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異説・東方永夜抄  作者: 小湊拓也
32/90

第32話 蓬莱の弾の枝

原作 上海アリス幻樂団


改変、独自設定その他諸々 小湊拓也

 輝夜の可憐な尻に、永琳の綺麗な平手が叩き付けられる。

 爽快な音が響き渡った。蓬莱山輝夜は、泣き叫んだ。

「いたぁああああああああい!」

「ねえ輝夜、貴女はお馬鹿さん? 違うわよね」

 にこにこと微笑みながら八意永琳は、輝夜の小さな身体を膝の上に固定し、幼い尻に容赦なく平手打ちを叩き込む。

「貴女はとても賢い子、私の言う事を理解出来ないはずがない。理解していながら、私の言葉には背かずにいられないという」

 すぱぁーん、と高らかに殴打音が鳴り渡る。月の都の静寂を、粉砕する音。

「つまり貴女は、お馬鹿さんではなく悪い子なのよね。困るわ」

「私、悪い事なんてしてないもん!」

「ここへ来てはいけないと、貴女に言ったわよ? 私」

 来る事を、禁じられた場所。

 月の皇宮の、奥まった一角である。見たところ、単なる石造りの広場だ。子供心を刺激するような、おどろおどろしい彫刻などが飾られてあるわけでもない。

「何よ、ここ。何にも無いじゃないの。どうして来ちゃいけないの?」

「……ここが、とても危険な場所だからよ。月人にとっては、ね」

 永琳が言った。

「もしかしたら輝夜は平気かも知れない、とは思っていたけれど」

「何が危険なの。確かに、変な空気は漂っているけど」

 石畳から、あるいはその下の地面から……月の地中から、ただならぬ何かが滲み出ている。そんな感じは、確かにあった。

「でも空気が悪いのなんて、月の都どこへ行ってもそうよ」

「貴女は……月の都の現状に耐えられなくなって、いずれ家出をしてしまうかも知れないわね」

 輝夜の心の、どこかに、その思いは確かにある。

 何もない石造りの広場を、永琳は見渡した。

「ここにはね、月における最古の穢れが封印されているのよ」

「……ねえ永琳。穢れって、そもそも何? それがあると、どうして良くないの?」

 輝夜の問いに、永琳は一瞬だけ考え込んだようである。

「そうね……輝夜は、私の事をどう思う?」

「嫌い! 永琳なんて大っ嫌い!」

「うふふ。依姫の事は?」

「うーん、まあ好きよ。もっと大好きな人もいるけれど」

「あの方ね」

「ちなみに、豊姫姉様の事は永琳よりも大嫌い」

「そういうもの全てが……穢れ、なのよ。月人という種族にとって」

 永琳は言った。

「誰かをね、愛する事も憎む事も、最終的には……死、に繋がってゆく。死。それは月人が、最も恐れ忌み嫌う穢れ」

 石畳の下、月の地中に眠る何者かを、永琳は見つめているようであった。

「……ここにはね、死、そのものが封印されているのよ」



 自分以外の人間は、炎を発する事が出来ない。

 幼い頃の藤原妹紅がそれに気付くまで、いささか年月を要した。面白半分に炎を発し、人に火傷を負わせてしまった事もある。

 父は、本気で妹紅を叱ってくれた。

 誰からも化け物として恐れ忌み嫌われる娘に対し、父親として、1人の人間として、接してくれたのだ。

 あの父の、唯一と言うべき人間的美点だ、と妹紅は思っている。

 そんな父が、位人臣を極めた後、零落した。妹紅1人に看取られ、死んだ。

「別にな、仇を討ちたいわけじゃあない。あの親父殿が、どうしようもない馬鹿を晒したのは事実だからなっ!」

 燃え盛る飛び蹴りで、妹紅は蓬莱山輝夜へと突っ込んで行った。

「何度も言うが、こいつは単なる八つ当たりだ。下衆の八つ当たりを喰らって砕け散れ!」

 ほっそりと鋭利な脚が、炎をまといながら輝夜を直撃する。

 直撃と同時に、爆発が起こった。炎は爆炎となり、輝夜を吹っ飛ばしていた。

 吹っ飛んだ輝夜が、錐揉み回転をしながら墜落し、地面にめり込んだ。

 雅やかな衣服は無残に焼け焦げ、妬ましくなるほど綺麗な肌があちこちで露わになっている。艶やかな黒髪も、ほぼ無傷だ。この蹴りで妹紅は、複数の妖怪をまとめて灰に変えた事があるのだが。

 蓬莱人としての年季が、あまりにも違う。この蓬莱山輝夜という怪物は、外見こそ美しい少女だが、肉体の造りはもはや人間のそれではない。

 無傷の美貌を地面にめり込ませたまま、輝夜はうわ言を漏らす。

「嫌い……永琳なんて、大っ嫌い……」

「何だ、走馬灯か。死んで再生するか? 待っててやるから、ゆっくりやれよ」

 妹紅は見下ろし、嘲笑った。

 勝った、とは思わない。

 これまで数えきれないほど戦ってきたが、輝夜が本気で戦った事など1度もない。

 永遠亭の結界を守る、その片手間に輝夜は、妹紅をあしらい、叩き潰し、踏みにじり続けてきたものだ。

 最初の頃は、戦いの体をなしてすらいなかった。まるで勝負になっていなかった。

 自分は、永遠亭の姫君の、玩具でしかなかったのだ。

 思い返しつつ、妹紅は振り返った。

 優美な人影が1つ、全く質量を感じさせない足取りで、歩み寄って来たところである。

 ゆったりとした水色の衣服は、豊麗な女体の曲線を全く隠していない。胸の大きさなど、果たして自分の何倍あるのか、と妹紅はつい思ってしまう。

 被り物からは桃色の髪がさらりと溢れ出し、幽玄そのものの美貌を飾り立てる。

「貴女の炎は……私と同じ、なのよね」

 端麗な唇が、扇の陰で言葉を紡ぐ。

「誰かに教えられて身につけた力、ではない。鳥が飛ぶように、魚が泳ぐように、私は人を死なせてしまう。貴女は、人も物も焼き尽くしてしまう……私たちは、もっと仲良くなれるはずよ藤原妹紅」

「一瞬……誰か、わからなかったぞ」

 妹紅の方からも、言った。

「随分と、様変わりを遂げたもんだ」

「貴女は変わっていないわね。相変わらず、どろどろしたものをギラギラと燃やしている……素敵よ」

 妖怪・富士見の娘は、微笑んだ。柔らかな笑顔が、倒れたままの輝夜にも向けられる。

「月から来た、お上品な姫君にはね。穢れて燃える貴女の炎、少しばかり刺激が強過ぎたように見えるけれど」

「んー……お上品な姫君? はてさて、そんな珍しい生き物がどこにいるのやら」

 妹紅は、片手を庇にして見回した。

「まさか、お前の事じゃあないよな富士見の娘。お前は一見お上品だが、中身は腐れ外道だ。大江山の外道丸、以上だな」

「……ちょっと妹紅……私が、いるのよ……」

 倒れ突っ伏したまま、輝夜が呻く。

 死んで再生した、わけではない。まだ生きている。

「私と戦ってる最中……勝手に、誰かと話しているんじゃあないわよ……」

「あのな、お嬢ちゃん。長いこと生きてると人付き合いってものが増えてくわけよ。引きこもりの箱入り娘には、まあわからんだろうけどな」

 妹紅は、輝夜の後頭部を軽く踏み付けた。

「お前の相手だけしてやるわけに、いかないんだわ。寂しい? ごめんな。また今度、遊んでやるからさ。泣くなよな」

 足下で輝夜が何か呻いたようだが、妹紅は無視した。

「……魂魄妖夢から聞いている。なあ富士見の娘、私に何か頼み事があるそうだな?」

「貴女の、その炎でね、焼き尽くして欲しいものがあるの」

 富士見の娘……西行寺幽々子は、言った。

「まあ、それほど急ぎの用事ではないわ。だから……もう少し、その子の相手をしてあげてはどうかしら」

 輝夜が、またしても何事か呻いた。

「…………この…………このっ、このぉお…………っ!」

 呻きを叫びに、咆哮に変えながら、輝夜は起き上がっていた。

「こぉおの虫ケラがああああああああああああああああああああッッ!」

 妹紅は飛びすさり、言った。

「…………それでいい。本気で戦え、輝夜」



 蓬莱山輝夜が、藤原妹紅と本気で戦う事が出来ない理由。

 それが今、永遠亭の屋根の上で、燦然と輝いている。

「……蓬莱の……玉の、枝……」

 鈴仙・優曇華院・イナバは、息を呑んだ。

 光の果実を生らせた、枝。

 それが、永遠亭全域に不可視の力を降らせている。

 不変の結界。

 その動力源が今、鈴仙の目の前にある。

「どれほど……この時を、待った事か……」

 永遠亭の屋根の上で、鈴仙は呟き声を震わせた。

「これを……この場から、取り除けば……不変の結界は、失われる。月の都から永遠亭への、直接攻撃が可能となる」

 身体も、震える。

 震える手を、鈴仙は伸ばした。屋根の上に浮かぶ、蓬莱の玉の枝に向かってだ。

 その手が、止まった。硬直した。

 攻撃の気配が、全身を打ったのだ。

 鈴仙は、飛び退った。その足元を、光弾がかすめて走る。

「ずぅっと機会を待っていたんだねえ。本当に、ご苦労さん」

 因幡てゐが、屋根の上にいた。

「あんたをね、裏切り者だなんて思っちゃいないよ。むしろ忠実な子だと思う。元々あんたの御主人が、姫様でも八意先生でもなかったってだけのお話さね」

「……気付いていた、とでも?」

「私だけじゃあない。姫様も、先生も」

 てゐは微笑みもせず、ただ言った。

「不変の結界を無力化する事。それが、お前さんの仕事だったんだよな? まあ出来るわけがないから放っておいたんだけど、どうもそんな事は言っていられなくなってきた。まさか大江山の大将が攻めて来るとは思わなかったし、妹紅の姐さんも腕を上げてきた。それに」

 轟音が光が、降り注いで来る。

 永遠亭の上空で、弾幕と弾幕がぶつかり合っているのだ。

 無数の流星と、無数の呪符。夜空を切り裂いて飛翔し、激突し、砕け散って、花火のような彩りを生む。

 流星をばらまいているのは、いくつもの魔法陣である。円盤状に浮遊しつつ、星型の光弾を噴射し続けている。

 星を吐き出す魔法陣たちを従えて、霧雨魔理沙は空を飛んでいた。

 箒にまたがり飛翔する魔理沙の周囲で、空間が何箇所も裂け、断層が生じている。それら断層から無数の呪符が溢れ出し、多方向から魔理沙を襲撃する。

 その襲撃に、流星の弾幕をぶつけながら、魔理沙は見据えていた。空間の断層を発生させている、張本人を。

「敵性体……排除する」

 真紅の眼光で睨み返す、博麗霊夢。

 魔理沙は、にやりと微笑んでいる。

「催眠術で言わされてるだけ……かと思ったけど案外そいつが、お前の深層意識なのかな霊夢。敵は排除する。弾幕戦ってのは確かに、そういうもんだ」

「敵性体、滅殺する……」

「敵は倒す。私ら弾幕使いには、それしかないのかも知れないよな。他は、必要ない」

「敵……排除、滅殺する……」

「……けど残念だったな霊夢。それ以外のもの、お前の中にあるのを私は知ってるぜ。それも、かなり多めになあっ!」

 魔理沙自身が、流星になった。魔法の箒にしがみついたまま光に包まれ、まっすぐに飛ぶ。霊夢に、突っ込んで行く。

 吹き荒れる呪符の嵐を、双刀で切り払いながら、魂魄妖夢が叫んだ。

「やめろ、博麗霊夢に接近戦を挑んではならない!」

 そんな妖夢に、大量の陰陽玉が流星雨の如く襲いかかる。

 黄金色の、火の玉のようなものが、妖夢の周囲を高速旋回し、陰陽玉を全て粉砕していた。火の玉ではなく、獣毛の塊だった。

 激戦の有様を見上げつつ、てゐが言う。

「……こんな物騒な連中を引き連れて来て、永遠亭を戦いに巻き込む。上手い事やるじゃないか鈴仙。こいつらのドンパチのせいで、ほら。不変の結界に、ものすごい負担がかかってるよ。もう一押し二押しで、また結界が割れちまう」

 不変の結界に負担がかかっている、という事は、蓬莱山輝夜に負担がかかっているという事でもある。負担に圧迫されながら、彼女は藤原妹紅と戦わなければならない。

 追い込んでくれれば、と鈴仙は思う。結界の維持が不可能になるほど、妹紅が輝夜を追い込んでくれれば。

 それが不可能でも。幻想郷の弾幕使いたちが繰り広げる、この穢れに満ちた戦いが、不変の結界を押し割るほどに激化してくれれば。

 思いつつも、鈴仙は言った。

「……人任せにする気はないわ。不変の結界は、私が消滅させる」

 片手で、拳銃を形作る。銃口である人差し指から、真紅の光弾が速射される。

 全て、蓬莱の玉の枝に命中した。

 真紅の光弾は砕け散り、消えた。枝も、光の果実も、全くの無傷である。

「わかったろう鈴仙。うちの姫様、確かにちょっとお間抜けなところはあるけどね。壊されるようなものを野晒しにはしない」

 てゐが言った。

「あんたに出来る事なんて、何もないんだよ。大人しくしてな? 私と一緒にお茶でも飲んで、弾幕戦を見物しようじゃないか」

「……破壊が不可能、ならば……この場から、持ち去って取り除くだけよ」

「持ち去る……蓬莱の、玉の枝をか」

 てゐの口調が、眼光が、強さを増した。

「……やめておくんだね。それに触ってはいけない。私はね、お前のために言っているんだよ鈴仙」

 鈴仙は応えず、人差し指をてゐに向けた。

 躊躇なく、光弾を放った。

 鋭利な真紅の光弾が連射され、ことごとく突き刺さった。白い、巨大な肉体に。

 でっぷりと肥え太った白色の巨獣が、そこにいた。猪、いや熊ほどに巨大な、白い兎。

 その豊かな獣毛に、真紅の光弾は全て埋まっていた。体内に達するどころか、皮膚を傷付けてもいない。

 鈴仙は、息を呑んだ。

「貴女は……」

『なあ鈴仙……まさか、とは思うけど』

 巨大な兎が、さらに膨れ上がってゆく。

『私が、弾幕戦……全く出来ない、なんて思ってるわけじゃあ……ないよねぇええ』

 膨れ上がった巨体が、破裂した。

 飛び散った破片は、全て光弾だった。高速で渦を巻き、鈴仙を強襲する。

 跳躍し、かわした鈴仙と交代するように、妖怪の少女が2人。前に出て来て、光弾を発射する。

 リグル・ナイトバグと、ミスティア・ローレライだった。

「くっ……目が……」

 てゐが、少女の姿に戻りつつ、両名の弾幕を辛うじて回避する。

 その間、鈴仙は、蓬莱の玉の枝に飛び付いた。

 いや。飛び付き掴み取ろうとした、その時。

 怒声が、永遠亭の敷地全域に轟き渡った。

「こぉおの虫ケラがああああああああああああああああああああッッ!」

 輝夜の声。間違いない。裏切り者・鈴仙に対する怒りの叫びか。

 いや違う。藤原妹紅が、輝夜から冷静さを奪ったのだ。

 蓬莱山輝夜が、妹紅との戦いで本気になった。

 蓬莱の玉の枝から、七色の光が迸った。

 光弾の、嵐であった。

 玉の枝が内包していた、輝夜の力。不変の結界を維持するための力。

 それが、攻撃のための力に変わり、迸り出たのである。

「消える……不変の、結界が……」

 陶然と呟く鈴仙の身体を、七色の弾幕が直撃していた。

「言わん事じゃあない!」

 てゐが、愛らしい細腕でリグルとミスティアを掴み捕えたまま跳躍し、七色の光弾をかわす。

 鈴仙の部下2名を、守ってくれたのだ。

「…………ありがとう……てゐ……」

 血を吐きながら鈴仙は、永遠亭の屋根から転落していた。

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