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異説・東方永夜抄  作者: 小湊拓也
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第1話 闇の少女と光の少女

原作 上海アリス幻樂団


改変、独自設定その他諸々 小湊拓也

 取って食べられる人類を、見つけた。

 行商人、であろうか。大きな風呂敷包みを背負った男。重そうだ、楽にしてやろう、とルーミアは思った。

「いただきまーす!」

 両手を広げ、牙を剥き、空中から突進して行く。

 月の明るい夜であった。まるで月光が、ルーミアを後押ししてくれているかのようだ。久しぶりに人を喰らえ、と。

 男が気付き、悲鳴を上げ、大荷物を背負ったまま尻餅をつく。

 そこへ、ルーミアは襲いかかった。可愛い顔が、ほとんど口になった。白い牙が月明かりを反射し、光る。赤い舌が踊る。

「こら」

 声がした。

 いくつもの人形が、ルーミアの行く手を塞いでいた。大きな盾を構えてだ。

 何枚もの大盾が、組み合わさって壁を成す。

 その壁に、ルーミアは顔面から激突していた。

 霧雨魔理沙の弾幕にも似た星が、視界の中で綺麗に飛散した。

 目を回しながら空中を漂うルーミアを、人形使いの少女がむんずと捕獲する。

「人を食べちゃいけないって、魔理沙にも霊夢にも言われているでしょう?」

「言われたかなー……」

「ほら、早く逃げなさい」

 人形使いの少女が言った。

 男が、重そうに風呂敷包みを背負い直して立ち上がり、何度も頭を下げ、去って行く。夜闇の奥へと消えて行く。

 夜道である。どうせ、どこかでまた妖怪に襲われるのではないか、とルーミアは思った。

 魔法の森と人里の、間を走る街道。

 路傍にルーミアを着地させ、人形使いの少女は言った。

「妖怪は本当に食い意地が張っているわねえ。またシチューを作ってあげるから、しばらく我慢なさいな」

「ひ、久しぶりに生肉と生はらわたが食べたいなー、不健康で脂ぎってて腐りかけたやつ。外の世界に行かなきゃ駄目かなー」

「……貴女の味覚を、徹底的に矯正する必要がありそうね」

 そんな事を言っている少女の足元に、盾を持った人形たちが整然と着地して並ぶ。

 5体。いや、もう1体いる。

 6体目の人形が、盾を持ったままオロオロと右往左往し、転んだ。

「ご苦労様。よくやってくれたわサラ、ルイズ、ユキ、マイ、夢子。それに比べてアリスは……また出遅れたのね、まったくもう」

 人形使いの少女が、呆れている。

 アリスと呼ばれた6体目の人形を、他5体がポカポカと袋叩きにしている。

 相変わらず見事な操演を披露しながら、少女は言った。

「お願いよ、わかってアリス。私が貴女に辛く当たるのはね、他の誰よりも貴女に期待しているから……貴女はね、魔界の神の後継者なのよ。重圧に耐えなさい、期待に応えてごらんなさい」

「うーん、闇だなー」

 ルーミアは、顎に片手を当てて観察した。

 この人形使いの心には、闇を操る妖怪でも手が出せぬほどの闇が渦巻いている。興味深くはあった。

「ところで。神綺様はどうして、こんな夜中に外へ出てるのかなー?」

「貴女を追いかけて来たに決まっているでしょう」

 この人形使いの少女は、神綺、と名乗っている。魔界の神・神綺と。

 ただ闇が深い。ルーミアとしては、そう思うだけだ。

「こっそり家を出て、どこへ行くかと思えば……私はね、成り行きとは言え貴女を預かっているのよ。人食いなどさせない。魔界の神の名にかけて、ね」

 あの時、魂魄妖夢に殺されかけたルーミアを、魔界の神を名乗るこの少女が助けてくれた。丹念な手当てをした上、食事まで振る舞ってくれたのだ。

 あれから何となく、一瞬に暮らしている。

 逃げ出すのはいつでも出来る、とルーミアは思っている。

「今後、貴女の行動を監視するわよルーミア。自由を制限します。まあ友達に会うくらいは良いけれど」

「友達かー……こあちゃん、どうしてるかなー」

 紅魔館の小悪魔は現在、パチュリー・ノーレッジと共に迷いの竹林にいるという。パチュリーの、養生のためだ。

 チルノと大妖精が、遊びに来て教えてくれた。

 その時、この人形使いの少女が、紅茶と菓子でもてなした。

 心に、闇はある。

 それはそれとして、他者との関わり合いがまるで出来ない少女ではないのだ、とルーミアは思う。

「貴女がね、うっかり人食いをして霊夢か魔理沙に退治でもされる事になったら。あの子たちだって悲しむわ……友達を、大事になさい」

「神綺様も、頑張って友達を作ろう」

 ルーミアが言うと、少女の美貌が月明かりの下で凍り付いた。

「友達いないの、見ててわかるぞー……あっ痛、痛い痛い、痛いなー」

 人形たちが槍を持ち、ルーミアをちくちくと突つき回す。

 涙目で、ルーミアは夜空を見上げた。

 月が、綺麗ではある。月は、妖怪を元気にしてくれる。

 そんな月の光、ではない光が、ひらひらと夜空を舞った。月から舞い落ちて来た、ように見える。

 光で出来た、布。そう見えた。

 すぐに、見えなくなった。

 光で出来た薄衣、とでも言うべきものが、月の方から漂いながら幻想郷へと舞い落ちて来て、東の夜空へ溶け込むように消えたのだ。

 博麗神社の、方角であった。



 そろそろ昼であるが、伊吹萃香は起きて来ない。

 いつもの事ではあるが、昨夜はまた随分と呑んだ。霊夢も付き合わされたが、適当なところで切り上げる術を最近は覚えた。

 社務所兼自宅の一室に、高鼾の萃香を放置したまま、博麗霊夢は境内にいる。

 博麗神社の、初夏の風景を見回しながら、霊夢は思う。

 何か、良くない感じがする。近いうちに面倒な事が起こりそう、ではある。

「……ま。それも、いつもの事なんだけど」

 異変など、起こる時は突然に起こる。前もっての準備など不可能なのだ。

 紅魔館にせよ、白玉楼の主従にせよ、異変を起こす者たちには出現してから対処するしかない。

 霊夢はそう思うが、それはそれとして良くない感じがする。落ち着かない。

「……どこのどいつか知らないけど異変、起こすんならとっとと起こしなさいよね。私が叩き潰してあげるから」

 そんな独り言に応えての事、ではないだろうが人の気配が生じた。

 正面の石階段、ではなく後方の森の中。

 まずは、光が見えた。

 細い人影が、ひらひらと淡く煌めく光をまとったまま、木立の中から境内へとよろめき出たところである。

 少女であった。美しいが、顔色が良くない。

 たおやかな身体は、血まみれである。真紅の雫が、境内の石畳を汚す。汚れるのはまあ仕方がない。

 満身創痍の細身に、揺らめく光がまとわりついている。光の衣……伝説に聞く、天女の羽衣か。

 そんな事を思いながら霊夢は、箒を放り捨て、駆け寄った。

「ちょっと貴女、どうしたの……」

「…………」

 天女を思わせる美少女が、待っていたかのように力尽き、倒れ込んでくる。

 霊夢は抱き止め、声をかけた。

「しっかりしなさい、どうしたの。妖怪に襲われた? いや、そんな事より手当て……ええと、私の友達が分けてくれた薬草の塗り薬があるから。死ぬほど痛いけど我慢してね」

「…………さま……に……」

 血まみれの天女が、弱々しい声を発する。

「……あわせて……どうか……」

「はいはい、まずは怪我を治してからね。元気になったら誰にでも会いに行けばいいわ」

 半ば肩を貸し、半ば抱き上げる。そんな形に霊夢は、死にかけの天女を社務所の方へと運んだ。

 光の羽衣が、霊夢の身体にもフワリと絡まって来る。

 香霖堂で高く買い取ってくれるだろうか、と霊夢は思わない事もなかった。



 倒壊したビルの屋上から、破壊された街並みを見下ろす。睥睨する。

 神にでもなった気分に、宇佐見菫子は浸りきっていた。

 自分が神で、愚かな人間どもに裁きを下した結果この破壊が起こったのであれば、どれほど痛快であるかと思う。

 現実は違う。この破壊を行った者たちは、暴れるだけ暴れた後、幻想の世界へと帰ってしまった。

 この穢れた世界に、菫子1人を置き去りにしてだ。

 美しい姉妹であった。この世の悪人を狩り殺すユナ・ナンシー・オーエンと、その姉。

 姉妹の取り巻きのような人々もいた。その中の1人を、菫子は忘れてはいない。

 ちらりとしか見えなかったが、間違いはない。あれは確かに、十六夜咲夜であった。

 菫子を残して旅立った彼女は、幻想の世界においても、しっかりと己の居場所を確保している。

「駄目、なんだ……」

 破壊され尽くし復興もままならぬ街を眺めながら、菫子は呟いた。

「このくらいの事が、出来ないと……幻想の世界へは行けない……」

 炊き出しが、行われていた。

 被災し生き残った人々が、しかし亡者の如く並んでいる。

 見下ろしながら、菫子は呟いた。

「甘いわよユナ・ナンシー……ちゃんと、みんな殺してあげないと。あんなふうに生き残っちゃう方が、かわいそう……」

 足元に転がる小さな瓦礫を、眼鏡越しに睨み据える。

 瓦礫が、少しだけ浮かび上がり、そして砕け散った。

 まだまだ、この程度である。これが精一杯だ。

「駄目……こんなんじゃ、全然……」

 菫子は、唇を噛んだ。

「この程度じゃ……幻想の世界に、行けない……」

「違う世界に、行きたいのか」

 いきなり、話しかけられた。

「自分が、望んでいない世界に生まれてしまった……辛いよね。悔しいよね」

 赤い。菫子はまず、そう思った。

 赤一色の装いをした少女が、いつの間にか隣にいる。歪んだ手摺に肘を載せ、廃墟と炊き出しの光景を見下ろしている。

「気持ちはわかる、なんて偉そうな言い草になってしまうけれど」

「誰……」

「君の言う、幻想の世界の住人……という事になるのかな。まあ幻想の世界にも色々あるけれど」

 少女が、ちらりと菫子の方を見た。

 長い髪も、赤毛である。顔立ちは綺麗だが、その微笑には癖がある。

「……私から見ればね、君も幻想の世界の住人だよ。実に興味深い。光子や光波を使わない、本物の魔法……もう1度、やって見せてくれないか」

「魔法……なのかしらね」

 歪んだ手摺を掴んだまま、菫子は念を振り絞った。

 手摺がちぎれ、さらに歪んだ。

 赤い服が本当に似合う、どこか苺を思わせる少女が、無邪気に手を叩く。

「凄い! この世界にも、本物の魔法使いが居たんだね」

「……この程度の事しか、出来ないのよ」

 菫子は俯いた。顔が、熱い。

 生まれて初めて、人に褒めてもらった。菫子は、そう思った。

「知っているかな。魔法というのはね、宗教と密接な関係があるんだよ」

 そんな事を言いながら、苺のような少女は廃墟に視線を戻す。

 炊き出しを行っている人々は『守矢神社』の幟を立てていた。確かに、布教の機会ではあるのだろう。

「魔法と宗教が、理想的な形で結び付けば……復興は無論、それを皮切りにエネルギー問題や環境問題、様々な厄介事に片がつく」

 亡者のような人々に、汁物をよそって渡している1人の少女。

 菫子は思わず、遠くから睨んでしまった。

 布教・広報のために可愛い女の子を用意する。宗教団体ならば当然やる事だ、とは思う。その少女は確かに、釣り餌には適任と言える美少女ではあった。

 彼女から食べ物を受け取った人々が、受け取ったものを高々と掲げ、跪いている。

「……そう。奇跡が、起こるのさ」

 苺のような少女は、言った。

 この災害で、守矢神社が大量の信者を獲得するであろう事は疑いない。日本政府が重い腰を上げようとしている間、一気に勢力を増してゆくのだろう。

「だけど君は、そういうものとは縁が無さそうだね」

 苺のような少女が、菫子の肩を軽く叩いた。

「結構な事さ。君は君で、己の道を往くのがいい……」

 菫子は見回した。

 赤一色の装いをした少女の姿は、どこにもなかった。

 声だけが、残っている。

「君は、とてもオカルトな存在だ……本当に、興味深い」



 上体を起こした天女が、しばし呆然とした後、いきなり覚醒して布団から飛び出した。

 負傷しているはずの身体で、あたふたと部屋の中を動き回る。

 床の間に上がり、掛け軸を捲り、物入れを勝手に開けたりしている。血色の足りていなかった美貌が、血相を変えている。

「何を探してるの?」

 にやにやと笑いながら、霊夢は声をかけた。

 客人が懸命に探しているのであろうものを、両手で抱えながらだ。

 淡く煌めく、薄衣。折り畳まれた光の羽衣である。

 天女のような美少女が、目を見開いた。

「それは……私の、羽衣……」

「そう、やっぱり羽衣なのね」

 霊夢は、にっこりと微笑んで見せた。

「言われなくても、返すつもりはないから……」

 などと言っている間に、羽衣は霊夢の手から消え失せていた。

 今度は、霊夢が目を見開く事となった。

 光の羽衣を抱えた天女が、ふわりと畳の上に降り立ち、しとやかに正座し、微笑む。

「……貴女が、助けてくれたのね? お礼を言うわ。ありがとう」

「あんた……」

 霊夢は思わず、2つの陰陽玉を左右に浮かべていた。

「……怪我は、大丈夫なの?」

「貴女が手当てをしてくれたから」

 包帯を巻かれた天女が、答える。

 その笑顔に、瑞々しい血色が蘇りつつある。こうして見ると、本当に美しい少女だ。

 人間の少女が、これほど美しくなるはずがない、などと思いつつ霊夢は言った。

「……妖怪は、いいわね。治癒能力が高くて」

「さて。私は、妖怪なのかしら?」

「妖怪じゃなければ何なのよ。打ち所の悪かった妖怪?」

「……打ち所は、良かった。運も良かった」

 天女の笑顔が、曇った。

「だから……私は、生きている。生きて、地上に降りる事が出来た」

「地上に……」

 霊夢は、右手でお祓い棒を構えた。左手で、呪符の束を広げた。

「……まさか、本当に天女の類」

 拍手が、聞こえた。

「お見事。相変わらずの動きの冴え……すばしっこさだけなら、射命丸の方がちっとだけ上かな。けど総合力じゃおめえの圧勝だよ」

 伊吹萃香だった。小さな身体で柱にもたれ、手を叩いている。

 愛らしい赤ら顔が、癖のある笑みを浮かべていた。

「霊夢、こいつぁ天女じゃねえが当たらずとも遠からずってとこだ……あー、いや全然違うかな天人と月人じゃあ。まあ、いけ好かねえクソッタレどもってとこだけは共通してる」

「萃香の知り合い? じゃあ何よ。結局、妖怪じゃないの」

 天女のような美少女が、またしても血相を変えた。霊夢の言葉に激怒した、わけではないようだ。

 しとやかに座っていた細身が、立ち上がる。敵意の漲る美貌が、萃香の方を向いている。

「貴様……月を砕く鬼!」

「よせよ。私はな、てめえらを砕くどころかヒビの1つも入れられなかった」

 酒気を帯びた笑顔が、ニヤリと歪んで牙を剝く。

 巨大な鬼の姿を一瞬、霊夢は幻視した。

「ここで今更それをやろうって気はねえよ」

「……私も今は、貴様と戦う理由がない」

 天女のような美少女が、萃香と睨み合う。

「地上に降りれば……そうだな、貴様と顔を合わせる事もあろうか」

「まあ座れ」

 まるでここが自分の家であるかのように、萃香は振る舞い始めていた。小さな身体でズシリと座り込み、瓢箪の中身を盃に注ぐ。

 その酒盃を天女、いや月人であるらしい少女に差し出しながら、萃香は言った。

「そして呑め。私はな、おめえを霊夢に紹介出来るのが嬉しいんだよ綿月依姫」

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