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異説・東方永夜抄  作者: 小湊拓也
44/90

第44話 永遠の夜が明ける

原作 上海アリス幻樂団


改変、独自設定 小湊拓也

 ドレミー・スイートの仕業か、と八意永琳は思った。

 幼い頃の蓬莱山輝夜が、目の前にいる。いくらか丸みのある可憐な美貌と、さらさらと艶やかな黒髪。

 倒れた永琳を、心配そうに見つめている。

 月の都にいた頃の夢を、自分は見ている。

 ドレミーが輝夜に化けて、またしても何か伝えようとしている。

 そんな事を思いながら永琳は、ぼんやりと夢の世界を見回した。

 可愛らしい調度品の置かれた、あまり広くはない部屋の中。

 いくらか窮屈な寝台の上に、自分は横たえられている。

 身体には、包帯が巻かれているようだ。

「目が覚めたのね。大丈夫? どこか痛い?」

 幼い輝夜が、声をかけてくる。

 否、輝夜ではなかった。夢の中でもない。

 片手で頭を押さえながら、永琳は上体を起こした。

「……ここは?」

「私たちの家。貴女、森の中に倒れていたのよ」

 輝夜に少し似ている、小さな少女。背中から、透明な翅を広げている。

 妖精であった。

「すっごい大怪我してたんだから」

「……手当てを、してくれたのね」

 怪我をしていた、という事は、自分は死ななかったという事だ。死ねば、無傷の状態で復活する。妖精のように。

「なおかつ……どうやら貴女のベッドを、占領してしまっているのね私」

「くじ引きでね、私の部屋に決まっちゃったのよ」

「ありがとう。いずれ本格的なお礼をさせてもらうわ」

 永琳は軽く、片手をかざした。

 窓から、眩しい陽光が射し込んで来る。

「……夜が、明けたのね」

「そうなのよ。まったく、何だったのかしらね」

 輝夜に似た妖精の少女が、憤慨している。

「ずっと夜だし、月から変なものが攻めて来るし。私たち、ひどい目に遭ったんだから」

「そう……月人の軍勢が、貴女たちにも攻撃を加えたのね」

「……貴女、あれと何か関係があるの? だったら話してもらうわよ色々と」

「ふふ……私は、貴女たちの捕虜のようなもの。尋問は、受けるべきよね」

 永琳は、ちらりと視線を動かした。

「貴女たちも。訊きたい事があるならどうぞ、何でも答えるわよ」

 ぎくり、と音が聞こえたような気がした。

「私に、何か悪戯をする。その効果的な方法を知りたいなら教えてあげるわ……姿を消すだけでは、駄目ね」

「ちょっとサニー、見つかっちゃったじゃないのっ」

「あわわわ、そ、そそそそんなはずは」

 慌てふためきながら、妖精の少女がもう2人、姿を現していた。

「どっどうして、何でバレちゃったのか、まずそれを訊きたいな……」

「光の屈折を利用した、ごく初歩的な光学偽装。見ればわかるわ」

 永琳は、微笑みかけた。

「とは言え……道具も無しに、そんな能力を使いこなす。面白いわね、私も貴女たちに色々と訊いてみたいわ」



「お前、派手に血反吐ぶちまけてたよなあ。大丈夫か?」

 紅美鈴が、訊いてくる。

「手伝ってくれるのは助かるけど、あんまり無理しないようにな」

「私は大丈夫……あの薬を飲むと、ああなるらしい」

 言いつつ魂魄妖夢は、お茶を啜った。

 因幡てゐが、淹れてくれたのだ。

「体内の破損箇所を無理矢理に修復しながら、汚れた血液を口から体外に放出する……地獄のような不味さに、苛まれながらな」

 永遠亭の、縁側である。

 今は、休憩時間だ。

「だが見ての通り、薬効は素晴らしい。死にかけていた私が、あっという間に、肉体労働が出来るほどまで回復した」

 死の天使たちの攻撃で、妖夢は重傷を負った。

 死にかけながら妖夢は、さらに死にそうな思いをして、あの薬を飲んだ。

 その間に、紅魔館の軍勢が永遠亭に現れ、死の天使の群れを撃滅してくれた。

 その戦いで、永遠亭の一部が破壊された。

 紅美鈴が修繕工事を始めたので、妖夢は今それを手伝っている。

「それにしても紅美鈴……お前、恐ろしく手際が良いのだな。あれほど壊れていたのに、もうあらかた元通りだ」

「お前が手伝ってくれるからな、魂魄妖夢」

 美鈴は菓子を食らい、お茶を飲み、笑った。

「いやあ、うちの紅魔館がさ。割と頻繁にぶっ壊れるんだよ」

「直すのは大抵、お前か……白玉楼も同じだ。力仕事をする者が、私しかいない」

 西行寺幽々子が、姿を消した。

 それに関しては、出来る事が何もない。

「力仕事……ね。ふうむ」

 美鈴が、ちらりと妖夢を観察する。

「……お前、なかなかやるね。刃物の扱いは、うちの咲夜さんとほぼ互角。剣の勝負だけなら、妹様よりも上と見た」

「フランドール・スカーレット、と言うのだな。あの吸血鬼の剣士……冥界で、大いに暴れてくれた」

 博麗霊夢と同じく、潜在能力の塊とも言うべき怪物だった。

「それに、あの十六夜咲夜……パチュリー・ノーレッジ……そして」

 フランドール・スカーレットの、姉。

 妹共々、外の世界から八雲紫が引き入れた怪物であるという。

 八雲紫がそれをしなければ、外の世界は恐らく滅びていただろう。

 レミリア・スカーレットとは、見ただけで妖夢にそう確信させる存在であった。

「……紅魔館というのは、化け物の巣窟か?」

「私1人だけが、雑魚さ」

「……どうかな、それは」

 今、この場で斬りかかったとして。

 紅美鈴が、容易く斬り殺されてくれる相手だとは、妖夢には思えなかった。

 美鈴が、湯飲みを置いた。

「なあ魂魄妖夢……あいつが、いたよな。藤原妹紅」

「知っているのか?」

「あいつと戦って、負けた事がある。ボコボコにされたよ」

 藤原妹紅は、気がついたら、いなくなっていた。

「だからな、あいつが何かこう……腑抜けた感じになってると、私はあんまり気分が良くない。まったく、ぼんやりしやがって。一体何があったのか、訊いてもいいか?」

「……少しばかり因縁のある相手を、失ってしまったようだ」

 藤原妹紅にとっての蓬莱山輝夜は、自分にとっての西行寺幽々子か。

 自分もまた、いつ妹紅のようになってもおかしくはないのか。

 死の天使たちの、本体とも言うべきものによって、幽々子は月へと連れ去られた。

 ならば自分も月に行くとして、その手段はどこにあるのか。

 幻想郷にあって、最も月に縁深い場所……ここ永遠亭で、何かを掴むしかないのか。

 妖夢は、縁側から立ち上がった。

「……作業を、終わらせてしまおう」

「大丈夫か? お前……何か、無理をしてないか」

「……お前こそ、無理をしているのではないのか」

 美鈴の衣服の下には、包帯が巻かれているはずであった。

「あのフランドールに、腹を抉られていたようだが」

「あんなのは紅魔館じゃ日常茶飯事でね」

 美鈴が、己の鳩尾の辺りを愛おしげに撫でている。

「妹様の……あの可愛いお手々がさあ、私のはらわたをクチュクチュまさぐってくれるんだぞ……咲夜さんのナイフとどっちがってぇくらい、たまんない御褒美だってのよぉおおお」

「……貴様も、面白い奴だな」

 それだけを、妖夢は言った。



 小悪魔が、うっすらと目を覚ました。

 ぼんやりとした、その瞳を、パチュリー・ノーレッジは見据えた。

「……パチュリー……さま……?」

「おはよう小悪魔。良い夢は見られたかしら?」

 永遠亭の、一室である。

 小悪魔の寝ている布団の傍らで、パチュリーは正座をしている。

「……あ……も、申し訳ございません……今、薬湯の御用意を……」

「寝ていなさい。貴女、記憶が混乱しているわね」

 起き上がろうとする小悪魔を、パチュリーは繊手でやんわりと押しとどめた。

「のんびり休みながらでいいから、自分のした事を思い出して御覧なさい。言っておくけれど、あれは夢ではないわよ」

「……私……生きている……んですね……」

「死なれてたまるものですか。貴女にはね、言わなければならない事が山ほどあるのよ」

 山ほどの説教が、胸の中で渦巻いている。なのに口から上手く出て来ない。

 パチュリーは、溜め息をついた。

「……まず1つ。私はね、貴女の所有物ではないのよ」

「……パチュリー様が……私の、所有物だったら……いいのに……」

 布団の中で、小悪魔は泣き出していた。

「そうなら……私、パチュリー様に危険な事なんて絶対にさせない……あんな吸血鬼のために、お命を削るような事なんて……」

「……私、貴女に随分と心配をさせてしまったのね。それは謝っておくわ」

「そんな……パチュリー様……」

「ただ。貴女が、してはならない事をしたのは事実よ」

「……懲罰を……下さい……」

 小悪魔の涙目が、じんわりと熱を帯びた。

「パチュリー様の……お仕置きを、どうか……」

「貴女には働いて償ってもらうわ。わかっているのでしょうね? 小悪魔」

 パチュリーは言った。

「貴女も私も……永遠亭のために、命を懸けなければならない立場よ」

「……輝夜様は……囚われた、のですよね? 殺された、のではなく……」

 切り刻まれた蓬莱山輝夜の屍は、迷いの竹林に埋葬された。

 因幡てゐの話によると、竹林の中には輝夜の墓がいくつかあるらしい。

「……輝夜様を……取り戻しに、行かれるのですね? 月まで……」

「そうしなければ私……八意先生に、顔向けが出来ない」

 八意永琳も、行方知れずになってしまった。無論、捜す。

 輝夜の魂は、綿月豊姫によって月の都へと持ち去られた。こちらは所在がはっきりとしている。

「ですがパチュリー様……月まで、どのようにして……」

「月に関して、八意先生に教えていただいた事がいくつかあるわ」

 目覚めてから今までの、短い間。八意永琳はパチュリーにとって、命の恩人であると同時に師匠であった。

「その1つが、地上から月へと向かう手段」

「あるのですか、そのようなものが……」

 途方もない手段である。それを、しかし今からでも自分たちのものにしなければならない。

「……三段の、筒よ」



 勝ち負けを言えば、自分の勝ちなのであろう。

 藤原妹紅は呆然と、そんな事を思ってみた。

 永遠亭を守るための、不変の結界の維持。

 その片手間に妹紅と戦っていた蓬莱山輝夜が、本気で戦わざるを得なくなった。

 妹紅が、そこまで追い込んだのだ。

 結果、輝夜は、不変の結界を維持する事が出来なくなり、綿月豊姫という凶敵の侵入をもたらした。

 そして、輝夜は殺された。

 妹紅が、豊姫を上手く利用して輝夜を斃した、とも言えるか。

「…………言える……わけ、ないだろ……」

 妹紅はよろめき、竹にもたれかかった。

「違う……違うよ輝夜……こんなの、勝ちじゃあない……負け、ですらない……」

 同じ思考を、ずっと繰り返している。迷いの竹林を、彷徨いながらだ。

 夜が明けた。

 そんな事は関係なかった。妹紅の心は、闇夜の竹林に閉じ込められたままである。

 竹林の案内人は、廃業するしかない。

 自分が今、迷いの竹林のどの辺りにいるのか、妹紅はまるで把握していなかった。案内人など、もはや務まらない。

 永遠亭からは、随分と離れたはずである。

「…………輝夜……」

 語りかけてみる。

 当然、応えなど返って来ない。

「……私の……せい……で……」

 あの時、妹紅のするべき事は1つしかなかったのだ。

 綿月豊姫を倒し、輝夜の魂を取り戻す。

 不可能であった。

 幻想郷の弾幕使いたちが束になっても、あの綿月豊姫には傷ひとつ負わせる事が出来なかったのだ。

 そのような強大極まる災禍を招き入れてしまったのは、自分・藤原妹紅である。

「…………ごめん……」

 竹にもたれかかったまま、妹紅は地面に座り込んでいた。

「……輝夜、ごめん……ごめんよう……」

「許さないわよ」

 声がした。

 ゆったりと揺れる衣服の袖と、艶やかな黒髪の揺らめきが見えた。

「貴女に謝られたって、許せるわけないでしょう。まあ、どうして謝っているのかは知らないけれど」

「…………かぐ……や……?」

「正直に言いなさい妹紅。貴女、私に謝らなきゃいけないような何をやらかしたの?」

 笑顔も、見えた。

 夜が明けた、なのに月が見える。妹紅は、そう思った。

 真昼であっても輝きを失わない、満月。そんな笑顔だった。

「……別に。ちょっと、いじめ過ぎたかなって思うだけだ」

「ほほう」

 蓬莱山輝夜が、その笑みをにっこりと歪めてゆく。

「私が、いつ? 弱くてかわいそうな妹紅にいじめられたのかしら」

「いつも、いつも……さ。ぶちのめしたり、焼いたりして」

 妹紅は、輝夜の頭を撫でた。

「……ごめんな? お前、弱っちいのに私、大人げなく本気出しちまってさ」

「あらあら。本気を出して、あんなもの?」

 輝夜は、妹紅の頬を撫でてきた。

 綺麗な指で、妹紅の涙をすくい取ってくれた。

「……今日は、やめておきましょう」

「そうだな……せっかく、夜も明けたし……な……」

 妹紅は、涙を隠していられなかった。

「……長い、夜だったよなぁ……嫌な夢、見ちまったよ……」



 月から来た者たちは撃退され、幻想郷は平和を、日常を、取り戻した。

 上白沢慧音は、人里を解放した。

 何かあれば、また閉じた歴史の中へと封鎖する。今のところ、その必要はない。

 ひとつ、後悔がある。

 藤原妹紅を、人里から出してしまった事だ。

 そのせいで、妹紅は傷を負った。不死の肉体をもってしても癒す事の出来ない、心の傷。

 それも、少しずつではあるが塞がりつつあるのか。

 迷いの竹林。

 妹紅は、涙を流しながら笑っている。幸せそうに、誰かと話している。

 たった1人で、そこにはいない誰かと。

 妹紅にとっては、確かにそこにいる誰かと。

「……いいんだよ、妹紅。君は、それでいい」

 竹の陰から慧音は今、そんな妹紅を見守っている。

「困難に立ち向かう。苦しみながら戦い、強くなってゆく。より強い自分を求めて、さらなる苦しみに立ち向かい続ける……そんな呪いの歴史から、君はもう解放されなければいけない」

 言葉は、今の妹紅には届かない。

 妹紅には今、慧音の声など聞こえていない。慧音の姿も見えない。

 今の妹紅にとって、自身以外に存在しているのは蓬莱山輝夜だけなのだ。

「それでいい、妹紅……君の望む、君だけの歴史を、私はいくらでも作り出してあげるよ」

「……逃げ込むための、歴史?」

 誰かが、話しかけてきた。

 妹紅が輝夜を見ているように、慧音にも、慧音自身にしか認識の出来ない会話相手がいるのだ。

「それで……本当に、いいの?」

「……永遠に逃げ回る。私は、それで一向に構わないと思っている」

 慧音は言った。

「人も、妖怪も、それ以外の者たちも……戦い続ける歴史から、もう解放されなければならない」

「……戦わなかったら……みんなから、忘れられちゃうよ?」

 少女が、悲しげな声を発する。

「逃げてたら……隠れてたら……誰にも、見てもらえないんだよ? 覚えてもらえない……忘れられちゃう……」

「……君は、忘れられるのは……嫌か?」

「私……みんなに、見て欲しい。私の戦い、私の弾幕……」

 悲しそうな瞳で少女は、幸せそうな妹紅を見つめている。

「……私、忘れられたくない……あの人だって……きっと、そう」

「妹紅の事は、私が覚えている。私だけの歴史の中に、妹紅はずっと存在し続けるんだ……あんなふうに、幸せなまま」

「……本当に……幸せそう……」

 涙ぐむ少女の頭を、慧音はそっと撫でた。

「君の言いたい事も、わかる……戦う事しか、ないものな。私たちには……」

「……私たち……弾幕使い、なんだよ……?」

「弾幕……」

 魂を縛る言葉だ、と慧音は思った。

 幻想郷に生きる人妖は……否。この少女のように、幻想郷と関わりなき者でさえも。弾幕からは、逃れられない。

「……弾幕使いの宿命……まさしく、呪いの歴史だ」

 慧音は呟く。

 妹紅はいつまでも、存在しない輝夜と話し続けていた。

 楽しそうに。この上なく、幸せそうに。

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