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異説・東方永夜抄  作者: 小湊拓也
10/90

第10話 フェムト(前編)

原作 上海アリス幻樂団


改変、独自設定その他諸々 小湊拓也

 八雲紫から、逃げられるはずはなかった。

 それでも、綿月依姫があのスキマ妖怪の視界内にいる時間を、1秒でも減らす必要はある。博麗霊夢は、そう思う。

 紫に凝視されるだけで、依姫は消滅してしまいかないのだ。

「今は……私も依姫さんも、消えてる状態なのよね」

 依姫の手を引いて、霊夢は空を飛んでいる。妖精を3匹、従えてだ。

「ええと、そこの。サニーミルクとか言ったわね? なかなか、やるじゃないの」

「ふふふ。あたしはね、光の屈折を操って姿を消せるの。かくれんぼなら右に出る者はいない妖精よ」

「そこのあんたはルナチャイルド、だったっけ。音は消しても、こうやって会話は出来るわけ? 器用なもんね」

「この会話、私たち以外の誰かには聞こえません。音漏れ防止。修練のたまものよ」

 飛びながら、ルナチャイルドが得意げにしている。

「私、かくれんぼの最終兵器妖精ですから」

「で、最後の1人がスターサファイア。あんた気配を感じ取れるんだって? 消す方はどうなの。私たちの気配、ちゃんと消えてる?」

「わ、わかりません。消す方は練習中なもので」

 妖精が、何かを練習する。考えにくい話ではある。

 自分も練習だの修練だのはした事がない、と霊夢は思った。

「ちなみに私、かくれんぼの鬼をやらせてもらえない妖精です」

「かくれんぼなら今度、私とやりましょう。うふふ、見つかったら弾幕戦よ」

「そ、それは、かくれんぼじゃなくて妖精狩りです霊夢さん」

 スターサファイアが怯えた。

「そんな事より……ここ、どこなんでしょう。人の気配はしますけど」

「そうね、もう人里の中……」

 飛行速度を落としつつ、霊夢は見回した。

 依姫が、霊夢の手を握り返してきた。

「博麗霊夢……貴女は何故、私を助けてくれるの?」

「成り行きよ」

 霊夢は即答した。

「ありがたい? なら後でお賽銭でも入れてちょうだい」

 依姫の優美な肢体は、光の羽衣をまとっている。香霖堂で買い取ってくれるだろうか、と霊夢はやはり考えてしまう。

 依姫自身に飛行能力があるのか、羽衣がなければ飛べないのか、それはわからない。

「……誰かに助けられるって、悔しい?」

 霊夢の問いに、依姫は応えない。空を飛びながら俯いている。

「私もね、1回バカやって死んじゃった事があって……友達に助けてもらったんだけど。感謝より先に、まあ悔しかったわ。誰よりも自分を許せなかった」

「許せない、自分自身と……」

 依姫の声は、弱々しい。

「……折り合いは、ついたの?」

「全然。ずうっとモヤモヤしたまんまよ」

 西行寺幽々子を弾幕で叩きのめしても、気分は晴れなかった。

 魔理沙たちに今後、何らかの形で借りを返す事が出来たとしても、心が晴れる事はないだろう、と霊夢は思う。

 あの時、自分は無様にも、生命と魂を抜き取られてしまった。その事実が帳消しになる事はないのだ。

「モヤモヤが消える事って……絶対、ないと思うのよね」

「……無様な自分とは……一生、付き合ってゆかなければならない……」

 依姫が呟く。

「敗北からも……失敗からも、逃げる事は……出来ない……」

「ね、何を失敗したのか知らないけど元気出しなさいよ。あたしらなんて失敗が日常よ」

 サニーミルクが言った。

「特にルナ! 鈍臭さで右に出る者なしよ。ね?」

「……毎朝毎朝ベッドから転げ落ちてる奴に言われたくないわよ。この寝坊助サニー」

「なにおう!」

 妖精2匹が、掴み合いの喧嘩を始める。スターサファイアが面白がっている。

 とりあえず弾幕でも叩き込もうか、と霊夢が思った、その時。

「ちょっと……いいかしら、貴女たち」

 依姫が、やんわりと霊夢の手を振りほどいた。

 そして、妖精たちを弄り始める。サニーミルクの頬を摘み、ルナチャイルドの巻き髪を弄び、スターサファイアの頭を撫でる。

「……凄い。これが……幻想郷の、妖精……」

「な、何?」

 戸惑うサニーミルクの目を、依姫はじっと見据えた。

「生命、自然……穢れの、塊……ふふ、貴女たちは……月人の、天敵ね」

 笑顔が、震えている。

「貴女たち妖精が大挙して押し寄せたら、月の都なんて……ひとたまりもないわよ」

 その言葉の意味を問いただしている、場合ではなかった。

「ちょっと……何よ、これは……」

 霊夢は見回した。地上を見下ろし、幾度も幾度も見回した。見渡した。

 博麗神社から、ずっと空を飛んで来た。今や人里が眼下に広がっているはずである。

 人里が、消え失せていた。建物が見えない。人も見えない。

 夜空には、いくらか綺麗すぎる満月が浮かんでいる。地上を照らしている。

 地上には、しかし何もなかった。

 何かがある、ようにも見える。それは、しかし人里の夜景ではない。

 わけのわからぬ何かが、渦巻いたり目まぐるしく切り替わったりしている。

 霊夢は、ゆっくりと高度を下げた。わけのわからぬ何かの中へと、降下して行った。

 近付けなかった。

 渦巻いたり切り替わったりしているものが、一向に近付いて来ない。

 依姫が、訊いてきた。

「霊夢……ここは?」

「……人里よ」

 霊夢は呻いた。

「幻想郷の、人間たちが住んでいる場所……の、はずなんだけど……」

「それが、消えている……と言うよりも」

 依姫の美貌が、眼差しが、鋭さを帯びた。彼女本来の聡明さが蘇りつつあるのか、と霊夢は思った。

「……最初から、無かった事になっている……見る者に、そう思わせる仕掛け……」

「どういう事なの……」

 霊夢は思わず、依姫を睨んでしまった。

「何かわかるんなら教えてよ依姫さん! 人里は、どうなっちゃったの!? 住んでる人たち、どこ行っちゃったのよ!」

「落ち着いて霊夢。ごめんなさい、私も詳しい事はわからない……ただ1つ、はっきりと言える事はある」

 依姫が、じっと見つめ返してくる。

 曇りなく澄んだ、星空のような瞳だった。

「……これは、目くらましよ。大丈夫。幻想郷の人里は、消えてしまったわけではないわ。隠されただけ」

 星空。あるいは宇宙か、と霊夢は思った。

 宇宙空間に放り出された、ような感覚に、霊夢は陥っていた。

「誰かが、人里を、人々を、隠している。恐らくは……私のような招かれざる異邦人から、守り通すために」

 放り出された自分を、依姫が抱き止めてくれた。霊夢は、そう感じた。

「心配しないで霊夢。その誰かは、人々を守ろうとしている。貴女と同じ志を持っている」

「私と……」

「貴女の事……私ね、わかってきたのよ霊夢」

 依姫が微笑んだ。

 心折れていた月の姫巫女が、何かを蘇らせつつある、と霊夢は思った。許可もなく勝手に立ち直り、博麗神社を出て行ってしまった、レミリア・スカーレットのようにだ。

「神にすら戦いを挑む、恐れ知らずの戦巫女……だけど守るべき人々の危機には心乱し、怯えずにはいられない。それが貴女よ、博麗霊夢。それでいい、と私は思うわ」

「私は……」

 そこで霊夢は息を呑んだ。

 サニーミルクが、ルナチャイルドが、スターサファイアが、小さく悲鳴を上げて身を寄せ合う。

 依姫が、星空のような瞳を見開いた。

「お前たちは……!」

 そう呼ばれたものたちが空を飛び、依姫と霊夢を、妖精3匹を、取り囲んでいる。

 ずんぐりと不恰好な、鎧の群れ。

 似たようなものを香霖堂で見た事がある、と霊夢は思い出した。土偶。霖之助は、そう言っていた。

「お前たち……そうか、すでに来ていたのか……だが誰だ?」

 謎めいた事を、依姫は叫んでいる。

「誰が、お前たちを率いている!? 清蘭か? それとも鈴瑚? 生きていたのか!? この場にいるならば返事をしてくれ! 恨み言でも罵詈雑言でも良い、お前たちの声を聞かせてくれ!」

 人々の危機に心乱し、怯える。霊夢がそうだとしたら、それ以上に今の依姫は心乱している。

「……まさか……レイセン、ではあるまいな……」

 依姫は、震えていた。

「あの未熟な子に……地上へ降りる任務を与えたのか、貴様は……この幻想郷が、どれほど危険な場所であるのか……あの戦いで何も学ばなかったのか……それとも捨て石か……貴様は、玉兎の命を使い捨てるのか! それが月の丞相たる者のする事なのか! 答えろ綿月豊姫!」

 清蘭、鈴瑚、レイセン、綿月豊姫。

 そう呼ばれた者たちの返事など、聞こえて来るはずがなかった。

 土偶の群れが、ただ無言で浮遊しているだけである。

「何……これ……」

 スターサファイアが、青ざめている。

「生き物の、気配……なの? これって……変……何か変よ、こいつら……気持ち、悪い……」

「弾幕! 来るわよ!」

 霊夢は叫び、その場を飛行離脱した。

 この土偶たちの正体を探るためには、生き物の気配を感知出来るというスターサファイアの言葉を落ち着いて聞いておくべき、なのかも知れないが、そんな余裕を与えてくれる相手ではなかった。

 太く短い片手を、土偶たちは霊夢に向けている。依姫に向けている。妖精3匹に向けている。

 不格好な指が、発光した。

 光が弾丸と化し、速射される。

 かわしながら、霊夢は空中全域を見渡し、確認した。

 依姫が、いくらか頼りなく細身を揺らし、よろめくように光弾を回避している。

 妖精たちは、かわすと言うより逃げ回っていた。押し寄せる弾幕の中、悲鳴を上げながら、3匹それぞれ別の方向に飛んで行ったり合流したりしている。

 でたらめに飛んでいる、ように見えて、光弾の嵐をかわし続けている。

 それが出来ている間に反撃を行うのが、霊夢の役目であった。

「博麗の巫女に、弾幕戦を挑む……それがどういう事なのか教えてあげるわっ!」

 左右に陰陽玉が2つ、出現し浮遊する。

 それらに霊力を送り込みながら、霊夢は両手で、大量の呪符を扇状に広げていた。

 霊力を原料とする光弾が、陰陽玉から無数、迸って土偶たちを直撃する。

 光の飛沫を蹴散らすようにして、土偶の群れはゆらりと飛行し、包囲を狭めにかかる。

「……無傷!? まさか……」

 霊夢は両腕を振るい、呪符の束を全方向に投射した。

 土偶たちの体表面で、呪符がことごとく破け散った。

 いかなる中身を内包しているのか定かではない、土偶の形の甲冑は、やはり無傷である。

「…………嘘……」

 霊夢は、呆然とするしかなかった。

 土偶たちの光弾が、あらゆる方向・角度から襲いかかって来る。それにも気付かなかった。

 光が一閃し、霊夢の周囲を薙ぎ払った。斬撃の一閃。

 光弾が、全て砕け散っていた。

「霊夢!」

 先程とは逆である。依姫が、霊夢の手を引いていた。

 左手で霊夢の手首を掴んだまま依姫は、右手で剣を振るう。長大な抜き身が、またしても一閃し、土偶たちの光弾を片っ端から斬り砕いた。

「火雷神!」

 依姫の叫びに応じ、炎が生じて渦を巻いた。とぐろを巻く大蛇のようにだ。

 炎の大蛇が、土偶の軍勢を襲い、砕け散った。

 相変わらず無傷の土偶たちが、ずんぐりとした巨体で炎の破片を蹴散らし、依姫と霊夢を追う。不格好な片手から、光弾を連射しながら。

「くっ……やはり、今の私の力では……」

 霊夢を背後に庇って剣を振るい、光弾を斬り砕きながら、依姫が呻く。

「……フェムトファイバー装甲を、破壊する事は出来ない……」

「ふぇむと……何?」

 霊夢は我に返った。

「まあいいわ、ただ固いだけの鎧なんて! この夢想封印でっ!」

 虹色の光の塊が複数、夜空を彩りながら飛翔旋回し、土偶の群れを猛襲する。

 砕け散った。土偶、ではなく虹色の大型光弾が。

 夢想封印を砕いて蹴散らしながら、無傷の甲冑たちが弾幕をぶちまけてくる。

 不恰好で醜悪な、鎧の軍勢が、破壊の光をばら撒いている。

 我に返ったはずの霊夢は今、再び悪夢の中にいた。伊吹萃香にしこたま呑まされ、高鼾の最中。そうに違いない、と思った。

 おかしな呑み方をしたから、おかしな夢を見ている。

「…………依姫さん……お願い……」

 ぼんやりと、霊夢は言った。

「こいつらの事、知ってるなら教えて……どうやったら斃せるの?」

「起きながら悪夢を見ている最中でも、現実に対応しようとする。貴女の素晴らしいところよ、霊夢」

 押し寄せる光弾の嵐を、薙ぎ払い斬り砕きながら、依姫は言った。

「この者たちは、月人の兵士……その身にまとうフェムトファイバー装甲は、力による攻撃を全て無効化する。力の強弱に関わりなく。力で、須臾の集合体を破壊する事は出来ないから」

 他人に理解出来る説明ではない、という事を依姫も自覚はしているようだ。

「……これを破壊する手段は、ただ1つ。穢れ、よ」

「穢れ……?」

「月人が、最も忌み嫌うもの。古より月人が恐れ、拒絶し、遠ざけてきたもの。月人が作り上げたものは、地上の穢れによってのみ損なわれる」

 どこからか、光弾が飛んで来た。夢想封印とは比べようもない、弱々しい弾幕。

 それが、土偶たちに命中はした。

 効くはずがない、と霊夢は思った。博麗の巫女の弾幕が、全く通用しなかった相手である。

 夢想封印を弾き返した甲冑が、しかし揺らいだ。

 フェムトファイバー装甲とやらに、外傷は見られない。

 無傷の鎧をまとう月人の兵士たちが、弱々しい弾幕をぱちぱちと当てられ、動きを止めている。たじろいだように、空中を後退りして行く。

「き、効いてる。私たちの弾幕が……」

「やるわよルナ、スター! あうんちゃんの御主人を、あたしたちで守る!」

「……この気持ち悪い化け物たち……幻想郷に、居させちゃ駄目!」

 やはり夢だ、と霊夢は思った。鬼の酒で、自分は変な酔っ払い方をしている。

 妖精が、博麗の巫女を守っている。これほど珍妙な悪夢があるだろうか。

 サニーミルクが、ルナチャイルドが、スターサファイアが、霊夢と依姫を背後に庇いながら光弾をばら撒いていた。

 ぽかぽかと穏やかな日の光、頼りない新月の明かり、微かな星々の瞬き。そんなものを思わせる弱々しい弾幕が、土偶たちをぺちぺちと直撃する。

 月人の軍勢が、よろめき、揺らぎ、後退して行く様を、霊夢は呆然と見つめた。

「自然と、生命……それは月人という、宇宙で最も脆弱な種族にとっては、穢れでしかない」

 霊夢と同じく妖精3匹に守られながら、依姫が語る。

「……幻想郷の妖精は、穢れの塊。まさしく月人の天敵と言える」

 そんな語りを、霊夢はもはや聞いてなどいなかった。

「……何……私って今、妖精より弱いわけ? 博麗の巫女が……」



 懐かしい、と伊吹萃香は思った。

「よう……おめえら、降りて来たのかい」

 一緒に酒盛りが出来る、ような相手ではない。だから萃香は1人で、瓢箪の中身を呷った。

 高麗野あうんが、八雲藍にすがりつく。

「な……何ですかぁ、この人? たち……」

 藍は無言のまま、博麗神社の境内を見回している。

 いや。夜空から境内へと降下しつつある、異形のものたちに眼光を向けている。

 ずんぐりと不恰好な、全身甲冑の群れ。

 甲冑の中身は、月人という、この世で最も脆弱な知的生命体である。

 脆弱な肉体に、とてつもなく強固な鎧をまとい、月人の兵士たちは降下して来たのだ。地上に、幻想郷に。

「……ご苦労なこった。どうせ綿月豊姫あたりの指図だろうが」

「伊吹萃香。貴様、この者どもを知っているのか」

 背中で、九尾で、あうんを庇いながら藍が言う。

「……幻想郷に災いをもたらす存在であるのは確か、か」

「戦おうってんなら気をつけなぁ牝狐ちゃんよ」

 酒を呑みながら見物でもしようか、という気分に萃香はなった。

「こいつらを、ぶちのめすにゃあ……ちいっとばかしコツがいるぜ」

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