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異説・東方永夜抄  作者: 小湊拓也
33/90

第33話 夜を砕く魔女、月を砕く鬼

原作 上海アリス幻樂団


改変、独自設定その他諸々 小湊拓也

 霧雨魔理沙は、流星と化した。

 箒にまたがったまま全身に魔力の光をまとい、突っ込んで行く。夜空に佇む、博麗霊夢へと。

「行くぜっ、彗星! ブレイジングスタァアアアアアッ!」

 燃えるように輝く、流星の直撃。霊夢は、砕け散った。

 傍目には、そう見えるだろう。

 砕け散ったのは、残像だった。

 何人もの霊夢が、飛翔しながら魔理沙を取り巻いている。残像を発生させながらの、高速移動。

「掃除してやるぜ……!」

 魔法の箒を、魔理沙は両太股の間から引き抜いて振り回した。

 残像が全て、掃き清められて消え失せた。

 その時には、本物の霊夢が背後にいた。

 後方に、魔理沙は箒の長柄を突き込んだ。

 いや、その動きが止められた。凄まじい拘束力が、魔理沙の両腕を束ね捕らえつつ胴体にも食い込んで来る。

「ぐッうぅっ!?」

 注連縄だった。背後から、魔理沙は縛り上げられていた。

 耳元で、霊夢が囁く。

「……敵性体……排除する……」

 囁きながら、注連縄を引く。

 霊力を宿した注連縄が、まるで蛇の如く、魔理沙の全身を締め付けてくる。

 霊力には、魔力で対抗するしかない。

 魔理沙は、身体防御に魔力を注ぎ込んだ。

 霊力による締め付けと、魔力による防御が、魔理沙の全身で激しくせめぎ合っている。

「く……っ……!」

 歯を食いしばり、魔理沙は耐えた。防御が、じわじわと圧迫されてゆく。縄と縄の間から、胸の膨らみが押し出されて苦しげに揺れる。

 普通の人間であれば、とうの昔に骨も内臓も締め潰されているところである。

「……なあ、霊夢……」

 魔理沙は無理矢理、微笑んで見せた。

「お前……強いなあ、本当に……」

「……敵性体……滅殺する……」

「そう、敵がいるのよ霊夢」

 声がした。

「魔理沙や私よりも強力な敵性体が、幻想郷を脅かしている……貴女の力が必要なのよ、霊夢」

 透明な箱、のようなものが、霊夢と魔理沙を包み込んでいる。

 物質ではない、力そのもので組成された箱。

 結界、であった。

 それが、霊夢と魔理沙を内包したまま少しずつ収縮してゆく。2人を、まとめて押し潰そうとしている。

「……正気に、戻りなさい」

 少し離れた所で、八雲紫が空中に佇んでいた。たおやかな片手を、こちらに向けている。結界を制御している。

「いい加減にしてくれないと、私……このまま結界で、貴女を押し潰さなければならなくなるのよ。もちろん魔理沙もろとも」

「……そんな事、言ってる暇があったら潰せ」

 束縛の中から魔理沙は懸命に、声を絞り出した。

「私もろとも、霊夢を潰せ。本気でだぜ」

「何を言っているの……貴女、格好でもつけているつもり?」

「そこまでやらなきゃ霊夢は元に戻らないんだよ!」

 魔理沙は叫んだ。

「手加減した弾幕戦じゃ駄目なんだ……私は、どうにか自力で脱出して見せるから……やれ、早く」

「させないわよ」

 アリス・マーガトロイドが、いつの間にか、そこにいた。

 何体もの人形が、紫に槍や剣を突き付けている。

「……結界を解きなさい。魔理沙を助けるために、協力もしなさい。拒否はさせないわ」

「引き籠もりの人形師が……頑張って、外に出たのね」

 紫が微笑む。

「私、貴女には何も期待していなかったけれど。やるわね、アリス・マーガトロイド」

「私は、貴女の事なんて知らないわ。馴れ馴れしく人の名前を呼ばないように」

「八雲紫。幻想郷の、顔役の1人」

 同じくいつの間にか、パチュリー・ノーレッジがそこにいた。

「……私も、よく知っているわけではないけれど」

「おい、パチュリー……」

 魔理沙は青ざめた。

 巨大な光球が、パチュリーの眼前に出現したからだ。

 光球と言うより、火球か。小さな太陽のような、魔力の高熱膨張体。

 それにパチュリーは、

「このロイヤルフレアで確かめましょう。本当に、その危機を自力で脱する事が出来るのかどうか……見せてもらうわよ、魔理沙。貴女の有言実行を」

 美しく繊細な指先を、そっと触れていった。

 太陽の如き火球が、ぶつかって来る。収縮しつつある結界に、激突する。

 そして爆発した。

「うおおおおおおっ! や、やってやるぜ畜生!」

 魔理沙は吼えた。肉体保護のための魔力を、全身で燃やした。

 爆風と爆炎が、押し寄せて来る。並の人間であれば跡形もなく消し飛んでいるところだ。

 結界は砕け散っていた。破片が、キラキラと消滅してゆく。

 魔理沙も霊夢も、無傷のまま吹っ飛ばされていた。

 霊力を宿した注連縄も、無傷で魔理沙を拘束している。

 光が、魔理沙の全身を撫でた。斬撃の光。

 注連縄が切断され、魔理沙の身体からバラバラと剥がれ落ちる。

「手足を動かしてみろ」

 抜き身の大小を構えた魂魄妖夢が、そこにいた。

「動くか? 私が、うっかり切り落としてはいないか?」

「……大丈夫、だぜ」

 自分の身体が無傷である事を、魔理沙は確認した。

 妖夢が、周囲を見回す。

「さすが……上手く、かわすものだな」

 少し離れたところで霊夢が、ふわりと空中停止している。

 妖夢としては、注連縄のみならず霊夢の身体も叩き斬った、つもりなのであろう。

 魔理沙は、空中で俯いた。

「……みんな、すまん。助かった。有言実行どころか、完全に他力本願だった」

「それが貴女の才能よ、魔理沙」

 紫が言った。

「誰もが、貴女に協力をせずにはいられない……けれど霊夢は」

 魔理沙の周囲には、まずはアリスとパチュリーがいる。妖夢がいて、紫もいる。

 その全員と霊夢は今、単身で向かい合っているのだ。

「博麗の巫女は……孤独な戦いを、宿命付けられている」

「……だからさ、誰が決めてるんだよ。そんな事」

 紫の言葉に、魔理沙は反発した。

「はっきり言って霊夢はな、孤独に耐えられる奴じゃあないぜ。まあ私の見たところ、今ここにいる連中は全員そうだけどな」

「敵性体……滅す……」

 動きかけた霊夢に、黄金色の火の玉が激突して行った。

 火の玉ではなく、獣毛の塊だった。猛回転する九尾の妖獣。

「貴様がな、正気を失いがちな巫女である事は知っている」

 回転と同時に八雲藍は、光弾を速射していた。

「に、しても……そろそろ正気に戻れ博麗霊夢!」

「……敵……滅殺……排除……」

 霊力による防御を、霊夢は全身でがっちりと固めている。

 藍の回転が、射撃が、その防御を零距離から削りにかかる。霊気の火花が、大量に飛散する。

 魔理沙の眼前に、小型八卦炉が浮かんだ。

「なあスキマ妖怪。お前の式神……自力で、かわせるよな? 今ここで私がぶっ放しても」

「貴女に殺されるようであれば、藍も所詮はそこまでという事よ」

 紫が即答する。

「代わりの式など、いくらでも作る事が出来る。気遣いは無用に願いたいわね」

「……自分は、孤独に耐える事が出来る」

 アリスが言った。

「とでも言いたいのかしら?」

「おい八雲藍、私は今からマスタースパークをぶちかます! かわせよ!」

 魔理沙は叫んだ。八卦炉から、チロチロと炎が噴出する。

 その炎が、膨張した。

「お前が死んだら、お前の御主人が悲しくて発狂しちゃうからな。絶対かわせ!」

「世迷言を……」

 紫の言葉は、轟音に掻き消された。

 迷いの竹林の夜景が、光の白さに塗り潰された。

 藍はすでに、霊夢に弾かれたような形で離脱している。

 その場に残された霊夢1人が、爆炎の閃光に呑み込まれていた。

「耐えろよ霊夢! 気を抜いたら最後、遺灰も残らないぜ!」

 マスタースパークを放ち続ける八卦炉に、魔理沙はひたすら己の魔力を流し込んだ。

 夜景を白く染める爆炎の中で、霊夢もまた自身の霊力を振り絞り、マスタースパークを防御している。

「それでいい。受けろ霊夢、私の力を! 私の弾幕を!」

 爆炎の閃光が、魔理沙の魔力を注ぎ込まれて巨大化した。

 夜を灼き砕く爆発光の中で、霊夢が何か叫んだ、ような気がした。

「…………駄目……」

 紫が、呟いている。

 マスタースパークの中へ、ふらふらと入って行こうとしている。

「……霊夢が……博麗の巫女が、死んでしまう……駄目よ……」

「なりません、紫様」

 藍が、紫の眼前で空中に降り立った。

「この程度で、博麗霊夢は死にません。あやつの頑強さは私が体感いたしました。それはもう嫌になるほど」

「おい聞いたか霊夢。この程度、とか言われちゃったぜ!」

 巨大なマスタースパークの中に、魔理沙は笑いかけた。

「お前、生きてるか? まだ原形とどめてるか!? 私、本気出してるつもりだけど、もうひとつ上の本気を出さなきゃいけなくなった。耐えられるよな!? 耐えろよな!」

 激しさを増す爆炎の閃光の中で、霊夢はやはり何か叫んでいる。

 霊夢の、防御のための霊力が、一気に攻撃へと転化してゆくのを魔理沙は感じた。

 攻撃のための霊力が、いくつもの大型光弾となって旋回し、霊夢を防護しながら、爆炎の閃光を粉砕してゆく。

「…………夢想……封印……」

 紫が呻く。

 夢想封印が、マスタースパークを打ち砕いていた。

 虹色の大型光弾たちが、爆炎の破片を蹴散らしながら旋回している。

 その旋回の中心に、霊夢はいた。

「…………やって……くれるじゃないの、魔理沙……」

 旋回する夢想封印が、ゆっくりと薄れ、消滅してゆく。マスタースパークと相殺、相討ち、という事で良かろうと魔理沙は思った。自分が負けたわけではない。

「あんた……私を、殺す気だった? のよね今……」

「お前だってなあ、ここにいる全員を殺すところだったんだぜ?」

 魔理沙は、ニヤリと笑った。霊夢は、睨みつけてくる。

 その瞳は、赤くない。真紅の眼光は消え失せていた。爛々と燃え盛る怒りの眼光に、焼き尽くされていた。

 燃え盛る眼差しが、魔理沙だけでなく紫に、藍に、アリスとパチュリーに、妖夢に、向けられる。

「妖怪どもが……雁首揃えて、私に退治されに来たと」

 霊夢は、お祓い棒を揺らめかせた。紙垂が、禍々しくうねり泳いだ。

「お望み通りにしてやろうじゃないの。まとめて、ぶっ潰す!」

「おい、あれは元に戻ったのか」

 妖夢が言った。

「……戻って、あれか」

「そういう事。とち狂っても正気でも、大して変わらないのが霊夢だぜ!」

 空中を漂う魔法の箒を、魔理沙は掴み寄せた。

 またがり、加速しかけた、その時。

 怒りの叫びが、響き渡った。

「こぉおの虫ケラがああああああああああああああああああああッッ!」

 霊夢の声ではない。紫の声でもない。藍、アリス、パチュリー、妖夢、誰の声とも違う。

 虹が見えた、と魔理沙は感じた。

 七色の弾幕が、吹き荒れていた。触れるもの全てを粉砕する、破滅の虹である。

 それが、霊夢を襲う。

 かわそうとする霊夢の動きが鈍い、と魔理沙は判断した。制御なく力を振るい続けてきた巫女の肉体に、正気と共に疲労が戻ったのだ。

 魔理沙は、魔法の箒を駆った。再び流星となり、飛翔した。

 霊夢の身体を、横抱きに捕らえ、さらう。

 霊夢を直撃、するはずであった七色の光弾たちが、魔理沙の全身にめり込んでいた。

「魔理沙……」

 霊夢が息を呑み、囁きかけてくる。

 返事をしようとして、魔理沙は血を吐いた。

 魔力による防御が、あっさりと粉砕されていた。

「と……んでもない、弾幕だぜ…………誰だ? 一体……」

 吐血の咳をしながら魔理沙は、魔法の箒もろとも墜落して行く。

 その落下速度が、ふわりと低下した。

 霊夢が、魔理沙の身体を抱いたまま着地していた。

 赤い光の失せた瞳が、夜空を睨む。

 空中から、その少女は見つめ返していた。

 さらりと長い黒髪が、微かな夜風を受けて舞い揺れる。色艶が、キラキラと夜闇に振り撒かれる。

 ゆったりとした衣服は、まるで天女の羽衣だ。

 この世のものとは思えぬほどの、美貌。その眼前に、光り輝くものが浮遊していた。光の塊をいくつも生らせた、木の枝。

 それを、優美な繊手でしとやかに握りかざしながら、

「……いいわね、貴女。とっても素敵」

 黒髪の少女は、死にかけた魔理沙に空中から微笑みかける。

「そう……それを、そういうものをね、もっと私に見せてちょうだい……お願いよ……」



 幻想郷は、もはや雲の遥か下である。

 晴れ渡った天空では、美し過ぎる満月が皓々と輝いて、雲海に清かな光を降らせている。

 その雲海の上で今、八意永琳は、巨大な悪鬼と対峙していた。

 暴風を巻き起こす鬼。

 両の豪腕が、3本の太い鎖を目視不能な速度で振り回し、風を吹かせている。永琳の細身に、容赦のない風圧が押し付けられる。

 風圧だけではない。

 三角錐、球、立方体。巨大な3種の分銅が、重い唸りを発しながら間断なく永琳を襲う。

 凄まじい風を全身で感じながら、永琳は三角錐をかわした。かわした先に、球と立方体が超高速で回り込む。

 雲海を蹴って跳躍する形に、永琳は飛翔した。分銅たちが、足元をかすめる。

「そぉーら逃げろ逃げろ! いい歳して鬼ごっこってえのも悪かぁなかろうが!」

 伊吹萃香が、巨大な足で踏み込んで来る。

 雲の上であるから当然、歩いているように見えても飛行中である。だが、地響きが起こった。

 天空の地響きに合わせて、3本の鎖が暴風を巻き起こす。3種の分銅が、隕石の如く永琳を強襲する。

 かわす、と言うより逃げて遠ざかるような飛行回避を強いられつつ永琳は、

「……そうね。いくつになっても、時には童心にかえる。大切な事よ」

 長弓を引き、弦を手離した。力そのものを、不可視の矢として射出した。

 射出された力が、萃香を猛襲しつつ可視化する。大小の、光弾の嵐。激しく渦を巻きながら、悪鬼の巨体を全方向から直撃する。

「おおう……痛え痛え」

 よろめく萃香に、永琳は片手を向けた。綺麗な五指で、弾幕を操作した。

 大小の光弾たちが、悪質な菌の如く増殖した。速度を増しつつ際限なく、萃香の全身各所に激突する。

 全て、吸い込まれた。

 萃香が、大きく息を吸い込んでいた。大小の光弾が全て、悪鬼の口中へと吸引されてゆく。

 萃香の顔面が、歪んだ。巨大でも可愛いと言えなくはない顔が、縦に伸び、横に膨らみ、斜めにねじ曲がる。口の中で、爆発を噛み潰している。

 頭部の形をどうにか元に戻し、鼻と耳から煙を噴出させながら、萃香は笑う。

「……イイなぁ……最高だぜ八意永琳。おめえの弾幕はよ、ピリッと辛味が効いててよォ……」

 巨大な瓢箪の中身を呷り、萃香は息をついた。酒気が発火した。

「酒に合うんだなぁー実によぉおおおおおお!」

 高空の薄い空気の中でも激しく燃え盛る炎が、永琳を襲う。

「くっ……!」

 炎の渦から、どうにか脱出した永琳に、3つの分銅が立て続けにぶつかって来る。

 光弾を、永琳は全身から放出した。

 球形に渦を巻く弾幕が、永琳を覆う。無数の光弾による、鞠の形の防壁。

 それが、3種の分銅に打ち砕かれた。

 光の破片がキラキラと舞う中、永琳は雲海の上に投げ出され、即座に身を起こす。

 雲海が、揺れていた。

 起こるはずのない地響きを発し、暴風を巻き起こしながら、悪鬼の巨体が雲海を歩む。迫って来る。

 左右2本の豪腕が、いかなる技術でか3本の鎖を自在に操り、3種の分銅を衛星の如く旋回させ続ける。

 今の伊吹萃香は、まるで歩行する惑星だ。

 空中戦に持ち込んだのは、正解であったとしか思えない。ここが地上であったら、永遠亭、迷いの竹林、どころか幻想郷そのものが踏み潰されている。分銅の直撃で、人里が滅ぶ。

「なあ八意永琳……見ての通り私、なりは多少でかくなった。けど大して強くなったワケじゃあねえ……」

 炎のまとわりついた口元で、萃香は牙を剥いた。

「……勝てねえ、よな。こんなんじゃ……アレにはよぉ……」

「…………そうね」

「おめえも強ぇけどよ、アレほどじゃねえだろ」

「当然。お話にならないわ、私なんて」

「……強ぇ奴なんて……いくらでも、いるんだろうなあ……」

 萃香は、空を見上げた。

 永琳の作り上げた、偽物の月が燦然と輝く夜空。

 宇宙へと、続く空。

「……嫌ンなるぜ……まったくよ……」

 萃香は今、宇宙を見据えている。

 その目が、永琳に向けられた。眼光が燃え上がった。

「……まずは、てめえだ。てめえをブチのめさねえ限り、私はアレに近付けもしねえ。よーいドンの位置にだって立てやしねーんだよォオオオオオオオッ!」

 雲海が砕け散るような、凄まじい震動が来た。

 大気を揺るがしながら、萃香が踏み込んで来る。

 鎖分銅ではなく拳が、永琳を襲う。

 巨大な、鬼神の拳。それ以外のものが一切、永琳には見えなくなった。

「月を、砕く鬼……」

 全身から、永琳は弾幕を放った。

「その計り知れない力を……私は、計らなければならない。月の賢者として……ぐぅっ!」

 鞠の形に永琳を取り巻いて防護する、弾幕の防壁。

 その上から、鬼神の拳がぶつかってくる。

 衝撃が、永琳を揺るがした。肉体のみならず魂までもが、砕けてしまいそうだ。

 直撃を喰らえば、永琳は跡形もなく砕け散る。再生まで、どれほど時を要するか見当もつかない。

「伊吹萃香……貴女の、拳は……ふふっ、蓬莱人さえ殺してしまいかねない…………ッッ」

 弾幕の防壁が、砕け散った。

 光弾の破片をまといながら永琳と萃香、双方が吹っ飛んでいた。

 鬼の巨体と、賢者の細身が、距離を隔てて着地する。雲海の上にだ。

 弾幕の防壁、だけではない。もう1つ砕け散ったものがある、と永琳は感じた。自分は、それを止められなかった。

「……やるじゃねえか、月の賢者」

 萃香が、拳を撫でる。

「こっちの手が、砕けちまうかと思ったぜ。ようやっと本気を出しやがったな」

「私の、本気……それが何を意味するものか、貴女にはもう少し丁寧に教えてあげるべきだった」

 永琳は呻いた。

「貴女の拳を、私は本気で防御しなければならなかった。他の事に力を注ぎ込む余裕が、無くなってしまった……今まで維持していたものを、維持出来なくなってしまったわ」

 呻き、空を見上げた。

 荒涼たる死の天体が、そこにあった。

 つい今まで浮かんでいたものと比べて煌めきに欠ける、本物の満月。

「貴女は本当に、月を砕いてしまったわね。ふふっ、偽物の月だけど……覚悟なさい。月の都からの通路が、繋がってしまったわよ」

「ほう……」

 萃香も、見上げている。本物の月を。

 いや、本物の月から降りて来たものたちを。

 巨大なものの群れが、夜空を埋め尽くしていた。

『……らしくもない事をなさるのですね、八意様』

 声が聞こえた。永琳にだけ聞こえる声……いや、萃香にも聞こえているようだ。

「てめえか……」

『月を砕く鬼よ、お前には感謝をしてやろう。八意様お手製の障害物を、よくぞ粉砕してくれた』

 夜空を埋め尽くす、月の艦隊。

 その総司令官が、姿は見せずに語りかけてくる。

『このような怪物と、御自らの直接戦闘……愚行と申し上げる他はありません。それによって八意様、貴女はご自身の秘術を潰してしまわれた。月の都と地上とを繋ぐ道が、こうして開いてしまいましたよ』

「その道を、偽物の月などという間に合わせの障害物で塞ぐ……その場しのぎでしかない愚行であったのは認めるわ」

 永琳の声も、艦隊司令官に届いてはいるようだ。

「作り物の満月に隠れて、やり過ごす……そんな事で稀神サグメ、貴女から逃げられるはずはないのよね」

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