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異説・東方永夜抄  作者: 小湊拓也
25/90

第25話 月の逃亡兵

原作 上海アリス幻樂団


改変、独自設定その他諸々 小湊拓也

「もう1度、言ってみろ。お前……」

 霧雨魔理沙は思わず、西行寺幽々子の胸ぐらを掴んでいた。

「霊夢を元に戻すのに……何を、どうすればいいって?」

「あの時と同じ、なのでしょう? 霊夢は」

 掴まれたまま幽々子は、事も無げに言った。

「博麗霊夢という自我を、失っている。それなら、あの時と同じ事をすればいいのよ」

「あの時と、同じ……だと……」

 魔理沙の脳裏に、桜吹雪の風景が蘇った。

 冥界を花霞で満たす、桜の樹海。その中へと落ちて行く、博麗霊夢の屍。

 屍から抜き取ったものを、あの時、幽々子は愛おしげに抱いていたものだ。

「私が、霊夢の魂を抜き取って入れ直す。それで元に戻るわ、きっと」

「つまり霊夢を……殺して、生き返らせる、と」

 間近から、魔理沙は幽々子を睨み据えた。

「確かに、忘れがちだよな。私だって時々、忘れる。だから偉そうな事は言えないけど……忘れるな。霊夢は、人間なんだぞ。命を引っこ抜いて入れ直すなんて事、そう何度もやらかして大丈夫なのかよ! おい」

「大丈夫だと思うけど……駄目だったら駄目で、仕方がないわ」

 幽々子が微笑む。

「霊夢の魂は、私が白玉楼で大事に大事に飼ってあげる。いつでも会いに来ていいのよ?」

「……これも忘れがちだよな。お前は、人間じゃあない」

 魔理沙は、目で睨み、口元で微笑んだ。

「忘れてたぜ……お前が正真正銘、化け物だって事。ま、そうでなきゃいけないよな」

「私……そうなの? 化け物なの?」

 首を傾げる幽々子の胸ぐらを、魔理沙は解放した。

「霊夢は、私が元に戻す。お前は余計な事をするなよ」

「……いいわね霧雨魔理沙。貴女、どろどろしている。ぎらぎら、しているわ」

 幽々子が、興味深げに見つめてくる。

「私、貴女とも仲良くしたいわ。ねえ、お友達になりましょう」

「ふん。親睦を深めるための弾幕戦なら、いつでも相手になるぜ」

「……ここでは、やめてね」

 弱々しい声が、聞こえた。

「私の家の、近くだから……」

 竹の茂みに、その女性は身を潜めていた。少女、と言っても良いか。魔理沙より、いくらか年上に見える。人間であるとするならばだ。

 人間ではなかった。

 気弱そうな、白皙の美貌。それと好対照をなす艶やかな黒髪の一部が、突起状に盛り上がっている。

 獣の耳、であった。

「竹林に棲んでる、妖怪か」

 魔理沙は言った。

「……永遠亭の、関係者か?」

「関係者って言うほど関係してないけど、とにかく迷いの竹林で荒っぽい事はやめてね。永遠亭の人たちを怒らせたら、ちょっと大変な事になると思うの」

「もうなってるぜ。永遠亭の弾幕使いと、荒っぽい事をしている最中だ」

 勝ち負けを言えば、ひとまずは負けであろう、と魔理沙は認めざるを得なかった。自分たちは退却を強いられ、アリス・マーガトロイドや魂魄妖夢とも、この迷いの竹林の中ではぐれてしまった。

「そう……やっぱり。今、何か変な事になってるけど」

 美し過ぎる満月を、獣人の少女は見上げた。

「……永遠亭の人たちが、関わってるのかな。それで、幻想郷じゅうの弾幕使いが動き回ってる。ぶつかり合いになる事もある。貴女たち2人が弾幕戦をやったら、親睦じゃなくて遺恨が深まりそうだけど」

「それもまた、幻想郷における友愛の形の1つよ」

 言いつつ幽々子が、獣人の少女を見つめる。

「……見てわかるものは、あるわ。貴女もなかなかの弾幕を使えるのね」

「勘弁してよ。私の弾幕なんて、妖精に毛が生えた程度のもの」

「私は、霧雨魔理沙という」

 まず魔理沙は名乗った。

「永遠亭の連中に関して、何か知ってる事があるなら聞かせてくれないかな。大した事じゃなくて全然構わないから」

「私は今泉影狼。永遠亭に荒っぽい事を仕掛けるのは、やめて欲しいわ。死にそうな患者さんがいるから」

 パチュリー・ノーレッジの事か、と魔理沙が思った、その時。

 竹の茂みが、鳴って震えた。もう1人、あるいはもう1体、何者かが潜んでいる。

「この近くで拾った子よ。すごく怯えているから……恐がらせないでね」

 今泉影狼のゆったりとした衣服に、その少女はすがりついていた。

 ボロ雑巾のような少女である。影狼の言う通り、怯えている。青ざめ、震えている。負傷しているわけではないようだが、心に傷を負っているのは見て明らかである。

「お前……!」

 魔理沙は、すぐには顔と名前を一致させる事が出来なかった。初めて会話をした時とは、それほどまでに様変わりを遂げている。

「……確か、レイセンだったな。あいつを相手に生き延びるとは、見上げた悪運だぜ」

「…………穢い……きたない……地上は、穢れに満ちている……」

 当然と言うべきか、レイセンは会話が出来る状態ではなかった。

「…………会いたい…………会いたいよぅ…………よりひめ、さまぁ…………」

 何を言っているのかは不明だが、ともかく魔理沙は、レイセンの頭を撫でてやった。

「……風見幽香を相手に、よくぞ生き延びた。偉いぜ」



 迷いの竹林から、脱出するのは容易い。

 空を飛べば良いのだ。

 だが今、アリス・マーガトロイドは歩いている。迷いの竹林を、魂魄妖夢と共に。

 脱出が、目的ではないのだ。

 竹林の上空を最初、霧雨魔理沙と一緒に飛んでみた。1つ、わかった事がある。

 永遠亭という建造物を、空から発見する事は出来ない。

 迷いの竹林という土地全体に、魔法に似た力が作用しているとしか思えなかった。

「逃げるは容易く、攻めるは困難……というわけか」

 歩きながら、魂魄妖夢は言った。変わり映えのしない竹林の夜景が、延々と続く。

「その永遠亭という場所に辿り着くには、こうして地道に歩くしかないようだな。もっとも我々は、永遠亭とやらに用があるわけではないのだが」

 我々、と妖夢は言った。彼女には同行者がいたのだ。今は、はぐれてしまっているが。

 アリスは、訊いてみた。

「……あの西行寺幽々子というのは一体、何者なの」

「私も知りたい。長らくお仕えしているが、わからぬ事ばかりでな。何も掴ませてはくれぬ御方だ」

 美しい絵画のような満月の浮かぶ夜空を、妖夢は見上げた。

「私は、ただ……幽々子様に、この剣を捧げる。命を捧げる。魂を捧げる。あの方が実は何者であろうと、知った事ではない。知りたい、とは言ったがな」

「そう……」

 自分の、魔理沙に対する感情と似ているのだろうか、とアリスは思う。

「ところでアリス・マーガトロイド。お前は先程、一体誰と話をしていたのだ」

「……私も、知りたいわ」

 そうとしか、アリスは言えない。

「誰かが……何か、とてつもない存在としか言いようのない誰かが……私に、語りかけてきたのよ。頭のおかしい女と、思いたければ思えばいいわ」

「この幻想郷という場所。正気の者など実は1人もいないのではないか、と思い始めたところでな。私も含めての話だが」

「……弾幕使いなんて、みんなそうよ」

 言いつつ、アリスは気付いた。変わり映えしない竹林の夜景が、変わりつつある。

 竹が、まばらになってゆく。

 建物が見えてきたが、永遠亭であるわけがなかった。大きめの小屋、としか言いようのない簡素な物件である。

「……っと、何という事だ。竹林を出てしまったぞ」

 妖夢の言う通り、そこは迷いの竹林の出入り口と言うべき場所のようであった。

「幽々子様は一体、どこへ行かれた……まあ竹林の中であろうが。迷って途方に暮れるような方ではないが」

「魔理沙もね。さあ、戻りましょう」

 小屋に背を向けたアリスと妖夢に、何者かが言葉を投げてきた。

「戻るって……竹林の中へ、か? やめておけよ……」

 弱々しい声。

「見ればわかる。お前ら、もうヘトヘトだろ……ずっと月が出てるから、わからんだろうけどな。1日じゅう動いてた奴は、もう寝る時間だ。くたびれ果てた奴が、この竹林を歩き回るもんじゃあない」

「……お前たちの方が、疲れ果てているように見えるが」

 妖夢の言う通りであった。

 小屋の壁にもたれて座り込んだ、弱々しい人影が2つ。姉妹のようにも見える、2人の少女。

 声を発しているのは、姉のように見える方だ。

「竹林の、案内人を自任しているもんでな。お節介をさせてもらう……家に帰って、寝ろ。帰れないなら、この小屋に泊めてやる」

 若々しい美貌は、しかし疲れ果てている。長い銀色の髪は、月光の当たり具合によっては、老婆の白髪にも見えてしまう。

 そんな少女が、妹のような小さな女の子を弱々しく抱き寄せ、座り込んでいるのだ。

 角の生えた、幼く見える女の子。その立派な角も、今は弱々しい。姉のような少女に押し付けたまま俯く顔は、呆然としていて感情も表情もない。

「……臭うぞ。酒臭さか、小便臭さか」

 妖夢が、容赦のない事を言った。

「恐ろしい目に遭ったのだな。そちらの小さな娘、まずは身体を洗い着替えさせてやれ。手伝うから」

「…………そうだな……」

 銀髪の少女が、力なく微笑み、妖夢を見上げる。

 力なく微笑む表情が突然、引き締まった。

 角の生えた小さな少女を背後に庇い、彼女は立ち上がった。

「魂魄妖忌! ……いや、違うのか……」

「我が名は魂魄妖夢。妖忌は、祖父にして師父である」

 妖夢は言った。

「……驚いたぞ。まさか今になって、こんな所で、あの男の名を聞くとは」

「あいつには……それはもう派手に、ぶった斬られたさ」

 いささか不穏な会話が、始まりつつある。

 そんなものは聞かずにアリスは、もう1人の少女に歩み寄り、身を屈めた。

 大きな角を生やした、小さな少女。虚ろな瞳は、アリスに向けられてはいるが、アリスを見つめてはいない。

 何も、見てはいない。

 何も見えなくなるほど恐ろしい何かを、この少女は見てしまったのだ。恐ろしい何かに、出会ってしまったのだ。

「貴女……負けたのね……」

 アリスは、語りかけていた。

「どうしようもなく無様に、負けたのね……あの時の、私みたいに……」



 病人とは思えぬほど、パチュリー・ノーレッジの肌は色艶が良い。身体つきも、ふくよかである。肥満ではない。引き締めるべき部分は健やかに締まっていて、柔らかな女体の膨らみを強調しているのだ。

 比べて、自分の身体は少し細すぎるのではないか、と鈴仙・優曇華院・イナバは思わなくもなかった。

「パチュリーさんは……お師匠様に、言われなかった?」

 声を、投げてみる。

「若い身体を維持するために、ちょっと考えられない無理を重ねているって」

「言われたわ。言われなくとも私自身、承知の上で自分の身体を色々といじっているのよ」

 若々しい裸身を湯に浸しながら、パチュリーは答えた。

「まあでも無理という事はないわ。貴女たち永遠亭の方々のおかげで……私の身体は、最も重篤な状態を乗り切る事が出来た。あと何百年かは、現状のまま何事もなく生きてゆける」

 永遠亭の、広大な浴場である。

 鈴仙の背中を、リグル・ナイトバグが流してくれている。

 湯の中からパチュリーが、じっと見つめてくる。

「鈴仙さんは……月の、玉兎という種族なのよね? 羨ましいわ。魔法で若作りをする必要もなく、何百年も普通に若いまま」

「そう……地上には、魔法というものがあるのよね」

 鈴仙は思い返した。霧雨魔理沙たちを撃退した、爆炎の嵐。

 あれほどの攻撃を、このパチュリー・ノーレッジという魔法使いは病み上がりの身で、永遠亭にいながら繰り出して見せたのだ。

「……貴女の魔法には助けられたわ、パチュリーさん」

「私はただ、霧雨魔理沙を追い払いたかっただけ。別に私が何かする必要もなく、貴女たちは助かっていたはずよ」

 パチュリーの視線が、動いた。

「……博麗の巫女が、いたのだから」

 霊夢の背中を、ミスティア・ローレライが流している。2人ともリグルと同じく、両眼を赤く発光させながら無言である。

「大したものね鈴仙さん。博麗の巫女を、支配下に置く……それは幻想郷において、とても恐ろしい事だと思うわ」

「博麗霊夢は、私の最も優秀な部下よ。リグルもミスティアも、頑張ってくれてはいるけれど……ふふっ、霊夢と同じものを求めてしまうのは酷というものね。いいわリグル、ありがとう。次は私が背中を流してあげる」

「……畏れ、多いです……鈴仙隊長……」

「いいから座りなさい。命令よ」

 リグルの細い裸身を、鈴仙は眼前に据えた。

 服を着ていると少年のようにも見えてしまうリグルであるが、こうして見ると紛れもなく少女である。可憐な胸の膨らみなど、思わず後ろから手を回してしまいたくなる。

 鈴仙は辛うじて自制し、リグルのたおやかな背中に石鹸の泡を塗り付けた。

 その様をパチュリーが、湯の中から興味深げに観察している。

「貴女は……部下思いなのね? 鈴仙さん」

「信頼も絆もない、私が能力で束縛しているだけの上下関係よ」

 リグルの背中を垢擦りで愛撫しつつ、鈴仙は言った。

「それでもね、私にとっては生まれて初めて出来た部下。笑いたければ笑うといいわ」

「笑いはしないけど」

 パチュリーの豊麗な裸身が、湯の中から立ち上がる。

「貴女が……永遠亭という勢力に属していながら、こうして自前の戦力を確保する。一体何をしようとしているのか、とは思ってしまうわね」

 何も言わぬ鈴仙の傍を、パチュリーが通り過ぎる。

「長湯は苦手。お先に上がらせてもらうわ……部下たちと裸のお付き合いも良いけれど、程々にね」

 浴場を出て行くパチュリーを、鈴仙は一瞬だけ見送った。

 気付かれたのか。つい、そんな事を思ってしまう。

 そんなはずはない、と思い直しながら鈴仙は、リグルの背中に湯をかけた。

 パチュリー・ノーレッジが、秀でた頭脳の持ち主である事は認める。が、八意永琳でさえ気付いていないものに気付くはずはないのだ。

「霊夢にミスティア、貴女たちの背中も流してあげる。こっちにいらっしゃい」

 などと言いつつ鈴仙は、自分の方から近付いていた。

 リグルを、霊夢を、ミスティアを、鈴仙はまとめて抱き締めていた。

「……私の部下……初めての部下……」

 3人とも、瞳を赤く発光させるだけで無表情のままだ。自分たちがどう扱われているのかも、理解していないに違いない。

 鈴仙が何を言っているのかも当然、理解していない。

「もうすぐよ、3人とも……私の任務は、間もなく完了する。私が……無様な逃亡兵を装って永遠亭に潜入し、手がけた任務……」

 自分は今、人形に話しかけているようなものだ、と鈴仙は思った。

「霧雨魔理沙たちは、必ずや逆襲を仕掛けてくるわ。戦いは激化し……迷いの竹林の、結界が揺らぐ……豊姫様の能力が、永遠亭に及ぶ。月の都からの、直接攻撃が可能となる!」

 霊夢の濡れた髪を、鈴仙は撫でた。

「もうすぐよ。私は月の都で栄達を遂げる、貴女たち3人にも良い暮らしをさせてあげられるわ。こんな所で貧しい巫女や妖怪として生きるより、ずっと幸せよ」

 リグルとミスティアの耳元に、鈴仙は半ば叫ぶように囁いた。

「貴女たちにも、輝ける御方への拝謁が叶うわ……月に御座す、高貴で永遠の御方……」

 鈴仙は、涙を流していた。

「……嫦娥様……鈴仙は、貴女様の御下へ帰還いたします……」

 帰還と栄達を果たして終わり、ではない。そこからが戦いの始まりだ、と鈴仙は思っている。

「蓬莱山輝夜と並ぶ、貴女様の敵を……私は、滅ぼすでしょう。この身、この命を、なげうって」

 月の都を、嫦娥を、長らく脅かし続ける敵。

 醜悪であろう、その姿を、鈴仙は見た事はない。だが毒々しく禍々しい気配の片鱗を、月にいた頃は常に感じていたものだ。

「嫦娥様の敵……おぞましきものよ、私はお前を許しはしない! この宇宙に、血のひとしずくも残しはしないわ!」

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