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異説・東方永夜抄  作者: 小湊拓也
22/90

第22話 覚醒の弾幕少女

原作 上海アリス幻樂団


改変、独自設定その他諸々 小湊拓也

 ひとつ思い違いをしていたかも知れない、と霧雨魔理沙は気付いた。

 弾幕戦とは、ただ弾幕戦だ。視界の中に相手がいるから、するものだ。

 何かを守るため。何かを、獲得するため。

 そういった理由が、あればあったで素晴らしい事なのだろうが、無くとも一向に差し支えはない。必要はない。

 今の博麗霊夢を見ていると、そう思える。

 敵性体を排除する。永遠亭のため、月に御座す誰かのため。

 もはや、そんな言葉を口にする事もなく霊夢は、無数の呪符をばら撒いている。左右に浮かぶ陰陽玉から、光弾を乱射している。

 月の方向から降り注ぐ博麗の弾幕を、魔理沙はかわした。魔法の箒にまたがったまま、小刻みに身体の角度を変える。

 呪符が、光弾が、全身あちこちをかすめて行く。

「……命中精度が今ひとつだぜ、霊夢。追尾も全然なってない」

 にやりと、魔理沙は微笑みかけた。

「催眠術なんかに、かかってるからだ。そんなもの振り切って、本気で私と戦え霊夢! お前自身の本気でだ」

 霊夢は、言葉では応えない。ただひたすら呪符の嵐を吹かせ、光弾の雨を降らせるだけだ。

 赤く輝く両眼が、鈴仙・優曇華院・イナバによる術の影響下にある事を示してはいる。だが今の霊夢を完全に制御する事が、鈴仙には出来ているのか。

「このまま弾幕戦を続ける……それが霊夢を元に戻す最短の手段であると、貴女は思っているのね魔理沙」

 少し離れた所で、アリス・マーガトロイドが言った。

 何体もの人形が、彼女を取り巻いて飛翔しながら、色とりどりの光弾を散布していた。

 その弾幕が、呪符の豪雨や陰陽玉の光弾とぶつかり合う。

「……霊夢が元に戻る前に、私たちが殺されてしまうかも知れないわよ」

 弾幕と弾幕の、ぶつかり合い。

 だが明らかに、アリスの方が圧されている。

「逃げろ……なんて、私に言うのでしょうね。魔理沙は」

「そこまで格好つけるつもりはない。いよいよヤバくなったら、私こそ逃げるぜ真っ先に」

 襲い来る呪符をスターダストミサイルで撃ち砕きながら、魔理沙は言った。

「……霊夢が相手じゃ、アリスを助けてやる余裕はないと思う。何とか自力で逃げてくれよな」

「ふふ……霊夢が、逃がしてくれるかしらね」

「それもそうだなっ!」

 スターダストミサイルでは撃墜しきれない量の呪符が、超高速で押し寄せて来る。前方、だけでなく左右から、後方から。

 魔理沙は、回避に専念するしかなくなった。言った通りアリスには、自力で身を守ってもらうしかない。

 断層が、生じていた。

 魔理沙の周囲あちこちで、迷いの竹林の夜景そのものが食い違い、ずれてゆく。空間の断層。

 そこから、呪符の嵐が噴出していた。

 霊夢は、魔理沙の前方にいる。ひたすら呪符を投射している。

 投射されたものたちが、霊夢の近くで断層に流れ込み、魔理沙の近くで断層から溢れ出す。前後左右上下、あらゆる方向から。

「くっ……こんな技まで、身に付けやがって……!」

 襲い来る呪符の嵐から、魔理沙は逃げ出した。魔法の箒で高速離脱。霊夢を、スターダストミサイルやイリュージョンレーザーの射程に捉える暇もない。

 箒を操縦しながら、魔理沙は息を呑んだ。

 霊夢の背後に、魂魄妖夢が忍び寄っていた。楼観・白楼の二刀を振りかざしている。

 危ない、避けろ、と魔理沙は叫んでしまうところだった。叫んだら、妖夢が窮地に陥る。

 大小2本の剣が、交差する形に一閃し、霊夢の残像を叩き斬った。

「何……っ!」

 青ざめた妖夢を、何人もの霊夢が取り囲んでいる。

 楼観剣と白楼剣が、それら残像のいくつかを切り散らしている間。

 残像ではないお祓い棒が、妖夢を強襲していた。

 その一撃を、妖夢は辛うじてかわした。即座に、返礼の斬撃を叩き込んでゆく。

 大小の二刀と、1本のお祓い棒が、激しくぶつかり合った。3度、4度、妖夢と霊夢の間で火花が散る。

 木製であるはずの棒が、2本の剣を弾き返していた。紙垂が、斬撃のように弧を描く。

 その一撃をまともに食らった妖夢が、微量の血飛沫を散らせ、墜落して行く。

 そこへ霊夢が、赤い瞳で狙いを定める。

 眼光の輝きに合わせて、いくつもの虹色の塊が発生し膨張した。

 夢想封印。

 一斉発射された虹色の大型光弾たちが、妖夢に向かって飛翔しながら、ひらひらとしたものに覆われてゆく。

 無数の、光の蝶々。

 それらに吸い取られてしまったかの如く、虹色の光球は全て消え失せていた。

「言ったはずよ、博麗霊夢……」

 光の蝶の群れを周囲に従えた西行寺幽々子が、静かな声を発している。

「妖夢をいじめる……それは冥界で最も重い罪であると」

 それら蝶々が、2体の妖怪を捕えていた。

 1体は先程、魔理沙と戦った蟲の少女。もう1体は鈴仙だった。共に無数の光の蝶にまとわり付かれ、赤い眼光を朦朧と弱々しく点滅させている。やはり力を吸い取られているのか。

 闇をもたらす歌を歌っていた少女が、幽々子のたおやかな両腕に抱かれ捕えられ、やはり弱々しく暴れている。

 捕獲した少女に頬を寄せながら、幽々子は言う。

「ここは冥界ではない? 心配無用。今から皆死んで、冥界と同じになるわ」

 蝶の群れが、乱舞する。

 呪符の嵐が、飲み込まれるように片っ端から消滅してゆく。

 魔理沙は青ざめ、戦慄した。

 自分とアリスと妖夢が、霊夢1人に苦戦している間。この西行寺幽々子は単身、3体もの妖怪を無力化してのけたのだ。

 そんな怪物に向かって霊夢が、光の蝶の群れをお祓い棒で蹴散らし、突っ込んで行く。

 一閃する紙垂を、幽々子はふわりと回避した。囚われていた妖怪の少女が、放り捨てられる。

 回避した先に、霊夢は蹴りを打ち込んでいった。すらりと伸びた脚が、袴スカートを跳ね退けて左右交互に幽々子を猛襲する。

 実体なのか霊体なのか判然としない冥界管理者の細身が、まるで質量を感じさせない躍動を見せた。霊夢の蹴りを、ゆらゆらと面白がるようにかわしてゆく。

 続く、お祓い棒の一撃。それを幽々子は回避せず、扇で受け流した。

「ねえ博麗霊夢……私、貴女にまだ未練があるのよ?」

 幽々子の両手で、扇が開いていた。

「貴女の……ふふふ、どろどろギラギラとしたもの。玉兎の催眠術のせいで、眠るどころか覚醒しかけているわ」

 左右の扇がひらひらと舞い、お祓い棒による猛撃をことごとく受け流す。まるで強風をやり過ごす蝶のはためきだ、と魔理沙は思った。

「それを私が欲しい、と思うのは……無様な、未練。そんな事はわかっているのよ」

 軽やかな舞いに合わせて、凹凸くっきりとした身体の曲線が柔らかく捻転する。豊麗な胸の膨らみが、瑞々しく揺れる。

 死の世界を統べる姫君が、邪悪なまでの生命力を漲らせている。魔理沙は、そう感じた。

「ねえ霊夢。貴女が私のものにならない、それはもう仕方がないわ。未練は尽きないけれど……今はね、貴女を見ていたいのよ」

 左右の扇が、立て続けに一閃した。軽やかな舞いが、斬撃に変わっていた。

 霊夢が、お祓い棒でそれを弾く。激しい火花が、幽々子の禍々しい美貌を照らす。

「貴女の、そのドロドロと蠢きながらギラギラと燃え輝く、美しくもおぞましいものの行き着く先を……それはそれとして、妖夢をいじめたら許さないわよ?」

 いささか過保護に扱われている魂魄妖夢が、ふらふらと魔理沙の近くに上昇して来た。

「……今の博麗霊夢は……あの時の状態に、近い。覚えているか霧雨魔理沙」

「苗字は省略してくれても構わないぜ。で……あの時ってのは……」

 冥界、白玉楼近くでの戦い。

 魔理沙が駆けつけた時。霊夢は、すでに死んでいた。殺したのは、今まさに激戦中の西行寺幽々子だ。

 そして霊夢の屍に、妖夢が半霊を宿らせた。

「あの時、私は確信した。こやつは潜在能力の塊であると……潜在していたものが、死に近い状態に陥る事で覚醒する。無論、今の霊夢は死んでいるわけではないが」

「……自分を無くしちまってる、って意味では近いかもな。確かに」

 魔理沙は思う。今の霊夢は、自分を無くしていながら自分をさらけ出している、と。

 弾幕戦。

 博麗霊夢の本質を成すそれが、博麗霊夢の自我が失われる事で、激しく顕在化を遂げている。

(ただ、弾幕戦をやる……そういう奴なんだよ、私もだけど霊夢は特に……)

 お祓い棒ではなく左の素手を、霊夢は幽々子に叩き込んだ。

 掌で膨張した霊力が、巨大な光の陰陽玉と化す。それを幽々子がゆらりと回避する。

 巨大な陰陽玉が、そのまま破裂した。無数の小さな陰陽玉が、飛散しながら幽々子を追尾・強襲する。

 その様を見つめながら魔理沙は、この場にいない者に語りかけていた。

(そんな霊夢に……博麗の巫女だの何だのと、幻想郷を守る役割を押し付けた奴。霊夢の弾幕戦に、理由や意味を持たせようとしている奴。それが悪いとは言わないけど……お前か? 八雲紫)

「……うらやましい」

 無数の陰陽玉が、こちらにも押し寄せて来ている。かわしながらアリスが言った。

「自分を無くすだけで、あんなに強くなれるなんて。私だって自分を見失っていたのに……どうしようもなく、弱いままだったわ」

「なあアリス。私、やっぱり自分ってやつは必要だと思うぜ」

 魔理沙は、魔法の箒を回転させた。魔力を宿す長柄が、穂先が、襲い来る陰陽玉を打ち払う。

「幻想郷を守るためとか、そんな立派なもんじゃなくていい。こいつ気に入らないから殺すとか……そんなんで、いいんだよ霊夢。今のお前には、それすらない……」

 魔理沙は歯を食いしばった。箒が、腕が、折れてしまいそうな手応えだった。

 凄まじい霊力の塊である陰陽玉たちを、幽々子は楽しげにかわし続ける。

 かわす力を失っている妖怪たちにも、陰陽玉の乱舞は容赦なく襲いかかる。

 鈴仙が、そして彼女の部下である2人の少女が、陰陽玉の直撃を食らって血飛沫を散らせた。

「やめて……やめてぇえ! やめなさい博麗霊夢!」

 鈴仙が、血を吐きながら霊夢に掴みかかって行く。

「リグルも、ミスティアも! 貴女と同じ、私の部下なのよ!? 貴女の仲間、同僚よ! やめなさいっ、これは命令! 許さないわよ、命令違反は許さないんだからァッ!」

 赤く輝く両眼から溢れ飛び散る涙は、鮮血のようにも見えた。

 血の涙を流しながら鈴仙は、霊夢の胸ぐらを掴んでいた。

 赤い瞳と赤い瞳が、至近距離から睨み合う。

「私の……命令を、聞きなさい霊夢。仲間を傷つける事は、許さない……!」

「……鈴仙……少尉……」

 霊夢の両眼で、赤い光がぼんやりと強まってゆく。鈴仙の目から光を注入されている、ように魔理沙には見えた。

 リグルとミスティアが、互いに肩を貸し合いながら辛うじて空中にとどまっている。

 霊夢の動きは、止まっていた。

「……やるじゃないか、鈴仙うどん」

 魔理沙は声を投げた。

「お前の洗脳、大したもんだぜ。そう、そういうのでいいんだよ! いや、こんな立派なもんじゃなくていい……霊夢、取り戻せ」

「……! 魔理沙、気をつけて!」

 アリスの声が、緊迫している。

「何か、来る……弾幕よ」

 言われて、魔理沙は気付いた。

 魔力が、この場に発現しようとしている。

 妖力でも、霊力でもない。魔力である。

 妖怪の力ではなく、巫女の力でもなく、魔法使いの力である。

 魔理沙は、息を呑んだ。

 霊夢、鈴仙、それにリグルとミスティア。

 4名を取り巻いて防護する形に、いくつもの魔法陣が生じていた。夜空に、描かれていた。

 それらが、光を射出した。

 レーザー化した魔力が、いくつもの魔法陣から迸って夜闇を切り裂き、魔理沙を襲う。アリスを襲う。妖夢を、幽々子を襲う。

「あら……」

 軽く目を見張りながら、幽々子はかわした。相変わらず、風に煽られる蝶々の如く。

 妖夢も、アリスも、どうにか回避はしていた。魔理沙もだ。

 全員の回避先を狙い澄ましたかのように、魔法陣たちが光弾を放つ。

 光弾と言うより火球か。火の魔力が、小さな塊と化したもの。

 それらが、ことごとく爆発し、巨大な爆炎となった。

「アリス、逃げろ!」

 叫びながら魔理沙も、逃亡を開始していた。魔法の箒を急加速させ、その場を離脱する。

 無数の爆発が、夜空に咲いた。迷いの竹林が、真昼のように明るくなった。

 太陽の如き爆炎の嵐が、夜闇を焼き砕きながら押し寄せて来る。

 魔理沙は逃げた。魔法の箒にしがみつき、全ての魔力を飛翔に注ぎ込んだ。

 爆発が、後方へと遠ざかってゆく。霊夢や鈴仙たちもだ。

「……随分と、思いきり良く逃げ出したものね」

 体重を感じさせない何者かが、後ろから話しかけてきた。魔法の箒に、優雅に腰掛けている。

「仲間を見捨てた……とは考えないの?」

「アリスなら自力で逃げられる。ちょっと前のあいつなら、無理だっただろうけどな」

「そうね。私も妖夢を信用する事にしましょう」

 言いつつ幽々子が、扇を畳んでいる。

「……ものの見事に、はぐれてしまったわねえ」

「よりによって、お前と一緒。最悪だぜ」

「そんな事を言いながら貴女、悦んでいるように見えるわよ?」

 悦んではいない。ただ、胸が熱いのは確かである。

「お前……そうか、体調が良くなったんだな」

 後ろで幽々子が怪訝そうな顔をしているのだろうが構わず、魔理沙は語りかけた。この場にいない魔法使いにだ。

「万全の、お前は……やっぱり凄いぜ、パチュリー」



 小悪魔が、パチュリー・ノーレッジを支えているのか。パチュリーに、すがりついているのか。判然としない。

「…………パチュリー様……」

「……面倒をかけたわね、小悪魔」

 弱々しく縁側に佇んだまま、パチュリーは竹林の方を見つめている。

 一見、ただ立っているだけのようではある。

 だが八意永琳は感じた。パチュリーが弾幕戦をしている、と。

 綿月豊姫の力をもってしても、月の都から直接、永遠亭に降りて来る事は出来ない。八雲紫も、永遠亭の敷地内にスキマを開く事は出来ない。

 その結界の中から、この病み上がりの魔法使いは、己の魔力を結界の外へと及ばせて見せたのだ。

「永遠亭の結界を越える、遠隔魔法……」

 永琳は呻いた。

「……地上の穢れは、恐るべき魔法使いを生み出してしまったのね」

「八意先生。貴女には、いくら感謝しても足りないわ」

 ゆらりと、パチュリーは振り向いた。よろめく細身を、小悪魔が抱き支える。

「……私、払えるものを何も持っていない」

「気にしないで。小悪魔さんが、色々と助けてくれているから」

 その小悪魔は、パチュリーにしがみついて泣いている。

「……パチュリー……さまぁ……」

「正直に言いなさい小悪魔。この事……フランや咲夜は知っているの?」

「わっ、私……わたしの、一存で……」

「……馬鹿な子」

「ちょっと!」

 蓬莱山輝夜が、パチュリーに詰め寄ろうとする。

「貴女わかってるんでしょうねパチュリーさん! 貴女はねえ、小悪魔さんにねえ、この上なく優しくしてあげなきゃいけないのよ!? むしろ貴女の方が小悪魔さんに尽くしてあげなきゃ」

「落ち着きなさい、輝夜」

 永琳は、輝夜の首根っこを掴み寄せた。

「ともかくパチュリーさん。貴女の力の片鱗はいくらか理解したけれど、まだ無理をしては駄目よ」

「見ての通り……侵入者を追い払う程度の事は出来るから、いくらでも役立てて欲しいわ」

 パチュリーが言った。

「特に、あの霧雨魔理沙は……何度でも来るわよ、きっと。何度でも、私が追い返してあげる」

「ふふん。何度でも、来てくれるといいわね」

 輝夜が笑う。

「私にもねえ、来る度に追い返したくなるような奴がいるのよ。このところ来ないけど……まったく、何やってるのかしら。あの馬鹿」

 笑いながら、輝夜は憤っているようであった。

「来なかったら……追い払えないじゃないのよ……」

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