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異説・東方永夜抄  作者: 小湊拓也
45/90

第45話 鈴仙軍団、内紛

原作 上海アリス幻樂団


改変、独自設定その他諸々 小湊拓也

 夜が明けた。

 幻想郷に生きる誰もが待ち望んだはずの、朝が来たのだ。

 自分の心は、しかし闇夜のままだ、と鈴仙・優曇華院・イナバは思う。

「……任務……完了です、嫦娥様……」

 呟きながら、迷いの竹林を彷徨い歩いている。

 永遠亭からは、まだ、そう離れていないはずである。

 帰れなくなってしまいたい。竹林の奥で、迷い果ててしまいたい。鈴仙は、そうも思った。

 八意永琳の暗殺。それが、最初の任務であった。

 鈴仙が逃亡兵を装い、永遠亭への潜入を果たした時には、しかし永琳はすでに蓬莱人だった。

 任務は、変更された。

 永遠亭を守る、不変の結界の排除。それが鈴仙の、新たなる任務であった。

 全ては、果たされた。鈴仙の働きによるもの、ではないにしてもだ。

 八意永琳は、死んではいないにせよ永遠亭から消え失せた。不変の結界も消滅した。

 蓬莱山輝夜という、この宇宙で嫦娥を最も脅かす者も、打倒されたのだ。

「嫦娥様……任務、完了です……鈴仙は……月の都へと、帰還……」

 帰還、出来ないから何だと言うのか。

 嫦娥にとって最良の状態が、もたらされたのである。忠実なる玉兎の戦士としては、慶ぶべきなのだ。寿ぐべきなのだ。

 無能な玉兎が1匹、地上に取り残されたというだけの話である。

「…………私は……」

 鈴仙は、少し大きめの竹にぶつかった。その竹に、もたれかかった。

「……どう……すれば、良いのですか? 嫦娥様……」

「まったく……情けないったらないわね、私」

 声がした。

 何者かが足取り強く、竹を鳴らし、歩み寄って来る。

「こんな、自分ってものを欠片も持ってない奴に……あんな、いいように操られるなんて」

 揺れる紙垂が見えた。

 紅白の衣装と、黒髪。死の色合わせだ、と鈴仙は思った。

「あんたにね、死ねって命令されたら……普通に、死ぬ。私……ずっと、そんな状態だったのよね」

 にっこりと、博麗霊夢が微笑みかけてくる。

 死の笑顔だ、と鈴仙は思った。自分は、今から殺される。

「私……あんたに、何回も殺されてたのよね」

 言いつつ霊夢が、歩み寄って来る。

 鈴仙は、後退りも出来なかった。竹にすがりついた身体が、硬直している。

 この紅白の巫女が、お祓い棒を一振りするだけで、自分は竹もろとも折れて砕ける。

「……うん、勝ち負けで言えば私の負け。あんたの勝ち、お見事よ鈴仙少尉殿」

 右手でお祓い棒を構えたまま、霊夢は左手で呪符の束を広げた。

「博麗の巫女が妖怪に負けっ放しだとね、幻想郷のためにも良くないわけよ。だから私、今からあんたに勝たなきゃいけないんだけど……そうねえ。何回くらい殺したらいいのかしら」

 霊夢が、じっと見つめてくる。睨んでくる。

 その瞳に、1匹の見すぼらしい兎が映っていた。両眼が赤く弱々しく発光しているだけの、非力な玉兎。

 無理だ。

 今の鈴仙に、この赤い眼光を相手の心に植え付ける事は出来ない。

 ただ赤いだけの弱々しい眼光が、霊夢の燃え盛る眼差しに焼き砕かれてしまう。

 硬直していた鈴仙の身体が、いつの間にか地面に座り込んでいた。

「嫦娥様……」

 そんな声が、漏れてしまう。

 この宇宙で最も貴き存在に、自分は助けを求めているのか。

 無能な玉兎など、嫦娥に見放されて当然なのである。

 また1歩、霊夢がゆらりと迫って来る。

 楽になれる、と鈴仙は思った。このまま殺されれば、この惨めな思いから解放される。

 隕石が、降って来た。

 小規模な隕石が、斜めに宙を裂いて霊夢を直撃する。

 いや、霊夢は後方にふわりと回避していた。隕石が地面を穿ち、大量の土を舞い上げる。

 土煙の中、うずくまっているのは隕石ではなかった。ピンと触角を立てた、1人の少女である。

「……ったく、何ボーッとしてんのよ鈴仙隊長!」

「リグル……」

 身を起こし、霊夢と対峙するリグル・ナイトバグの背中を、鈴仙は呆然と見上げた。

 リグルだけでは、なかった。

「ああもう、夜なら鳥目にしてやれたのに!」

 猛禽の如く飛来したミスティア・ローレライが、霊夢に向かって光弾の雨を降らせている。

「ほら早く逃げて、鈴仙少尉!」

「貴女たち……」

 逃げろと言われても、身体が動かない。声は出せる。

「……私の……洗脳……」

「そんなの、とっくに解けてるわよ。まさか気付いてないとは思わなかったけど」

 リグルが無理矢理、鈴仙を助け起こした。

 傍に、ミスティアが着地する。

「博麗の巫女! うちの隊長をいじめるのは許さないよっ!」

「……あんたたちもね、そのダメ兎を甘やかしてんじゃないわよ」

 ミスティアの光弾を霊夢は全て、お祓い棒で叩き砕いていた。

 部下2名に、守られている。庇われている。

 呆然と、それを実感しながら、鈴仙は訊いた。

「…………いつ……?」

「一緒にお風呂入ったじゃない。その時には、もうね」

「私たちを抱き締めて、泣いていたわね鈴仙隊長……博麗の巫女、あんたはどうだったの?」

「……私は普通に、まだ洗脳されてる最中だったわ」

 リグルの問いに、霊夢は悔しげに答えた。

「そう。あんたたち2匹とも、あの時には正気に戻ってたわけね」

「……何故……何で、どうして……」

 鈴仙の、声が震えた。

「……私の……洗脳催眠に、かかった……ふりなんて……」

「それは、まあ……うーん」

 ミスティアとリグルが、少し困ったように顔を見合わせた。

「…………かわいそう、だったから」

「……………………うわぁあああああああああああん」

 鈴仙は、泣き出していた。

「ひどい……ひどいわ、みんな……お師匠様も姫様も、てゐも貴女たちも……みんなで私を哀れんで、私をバカにして……私を泳がせて、バカっぷりを楽しんでいたのね! ひどい……ひどいよう……」

「そんな事言わないで、隊長」

 リグルが、鈴仙の頭を撫でた。

「ねえ、かわいそうな鈴仙少尉。貴女がね、私たちに色々良くしてくれたの……ちゃんと、覚えているわよ」

「重ねて言うけど博麗の巫女! かわいそうな鈴仙隊長をいじめるのは、私たちが許さないよっ!」

「かわいそうって言うなああああああああああ!」

 逃げるべきなのだろうが、鈴仙は涙が止まらなかった。



 永遠亭の、最も奥まった区画。最も、日の当たらぬ部屋。

 そこを因幡てゐは、スカーレット姉妹に宛てがってくれた。

「あの薬を飲んだ方が、早く治るんじゃないのかね。まあ別に、とっとと出て行けと言ってるわけじゃあないんだが」

「……ありがとう。それなら、ここで少しのんびりさせて下さるかしら」

 レミリア・スカーレットは、笑ったようだ。

 可憐な美貌は痛々しく包帯に覆い隠され、表情が見えない。

 小さな全身を包帯で巻き包んだ、悲痛極まる姿で、レミリアは布団の上に座り込んでいる。

「あの薬は……効き過ぎて、恐いわ」

「それは同感。ま、あんたは夜になって月の光でも浴びれば治るだろうしね」

 てゐは立ち上がった。

「昼間は、ゆっくり寝てるといい。周りの連中、あんまり騒ぐんじゃないよ。怪我人なんだから」

「感謝するわ。パチェの事と言い、貴女がたには面倒をかけ通しね」

「寝床を貸しているだけさ。悪いけど今から私、ちょいと忙しくなるから。お構い出来なくなると思う」

「……薬屋の仕事が、立て込んでるのか」

 霧雨魔理沙が言った。

「大変だよな……」

「何、私も八意先生には色々と叩き込まれているからね。簡単な薬の調合くらいは出来るさ」

「調合なら私、出来るかも知れない。何か、手伝えないかな」

「時間ある時に、腕前を見せてもらうよ」

 てゐが言葉を残し、部屋を出て行った。

 少し残念そうにしている魔理沙に、十六夜咲夜は言葉をかけた。

「……殊勝な事を言うのね、随分と」

「八意先生っていうのは……あの薬を作った、お医者さんだろ」

 魔理沙は言った。

「会ってみたいと思っていたんだ。私らと入れ違いに、何か行方不明になっちまったらしいけど……それはそれとして、この永遠亭とは関係を保っておきたい」

「月の勢力との戦いが、まだ続く」

 魔理沙の傍らで行儀良く正座をしたまま、アリス・マーガトロイドが言った。

「……魔理沙は、そう思っているのね」

「幻想郷を滅ぼす。あの綿月豊姫はな、そう言ったんだぜ」

 魔理沙が、腕組みをした。

「言葉の脅しで済ませる奴じゃあないと、私は思う。何かゴタゴタがあって引き上げたみたいだけど、そのゴタゴタが片付いたら間違いなく、また攻めて来るぞ」

「やはり……幻想郷の守り手にふさわしいのは、霊夢ではなく貴女の方ね魔理沙」

 包帯の隙間で、レミリアの赤い両眼が興味深げに輝く。

「霊夢は……ふふっ。私たちの側、だものね」

「……もちろん、あいつも大概だが。ちょっと見ない間に、お前も一層バケモノになったなレミリア」

 魔理沙が、眼差しと言葉を返した。

「強くなった、って言うよりも……お前が、その妹に怯えるあまり、元々持ってたものを萎縮させてただけか」

「どうかしら、ね」

 隣の布団で愛らしく寝息を発しているフランドール・スカーレットの頭を、レミリアはそっと撫でた。

「……霊夢は今、どこに?」

「永遠亭の中を、うろついてました。何やら、獲物を求める肉食獣みたいに」

 レミリアの問いに答えたのは、紅美鈴である。

「誰か探してますね、あれは。それも、ちょっと不穏な理由で」

「鈴仙優曇華、だろうな」

 魔理沙が言った。

「何しろ霊夢の奴、あいつのせいで大変な不覚を取った。ちょっとな、ひと段落ついたから仲良しこよしってわけにはいかないと思うぜ」

「……止めた方が、いいのかしら」

 アリスが、鈴仙を気遣っている。

「あの鈴仙、生きる気力を無くしかけているように見えたわ。霊夢に攻撃されたら、無抵抗で殺されてしまうかも」

「……自力で生き延びてもらう、しかないと思うぜ。アリス、お前が立ち直ったみたいに」

 レミリアも、フランドールと戦う事で立ち直った。

 いや、魔王としての目覚めを得た。それを、立ち直ったと呼べるのだろうか。

 レミリアにとって幸せな事であったのかどうか、咲夜はまだわからずにいる。博麗神社で、霊夢の庇護を受けながら平穏無事に、魔王ではなく1人の少女として生きる道も、確かにあったはずなのだ。

 魔理沙が、なおも言う。

「月の連中と戦うのに、鈴仙は欠かせない戦力だぜ。生きる気力を無くしたまんまで、いて欲しくない」

「月の連中と戦う……本気なんだな、霧雨」

「紅美鈴、お前の力だって必要になるぜ」

「そいつらが攻めて来るなら、もちろん出来る事はする。だけど……私なんかよりずっと戦力になる、そのくせ元気を無くしちまってる奴が1人いるんだ。そいつを、何とか立ち直らせたい」

 美鈴がここまで言うのは一体、誰の事なのか。自分も知っている何者かの事か、と咲夜が思った、その時。

「月の勢力と戦う……それが貴女の本気、という事でいいのね、魔理沙」

 声がした。

 パチュリー・ノーレッジが、いつの間にか、そこに座っていた。

「……それなら、攻めて来るのを待っていては駄目。こちらから、月に攻め込むのよ」

「……月へ行く手立てが、何かあるのか?」

「あるわ」

 パチュリーの眼差しが、魔理沙からレミリアに移った。

 レミリアはしかし、パチュリーの傍らで正座をしている少女に、微笑みを向けている。

「元気になったのね、小悪魔」

「……元気ではありません。私、存在そのものが消滅しかけておりましたから。自分の姿形をこうして維持するのが、今のところは精一杯です」

 小悪魔の声には、感情が無かった。

「私を、消滅から救って下さった事……感謝いたします、レミリアお嬢様。ですが私……まだ、貴女を許す事が出来ません」

「いいのよ、貴女はそれで」

 レミリアは言った。

「これは何度でも命じておくわ小悪魔。私とパチェが仲違いをした場合、貴女は常にパチェの味方をなさい。明らかにパチェに非がある場合でも。いいわね?」

「……言われるまでも、ありません」

 感情が無い、わけではなかった。小悪魔は、感情を押し殺している。

「……いい加減になさい、2人とも」

 パチュリーが言った。

「レミィと仲違いなんて、そんな命知らずな事を私するわけがないでしょう? それよりも……皆に、聞いて欲しい事があるの」

 月に、征く。

 パチュリーは今、その事に命を燃やそうとしている。紅魔館で尽きかけ永遠亭で拾った、儚い命をだ。

「私……この永遠亭に、とてつもない借りを作ってしまったわ。八意先生も輝夜さんもいない、こんな状況を放置したままでは……紅魔館で、偉そうに居候をし続ける事も出来ない……だから……」

 パチュリーが、レミリアを見つめた。

 レミリアは無言で、パチュリーに続きを促している。

「だから……お願いよ、レミィ……」

 パチュリーが被り物を脱いだ。頭を下げようとしている。

 レミリアが、片手を上げた。

 痛々しく包帯の巻かれた、小さな手。

 一見弱々しい、その動きが、パチュリーを止めた。パチュリーの平伏を、制止していた。

「私に……して欲しい事だけを言いなさい、パチェ」



 リグルとミスティアが、倒れ重なっている。

 両名の身体をまとめて片足で踏み付けながら、博麗霊夢は笑って見せた。

「思ったより、やるわねえ2匹とも。少なくとも、そこのダメダメ兎よりはずっとマシ。どうよ、本格的に退治されてみる?」

「うっぐぐ……な、何やってるのよ鈴仙隊長……」

 リグルが、続いてミスティアが、霊夢の足の下で呻く。

「早く……逃げろってば……!」

「お黙り……」

 空気が震えるほど、低い声だった。

「隊長に……命令するんじゃないわよ……」

「……ふん? 少しは隊長らしい事、やってみようって気になったわけ」

 霊夢の挑発に、鈴仙は言葉では応えない。

 ただ、泣いている。涙を流している。

 大量の涙が蒸発してしまいそうなほど、眼光を燃やしている。

 赤く燃え輝く瞳が、霊夢を睨む。

 それは、霊夢が1度は不覚を取った、催眠洗脳の眼光ではなかった。

 物理的破壊力を有する、真紅の殺人光線。

 鈴仙の目から激しく迸ったそれを、霊夢はかわした。空中へと。

 跳躍が、そのまま飛行になった。

 頭を抱えて地面にへばり付くリグルとミスティア、両名の頭上を真紅の破壊光線が通過する。

 鈴仙が、上空を睨んだ。

 空中から、霊夢は睨み返した。

「立ち直ろうとする奴って、本当……気に入らないっ!」

 呪符の束を、投げ付ける。

 直進し、あるいは弧を描き、上方の様々な角度から降り注ぐ呪符の豪雨を、鈴仙は両手の人差し指で迎え撃った。

 鋭利な指先が銃口となり、真紅の光弾を速射・乱射する。

 乱射に見えて、狙いは恐ろしいほどに正確だった。

 呪符は、全て撃ち砕かれていた。

 その時には、霊夢はしかし着地していた。

 着地した足で地面を蹴り、お祓い棒を振りかざす。鈴仙に、殴りかかる。

 回避も防御もせずに、鈴仙が人差し指を向けて来る。

 その指先から、光弾が発射される事はなかった。

 霊夢も、お祓い棒を叩き込む事が出来なくなった。

 喉の辺りに、剣先が突き付けられているからだ。

 鈴仙の細い喉元でも、鋭い刃が静止している。

「双方、そこまで……!」

 白楼剣を霊夢に、楼観剣を鈴仙に、それぞれ突き付けたまま魂魄妖夢は言った。

「……おかしな試しはやめておけ、霊夢」

「試し……」

 鈴仙が呟く。

「何を……私の、何を……試すの……?」

「あんたを捨てた御主人……あの綿月豊姫とね、戦えるかどうか」

 霊夢は言った。

「駄目ならね、大人しく幻想郷で待ってなさい。誰も責めないから」

「戦う……豊姫様と……」

 鈴仙は、まるで理解していない。

「何を……言っているの……?」

「幻想郷を滅ぼす、なんて言ってる奴をね、放っておけるわけないでしょうが」

 理解出来なくて当然だ、と霊夢は思う。あまりにも常軌を逸した事を、自分たちは行おうとしているのだ。

「パチュリー・ノーレッジが言っていた。幻想郷から月へと向かう、算段がつく……かも知れん、とな」

 呆然としたままの鈴仙の肩を、妖夢は掴んだ。

「私たちと共に戦え、鈴仙……貴様も、私も、戦うしかないのだ」

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