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異説・東方永夜抄  作者: 小湊拓也
29/90

第29話 泣いた赤鬼

原作 上海アリス幻樂団


改変、独自設定その他諸々 小湊拓也

「ああん穢い、穢らわしい、でも美味しい」

 レイセンが泣きながら、白米と魚と味噌汁をガツガツと喰らう。

「こんな、こんな穢れた地上の食べ物が美味しいなんて、悔しいよう」

「美味しいものを、美味しいと感じられるようなら大丈夫」

 西行寺幽々子が言った。

「月人は、物を食べる事すら出来なくなっている……貴女たち玉兎は、まだ大丈夫そうね。今泉さん、お代わりいただけるかしら」

「もうありません」

 今泉影狼が、空のお櫃を見せつける。

「私の食糧の備蓄、食べ尽くしてくれちゃって。まったくもう」

「ごめん、今度キノコでも持って来るからさ」

 爪楊枝を使いながら、霧雨魔理沙は言った。

「いやあ食った食った、ごちそうさん。弾幕戦やってるとカロリーの消費が半端なくてさ、恐ろしく腹が減るんだよなあ」

「わかるけど、もうちょっと遠慮しなさい」

 影狼は言った。

「それにしても霧雨さん……貴女、お料理上手なのね」

「魔法の実験って、料理に応用出来るのが多いんだぜ」

 迷いの竹林。竹藪に溶け込んで目立たない、今泉影狼の自宅である。

 家主の影狼が、朝食を作ってくれた。魔理沙は手伝った。

 朝食の時間と言っても、外は相変わらずの夜である。1日経っても2日経っても、夜が明けない。

「ねえ、貴女たち……白玉楼へ来る気はない? 厚遇するわよ」

 幽々子が言った。

「私がちょっと食べる方だから、妖夢がいつも厨房できりきり舞いしているのよね。助けてあげて欲しいわ」

「……そうだろうな。お前、あいつにあんまり苦労かけるなよ」

 魂魄妖夢とは、離れ離れになってしまった。アリス・マーガトロイドとも。

 パチュリー・ノーレッジの介入によって、である。

「……元気そうだな、パチュリーの奴」

 凄まじい魔力の爆発を、魔理沙は思い返してみた。

 本来の力と呼べるものを、パチュリーは間違いなく、取り戻している。

「今泉影狼……お前さんが、あいつを永遠亭まで運んでくれたんだな。ありがとうよ」

「あの人、本当に死にそうだったわ。助かったのなら良かったけど」

「うん。あいつの事は、まあ心配する必要なくなったところで」

 食事を終え、お茶を啜っているレイセンに、魔理沙は視線と言葉を向けた。

「……お前に、訊きたい事がある。永遠亭に殴り込んで聞き出すつもりだったけど、お前が教えてくれるなら、その方が手っ取り早い。色々と聞かせてもらうぜ」

「な……何よ、私を拷問にでもかけるつもり!?」

「そういう事をする連中、幻想郷にいないわけじゃないけど安心しろレイセン。私はそっち側じゃあないぜ。多分な」

「私は、そちら側かしら」

 幽々子が言い、レイセンは怯えた。

 魔理沙は、微笑んで見せた。

「お前ら月の連中、どうして幻想郷に攻めて来たんだ? これからも攻めて来るのか」

「……無様に負けて、こんなふうに施しを受けている……そんな私が意地を張っても、余計に無様なだけよね……」

 レイセンは俯いた。

「私が月の戦人たちを引き連れて来たのは、罪人を捕えるためよ。月の都の、叛乱者」

「そんな事、言ってたな。お前そう言えば」

「名は、蓬莱山輝夜」

 レイセンは言った。

「月の都を統べる……高貴で永遠の御方に、叛旗を翻す者の名よ。ねえ本当に、教えてよ。貴女たち地上の連中は、蓬莱山輝夜を一体どこに匿ってるの?」

 泣きそうな声だった。

「そのせいで、依姫様まで……」

 空気が、震えた。壁が、柱が、影狼の家そのものが、微かに震動していた。

 遠い、轟音。迷いの竹林全体が、震えていた。

「な、何……」

 レイセンが青ざめる。

 魔理沙は立ち上がり、縁側に出た。

 間違いない。これは、弾幕戦の轟音だ。弾幕戦がもたらす震動だ。

 とてつもない力を持つ者同士の弾幕戦が、どこかで行われている。

 迷いの竹林の夜景。その一部が、赤く染まっていた。

 火災か、と魔理沙はまず思ったが、そうではなかった。

 遠くの空で、火の鳥が羽ばたいている。飛び方次第では、火災が起こりかねない。

「今日はまた……随分と気合い入ってるわね、妹紅さん」

 怯えるレイセンを優しく抱き寄せながら、影狼が言った。

 魔理沙は振り向き、問いかけた。

「……藤原妹紅か?」

「知っているのね。私、何回も助けてもらったのよ。最初は退治されたけど」

「妖怪退治人らしいからな」

「あの人、定期的に永遠亭へ殴り込んで派手な喧嘩をしてるのよ。今もそうね、きっと」

「そう……か」

 火の鳥を、魔理沙は見つめた。

「あそこが……じゃあ、永遠亭か」

「見つけた……」

 幽々子も、見つめていた。

「どろどろ……ぎらぎら、燃えて輝く……炎の翼。やっと、見つけたわ……」



 藤原妹紅は明らかに、あの頃よりも格段に強くなった。

 その背中から広がる炎の翼は、並の妖怪であれば数十体を、1度の羽ばたきで綺麗に火葬してしまうだろう。

 永遠亭の上空を焼き払うように羽ばたく紅蓮の翼を、八意永琳がふわりと回避する。

 炎の翼から、火の粉が飛散した。

 大量のそれらが集合・融合し、鳥の形を成す。

 何羽もの火の鳥が出現し、永琳を襲う。

 左手に持った長弓を、永琳は右手で引いた。

 矢はない。否、目に見えない矢がそこにある、と伊吹萃香は感じた。

 それが、射出された。

 火の鳥が1羽、砕け散った。

 砕け散った所で、空間に穴が生じていた。不可視の矢に穿たれたのか。

 その穴から、大量の光弾が溢れ出した。光の線条が、奔り出た。

 今度は、妹紅が回避を強いられる事になった。燃え盛る翼を揺らめかせて飛翔し、光弾と光線をかわしてゆく。

 永琳は淡々と弓を引き、弦を手放し続けた。

 淡々と射出される不可視の矢が、火の鳥たちを片っ端から粉砕しつつ、空間を穿つ。

 穿たれた空間の穴から、弾幕が噴出する。光弾の嵐と、光の線条。

 それらが、際限なく妹紅を強襲し続ける。

 妹紅が一方的な回避を強いられている間、萃香は拳を突き出していた。小さな拳。

 巨大な鬼神の拳が出現し、永琳を直撃する。

 いや。直撃の瞬間、永琳の優美な右手が鬼神の拳を撫でていた。

 それだけで、鬼神の拳は消滅した。

 その間、萃香は空中の見えざる足場を蹴って踏み込んだ。間合いを詰めた。

 鬼神の力を秘めた小さな拳を、至近距離から永琳に叩き込む。

 手応え、ではなく激痛が来た。

「うっぐ……ッッ……!」

 萃香の短い細腕が、おかしな方向に捻じ曲げられている。永琳の一見たおやかな手によって。

「……組み技かよ……だがなぁっ!」

 萃香は、捻じ曲げられた方向に合わせて身体を回転させた。

 回転した身体が、しかしその瞬間、捻れて折れ曲り、固まった。

 永琳の綺麗な四肢が、萃香の小さな全身をガッチリと捕え、へし曲げ、固めている。

 様々な関節を、極められていた。激痛が、萃香を支配していた。

「ぐぎゃああああああああああ!」

「月の戦闘技術を、貴女たち地上の妖怪に伝授してあげないといけないわね」

 悲鳴を上げる萃香の耳元で、永琳は囁いた。手放した長弓が、傍らに浮かんでいる。

「学びなさい。こういうものも含めての、弾幕戦よ」

「ぎゃあああっ、ぐうぅッ! ……て、てめ……っっ……!」

 激痛が、萃香の力の全てを封じ込めていた。

(何だ……霧に、なれねえ……身体を、分解……出来ねえ……)

「四肢の関節を、寸分の狂いもなく極められるとね。人型の知的生命体は、何も出来なくなるのよ」

 萃香の耳元で、永琳は説明をした。

「その激痛は、忍耐力を一瞬にして奪い去る。いかなる超能力を持っていようと、発揮する事は出来ない」

 もはや会話も出来ず、萃香はただ暴れた。極められた手足を、暴れさせた。

 その暴れように合わせて、永琳も極め方を変えてくる。萃香の小さな身体が、さらにおかしな形に捻じ曲がり固められる。

「貴女……自分の骨を折って砕いて、脱出しようとしたわね?」

 永琳が囁く。

「そんな事はさせないわ。私は、貴女の骨を折ったりはしない。ただ関節を捻り固めて激痛を与えるだけ。そうしている限り、貴女は何も出来ない」

 いくつも生じた空間の穴からは、相変わらず弾幕が溢れ出して妹紅を強襲し続ける。

 この八意永琳という弾幕使いは、白兵戦で萃香を捕獲しながら、遠隔戦闘で妹紅を圧倒してもいるのだ。

 自分が今やどのような形になっているのかもわからぬまま、萃香は口で悲鳴を張り上げ、心の中で呻いた。

(八意……永琳……こいつ、底が知れねえ……っ!)

 思ってしまう。大江山で、妖怪の山で、自分は一体何をしていたのだと。

 文字通り、お山の大将でしかなかった。

 山の外には、これほど底知れぬ化け物が存在すると言うのに、それを見ようともしなかった。山の中の狭い世界で、弱い者いじめをして最強を気取っていただけだ。

(こいつは……こんな、化け物でも……アレより全然、弱いってのか……アレより……)

 萃香は思う。鬼とは、何なのか。

 最強の妖怪。そう呼ばれて上機嫌にふんぞり返っているだけの、馬鹿殿でしかないのではないか。

(暴君気取りの、ガキ大将……か……)

「いやあ、長生きはしてみるもんだねえ」

 縁側に座ってお茶を啜りながら、因幡てゐが見物をしている。

「なかなか見られるもんじゃあないよ? 大江山の大将が、こんな面白い形してるとこなんて」

「て……ンめぇえ……ッ!」

 空中で捻られ極められ固められながら、萃香は牙を食いしばった。

 てゐが、ニヤニヤと見上げてくる。

「お山の大将は、お山を下りちまうと今ひとつ……かね。無理せず、妖怪の山へ引きこもったらどうだい。天狗も河童も崇めてくれるんだろう? それでいいじゃあないか」

 黙れ、と萃香が声を絞り出す前に、誰かが吼えた。

「もろともに行くぞ外道丸!」

 妹紅だった。

 永琳の弾幕を回避しながら飛翔上昇し、高空で一瞬だけ静止、そして急降下を敢行する。こちらに向かい、燃え盛る右足を先端として。

 炎をまとう、飛び蹴りであった。

 もろともに行く、とは永琳も萃香もまとめて蹴り砕くという意味だ。可能ならばかわして見せろという警告でもある。

「……おめえ……らしいわ……」

 弱々しく苦笑する萃香を放り捨てて、永琳はその場を飛行離脱した。

 萃香は、感覚の戻らぬ手足を無理矢理に動かして空中を泳ぎ、あたふたと逃げた。

 傍らを、妹紅の飛び蹴りが隕石の如く通過する。

 燃え盛る流星のような蹴りが、そのまま勢い余って永遠亭へと突っ込んで行く。建物の、縁側へと。

 湯飲みを抱えたまま、てゐが笑顔を引きつらせる。

 そこへ、炎の飛び蹴りが激突する……寸前。得体の知れぬ力が働いたのを、萃香は感じた。

 目に見えぬ防壁が、てゐの眼前に出現していた。

 てゐを、と言うより永遠亭を守る結界。出現したのではなく、元からあったものが局所的に強化されたのか。

 炎の飛び蹴りは、跳ね返されていた。

 跳ね返った妹紅の身体が、空中で構えを立て直す。そこへ、何者かが声を投げる。

「土足で他人の家に蹴り込むなんて……育ちの悪さがうかがえるわねえ」

 屋根の上。

 少女が2人、仲良く腰を下ろして、弾幕戦を見物している。

「まったく、親御様のお顔を見てみたいわ」

 2人とも、黒髪だった。美し過ぎる月の光を受けて、艶々と煌めいている。

 言葉を発しているのは片方で、もう1人は無言だった。

「あ、ごめんなさい今の言葉、忘れてちょうだい。自分に刺さってしまったわ……うちの両親は本当、最低」

「お前の実家の話なんて、どうでもいいんだよ輝夜」

 妹紅が言った。

「……怖気付いて出て来ないかと思ったぞ。勿体つけやがって」

「気安く話しかけないように。私の名前も呼ばないように」

 輝夜と呼ばれた少女が、手持ちの何かを妹紅に向けた。武器、であろうか。

「そもそも貴女は誰? どなた? 初対面の蛮人が、随分と馴れ馴れしいのではなくて?」

「そうか忘れたか。私の顔も名前も、弾幕も……じゃ、思い出させてやるよ」

 木の枝、のようである。光り輝く果実が、いくつも生っている。

 それを輝夜は、たおやかな五指でくるりと弄んだ。

「……随分と、久し振りじゃないのよ。何、私に勝つために修行でもしていたの? 無駄な努力って可愛いわあ」

「ちょっと忙しくてな、お前と遊んでやれる状況じゃなかった。寂しい思いをさせて、ごめんな? お嬢ちゃん」

 妹紅が微笑む。

 輝夜も微笑んでいるが、その笑顔がいくらか引きつったようである。

「ふん……貴女の親御の顔、見た事あったわねえ。そう言えば」

 光を生らせた木の枝を、輝夜はゆらゆらと見せびらかしている。

「一生懸命に作った偽物をねえ、誇らしげに披露して! 一生懸命に作った苦労話を朗々と語って! そこへねえ、これを見せてあげた時のお顔ときたら! うっふふふふ、貴女にも見せたかったわあお嬢ちゃん。物陰から見ていた? もしかしたら。物陰で見ながら泣いていたのかしら? 私が泣かせちゃったのかしらねえ? ねえ!? ねえ!」

「……親父殿が馬鹿を晒したのは事実だ。せいぜい馬鹿にするがいいさ」

 妹紅の、口調も表情も静かである。

 輝夜の方は、笑顔を保ってもいられなくなっていた。その美貌が引きつり、震えている。

 永琳が、声をかけた。

「……藤原妹紅は、ひとつ上の段階に至った。もう、その手の挑発は通用しないわよ輝夜」

「……何よ、妹紅のくせに……」

 そんな会話を、萃香は聞いていなかった。

 無言を保つ、もう1人の黒髪の少女。夜闇の中で、両の瞳を赤く発光させている。その目で、何も見てはいない。

「…………霊夢……」

 萃香は、声を投げた。

「お前……何、やってんだ? こんなとこで……」

 博麗霊夢は、何も応えない。萃香の声が、果たして聞こえているのか。

「霊夢……おーい……」

「残念。霊夢はね、もう私のお友達よ」

 輝夜が、わざとらしく霊夢に身を寄せてゆく。

「ちっぽけな地上の妖怪よ、私に従い尽くし傅き跪きなさい。そうすれば霊夢と会話する事を許してあげるわ」

「……どけよ、月人」

 萃香は言った。

「月の都の関係者にもな、おめえらみたく人の形して、くそ生意気な自我をちゃんと持ってる連中がいるってのは嬉しい。それはそれとして、そこをどけ……霊夢を、返せ」

「姫様への無礼な口のききよう、許さないわよ」

 霊夢の傍に、1匹の玉兎が降り立った。確か、鈴仙と呼ばれていた個体である。

「博麗霊夢は、今や私の部下。誇りある月の戦士……お前などとは違う次元に至ったのよ」

「てめえら……」

 萃香は、気が遠くなった。

「……霊夢に……何、しやがった……?」

「ふん。同じ事を、してあげましょうか」

 鈴仙の両眼が、赤く輝いた。

 真紅の眼光が、萃香の瞳から脳裏に入り込んで来る。

 とっさに萃香は、瓢箪の中身を呷った。

 酒気が全身に回り、頭にも来た。脳裏に入り込んだ真紅の何かが、うやむやになった。

 ぷはぁー……っと萃香は息をついた。酒臭い吐息が、発火した。炎が、口元にまとわりつく。

「霊夢に……何を、しやがったあ? おうテメエごるぁ」

「くっ……」

 鈴仙が怯む。

 てゐが、縁側で爆笑している。

「ひゃっはははははははは鈴仙うどんちゃん! お前さんの力、酔っ払いには通用しないみたいだねえ」

「霊夢! 地上の凶悪妖怪から姫様を守りなさい!」

 鈴仙は間違いなく、姫君ではなく自身を守らせようとしている。

 そんな命令に、霊夢は従った。

「了解……凶悪敵性体、討滅します。輝夜様の、御ために……」

「何言ってんだ霊夢、おい……」

 霊夢がフワリと立ち上がり、萃香は空中で後退りをした。

「凶悪って何……こんな可愛い萃香ちゃん捕まえて、何言ってんだ……」

「輝夜様を、鈴仙隊長を……脅かす者……排除する」

 霊夢の左右に、2つの陰陽玉が浮いた。

「やめろよ霊夢……」

 萃香の声が、ひくっと震えた。

「おめえと弾幕戦やるのは、やぶさかじゃねえ……けどな、こんなのはダメだ……」

「排除、討滅……」

 陰陽玉から迸った光弾の嵐が、萃香を直撃した。

 墜落し、地面に激突したまま、萃香は起き上がる事が出来なくなった。

「……霊夢……れいむぅ……畜生、ちくしょう……霊夢ぅうう……うえぇええええええ……」

 これまでの酒が、全て涙に変わってゆく。萃香はそう感じた。

「えっぐ、うえええええええん! うぁああああああああ霊夢、れいむぅうう! 霊夢を返せよ畜生うわぁーん!」

 萃香は泣き喚き、洪水の如く涙を飛び散らせ、立てぬまま暴れた。

 小さな身体が仰向けになり、うつ伏せになった。短い手足が、じたばたと地面を殴打する。

「てめえ畜生ばかやろう! 霊夢を返せ返しやがれええええええ! うわああああん、うええええええええええええん! ひぎゃああうあうあうあう、れいむぅうううううう!」

 地震が、起こっていた。無数の竹が、ゆっさゆっさと揺れ震えている。

 いや、揺れているのは地面だけではない。空気までもが震えている。空を飛ぶ弾幕使いたちにまで、震動が及んでいる。

「こ……これは……!?」

「一時休戦よ、アリス・マーガトロイド。貴女……とんでもない怪物を、連れて来てしまったものね」

「ぐぅっ、これは貴様か伊吹萃香、貴様の仕業か!」

「結界が……不変の結界が、揺らいでいる……!?」

 狼狽の声を浴びながら萃香は、ひたすら泣き暴れた。愛らしい拳で、地面を殴り続けた。

 萃香の妖力が波紋状に、永遠亭の敷地全体……否。迷いの竹林全域に、広がってゆく。揺れる地面から溢れ出し、空気をも揺るがす。

 あらゆるものを震わせながら萃香は、ゆっくりと立ち上がっていた。

「…………ぶ………………ッッッころす…………!」

 鬼の少女の小さな身体が、膨張してゆく。膨れ上がった肉体に、妖力が満ち満ちてゆく。

 巨大化した拳が、永遠亭の一部を粉砕していた。屋根が砕けながら崩落し、縁側が潰れ、てゐがまさしく脱兎の勢いで逃げて行く。

「結界が……!」

 息を呑む輝夜を、霊夢が庇う。

 瓦礫のまとわりついた拳を、萃香は振り回した。

 その一撃を、もはや撫でて止める事など出来ず、永琳が直撃を食らって吹っ飛んだ。

「くっ……貴女までもが……」

 空中で体勢を立て直しつつ、永琳が呻く。

「……新しい段階に、至ってしまったのね……月を砕く鬼、伊吹萃香……」

「……待ってろ、霊夢……全員ぶち殺して、おめえを元に戻してやっからよォ……」

 萃香は、怒り狂いながら泣きじゃくった。涙の豪雨が永遠亭の庭に降り注ぎ、魂魄妖夢たちが逃げ惑う。

「月のくそったれども、まとめて丸かじり! 酒のあてにしたらァなああああああああああああッ!」

 作り物めいて美しい満月に向かって、萃香は吼えた。炎の吐息が、夜闇を灼き払いながら永遠亭を上空から照らす。太陽の如く。

 迷いの竹林を睥睨する、巨大な悪鬼が出現していた。

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