が出来るのではなくて?」

 先程、死の天使の力が、僅かながら幻想郷に及んだ。

「月の都……以外にならば、ね。私は、力の一部を遠出させる事が出来る。月の都だけは駄目なんだ。嫦娥が、しっかりと守っている。全身全霊、己の全てを賭けて」

 サリエルは、愉しげである。

「だが今は……封印の中に、私だけでなく西行寺幽々子もいる。さあ、いつまで封じ込めておけるかな? 健気な嫦娥よ……」



「……そう。依姫さんも、萃香の奴も、戻ってないのね」

 博麗霊夢が呟き、高麗野あうんの頭を撫でる。

 撫でられながら、あうんは何も言えなかった。

「あうんも……随分な目に、遭ったみたいね。私が馬鹿やってる間に」

「霊夢さん……」

「……お留守番、ありがとうね」

 自分は何もしていない、とあうんは思った。

 この博麗神社で自分が安穏としている間、霊夢が、依姫が、萃香が、どれほど過酷な戦いを強いられていたのか。それすらも自分は知らないのだ。

「ただね、また……お留守番、してもらう事になると思う。私、月に行かなきゃいけないから」

 月へ行く。

 突拍子もない話ではあるが、霊夢が行くと言うからには、行く手段があるのだろう、とあうんは思う。

 自分は連れて行ってもらえないのだ、とも。

(……当たり前、よね。私……弱いもの……)

「藍が言っていたわよ。高麗野あうんが博麗神社にいてくれたおかげで、どれほど助かった事か……とね」

 空間が裂け、八雲紫が優雅に身を乗り出して来た。

「不要な戦力など1つもないわ。もう少し、自信と誇りを持ちなさい」

「またそうやって、将棋の名人を気取ろうとする。あうんはね、あんたの駒じゃないのよ」

 霊夢が言った。

 博麗神社の境内である。少し前、この両者はここで死闘を繰り広げた。

「それよりも。萃香はどこよ、どうなったのよ。八意先生と一緒に空へ上がった、なんて話は聞いたけど」

「そのままよ。戻って来ては、いないわ……八意永琳共々、ね」

 重々しく、紫は息をついた。

「……あの子が、心配されるような生き物ではない事くらい、霊夢も知っているでしょう?」

「……そうそう死なない奴だってのは……ね」

「貴女は貴女で、しなければならない事があるのよ霊夢」

 紫が、ふわりと石畳に降り立った。

「……紅魔館が今、月へ征くための準備をしているわ」

「知ってる。レミリアの奴が随分、張り切ってたわよね。何でも……馬鹿でっかい三段の筒で、月まで飛んで行くとか」

 霊夢が、じろりと紫を睨む。

「正直……そんなのより、あんたのスキマを使った方が確実なんじゃないかって思うんだけど」

「……私の力で、月の都へ乗り込む経路。確かに、あったわ」

 紫が、微妙に目を逸らす。

「今は駄目。すでに、綿月豊姫によって塞がれてしまった」

「萃香から聞いてるけど。あんたたち大昔に1度、月に攻め込んでるのよね?」

 逸らされた紫の目を、霊夢の眼光が執拗に追う。

「そのせいで……八雲紫の能力は、あの綿月豊姫に随分と警戒されちゃったみたいねえ。戦ってわかったけど、あいつ多分あんたの力を研究し尽くしてるわよ」

「……確かに、私の戦い方はことごとく完封されていたわね。彼女の近くでは、スキマを開く事すら出来ない」

「スキマで月に行く道も、きっと封鎖されてるのよね。研究熱心で用意周到」

 霊夢は、晴れた空を仰いだ。

「あの光る糸……フェムトファイバーとか言ったっけ。アレだって大昔から、きっと何千年もかけて改良し続けてきたんだと思う。それを戦いに使う技も」

 幻想郷に、朝と昼が戻った。まだ月は出ていない。

 見えない月を、霊夢は見据えているようであった。

「知識と努力と探究心……まるで魔理沙みたい。綿月豊姫、敵ながら頭が下がるわ」

 言いつつも頭など下げず霊夢は、見えない月を睨んでいる。

 紫が言った。

「そんな敵がね、幻想郷を滅ぼすと言っている。こちらから滅ぼしに行く姿勢でなければ、勝てない相手よ。だから霊夢、貴女にも努力と探究をしてもらう必要があるわ」

「……付け焼き刃で、何かさせようって言うの?」

「神降ろしよ」

 巫女・博麗霊夢にとって、最大の苦手分野であった。

「三段の筒には、巫女の力で神を降ろしてもらう必要がある。航海の、神様をね」

「なるほど。神様の力業で、月まで運んでもらうと」

 霊夢が顎に片手を当て、難しい顔をした。

「月まで行くのは……航海、なわけね。航海の神様って言うと、住吉様……だけど秋姉妹が精一杯の私じゃ、ちょっと手に負えないわ」

「だから修業をしなさい、というお話よ。住吉三神を降ろせるように」

「何年かかるか、わかんないわ。幻想郷を滅ぼそうって奴が、それまで待っててくれるわけもなし……それより紫、あんた忘れてない?」

 霊夢が言葉巧みに修業から逃げようとしている、とあうんは思わなくもなかったが、悠長な事をしている余裕がないというのは事実だろう。

「私なんかより……ずっと神降ろしの出来る巫女さんが、いるじゃないの」



 綿月豊姫が青ざめ、息を呑んだ。

「…………何……これは、何なの? 岡崎教授……」

「戦力だよ」

 無数の透明な柱が立ち並ぶ空間。

 見渡しながら、岡崎夢美は言った。

「使い捨ての、戦力だ。お気に入りの武器として愛でるものではないから、美しくある必要はない……私の知る限り、この宇宙で最もおぞましい力だ。大いに使い潰し、使い捨てるつもりでいる」

 可能性空間移動船が、中破した。

 現在、修復作業中である。北白河ちゆりが、忙しく動き回っている。

 艦内の、この区画は無事であった。

 透明な柱は、全て円筒形のカプセルだ。培養液で満たされた内部に、人影が浮かんでいる。

 人間サイズ、人間の体型。だが決して人間ではあり得ないものたちが無数、培養されているのだ。

「……た、確かに……兵器としての、凄まじい力は……感じられるわ。ここにいても、身の毛がよだつほど」

 豊姫が、後退りをした。

「……穢れ……凄まじい、穢れ……まるで、幻想郷……」

 培養液の中で、無数の葉が、蔓草が、揺らめいている。色とりどりの花が、咲いている。

 植物の塊、であった。

 様々な草葉が、花々が、四肢のある人の形に集合しつつ生い茂っているのだ。

 そんなものたちが、見渡す限り立ち並ぶカプセルの中で、今はまだ眠っている。

「……この穢れ……幻想郷、そのもの……」

「ちゆりの体内に残っていたものを、私の技術で培養し、生体兵器としての特性を強化した」

 おぞましい実験作業ではあったが、ちゆりは協力してくれた。

「……貴女たちは」

 豊姫が呻く。

「こんな、おぞましいものどもを使って……一体、何をしようと言うの」

「個人的な復讐だよ。正直、この程度の戦力では心もとない相手ではあるが」

 憎しみはある。それと同等に、恐怖心もある。

「……私はね、この可能性空間移動船に恥じない、自由な航行者でありたいと思っている。だが今のままでは……敗北者、逃亡者でしかない」

「…………敗北者……」

「2度、敗れた。立て続けにだ」

 微かに、夢美は唇を噛んだ。

「1度目の敗北は……そのせいで、貴女との共同作戦を台無しにしてしまった。風見幽香……あやつを、倒す」

 言いつつ、見据える。風見幽香の置き土産とも言うべき、怪物の群れを。

 ちゆりの体内に残されていた僅かな植物組織。それが今や異形の軍勢と化し、培養液の中で出撃命令を待っているのだ。

 植物の兵士。

 1体1体が、風見幽香と同等の戦闘能力を有している。

 それは、しかしデータ上でのみ成り立つ計算である。実戦でどれほどの力を発揮してくれるのかは、まだわからない。

「2度目の敗北……」

 自分の言葉に恐怖心が滲み出るのを、夢美は止められなかった。

「あれが……貴女がた月の都が、長らく戦い続けてきた相手なのか……」

「……あちらは恐らく遊び半分よ。戦いですら、ないのかも知れない」

 豊姫の口調にも、怯え、に近いものがある。

「彼女は……その気であれば私たちを殺し、月の都を攻め滅ぼす事も出来たわ。気分次第で、それを次の機会に回してしまう……」

「私たちは、遊び道具でしかなかった」

 夢美は、思い返してみた。

 風見幽香の姿は、思い浮かべる事が出来る。彼女は、まだ辛うじて夢美が把握出来るところにいる。

 だが。宇宙の深淵そのもののような、あの怪物は。

 姿を、思い出せない。全容を、把握出来ない。

 禍々しく揺らめく気配だけを、夢美は覚えていた。それだけは、忘れる事が出来ない。

「……あの恐ろしいものに、私は……ずっと、永久に、怯え続けなければならないのか? 嫌だよ、私は。この夢幻遺跡は、逃げるための船ではないんだ」

「……だから、戦うと言うの? 月の都を脅かす、あの敵と……無関係の、貴女が……」

「もう戦ってしまった。そして負けた」

 夢幻遺跡。

 それは発見者・岡崎夢美に対する揶揄が込められた名称ではある。

 構わなかった。

 夢美は今、この夢幻遺跡という名に、誇りを見出している。

 逃亡者の船であっては、ならないのだ。

「今や月の都だけの問題ではないんだよ綿月豊姫。私は風見幽香を倒し、あの宇宙の深淵の如き怪物をも倒す。あれは……生かしておいてはならない、という気がする。私のこの戦いを、貴女は利用出来るものならしてみれば良い」



 幻想郷の、夜が明けた。

 朝昼には、空に太陽があって月が見えない。当たり前の状況が、戻って来たのだ。

 見えぬ月を、レイセンは見上げている。

 涙ぐんでいた。

 玉兎、という種族であるらしい。もしかすると、昼間でも月が見える生き物であるのかも知れない、と今泉影狼は思った。

 迷いの竹林。影狼の、自宅の前である。

 溢れる涙と鼻水を拭おうともせずにレイセンは、見えない月を見つめていた。

 故郷を懐かしんでいるのであれば、話しかけるべきではないのかも知れない。

 だが影狼は、ハンカチを差し出しながら声をかけていた。

「……月に、帰りたい?」

「……ありがとう……別にね、そういうわけじゃないのよ……」

 レイセンはハンカチを受け取り、顔を拭い、鼻をかんだ。

「ただ……依姫様に、会いたくて……月の都で、私の面倒を見て下さった方よ」

 恩師、以上の人物なのであろう。レイセンにとっては。

「月そのものは正直どうでもいいの。今はもう依姫様いないし……依姫様にね、厳しくしていただいたり慰めていただいたり、その思い出が月に残っているだけ」

 依姫様なる人物の事を訊いてみようとして、影狼は躊躇った。

 故人、かも知れないからだ。

 影狼の頭で、獣の両耳がピンと震えた。

 竹が鳴った。足音が、聞こえたのだ。

 影狼は思わず、レイセンに抱きついていた。

「ひいっ、誰か来る!」

「今泉さん貴女、臆病……って言うより、人見知りなのね」

「だだだだって、恐い! 誰かに会うの恐い!」

「初対面の時……私の事は、恐がってくれなかったわよね」

「……レイセンさん、弱りきっていたから」

「私は玉兎の戦士だぞ!」

『……あら、こんな所に玉兎』

 レイセンの言葉に応じながら、その女性は、竹の茂みから姿を現していた。

 長い髪を束ねた、若い娘。少女と呼べるか。

『月の都が嫌になったのかしら? やる事と言えば、自力で動けない生き物の介護だけだものねえ』

 微笑む笑顔は、美しい。

 自分ごとき小妖怪を、笑いながら捻り潰す者の美貌だ、と影狼は思った。

 へなへなと座り込む影狼を放置して、レイセンがふらりと歩き出す。

「…………依姫……様……?」

 呆然と、呟く。

「……御無事で、いらっしゃったのですね……良かった……」

 依姫様、であるらしい美少女に歩み寄ろうとするレイセンの足が、止まった。硬直した。

「……………………違う…………誰……?」

 被り物か本物か判然としない耳が、不安げに震えている。可愛らしい顔が、引きつり、青ざめる。

 そんなレイセンに、依姫様なのかどうかわからぬ少女が微笑みかけた。

 その頭上に、光の球体がぼんやりと浮かんだ。

 広げられた両手の上にも、左右1つずつ、同じような光球が浮かんでいる。

 3つの、光の球体。惑星だ、と影狼は感じた。いや、1つは月だ。

 頭と両手で、3つの天体を捧げ持つ少女。

 その胸で、形良く膨らんだ衣服に文字が生じた。不吉な、光の文字。

 読めない。

 だが影狼は、唱えるだけで災厄をもたらす呪いの言葉に違いない、と確信していた。

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