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異説・東方永夜抄  作者: 小湊拓也
38/90

第38話 夢時空(前編)

原作 上海アリス幻樂団


改変、独自設定その他諸々 小湊拓也

 フェムトファイバー。

 それは月の都にあって唯一『穢れ』に耐え得る物質である。

 穢れを、無効化するわけではない。耐えているだけだ。つまり、限界というものがある。限界を超える穢れに触れれば、フェムトファイバーは壊れて消える。

 その限界耐久力が、以前とは比較にならないほど向上している。

 開発者・綿月豊姫が、研鑽と改良を重ねてきたのは間違いない。

「私に……穢れ、そのものである、この私に……傷を、負わせるとは……」

 西行寺幽々子は、竹にすがりつくようにして立ち上がった。その竹が、ぬるりと血に汚れる。

 全身に、細かな裂傷を負っていた。水色の衣服がズタズタに裂け、あちこち露わになった白い肌も薄く切り苛まれて鮮血を噴いている。

 妖夢が、身体を張って守ってくれた。そうでなければ、もっと酷い事になっていただろう。

 その魂魄妖夢が、豊姫と対峙している。

「綿月豊姫……私は、貴様を許さない」

 抜き身の楼観剣・白楼剣が、炎のような穢れの揺らめきを帯びている。

 ここまで激怒した妖夢を、幽々子は初めて見たような気がした。

 主たる自分が傷を負ったから、というわけではないだろう。それが幽々子としては、いささか残念ではある。

 しかし妖夢が、誰かのために憤激している。それは喜ばしい事だ。

「鈴仙・優曇華はな、貴様らの押し付けた任務を遂行するために……永遠亭を、裏切った。裏切りの汚辱にまみれた! それを貴様……ああ、わかっているとも。これは私が勝手に怒り狂っているだけだ。こやつのためではない、こんな兎の気持ちなど知った事か」

(先だっての異変では……妖夢。私も貴女に、汚らしいお仕事をさせてしまったわね……)

 鈴仙・優曇華院・イナバに、妖夢は何か通じ合うものを見出したのだ、と幽々子は思った。

 その鈴仙は、妖夢の後方で、幼な子のように泣きじゃくっている。

「泣くな! いや、泣くのはしょうがないか……」

 言いつつ霧雨魔理沙が、リグル・ナイトバグの生首と胴体・手足を並べている。断面同士を密着させている。

 切り刻まれたリグルは、しかし絶命してはいない。辛うじて、まだ。

 生首が、うっすらと目を開いている。瞳が、ぼんやりと赤く発光している。愛らしい唇が、微かに動いて言葉を紡ぎ出そうとしている。

 その口に、パチュリー・ノーレッジが何かを差し込んでいた。

 小さな、瓶。その中身が、リグルの口中に、体内に、流し込まれてゆく。

「魔理沙、首の断面をもっと押し付けて」

「やっている! くそっ、大丈夫なのか。こんなので」

「信じなさい。八意先生のお薬よ」

 同じ事をアリス・マーガトロイドが、人形たちを使い、行っていた。

 ミスティア・ローレライの様々な部分を、人形たちが拾い集め並べている。

「大丈夫……このお薬があれば助かる。私も今、助かったもの」

 言いつつアリスが手際良く、ミスティアの胴体に臓物を詰め直した。

 人形の1体が、ミスティアの口に小瓶を差し込む。

「……本当に、死ぬかと思ったわ」

「はらわた出てたな、アリス」

「それよりもね、このお薬の不味さの方が……何と言うか、大変」

「気を付けろよパチュリー、お前この薬飲んだら死ぬぜ多分。傷、負わないようにな」

「貴女たちを盾にするから、大丈夫よ」

 魔理沙もパチュリーも、妖夢より軽傷とはいえ全身各所が薄く裂けて血まみれである。アリスは、激しい吐血の汚れを帯びている。

「八意様の、お薬……」

 妖夢の斬撃をふわりと回避しながら、豊姫は言った。

「そう。あの御方が、ついておられる……貴女たちは、不死の肉体を得たも同然という事ね。蓬莱人、以上に」

 優美な肢体が軽やかに躍動し、細腕が、繊手が、光の揺らめきを拡散させる。

 フェムトファイバーの斬撃。

 斬撃で、妖夢は迎え撃った。楼観・白楼の二刀が、いくつもの閃光の弧を描き出す。

 その弧に触れたフェムトファイバーが、切断されて舞い消える。

「見切った! そう言ったぞ貴様!」

 二刀が立て続けに一閃し、豊姫を襲う。

 そして、跳ね返った。

 妖夢がよろめき、踏みとどまり、息を呑む。

「くっ……!」

「基本的な事を教えてあげる……糸はね、縒り合わせると紐になるのよ」

 豊姫のたおやかな両手の間で、光の紐、と言うべきものがピンと伸びている。

 それが、楼観・白楼の刃を押し返したのだ。

「フェムトファイバーの組紐を、さあ。その穢れた刃で断ち切る事が出来るかしら?」

「フェムトファイバー、というのだな。その物質」

 八雲藍が言った。

 全身、切り苛まれている……ように見えて、ズタズタに裂けているのは衣服だけだ。あちこち露出した白い肌は、ほぼ無傷である。切り刻まれた布地が、今にも滑り落ちそうだ。

「我々は、それを破壊した事がある。が……粗悪な量産品だったのだろうな。あれらは」

 この妖獣は、衣服を犠牲にして身を守る、独自の体術を会得しているのだ。

 そんな藍の後方では、血まみれでよろめく博麗霊夢を、八雲紫が抱き支えている。

 いつ裸になってもおかしくない姿で、藍は2人を背後に庇っていた。

 妖夢と、藍。両名に前後から挟まれたまま、豊姫は語る。

「フェムトファイバーを破壊し得る、貴女たちの穢れ……放置は出来ない。ここにいる全員が押しかけただけで、月の都はたちどころに滅ぶ。そんな事はしないと、貴女たちが言ったところで信用など出来ないわ」

「だから我々を、幻想郷を、滅ぼすのか。月の都を守るために」

 藍は言った。

「……わかるよ。我が主・八雲紫も、かつては貴様と同じ思いを抱いて月の都を攻めたのだろう。幻想郷を、守るために」

「片方が滅びれば、もう片方は守られる。宇宙の真理よ」

「ならば月の都を滅ぼす」

「させないわ。幻想郷を滅ぼす」

 言葉と共に、豊姫の優美な全身から、目に見えぬ何かが立ち昇った。

 それを見る事が出来るのは自分だけだ、と幽々子は思う。

「……どろどろ、している……ぎらぎら、している……」

 陶然と、呟きが漏れてしまう。

「私の目、節穴だったわ。月の都に……こんなにも、どろどろ揺らめいてギラギラ燃え盛るものが……まだ、あったなんて……」

 かつて対峙したものを、幽々子は思い返していた。

 満開に近いところまで咲き誇りながら、儚く散ってゆく巨大な桜。

 それを背景に佇む、黒い人影。

「私の……どろどろ、したもの……」

 向き合え、と藤原妹紅は言った。

「私は……あなたを、取り戻さなければならない……の? 1度、失ってしまったものを……未練がましく追い求め、取り戻す……そんな無様な事をしなければ……」

 禍々しい桜吹雪の幻影に、幽々子は語りかけていた。

「…………綿月豊姫には、勝てない……」



 美貌の右半分が嫣然と微笑み、左半分で花が咲いている。

 若草のような緑色の髪は一部、本当に植物と化し、葉を広げている。

 血まみれのボロ布であった衣服を内側から突き破って、蔓草や植物の根が生え茂り、裸身に絡み付くその様は、まるで奇抜なドレスのようだ。そのあちこちで、色とりどりの花が芽吹いて開く。

 風見幽香の全身で、花が咲いていた。

 それらが一斉に、花粉を噴射しながら散った。

 花粉も、花弁も、すべて光弾に変わっていた。

 虚空に、大輪の花が咲いた。

 幽香を中心に、あらゆる方向へと咲き広がる、弾幕の花。

 花吹雪のような光弾の嵐を、岡崎夢美はかわした。虚空を舞い、かわし続けた。

 重力制御システム及び推進機能。このような無重力の虚空のみならず惑星の大気圏内でも、自在に飛翔する事が出来る。

 派手に、でたらめに弾幕を展開している、ように見えてしかし幽香の狙いは正確だった。夢美の回避した先に、いくつもの光弾がまっすぐ向かって来る。

 直撃。

 砕け散ったのは、しかし光弾の方である。飛散する光の破片に照らされながら、夢美の身体は全くの無傷だ。

 不可視の、光波障壁。こうして攻撃を防ぐ、だけでなく飛行時のGにも耐えてくれる。

 重力制御システム、推進機能、光波発生装置。全て繊維状に改造し、刺繍としてランジェリーに縫い込んである。

 これが自分・岡崎夢美の科学力だ。全て、自分が作り上げたものだ。

「物を作る、物に頼る。これが人間の戦い方、文句は言わせん!」

 夢美は、真紅のマントを翼のようにはためかせた。

 光波の弾丸が、大量に放射された。風見幽香の放つものと、破壊力はそれほど違わぬ弾幕になったはずだ。

「言わないわよ。物でも何でも、お使いなさいな」

 幽香が微笑み、虚空で踊る。チェック柄のスカートを軽やかに翻し、光波の弾幕をかわしてゆく。

 負傷していた肉体、のみならず衣服までもが再生を完了していた。夢美が頑張って負わせた傷が、痛手が、完全に消え失せている。

「…………化け物め!」

 夢美は呻いた。

 あの時、戦った弾幕使いたちの中に、果たしてこれほどの怪物がいたであろうか。

 夢美と幽香、両者の背景を成す夢幻遺跡……可能性空間移動船。

 その甲板上に置かれた鉢植えが、じっと戦いを見つめている。

 大きな鉢に植えられた、植物の塊。色とりどりの花々は、北白河ちゆりの肉体を土壌として咲いているのだ。

 まさしく、怪物の所業であった。

 この風見幽香という怪物に、人の心を期待してはならない。自分に勝てば、ちゆりを元に戻してやる。そう言ってはいたが信用は出来ない。

 残虐なほど徹底的に叩きのめし、脅して約束を守らせる。

 最悪、本当に殺して屍を調べ上げる事になる。幽香の屍から、ちゆりを元に戻すために必要な成分あるいは情報を抽出する。

「ふ……ふふふ、出来るのか? 岡崎夢美。この化け物を相手に、そんな事がっ!」

 夢美は、光波の塊を投げつけた。

 投擲されたものが、幽香へと向かいながら爆発し、無数の光弾と化す。

 襲い来るそれらに対し、幽香は傘を開いた。絶大な質量の塊である日傘を、一見たおやかな繊手で軽々と開いてかざす。

 開いた日傘に、夢美の光弾が激突し、砕けて消えた。傘に弾かれて飛散する、雨粒のように。

 くるりと傘を担ぎながら、幽香は微笑んだ。にっこりと細まった両目が、夢美を見つめる。

 その眼差しから、笑顔から、夢美は逃げた。

 逃げなければならない、と感じた。理論で説明出来る事ではない。直感である。

 風見幽香の眼光を、可能な限り、夢幻遺跡から遠ざけなければ。

 ちゆりから、遠ざけなければならない。

 可能性空間移動船の、真逆の方向へと飛翔する夢美を、幽香は視線で追う。眼光が、夢美を追尾する。

 一直線に伸びて来る眼光を、夢美はかわした。

 それは、幽香の赤い瞳から放たれる、妖力の線条だった。細く細く、凝縮している。

 凝縮した妖力が、本来の太さを取り戻してゆく。

 幽香の眼光は、巨大な光の柱と化していた。

 虚空を灼き照らす、破滅の妖力。凄まじい勢いで太さを増しながら夢美に迫る。夢美の逃げ場を、奪ってゆく。

 触れただけで、自分は跡形もなくなる。

 確信しつつ夢美は、回避の飛翔を止めた。迫り来る破滅の光と、対峙する。

「光波障壁、最大出力……!」

 光の正三角形が2つ、夢美の眼前に出現し、重なり合って六芒星となった。

 魔法陣だった。

 これで強大な悪魔でも召喚する事が出来る、わけではない。不可視の光波障壁が、出力を上げて可視化を遂げただけだ。

 魔法に、魔力に、オカルトに、自分はまだ未練を抱いている。統一理論に当てはまらぬ力を、自分は諦められずにいる。

 その力が、しかし自分にあるわけではない。

 だから、こんなふうに偽物の魔法陣を作り上げて自分を慰めるしかない。

 それが、この岡崎夢美という人間だ。

「人間の……未練の、力を! 甘く見るなよ怪物がああああああああっ!」

 夢美は、吼えた。

 膨張する破滅の妖力が、偽物の魔法陣に激突した。

 際限なく膨れ上がるように見えた光の柱が、激しく震えながら膨張を止めた。

 虚空を震わせる妖力の膨張を、光波障壁で止めながら、夢美は綺麗な歯を食いしばった。

「無智蒙昧な、統一原理主義者ども……この風見幽香を、貴様たちの眼前に連れて行ってやろうか……!」

 自分が、怒り狂っているのか笑っているのか、夢美はわからなくなった。

「この、途方もない妖力……貴様たちが、頑なに存在を認めようとしないものだ。統一理論そのものを跡形も残さず粉砕する力! 貴様らなど1人も生き残りはしない!」

 偽物の魔法陣が、砕け散った。破片が、キラキラと虚空を舞う。

 巨大な光の柱も、力尽きて薄れ消えてゆく。

 光波障壁の破片が、そのまま幽香の方へと漂い流れて行く。こちらは、砕け散っても力尽きてはいない。

 鋭利な光の破片たちが、巨大化そして変形をしながら、幽香を強襲していた。

 赤い、十字架。

 先ほどまで偽物の魔法陣であったそれらが、様々な方向から幽香に迫る。触れただけで、先程のように拘束される。

 蛇のようなものが、宙を舞った。幽香の、形良い右手から生え伸びている。

 植物だった。根、蔓草、それに荊が絡み合い、強靭な鞭を成している。

 左手で日傘を保持したまま、幽香は右手で、その鞭を振るっていた。

 音速を超える一閃が、十字架の群れを薙ぎ払い、粉砕する。

 光の破片を蹴散らして、植物の鞭が夢美を襲う。

 夢美の方からも、踏み込んでいた。粉砕を免れた十字架を1つ、たおやかな腕と肩で担ぎ上げながら。まるでイエス・キリストのように。

 赤い十字架を、細腕で振り回す。攻撃ではなく、防御のために。

 植物の鞭が、十字架に絡み付いた。

 息を呑む幽香に、夢美は間髪入れず、その十字架を叩き付けていった。

 ぐしゃり、と凄惨な衝撃が起こった。

 血飛沫を虚空にぶちまけ、幽香が吹っ飛んで行く。

 赤い十字架は、砕け散っていた。幽香を叩きのめした上で拘束する、だけの力はもはや無かった。

 光波発生装置の出力が、低下している。

「……少しばかり、無理をし過ぎたか」

 先程の、巨大な光の柱。あれを防御した事が、想定外の負担をもたらしたようだ。

 吹っ飛んだ幽香は、すでに空中で体勢を立て直し、こちらを見据えている。

 血にまみれた美貌が、にこにこと歪む。

「いいわね……人間の、未練」

 ゆらり、と夢美に向かって動きかけた幽香の周囲に、その時、奇妙なものたちが出現した。

 黒い、球体の群れ。

 月の都の、穢身探知型機雷に似ている。兵器であろうか。

 そうであるにしても、どうやら風見幽香の持ち物ではない。血染めの美貌は、微笑みを微かに硬直させて怪訝そうである。

 何者の放った兵器であるのかを夢美が思い出した、瞬間。

 黒い球体たちは、一斉に爆発した。

 爆炎と共に溢れ出した、凄まじい量の光弾の嵐が、あらゆる方向から幽香を直撃する。

「……あの子たちに、会いたい……とは思ったけれど」

 夢美は呟いた。

「お前には……お前にだけは、会いたくなかったな」

「お互い様、でしてよ。貴女はお遊びでも、こちらはお仕事」

 時空間の虚空に、雲が浮いていた。

 まるで何か神々しい存在であるかのように、その少女は雲の上に立っている。雲を、乗り物にしている。

 いくつもの黒い機雷を、周囲に浮かべ従えながらだ。

 艶やかな黒髪に、紫色の着物。一見、和装の姫君のようでもある少女が、雲の上から夢美を睨む。

「御用、ですわよ。時空犯罪者・岡崎夢美」

「……風見幽香は、犯罪者ですらないのかな? 躊躇いもなく爆殺したようだが」

 弾幕混じりの爆炎は消え失せ、幽香の姿も見えない。が、あの怪物が跡形もなく爆殺されたなどと夢美は思っていない。

「風見幽香は超級有害生物に指定されておりますもの。逮捕は不要、裁判も不要、必要な対応は殺処分のみ」

 時空警察官・小兎姫は言った。

「そのような事になる前に、さあ岡崎教授……夢幻遺跡を、政府の管理下に返還なさいませ。今なら、まだ禁固刑で済ませて差し上げられますわ」

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