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異説・東方永夜抄  作者: 小湊拓也
35/90

第35話 月の賢者

原作 上海アリス幻樂団


改変、独自設定その他諸々 小湊拓也

 神々の系図が、宇宙に描き出された。

 稀神サグメには、そう見えた。

 無数、出現した大型光弾が、光の線条で繋がれている。

 偉大なものたちの系譜図が、光で描かれたかのようである。

 その輝ける巨大な系譜図が、月人の軍勢を切り裂いていた。

 最新鋭のフェムトファイバー甲冑が無数、光弾に粉砕され、線条に叩き斬られ、中身もろとも砕け散って消滅してゆく。

「主砲! 充填はまだ完了しないのか!」

 旗艦。普段は静寂そのものの艦橋に、稀神サグメの叫びが響き渡る。

「ならば副砲一斉射! ミサイルランチャー全開放、穢身探知型機雷散布! 急げ、この低脳どもが!」

 小太りのフェムトファイバー装甲をまとう月人の戦闘員たちが、サグメの命令を淡々と実行する。

 月の艦隊が、持てる全ての破壊力を解放していた。

 巨大な光の系譜図。その中央に佇む、1つの優美な人影に向かってだ。

「愚かなる元・月の賢者が……単身の弾幕戦で何が出来る! 何を変えられる! 都合の良い奇跡など起こりはせん、貴様が老醜を晒して終わりだ!」

 砲弾の嵐が、ミサイルの豪雨が、穢身探知型機雷の大群が、その優美なる人影に集中して行く。

 そして、全て消し飛んだ。

 八意永琳が長弓を引き、弦を手放しただけで、全ての攻撃が砕け散り消滅していた。

 目に見えぬ矢が、月の艦隊攻撃を粉砕し蹴散らしながら可視化を遂げる。

 それは、弾幕だった。

 大小の光弾が無数、永琳の弓から放たれて渦を巻き、荒れ狂い、艦隊へと押し寄せて来る。

 惑星にも似た大型光弾と、流星を思わせる小型光弾。

 戦艦が、2隻、3隻。5隻、10隻と。大量の小型光弾に穿たれ、ひび割れる。そこへ大型光弾の直撃を喰らい、破裂する。

 分厚く強固な艦艇用フェムトファイバー装甲が、兵士らの着用しているものと大差なく破壊されてゆく。

「何と……何という、野蛮な戦い……いやしくも賢者と呼ばれた身でありながら、恥を知れ八意永琳……!」

 艦橋で、サグメは後退りをしていた。

 そんな事をしても、永琳の弾幕から逃れられるわけではない。

「ええい全艦、後退しろ! 距離を取れ! 射程距離はこちらの方が圧倒的に上なのだからな。どうした! 早く動け!」

 動きの鈍い艦艇が何割かあって、それが艦隊全体の動きを阻害している。

 それら艦艇の装甲表面に、穢らしい宇宙細菌のようなものたちがビッシリと貼り付いていた。

 貪欲な微生物の如く蠢く、それらは無数の光弾であった。色の暗い、輝きに乏しい、だが紛れもなく光弾である。

 そんなものの群れが、おぞましく蠢きながら艦艇用フェムトファイバー装甲を侵蝕してゆく。艦を、喰らっている。

『……学びなさい、新たなる月の賢者よ』

 存在しない鍵盤を弾くかの如く、優美な五指を躍らせ、細菌のような光弾の群れを操作しながら、永琳は言った。

 その五指が、血まみれである。

『物事は、最終的には野蛮な戦いで決するものよ。暴力に勝てるものなど存在しない……それが、宇宙の真理』

 光弾に侵蝕された戦艦たちが、そのままボロボロと崩壊してゆく。

『稀神サグメ……貴女自身の弾幕で、戦いなさい』

 言葉を発する永琳の姿が、艦内映像の中で拡大される。

 宇宙をまとう月の賢者。その宇宙が、半分近く失われていた。

 星座の描かれていた衣服が、血の染みたボロ布となっている。露出した肌を、鮮血がつたう。

 満身創痍であった。

 生死の穢れから解放された月人という種族の中でも、特に高貴なる存在であった女賢者が、今は死の穢れをまといつつある。

「かつての月の賢者が……何という、おぞましい有り様を晒しているのか……」

 映像に、サグメは微笑みかけた。無理矢理、微笑んで見せた。

「弾幕戦という、この宇宙で最も無益な行為の、それが結果ではないのか八意永琳! たかだか1個の知的生命体が放つ弾幕で何が出来る!? 何も出来はしない! もっと、もっと凄惨で無様な姿を晒すがいい。流血だけではない、その手足がちぎれる様を! 穢らわしいはらわたが飛び散る様を! 全宇宙に晒すがいい!」

 サグメの怒声が、号令となった。

 艦隊が、主砲以外の全火器類を一斉射する。

 砲弾が、機雷が、各種ミサイルが、永琳を直撃した、ように見えた。巨大な爆発が、艦隊を照らす。

 その爆炎の中から、緑色の光が大量に溢れ出した。

 惑星のような、緑色の大型光弾。

 無数のそれらが、爆炎を蹴散らして放射状に迸り、月の戦艦をことごとく粉砕してゆく。

 艦艇用フェムトファイバー装甲の破片を大量に含んだ爆風が、旗艦を揺るがした。

 艦橋の床に倒れ込みながら、サグメは呻く。

「…………老いぼれが……っっ……!」

 光で出来た惑星たちを、たおやかな片手で大量にばら撒きながら、永琳が空中を歩いている。

 死の穢れをまとう、満身創痍の肢体。血生臭さが、目に見えるかのようである。

 穢れ、そのものと言うべき存在が今、旗艦に近付きつつあるのだ。

 その映像を、サグメは睨んだ。

「知のやり取りを放棄して、暴力に走る……力による解決しか、見出せなくなる……脳が老い呆けている証拠だぞ……」

 弾幕をかいくぐるようにして、月人の兵士が3体。敏捷に間合いを詰めて、永琳を取り囲んでいた。零距離から、光弾を撃ち込もうとしている。

「……八意永琳……貴様は、老害だ……!」

 フェムトファイバー甲冑の腕部が、3本。光弾を放とうとした瞬間、あり得ない方向に折れ曲がっていた。

 小太りの胴体部が、凹み捻れた。無きに等しいほど短い頸部が捻転し、顔面が真後ろを向く。

 永琳の優美な四肢が、超高速で躍動し、兵士たちの関節を極め砕いてゆく。月の都の白兵戦技術。サグメの動体視力で追える速度ではなかった。

 3体のフェムトファイバー甲冑が、捻り折られていた。潰れ裂けた部分から、中身の肉体がドロリと搾り出されている。

 呆然と、サグメは呟いた。

「……私と、した事が……ふふっ。確かに、口数が多過ぎたわね。そうよ、私……舌禍の、女神だもの…………逆の事を、言わなければ……」

 兵士たちの残骸を放り捨てた永琳が、こちらに向かって長弓を引く。矢は、つがえられていない。目に見える形では、だ。

「この艦隊は……敗れる……八意永琳、1人の手によって……壊滅の、憂き目を見る……」

 目に見えない矢が、放たれた。

 それは即座に、弾幕という形で可視化を遂げた。

 無数の弾幕が、球状に渦を巻いている。弾幕の、巨大な鞠。それが、旗艦を中核とする一帯を包み込んでいた。

 鞠が、縮む。艦隊中央部を、押し潰す形にだ。

 球状に流れる光弾の嵐が、何隻もの艦艇をことごとく粉砕してゆく。

「私は、負ける……八意永琳に……」

 護衛艦隊の破片を大量に含む弾幕が、全方向から旗艦を直撃していた。

 艦橋のあちこちで、爆発が起こった。激烈な震動がサグメを襲う。

「…………老害が……ッ……」

 床にすがりつくような格好で、サグメは悲鳴を上げた。

「老害が……老害が、老害がっ、老害、老害、老害、老害、老害があっ! 老害がぁああああああああああああああ!」

「自分のありったけを振り絞って、それですか」

 声がした。

「まあ要するに。嫦娥様の腰巾着には、実は大した中身が入ってなかったと」

「お前は…………」

 サグメは振り向いた。

 1匹の玉兎が、そこにいた。制御盤に腰掛けてサグメを見下ろしている。

 月人を見下ろす権限など持たぬ、玉兎がだ。

 見下ろされるまま、サグメは震えた。

「…………馬鹿な……何故……」

「何故こんな所にいるのかって? 忍び込んだに決まってるじゃんよ。この艦、警備ガバガバのスカスカなんだもん」

 言いつつ、その玉兎はモグモグと団子を食らっている。

「しかも何か、もう沈みそうだし。このままじゃ下手すると私まで死にかねないけど……いくらか危険は込みでね、あんたには直接会って言っときたい事があるわけよ」

「お前たちは……死んだはず……」

「イーグルラヴィを甘く見ちゃいけない。依姫様さえ無事に逃げて下されば、私らだって死ぬ理由は無いからね」

 綿月依姫が、月の都で叛乱を起こし、敗れ、地上へと逃げた。

 その際、大勢の玉兎が身を挺して依姫を守り、討ち死にを遂げたり捕縛されたりした。

 捕縛された玉兎たちは、現在も月の都で拘禁中である。

 その中に、狂戦士イーグルラヴィの2人組は含まれていない。依姫を庇って戦死した、はずであった。

「駄目だよ? 月の賢者様。私らの死体、ちゃんと確認しないと」

 2人組の片方が、団子を食らいながら言う。

 もう片方が、ゆっくりと歩み迫って来る。一見たおやかな細腕で、巨大な杵を担いだまま。

「はぁ~い、月の賢者かっこわらいかっことじ様ぁあん」

 にこにこと、頭の良くなさそうな笑顔が向けられてくる。

「報告しまぁす。月の都で囚われの玉兎全員、あたしたちが救出解放いたしましたぁ。とゆうワケでえ、心おきなくアンタをぶち殺せるわけでえぇ、死ねこのクソ女!」

 突然、何も見えなくなった。

 振り下ろされた杵が、サグメの顔面を叩き潰していた。美貌が原形を失い、潰れた脳髄が噴出する。

「アンタさあ、何百年? 下手すると何千年? 現場に出てないワケ? えばるだけで実戦は全然ダメじゃんよ。だから月人はクソだっての! 前線で使い潰されまくってる、あたしら玉兎にさあ、デスクワークしか出来ねえ連中が勝てるわきゃあないッてぇええの! 玉兎なめんなコラ!」

 豪雨のように、杵が降り注ぐ。

 サグメの肉が、骨が、臓物が、ぐっちゃグッチャと搗かれ潰されて艦橋の床にぶちまけられる。

 悲鳴を上げようとして、サグメは失敗した。声帯も気管も、脛骨もろとも潰れている。

 そんな有り様のサグメに、さらに容赦なく杵が叩き付けられる。罵声と一緒にだ。

「あんた昔っからアレだよね、依姫様に嫌がらせばっかしやがって何、嫉妬しちゃってんの? 宇宙一キレイで、めっちゃ恐いけど実は優しくて、もちろん仕事も出来るんだけど優しいせいで時々信じらんないポカやらかしてそこがまたカワイイ依姫様に、まさか張り合っちゃってるワケ? クールぶってるだけの超若作りお局様がよォ! 身の程ってモンわきまえろこのクソゴミがぁああああああッッ!」

「おー、すごいすごい。まだ生きてるよ、コレ」

 コレ、というのは今や原形を失いかけた稀神サグメであろう。

「さっすが、腐っても原初の月人だよね。ほら見て清蘭、このへんからもう再生してきちゃってる。蓬莱人と違って殺せば死ぬんだろうけど、なかなか殺せないっていうね」

「もぉっと念入りにお餅搗きしなきゃだねえ、あっははははは! バカさぁわーぎのぉモチつぅき〜ぃ」

 凶悪な歌に合わせて、際限なく杵が降り注ぐ。サグメの肉体の、再生が始まった部分を激しく丁寧に潰してゆく。

「このお餅でお団子作ったらさぁ鈴瑚、食べる?」

「何その罰ゲーム」

「……罰ゲームは充分でしょ、もう」

 もう1人、そこに現れていた。懐かしい声、懐かしい気配。

「こんな事してる場合じゃないですよ。ほら、この艦はもう沈みます。貴女たちも逃げないと」

「………………ドレミー……」

 どうにか再生した発声器官で、サグメは言葉を搾り出した。

「……ドレミーなのね……そう、あなたがいる……という、ことは…………ゆめ……なのよね? これは……」

 ドレミー・スイートは、何も言ってくれない。

 杵は、とりあえず止まった。

「……あ? 何アンタ。一緒にお餅になってみる?」

「待って清蘭……そう。夢の支配者ってのは、あんたね」

 艦が揺れた。艦橋のどこかが、また爆発したようだ。

「私らの仲間が人質に取られてたせいで、色々動きを制限されてたみたいだね……玉兎を見捨てないでいてくれた事、感謝するよ」

「月の都の、上層部の方々にとってもね、厄介な事だったと思いますよ」

 サグメの身体の、様々な飛び散った部分を、ドレミーが拾い集めてくれているようだ。

「依姫様に付き従って叛乱を起こした玉兎兵たちを、いくら何でも無罪放免というわけにはいかない。かと言って処刑してしまえば、兵士以外の玉兎たちを敵に回す事になる……月の都は、玉兎がいなければ完全な機能停止に陥りますからね。月人という種族は、今や自力で生命維持をする事も出来ません」

 少しずつ、ゆっくりと再生しつつはある、だが今はまだ無様な肉塊でしかないサグメの身体を、ドレミーはそっと抱き上げてくれた。

「……そうそう、綿月依姫様は御無事ですよ。この下の、幻想郷という場所にいらっしゃいます」

「マジで? よっしゃあああああああああ! お餅搗かなきゃ!」

「ちゃんと違う杵、使ってね。それ、べっちょり血が付いちゃってるし。たぶん洗っても落ちないよ?」

「ここを脱出してからのお話です。さ、行きましょう」

 サグメを抱き運びながら、ドレミーが先導する。

「それにしても……私は噂でしか聞いた事ないけど、あれが月の賢者」

 イーグルラヴィの片方が、呟いた。

「八意永琳……正真正銘、宇宙レベルの化け物だね。あれは敵に回しちゃいけない」

 月の賢者は私だ、とサグメは叫ぼうとしたが、おかしな悲鳴しか出て来なかった。



 月の都には、死、そのものが封印されている。

 月の地中深くに、眠っている。

 死。最古の穢れ。

 それが月を、宇宙で最も穢れた天体たらしめているのだ。

 月人という種族は、かつて宇宙で最も穢れた知的生命体であった。

 他者を愛し、他者を憎み、他者と戦う。そのために生きる。

 それは、全速力で死に向かう生き方であった。

 死ぬために生きる。そんな生き様を、月人はやがて拒絶するようになった。

 嫦娥は違う。

 彼女は、穢れそのものと言うべき生を未来永劫、続ける道を選んだ。月の都の平安を未来永劫、維持するために。

 だから永琳は、蓬莱の薬を調合したのだ。

 蓬莱の薬を服用し、蓬莱の薬に耐え抜き、蓬莱人となった者は、死なない。死んでも甦る。

 だからと言って、命を粗末にしてはいけない。死なない戦いを心がけなさい。

 常日頃、輝夜に言って聞かせている事である。

「……まったく……どの口で……」

 弱々しく苦笑しながら八意永琳は、雲海に沈んでいた。

 雲海を貫き、落下していた。

 もはや空を飛ぶ力も残っていない。

 月の艦隊は、殲滅した。

 旗艦の撃沈を確認しつつ、永琳は力尽きた。

 このまま遥か下方の大地に叩き付けられ、死ぬのか。

 死ねば、復活する。この満身創痍の状態も、無かった事になる。

 これまでも、幾度か経験はある。その度に、永琳は思ったものだ。

 死ぬまでの自分と、甦ってからの自分は、果たして同一の存在であるのか。

 月の賢者、月の頭脳、などと呼ばれていた。

 その頭脳をもってしても、明らかにする事が出来ない。

 確信と呼ぶには、あまりにも頼りない、漠然とした思いがあるだけだ。

 たとえ蓬莱人であっても、死ねば何かが失われる。

 肉体が甦っても決して取り戻す事の出来ない、何かが。

 あまりにも漠然とし過ぎている。輝夜に、偉そうに教えられる事ではない。

「……戦いなさい……輝夜、妹紅……でも、命の奪い合いは……どうか控え目に、ね……」

 月の都を、統べる者。月の都を、脅かす者。

 両者の対峙が、永琳の薄れゆく意識の中で、輝夜に、妹紅に、重なってゆく。

「あの方々とは違う道を……貴女たちなら、歩んで行けるわ…………輝夜……妹紅……2人とも、私が……守ってあげる……」

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