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異説・東方永夜抄  作者: 小湊拓也
31/90

第31話 戦闘機械・博麗霊夢

原作 上海アリス幻樂団


改変、独自設定その他諸々 小湊拓也

 終わらぬ夜に閉ざされた永遠亭が、真昼のように明るく照らし出されている。

 蓬莱山輝夜が上空でぶちまけた、無数の火球によって。

 紅蓮の光源。その全てが、藤原妹紅を襲う。

「ふん……炎の弾幕ってのはな、こうやるんだよッ!」

 白銀色の髪が舞い上がり、炎の翼が激しく羽ばたく。

 背中から翼の形に広がる炎で、妹紅は全ての火球を打ち払い、粉砕していた。

 火の粉が大量に飛散し、燃え煌めきながら集合し、固まって、鳥の形を成す。

 何羽もの不死鳥が、出現していた。

 それらが燃え盛り、羽ばたいて飛翔し、輝夜を強襲する。

「不死鳥気取りの……羽虫から、小鳥ちゃん程度には格上げかしらね」

 優雅に微笑みながら、輝夜は光をばら撒いた。いくつもの、まばゆい光球だった。

 それらが一斉に、光の線条を射出する。夜空を切り刻むかのように。

 切り刻まれたのは、妹紅の不死鳥たちであった。光に寸断され、弱々しい火の粉に戻って散り消える。

 妹紅の姿も、消えていた。輝夜が、いくらか戸惑った様子で見回している。

 後ろよ、輝夜。

 八意永琳は、そう叫びそうになったが不要であった。

 妹紅は、輝夜の背後に回り込んでいた。右手が、鋭利な五指が、炎を発しながら一閃する。不死鳥の鉤爪。敵の生首をもぎ取りながら焼き砕く一撃。

 それを輝夜は、自力でかわしてくれた。

 かわしながら、妹紅の方を振り向く。

 振り向いたところへ、蹴りが行った。妹紅のしなやかな脚線が、斬撃のように閃いて空を裂く。

 受け流すように、輝夜は回避した。広い袖が蝶々の如く舞い、黒髪がふわりと弧を描いて色艶を振り撒く。

 振り撒かれた艶やかな煌めきが、そのまま光弾となって妹紅を襲う。

 炎まとう素手で、妹紅はその全てを叩き払った。火の粉と光の破片が、美しく飛散する。

 互角の戦い、に見える。

 だが今、輝夜は戦いに全力を注ぎ込める状態ではない。

 輝夜の力のかなりの部分を内包した、蓬莱の玉の枝。それが今、永遠亭の上空に浮かんでいる。

 戦場全域、永遠亭の敷地全域に、不可視の力を降らせている。

 不変の結界。

 それを維持するのが、輝夜の力だ。

「結界を守りながら戦う事が……輝夜、出来るかしら?」

 永琳の声は、もはや届かない。

 永遠亭上空、不変の結界の効力が辛うじて及ぶ高度で、輝夜と妹紅は対峙している。

「そこそこ、やるようになったのね妹紅……遊び甲斐があるわ」

「本気を出せ、輝夜。こちとら遊びじゃないんだ。遊びよりも、くだらん事情だがな」

「八つ当たりでしょ? いいじゃない、最高に穢れているわ」

「それもあるが……まあいい、話す事じゃあない」

「本気……出させてごらんなさい。結界の守護なんて、どうでも良くなるくらいに」

「お前が結界を守っているのは、月から来る連中が恐いからだろ」

 言葉と共に、妹紅が炎の翼を広げる。

「安心しろ、そいつらが来たら私が追い払ってやる。邪魔はさせない、お前をブチ殺すのは私だ……結界なんか解いて、本気を出せ」

「ねえ妹紅……貴女、自分が今何を言ったのか、わかっている……?」

 輝夜の美貌が、にこ……と歪んだ。

「貴女はね、私に向かってこう言ったのよ? ……お前を守ってやる、と」

「引きこもりの箱入りお嬢ちゃんを、ああ守ってやるとも」

 既視感を、永琳は覚えた。

 蓬莱山輝夜と、藤原妹紅。この両名の睨み合いと同じようなものを、かつて自分は見た事がある。月の都で。

(輝夜……妹紅……貴女たちは……)

 まざまざと、思い浮かべる事が出来る。脳裏に焼き付いて消えてはくれない、大いなる対峙の光景。

(あまりにも酷似している。不倶戴天、永遠の戦いを宿命付けられた、あの御二方と……貴女たちは、そっくりよ)

 この戦いを見届けたい、と永琳は思った。

 だが。今は自分にも、対峙する相手がいる。

「おめえは、アレか。あの嬢ちゃんつうか姫さんを、守ってやがんだな。月の連中から」

 巨大な鬼が、永琳と睨み合ったままニヤリと牙を剝く。

「そうゆうの嫌いじゃねえ、月の連中が来たら私が叩き潰してやる。それはそれとしてな、てめえらはブチのめす」

「それはこちらの台詞よ伊吹萃香。貴女は、本当に月を粉砕しかねない怪物に成長しつつある。潰しておかないとね」

 永琳は、ふわりと上昇した。

 萃香の巨体が、追って来る。

 穢れに満ちて膨れ上がった巨体。このまま降下したら、永遠亭もろとも不変の結界を踏み潰してしまうだろう。

 地上から、可能な限り遠ざけなければならない。

「さあ、こちらよ。月を砕く鬼……」

 永遠亭が、迷いの竹林が、幻想郷が、遥か眼下で小さくなってゆく。

 永琳も萃香も、月に近付きつつあった。永琳が作り上げた、偽物の満月。月の都と幻想郷との通路を塞ぐ、障害物。

 自分も、これを維持しながら戦わなければならない。この巨大な悪鬼を相手にだ。

「ああ、空中戦ってのはイイなあ。いくら暴れても、ぶっ壊れるモンがねえ」

 萃香の、牙を剥いた巨大な笑顔が、隕石の如き拳が、永琳に迫る。

「なあ八意永琳、本気で戦え……じゃねえと、おめえがブッ壊れちまうぞ」



 木製であるはずのお祓い棒が、楼観・白楼の二刀を撥ね返す。

 紙であるはずの垂が、霊力を帯びて硬質の刃と化し、鞭の速度で斬りかかって来る。

 魂魄妖夢は、かわした。かわせぬものは、左手の白楼剣で打ち払った。

 そうしながら、右手で楼観剣を振るう。

 その斬撃を、お祓い棒が弾き返す。

 博麗霊夢は、1本のお祓い棒で、攻撃と防御をほぼ同時に行っていた。

「くっ……」

 自分が防戦一方に追い込まれつつあるのを、妖夢は実感した。

 空中戦だから追い詰められる事はない、逃げ場は無限にある……などと考えるべきではなかった。どこかで攻勢に出なければ、自分は負ける。

 妖夢の傍らに浮かぶ半霊が、光弾を速射した。

 霊夢の左右に浮かぶ陰陽玉が、超高速で旋回した。半霊の光弾が、全て防がれ砕け散った。

 2つの陰陽玉が、防御の旋回をしつつ光弾を放つ。妖夢に向かって、ではない。

 別方向で空中に立つ、八雲紫に対してだ。

「もう充分に、お馬鹿を晒したでしょう? 元に戻りなさい、霊夢」

 ゆらゆらと幻影の如く身を揺らし、霊夢の弾幕をかわしながら、紫は呼びかけている。

「私が……臆病だったのは、認めるわ。貴女が催眠にかかってしまった時、私は逃げてしまった。霊夢と戦うのが、恐かったから」

「敵性体、滅殺する」

 霊夢は、会話をしようとしない。両眼を赤く発光させつつ、お祓い棒と陰陽玉を操っている。

 それだけではない。

 永遠亭の上空。そのあちこちで空間の断層が生じ、そこから無数の呪符が溢れ出している。

 呪符の嵐が、紫のみならず、2人の魔法使いを強襲していた。

「……敵味方の判別が、出来なくなりかけているわね博麗霊夢。もっとも私は、そもそも貴女の味方ではないけれど」

「一時休戦よ、パチュリー・ノーレッジ!」

 アリス・マーガトロイドの操る人形たちが剣を振るい、降り注ぐ呪符をことごとく斬り払う。アリスだけでなく、パチュリーをも防護している。

 そして、もう1人。呪符の嵐に抗い続ける弾幕使いがいた。

「魂魄妖夢、かわせ!」

 黄金色の、獣毛の塊。そんな言葉を発しながら回転し、襲い来る呪符を片っ端から粉砕しながら、光の刃を伸ばしている。

 卍型の、巨大な光刃。それが、八雲藍の回転に合わせて霊夢を襲う。

 右手のお祓い棒で妖夢の斬撃を受け流しながら、霊夢は左手で1枚、呪符をかざした。

 卍型の刃が、その呪符に触れただけで停止した。巨大な光の斬撃を、霊夢は呪符1枚で受け止めていた。

「敵性体……滅ぼす……」

 言葉に合わせ、霊夢の瞳で真紅の輝きが強まってゆく。

 左手の呪符に、凄まじい霊力が流れ込んで行く。

 虹色の閃光が、迸った。

 呪符が、爆発していた。虹色の爆炎が、卍型の巨大な刃を粉砕する。光の破片が飛散し、消える。

 虹色の爆発が、そのまま複数の光球に変わっていた。いくつもの大型光弾が、出現している。

 己の血の気が引く音を、妖夢は確かに聞いた。

「…………夢想……封印……!」

 虹色の光球たちが、一斉に飛翔する。

 妖夢は、空中で立ちすくんだ。

 アリスも、パチュリーも、息を呑んで硬直している。

 人形たちが、アリスの身体を掴んで飛翔した。それが回避になった。

 アリスを直撃し損ねた夢想封印が、そのままパチュリーを襲う。

 妖夢の眼前にも、虹色の大型光弾が迫っている。

 ふわりとしたものが全身にまとわりつくのを、妖夢は呆然と感じた。

 夢想封印が、足元をかすめて行く。

 回避。妖夢が自力でかわした、わけではない。

 抱かれ、運ばれていた。

「……違うでしょう? 紫」

 ふわりとした誰かが、妖夢の耳元で、しかし妖夢ではない女性に語りかけている。

「貴女は、霊夢と戦う事を恐れたのではなく……霊夢を、死なせてしまうのが恐かった」

「ゆ……ゆこ、さま……」

 呟く妖夢を背後から抱いたまま、西行寺幽々子は微笑んでいる。

 藍も、それに紫も、飛び交う夢想封印を自力で回避していた。

「幽々子……貴女、冥界の管理はどうしたの」

「私が後で、ヤマザナドゥ閣下に叱られれば済む話よ」

 幽々子が、ふわりと妖夢を解放した。

「ねえ紫、貴女だって元々この異変に私を巻き込むつもりだったのでしょう?」

「……どうかしら、ね」

「中途半端なところがあるわよね貴女。他者を将棋の駒のように扱いながら、優しさを捨てられない……霊夢を死なせてしまうかも知れない戦いから、逃げてしまう。紫のそういうところ、嫌いではないわよ?」

 優美に微笑む口元を、幽々子は扇で隠した。

「……でもね、それでは博麗霊夢を救う事は出来ない。殺す覚悟、殺される覚悟を持って戦いながら、殺さずに霊夢を助ける」

 その視線が、ちらりと動く。

 流星のようなものがパチュリーをさらい、夢想封印をかわしていた。

「……それが出来る弾幕使いをね、連れて来たわ」

「お前に連れて来られた覚えはないぜ」

 パチュリーの細身を横抱きに拉致したまま、霧雨魔理沙が魔法の箒を駆っている。

「…………死にたいわ。まさか、貴女に助けられるなんて」

「死なせはしないぜ。残念だったな、パチュリー」

 魔理沙が、にやりと笑う。

 その笑顔が、眼差しが、空中に佇む博麗の巫女に向けられた。

「なあ霊夢……病み上がりのパチュリーを、いじめたら駄目だぜ?」



「ほう、綺麗に咲いたじゃないか」

 岡崎夢美が声をかけると、北白河ちゆりは嬉しそうに誇らしげに微笑んだ。

「すごいっしょ。土の配合から何から全部、私がやったんだぜー……まあ何つーか、マニュアル通りにやっただけなんスけどね」

 鉢植えの、花である。色とりどりに咲いている。

「いやちょっと不安だったんスよ。何しろエレンのお店で買った種だし、巨大食人植物でも咲いたらどうしようかと」

「そうしたら私が少し改造して、スペースデブリでも食わせるさ」

 可能性空間移動船内部。居住区域の一角である。

 ちゆりの咲かせた鉢植えが、テーブルの上に置かれている。

「しかし結局、あの店は何屋なんだろうな。店主曰く、魔法のお店らしいが」

「要は何でも屋さんって事じゃないッスかね。まあ便利は便利っしょ、大抵のもの取り寄せてくれるし」

 言いつつ、ちゆりは伸びをした。水兵服に包まれた、やや控え目な胸の膨らみが際立った。

「さて休憩終わり。ちょっくら、あっちの方もチェックして来るッス」

「今日はここまでにしておいたらどうだ。お前あまり寝てないだろう、このところ」

「……この船のメンテ関係は全部、私の責任ッスから」

「あれは、ちゆりの責任ではないぞ。もちろん私の責任でもない」

 可能性空間移動船が1度、月に不時着をした。故障、に近い事態が発生したのだ。

 ちゆりは、その事に責任を感じてしまっている。

「責任……ね。それもまあ、ない事ないっスけど」

 ちゆりは軽く頭を掻いた。

「私ね、こいつを万全の状態にしといてやりたいんスよ。常に」

「……お前も、この船に取り憑かれてしまったな」

「そりゃもう、ずっと教授と一緒にいたんスから」

 夢幻遺跡。

 出土した当時の可能性空間移動船は、そう呼ばれていた。

 考古学的な価値はいくらか認められていたようだが、これの調査のために本腰を入れて予算を組もうという動きにはならなかった。国からも、学会からも、単なる旧時代の遺構としか見られていなかったのだ。

 遺跡の発見者・岡崎夢美は、今にして思う。それが、かえって良かったと。

 夢幻遺跡を、好きなように調査・研究する事が出来た。いくつか特許を持っていたので、資金に不自由する事もなかった。

 未知の文明による、科学技術の産物である。

 夢美は遺跡に関し、そう主張した。

 耳を傾ける者はいなかった。『夢幻遺跡』と名付けたのは学会とマスコミで、そこには岡崎夢美教授に対する揶揄が込められている。当時から助手であった北白河ちゆりは、怒り狂ったものである。

 なだめながら夢美は、ちゆりと共に調査と研究を進めた。

 そしてついに、可能性空間移動船の全機能を甦らせたのだ。

「いや……まだ、全てではないだろうな」

 夢美は呟く。

「眠っている機能が、まだいくつもある」

「私も、そう思うぜ。この船……半分眠ってる神様、みたいなモンっすよ」

「大げさな表現ではないな。この船があれば私たちは、どこかの惑星に降り立って神の振る舞いをする事も出来るだろう」

 この船を造り上げた文明が、すでに滅びたのか、どこかの宇宙に現存しているのか、それも定かではない。

「幻想郷に来てみない?」

 声がした。

「貴女たち、幻想郷なら立派に神様を名乗れるわよ。神様の言う事を聞かない人妖は、いくらでもいるけれど」

 女が1人、椅子に座っていた。すらりと綺麗な両脚を、優雅に組んでいる。スカートはチェック柄だ。

 テーブルに置かれた鉢植えを興味深げに見つめながら、その女は言った。

「綺麗に咲かせてくれたのね。ありがとう」

「誰だよ、あんた……」

 ちゆりが、夢美を背後に庇った。

「……どこから、入って来た?」

「私は植物の業者。あのお店でも、取り扱ってもらっているわ」

 女は、立ち上がった。

 若い女、に見える。18歳の夢美と、そう年齢は違わないのではないか。

 折り畳まれた日傘を、優美な片手で携えている。

 その日傘が、凄まじい質量の塊である事を、夢美は見て取った。

(……あの子たちの、同類……)

 そんな事を思う夢美に、女がにこりと微笑みかける。

「私……お花の咲いている場所なら、どこへでも行けるのよ?」

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