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異説・東方永夜抄  作者: 小湊拓也
37/90

第37話 殲滅者の降臨

原作 上海アリス幻樂団


改変、独自設定その他諸々 小湊拓也

 輪切りになった蓬莱山輝夜の屍から、魂が抜け出して行く様を、自分・藤原妹紅は目視する事が出来る。

 この場にいる、他の者たちにはどうか。

 博麗霊夢、霧雨魔理沙、魂魄妖夢……彼女たちの目には、ふわふわと浮遊する輝夜の霊魂が見えているのか。

 自分には、ただ見えているだけだ。

 呆然と、妹紅は思う。見えているだけで、何も出来ない。

 輝夜の魂を、肉体に戻してやる事は出来ないのだ。

 輝夜の肉体は、すでに死んでいる。あとは腐ってゆくだけだ。

 光が、ゆらゆらと舞い漂った。

 何本もの、光の糸。1人の少女の、たおやかな指先から伸びている。

「輝夜……私の、可愛い輝夜……」

 光の糸で、少女は輝夜の魂を絡め取った。

 スキマ妖怪・八雲紫は、この少女を綿月豊姫と呼んでいた。いささか因縁がある、ようではあった。

 光の糸が、輝夜の霊魂をくるくると巻き包んでゆく。

 まるで、繭だった。

「ああ、何という……輝夜、こんなに穢れてしまって……」

 輝夜の魂を内包する光の繭を、綿月豊姫は愛おしげに抱き締めている。

「地上は……特に、この幻想郷という場所は……私の想定を遥かに超えて、穢れていた。穢れに満ちていた……」

 豊姫の凄まじい美貌の周囲で、キラキラと光が舞い散った。涙であった。

「輝夜……貴女を、地上へなど行かせるのではなかった……」

「……ちょっと、あんた」

 博麗霊夢が、声を投げる。

「いきなり割り込んで来て、随分な事してくれるじゃないの。私の目の前で幻想郷の住人を殺す……それなりの覚悟、出来てるんでしょうね?」

「輝夜は、死なないわ。安心なさい」

 豊姫は、光の繭に美貌を擦り寄せた。

「この魂を核として、蓬莱人は再生する……私の元で、再生させるわ。穢れを知らない清らかな輝夜を、私の手で育て直すのよ」

「世迷言を……!」

「……輝夜は、死なない。それは本当だよ、博麗の巫女」

 妹紅は言った。

「身体が滅びても、魂から再生する……それが輝夜であり、私だ」

「ふん、妖精みたいなもの?」

「蓬莱人よ、霊夢」

 八雲紫が、霊夢の前に出た。さりげなく、霊夢の盾になっている、ようにも見える。

「……お久しぶりね、月の都の丞相閣下」

「八雲紫……それに、西行寺幽々子」

 豊姫の瞳が、涙の中で鋭い輝きを放つ。

「貴女たち2人を、生かしておいた事。それこそが私の……月の政を司る者として、最大の失策よ」

「お冠なのね、随分と」

 西行寺幽々子が微笑む。

「お酒を盗んだのが、そんなに許せない? あのお酒、今もちびちびと堪能させてもらっているわ。ご馳走様」

「……そう。貴女たちは、お酒を盗んだ。つまり、お酒ではないものを盗む事も出来た」

 豊姫は、幽々子を見据えた。

「西行寺幽々子……貴女の侵入を許してしまった時点で、あの戦争は私たちの完全敗北よ」

「そう?」

「貴女がその気になれば……あの時点で、月の都を死滅させる事も出来たはず」

「意味がないわ、そんな事をしても。あんな、どろどろもギラギラもしていない命の群れ」

 幽々子が、続いて紫が言った。

「綿月豊姫……貴女たち原初の月人を倒さない限り、月の都を攻略した事にはならないのよ」

「月の都を、私たちは辛うじて守る事が出来た。幻想郷からの侵略者を撃退した、という形にはなったわ」

 今更ながら、妹紅は気付いた。

 美しい絵画のような満月が、消え失せている。今、夜空に浮かんでいるのは、荒涼とした本物の満月だ。

 豊姫が、それを見上げる。見つめる。

「八意様の秘術が、解けた……なのに艦隊が降りて来る気配がない。ふふ……稀神サグメには、ひどい役目を押し付けてしまったわね。生きていてくれると良いけれど」

「……あんた、綿月豊姫とかいったわね」

 霊夢が言った。

「綿月依姫、って人がいるんだけど」

「私の、もう1人の妹よ」

 豊姫が答える。

「あの子は、早とちりをしてしまった……輝夜を守るために、あんな早まった行動を」

 光の糸が、豊姫の周囲で不穏な揺らめきを見せた。

「私も、母上……嫦娥様も、輝夜にひどい事をしようとしたわけではないのに」

「……輪切りに切り刻むのは、ひどい事じゃないってわけね」

 言葉に合わせ、霊夢の周囲に虹が生じた、ように見えた。

 色彩豊かな大型光弾が複数、飛翔旋回している。

「まあいいわ。その繭みたいなものの中から、あいつが妖精みたく復活するって言うんなら……それ、ここに置いて。とっとと月に帰りなさい。夢想封印を喰らいながらねっ」

 虹色の大型光弾が全て、発射されていた。豊姫に向かってだ。

 合わせるように妹紅も、羽ばたく形に腕を振るい、炎を巻き起こしていた。

 何羽もの、火の鳥が出現していた。それらが、猛禽の勢いで豊姫を襲う。

 虹色の大型光弾たち、それに火の鳥の群れ。

 全てが、豊姫を直撃する……直前で、輝夜の如く切り刻まれていた。不穏に揺らめく、光の糸によって。

 炎の飛沫と、虹色の光の破片を蹴散らして、光の糸が乱舞する。

 豊姫の優美な細身から溢れ出した、斬撃の揺らめき。

 それらが、霊夢を襲う。妹紅を襲う。紫を、幽々子を、他の者たちをも強襲する。

「ぐっ……!」

 血飛沫を霧状に散らせながら、妹紅はよろめいた。

 全身に、細かな裂傷を負っていた。

 四肢の切断は辛うじて免れた。頸部も無事だ。かわした、つもりではある。

 霊夢が、倒れた。

 鮮血を地面にぶちまけながら、しかし博麗の巫女は即座に起き上がり、歯を食いしばる。負傷の度合いは、妹紅と同程度か。紅白の巫女装束が、ズタズタに裂けながらぐっしょりと赤く染まっている。

「ちょっと霊夢……! 何をしているの!」

 よろめく霊夢を、紫が抱き掴んで支えた。

「貴女、今! 私を庇ったでしょう!? 一体どういうつもりなの!」

「……あんたがね、私の盾みたいに立ってるのが……気に入らなかっただけよ……」

 紫の抱擁を霊夢は振り払おうとしているようだが、そんな力もどうやら残っていない。

 他にも何名かが、霊夢や妹紅と同じような裂傷を負い、倒れ伏している。

 誰が、どの程度の傷を負ったのか、確認している余裕はなかった。致命傷に近い者が、もしかしたら、いるかも知れない。

(こいつ……!)

 特に出血のひどい左腕を押さえながら、妹紅は睨み据えた。

 たおやかな肢体に斬撃の揺らめきをまとう、綿月豊姫の姿を。

(ここにいる、全員を……切り刻む力が、ある……のか……?)

 睨み据える己の眼光が、力を失ってゆくのを、妹紅は自覚した。

(……………………勝てない…………)

 本気を出した蓬莱山輝夜が、一瞬にして切り刻まれた。

 あの有様が妹紅の、網膜からは消え失せたが、脳裏には焼き付いたままだ。

(……綿月豊姫……こいつは、私なんかよりも……ずっと……)

 第四槐安通路で、遭遇したもの。それを、妹紅は思い出していた。

 相手は姿を見せていなかったから、遭遇とは言えないかも知れない。妹紅が感じたのは、途方もない気配と力の、ほんの一部だけである。

(…………ずっと……アレに、近い…………)

「……私の、大切な妹を……可愛い輝夜を、清らかなる輝夜を……」

 呟く豊姫の傍に、光の繭は浮かんでいる。

 見えざる力で輝夜の魂を保持したまま、豊姫は両手で光の糸を揺らめかせた。

 美しい五指の、ゆったりとした躍動。それが少し速度を上げるだけで今度こそ、この場にいる全員が輪切りにされる。

「……よくも、ここまで穢してくれたわ……地上の人妖ども、1匹たりとも生かしてはおかない」

「……待って……どうか、お待ち下さい。綿月豊姫様……」

 血まみれの少女が1人、豊姫の眼前に跪いた。

 鈴仙・優曇華院・イナバだった。全身に付着しているのは、輝夜の血だ。自身は無傷である。

「……懐かしいわね、鈴仙」

「はい……お久しゅうございます、豊姫様……」

 鈴仙の額が、地面に密着した。

 攻撃性を露わにしかけていた豊姫の表情が、ふっ……と和らいだ。

「……面を上げなさい。ここは月の皇宮ではないのだから、そんな事はやめて」

「豊姫様……」

「長らくの任務、ご苦労様。不変の結界を、よく取り除いてくれたわね」

「いえ、私は何も……」

 鈴仙の目が、ちらりと妹紅の方を向く。

「不変の結界を破壊せしは、それなる藤原妹紅……この鈴仙、何事も為しておりませぬ……私は……無能な兎でございます……」

「おやめなさい。貴女は、よく頑張ってくれたわ」

 そうだ、と妹紅は思った。自分との戦いで輝夜は、不変の結界を維持出来なくなった。

 輪切り状に崩れ落ち、ぶちまけられた輝夜の屍を、妹紅は呆然と見つめた。

(……私の……せい? 私が……輝夜を……)

「貴女には……ご褒美を、あげないといけないわね。鈴仙」

「いえ、そのような……ただ豊姫様。私を……この低脳・無様な1匹の玉兎を、いくらかでも憐れんで下さるのであれば……」

 鈴仙は、涙を流していた。

 その後方で、2匹の妖怪が跪いている。

「幻想郷の人妖を、どうか皆殺しにはなさらないで……私の部下、リグル・ナイトバグとミスティア・ローレライ。そして博麗霊夢、この3名には御慈悲を……私の部下だけは、どうか助けて……」

「寝言ほざいてんじゃあない、このクソ兎!」

 霊夢が、血まみれのまま激昂する。

「今のとこ優先順位はそんな高くないけどねえ、私は! あんただってブチのめさなきゃならない……」

 そこで、霊夢は息を呑んだ。

 跪いていたリグル・ナイトバグとミスティア・ローレライが、跳ねるように立ち上がり、2人がかりで鈴仙を背後に庇っていた。

 そして、切り刻まれた。

 リグルの生首が、ミスティアの臓物が、宙を舞った。斬撃の揺らめきに、蹴散らされてだ。

「……そう、これよ。これこそが、穢れ……」

 たおやかな指で光の糸を泳がせながら、豊姫が呟く。

「知的生命体を、死へと導くもの……いけないわ。こんなものがあっては、いけない」

「……豊姫……さま……?」

 妖怪の少女2人の鮮血を浴びた鈴仙が、呆然と声を漏らす。今のところ無傷である。

 間違いない。豊姫は今、鈴仙とリグルとミスティア、3人をひとまとめに切り刻んだ。

 部下2名が、身体で鈴仙を守ったのだ。

「…………何を……なさる、のです……か……?」

「今、私は確信に至った。幻想郷は、滅ぼさなければならない」

 豊姫が、静かに告げる。

「人妖ことごとく穢れている……このような小妖怪でさえ、あまりにも危険な穢れを保有している。放置は出来ないわ。月の都が、今度こそ滅びてしまう」

「…………助けて…………」

 人間であれば当然、生きてはいない状態のリグルとミスティアを見下ろし、鈴仙は呻いた。

「……リグルが、ミスティアが……私の部下が、死んでしまう……誰か、助けて……」

 呻きが、慟哭に変わってゆく。

「助けてよ……助けてよぉ……初めて出来た、私の部下なのよう…………うぁああああ……うわああああああん……」

「……貴女も、穢れてしまったのね。鈴仙」

 豊姫が、小さく息をつく。綺麗な片手がふわりと躍り、光の糸が鈴仙を襲う。

 もうひとつの斬撃が、一閃した。

 切断された光の糸が何本か、呆然とする鈴仙の周囲をはらはらと舞い、消滅する。

 豊姫は、軽やかに飛び退って着地する。

「フェムトファイバーを、切断するとは……」

「見切った。剣士をなめるな」

 魂魄妖忌。妹紅は一瞬、そう思った。

 泣きじゃくる鈴仙を背後に庇い、佇んでいるのは、魂魄妖夢である。

 妹紅や霊夢と同じく、全身に裂傷を負ってはいる。が、浅手だ。衣服はズタズタに裂け、その下では負傷した肌が闘志の色艶を帯びている。

 楼観・白楼の刃が、荒涼たる本物の月光を受けて輝き、まるで白く燃えているようだ。

「……鈴仙・優曇華院・イナバはな、永遠亭を裏切った」

 豊姫を見据える妖夢の両眼も、燃えていた。

「裏切り者の汚辱にまみれ、任務を遂行してきた……1人の戦士に、対する…………これが……これがっ! これが! これが仕打ちか貴様ぁあああああああああッッ!」



 虚空に浮かぶ、赤い十字架。

 一見たおやかな四肢がボロボロに負傷したまま、そこに拘束されている。

 全身あちこちで衣服が破け、白い肌も無惨に破けて、鮮血がとめどなく流れ出しては虚空に散る。

 美貌も血まみれで、若草のような緑色の髪が血で固まりながら頬に貼り付いている。

「ぐっ……う……」

 端麗な唇が、吐血の汚れを帯びたまま、苦悶の呻きを紡ぐ。

 風見幽香は、磔刑に処されていた。

 敵の力を全く読めずにいる間、気がついたら、このような無様な事になっていた。

「……これは……一体? 魔力……とは違う……妖力、霊力……でもない……」

「魔力、妖力、霊力。私は、それらに憧れていた。欲しかった」

 赤い少女が、空中に立って幽香を見下ろしている。赤い髪、赤い服、赤いマント。対照的に白い肌も、今は怒りで美しく紅潮している。

「欲しても、手に入れる事は出来なかった……だから私は、紛い物を作って己を慰めた。紛い物で、しかし貴様は死ぬのだよ風見幽香」

「……岡崎……夢美……っ!」

 幽香は、歯を食いしばった。

 今、自分を拘束している、この赤い十字架。これがまず、いかなるものであるのか全くわからない。

 固形の物質、ではなかった。得体の知れぬ力で組成された十字架。

 得体の知れぬ力で出来た弾幕を、この岡崎夢美は嵐の如く幽香にぶつけてきた。

 そして幽香を、このように捕縛した。

 虚空の、見えざる足場に打ち立てられた十字架。

 虚空、としか表現のしようがない空間であった。

 対峙する風見幽香と岡崎夢美の背景を成しているのは、途方もなく巨大な構造物である。

 岡崎夢美の……住居、と言うべきなのだろうか。

 幽香は最初、これを屋敷か城だと思った。かつて自分が住んでいた夢幻館よりも遥かに巨大な、城館。

 違う。これは、どうやら船であるらしい。虚空を渡り、様々な世界へと上陸する、船。

 その甲板上とも呼ぶべき場所に、大きな鉢植えが置かれている。

 植えられているのは、植物の塊である。色とりどりの花を咲かせ、大量の葉や蔓を溢れ出させている。

「ちゆりを元に戻すためには、貴様を生かしておかなければならん。だから殺しはしない……とでも思っているのか? 風見幽香」

 夢美の美貌が、にやりと捻じ曲がった。

「私なら……貴様の屍を切り刻んで詳細に調べ上げるだけで、ちゆりを助ける手段を発見出来る。いや、屍にする必要もない。このまま解剖してやろう」

「……いいわね、貴女……素敵よ」

 幽香の全身の傷口から、植物の根が生えて溢れ出した。

「貴様……!」

 夢美が、光の塊を投げつけてきた。魔力でも妖力でもないもので出来た、大型の光弾。

 幽香の全身を十字架もろとも巻き包む根が、いくつもの芽を生やした。

 それらは一瞬にして育ち、盾の形に開花した。大輪の花々が、幽香の全身を防護する。

 そこへ、大型光弾が激突する。

 爆発が起こった。大輪の盾が全て砕け散り、消滅する。

 その間。幾重にも巻いた植物の根が、赤い十字架を締め潰していた。

「岡崎夢美……貴女を、太陽の畑に植えてあげる……」

 十字架の破片をキラキラと飛散させながら幽香は、全身に花を咲かせ、葉や蔓草を繁らせていた。

「…………とっても綺麗な、お花が咲くわ……」 

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