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秀吉の兄に転生したけど、そんなの居ないよな   作者: 牧場のオヤジ
1章ー堺の大名編ー

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第21話ー土台が大事ですよ。将軍さんー

おはようございます。またはこんにちは、はたまたこんばんわ。作者でございます。


投稿が遅れてしまいました。申し訳ございません。


皆様の暖かい心でお見逃しください。


では、どうぞ



伊勢を攻略したことで、鷹司秀高の勢力はさらに大きくなった。


摂津の淀川南側、河内、和泉。、紀伊、大和、伊勢、志摩。

これらの地域を支配下に置く秀高は、もはや堺とその周辺を治める大名ではない。

畿内南部から東へと勢力を伸ばす、大大名へと成長していた。

しかし、秀高自身は自らの勢力拡大を、それほど大げさには考えていなかった。


「土地が増えたんだから、その分だけ仕事が増えただけだよ」


そう言って、いつものように大量の書類を処理している。


「堺だけ見ていればよかった頃の方が、よっぽど楽だったなぁ」


机の上には、各地から送られてきた報告書が積み上げられていた。

伊勢の年貢。

志摩の漁業。

紀伊の山林資源。

大和の農地。

河内・和泉の商業。

街道整備。

河川改修。

城郭の修繕。

市場の整備。

そして、各地から上がってくる民政上の問題。

領地が増えれば、当然ながら仕事も増える。


だが秀高は、それを嫌がっているわけではなかった。

むしろ楽しんでいた。


「これをこうして……こっちは税率を少し下げるか」


筆を走らせる。


「伊勢はまだ復旧を優先。志摩は海軍の拠点として整備して……」


秀高は一枚の地図を眺めた。

堺から伊勢、志摩まで。

海と陸。

商業と農業。

港と街道。

それらが一本の線で繋がり始めている。


「うん。かなり大きくなったな」


その時だった。

外から慌ただしい足音が聞こえてきた。


『殿。朝廷より勅使が参られました』


「朝廷から?」


秀高は顔を上げた。


『はい。正式な勅使とのことでございます』


「……また何か来たのかな」


秀高は少し考えた。


これまでにも朝廷との関係は築いてきた。


しかし、今回のように正式な勅使が訪れるということは、それなりの意味がある。


「分かった。すぐに迎えよう」


こうして、堺御殿へ朝廷からの勅使が訪れた。


秀高は礼装を整え、勅使を迎える。


『鷹司右近衛権少将殿』


「はっ」


『昨年の災害に対する救助支援。また此度の伊勢動乱の鎮圧、天子様が喜んでおられました』


秀高は黙って聞いていた。


『よって、朝廷より宣旨を賜りました』


勅使が書状を広げる。


『従四位下右近衛中将に任ずる』


一瞬、秀高は黙った。


「……右近衛中将」


『はい』


「私がでございますか?」


『鷹司殿にございます』


秀高は少し困ったように笑った。


「いやぁ……随分と偉くなったものですね」


『何を仰いますか』


「いや、本人が一番驚いているんですよ」


秀高は苦笑した。


こうして秀高は、朝廷より正式に右近衛中将へと昇進した。


これまでの「堺少将」という呼び名から、今後は「堺中将」と呼ばれることとなる。


だが、秀高にとって官位そのものが目的ではない。


「朝廷との繋がりが強くなったのは大きいな」


秀高は勅使が帰った後、一人で呟いた。


「政治的な信用にもなるし、他国の大名も少しは俺を軽く見なくなるだろう」


そして、ふと思いついた。


「そうだ」


秀高は家臣を呼んだ。


『お呼びでしょうか』


「伊勢氏についてなんだけど」


『伊勢氏でございますか?』


「家臣として取り込むんじゃなくて、公家として朝廷との連絡役になってもらおう」


『公家として……ですか』


「うん」


秀高は頷く。


伊勢氏は、将軍家や幕府、そして公家たちとの関係も深い。

その知識と人脈を、領国経営だけに使う必要はない。


「俺が直接朝廷とやり取りするより、伊勢氏に間に入ってもらった方が色々と便利だろう」


『確かに』


「それに、伊勢氏を家臣団に組み込むよりも、公家として独立した立場を維持してもらった方が、朝廷との関係も自然になる」


『承知いたしました』


こうして伊勢氏は秀高の家臣ではなく、公家として朝廷との連絡役を担うことになった。


一方志摩では別の動きが起こっていた。

志摩を支配していた九鬼の海賊衆。

その存在を秀高は非常に重要視していた。


『九鬼はどういたしますか?』


家臣から尋ねられた秀高は、即答した。


「無論。家臣として取り込む」


『雑賀衆と同じように、ですか?』


「いや、九鬼は少し違う」


秀高は志摩の地図を見る。


「志摩は海だ」


港。

海路。

漁場。

伊勢湾。

熊野灘。

そして、その先に広がる太平洋。


「九鬼の海上戦力は、これから絶対に必要になる」


『では……』


「堺海軍に編入する」


『堺海軍に?』


「そう」


秀高は志摩を指差した。


「東部方面を担当してもらう」


これにより、九鬼の海賊衆は秀高の家臣として正式に取り込まれ、堺海軍の一員となった。


担当は東部方面。

伊勢湾から熊野灘、そして東海方面へ続く海域の監視と警戒。

堺海軍にとっても、大きな戦力増強であった。


「これで海の東側もかなり楽になるな」


秀高は満足そうに頷いた。

しかし秀高が勢力拡大ばかりを続けることはなかった。

むしろ、この時期から秀高は明確に一つの方針を打ち出した。

内政優先。


「しばらくは戦より内政を優先する」


家臣たちが一斉に顔を上げた。


「領地が一気に増えすぎた」


秀高は地図を広げた。


「これだけ広がったのに、全部が堺と同じように整っているわけじゃない」


大和、紀伊、伊勢、志摩、それぞれに問題がある。


「街道も整備しないといけない」


「河川もある」


「農地も改良する必要がある」


「市場も作らなきゃいけない」


「そして何より、民が安心して暮らせるようにしないといけない」


秀高は家臣たちを見渡した。


「戦に勝つことだけが領主の仕事じゃない」


『御意』


「戦に勝って土地を取っても、そこが荒れていたら意味がない」


『はい』


「だから、今は土台作りを優先する」


こうして秀高は、領国内の税制を改めて調整した。


地域によって税率を変える。

豊作の地域からは一定の税を徴収する。

災害の影響が残っている地域は減免する。

新しく支配下に入った地域については、いきなり重い税を課さない。

公共事業を継続する。

市場を整備する。

街道を繋ぐ。

港を整える。

堺で成功した政策を、少しずつ各地へ広げていく。



そうしていると、あっという間に時間は過ぎていく。


一ヶ月。

二ヶ月。

半年。

一年。

戦が起こらなかったわけではない。

全国各地では相変わらず争いが続いていた。

しかし、秀高の領内では大規模な戦を避け、ひたすら内政が進められていった。

その結果。各領内は着実に豊かになっていった。


大和では街道が整備され、農産物の流通が改善された。

河内・和泉では商業がさらに活性化した。

紀伊では木材や鉱物などの資源開発が進んだ。

伊勢では戦災からの復旧が進み、農地が再び耕されるようになった。

志摩では漁業と海運が発展し、九鬼水軍を中心とした海軍拠点が整備されていく。

そして堺はさらに巨大になっていた。


「一年か」


秀高は堺の町を眺めながら呟いた。


「早いなぁ」


街には人が溢れている。


商人が歩く。


職人が働く。

荷車が行き交う。

港には船が並ぶ。

市場では人々の声が響く。


「これなら、しばらく戦争しなくてもいいんだけどなぁ」


秀高は笑った。


しかし、日ノ本全体の情勢は、秀高の思い通りには進んでいなかった。


この一年の間に将軍家が勢力を拡大していた。

山城。

若狭。

そして西近江。

将軍家はこれらの地域を支配下に置き、細川晴元との決戦に向けて準備を進めていた。


そして、その動きの中で大きな変化が起こる。


将軍職の譲渡。

足利義晴から、その子である足利義藤へ。

義晴は将軍職を退き、大御所として義藤を支える立場となった。

まだ若い義藤が新たな将軍となったのである。


「義藤が将軍になったか」


秀高は報告を聞きながら呟いた。


「まだ十か十一歳くらいだったよな」


『はい』


「随分と若い将軍だなぁ」


秀高は苦笑した。


「まあ、父親の義晴さんが後ろで支えるなら、しばらくは大丈夫だろう」


そう思っていた。


ところがその新将軍から、秀高のもとへ書状が届いた。


『将軍、足利義藤様より会談の申し入れがございます』


「俺に?」


『はい』


「場所は?」


『以前、義晴様と会談された寺でございます』


秀高は少し考えた。


「分かった。受けよう」


『護衛は如何ほどに?』


「千」


『千でございますか?』


「うん」


秀高は笑った。


「将軍様との会談だからね。こちらもそれなりの礼を示さないと」


こうして秀高は供回り千人を率いて法隆寺へ向かうことになった。

一方、義藤も五百ほどの兵を率いて法隆寺へ向かっていた。

寺の周囲には双方の兵が配置される。

だが、今回も戦うためではない。会談を行うためである。

会談をする堂の中で秀高は下座に座っていた。

仮にも相手は将軍。

その立場を尊重し、義藤が入ってくるのを待っていた。

しばらくして


『将軍、足利義藤様が入られます』


その声を聞き、秀高は頭を下げた。

やがて、一人の少年が入ってくる。

まだ十か十一歳。だが、その少年は将軍という衣を纏っていた。


『失礼致します』


義藤は静かに部屋へ入る。

秀高は顔を上げた。


「……」


まだ若い。


秀高自身も十分に若い。


しかし義藤は、それよりもさらに幼く見えた。


ところが将軍義藤は上座へ向かわなかった。


そのまま秀高の正面へと座った。


秀高は少し驚いた。


「お初にお目にかかります」


義藤が頭を下げる。


『足利左馬頭義藤でございます。父からお話は聴いております』


秀高も頭を下げる。


「鷹司右近衛中将秀高と申します」


そして微笑んだ。


「まずは、将軍への御就任、おめでとうございます」


『堺中将様より、そのようなお言葉をいただけたこと、光栄です』


「何を仰いますか、将軍様ともあろう御方が」


すると義藤の表情が少し曇った。


『……将軍ともあろう御方、ですか』


「?」


『言いなりの将軍がですか?』


秀高の表情が止まった。


「……!」


義藤は静かに続けた。


『私はまだ十歳です』


幼い声。しかし、その言葉には妙な諦めがあった。


『将軍といっても、父の言いなりにやっているだけです』


義藤は自分の手を見つめる。


『私には今、何の力もありません』


秀高はしばらく黙っていたが。


「ははは」


笑った。


義藤が顔を上げる。


『何がおかしいのですか?』


「いや」


秀高は優しく笑った。


「まるで昔の私を見ているようだと思いまして」


『昔の……堺様を?』


「はい」


秀高は少し遠くを見るような目をした。


「私は父を八歳で失いました」


義藤が目を見開く。


『父上様を……』


「そうです」


秀高は頷いた。


「そして父の遺言に従って、堺へ来た」


義藤は黙って聞いている。


「これが、私の始まりでした」


秀高は堺へ初めて来た時のことを話し始めた。

初めて見た堺。

巨大な港。

大量の船。

数え切れないほどの商人。


街を埋め尽くす人々。


「最初は、すごい場所だと思った」


秀高は笑った。


「こんな場所があるのかと、興奮したんですよ」


「ですが現実は、そんなに甘くなかった」


大人たちの言葉。

商人たちの駆け引き。

政治。

金。

領民の生活。


「私は何も知らなかった」


秀高は苦笑した。


「だから、大人たちの言うことを聞くしかなかった」


義藤は黙っている。


「働くのは大変だったよ」


秀高は少し笑った。


「何をやっても失敗する。何か考えても、それを実行する力がない」


『……』


「でも、そこで諦めなかった」


秀高は義藤を見る。


「俺には、仲間ができた」


『仲間……』


「そう。仲間だ」


秀高は頷く。


「一人ではできないことでも、仲間とならできる」


「一人では考えつかないことでも、仲間となら考えられる」


「一人では持ち上げられないものでも、十人なら持ち上げられる」


義藤はじっと秀高を見つめていた。


「私は仲間たちと手を携えて、堺のために動き回った」


商人。

職人。

家臣。

民。

それぞれの立場の者たちと話し、協力していった。


「しばらくすると、大人たちも俺たちを認めてくれるようになった」


秀高は笑う。


「そして、今の地位にいる」


『……』


「だから、義藤殿も自分の仲間を集めるといい」


義藤の目が少し変わった。


『私の……仲間』


「そう」


秀高は頷く。


「一人で全部やろうとしないことです」


「自分を支えてくれる人を作る」


「自分の考えを理解してくれる人を作る」


「時には、自分と違う意見を言ってくれる人も必要です」


『違う意見を……』


「はい」


秀高は笑った。


「全部賛成してくれる人だけを集めたら、間違った時に誰も止めてくれませんからね」


義藤はその言葉を噛み締めるように頷いた。


「だから」


秀高は畳を指で軽く叩いた。


「まずは土台が大切ですよ」


『土台……』


「どのような建物でも、城でも」


秀高は義藤を見た。


「土台が弱ければ崩れてしまいます」


義藤は黙っている。


「私の場合、その土台になっているのが民や商人たちです」


「堺という町も、俺一人で作ったわけじゃない」


「商人が商売をしてくれる」


「職人が物を作ってくれる」


「農民が食料を作ってくれる」


「家臣が政務を支えてくれる」


「兵が領地を守ってくれる」


秀高は一人一人を思い浮かべるように話した。


「だからこそ、堺は簡単には崩れない」


そして秀高はかの名言を口にする。


「人は城」


「人は堀」


「人は石垣」


静かに言った。


『……』


義藤はその言葉を繰り返す。


『人は城……人は堀……人は石垣』


「そうです」


秀高は微笑んだ。


「強い国を作りたいなら、まず人を大切にすることです」


義藤はしばらく考えた。


『なるほど』


ゆっくりと頷いた。


『分かりました』


義藤は秀高を真っ直ぐ見つめた。


『私なりに、強い土台を作ってみせます』


「楽しみにしておりますよ」


その言葉を最後に、二人は一刻ほど会談を続けた。

政治の話。

堺の話。

将軍家の話。

そして、これからの日ノ本について。


だが、二人とも互いの腹の内を全て明かしたわけではない。

会談が終わる。

秀高は法隆寺の外へ出た。

義藤も別の出口から出ていく。

二人は一度だけ振り返った。

秀高は小さく笑う。


「(あれが、後の剣豪将軍か)」


まだ幼い。しかし、目には強い意志が宿っていた。


「(これから、どこまで成長するのか楽しみだな)」


一方の義藤も馬へ乗る前に、寺を振り返った。


『(あれが父上が恐れている堺中将様か)』


義藤は秀高を思い出す。


『(確かに……纏っていた風格は、私より僅か四つ年上とは思えなかった)』


そして父・義晴が語っていた言葉を思い出す。


『(細川に代わる、新たな脅威……)』


義藤は小さく息を吐く。


『(父上様。確かにそのようです)』


秀高から感じたもの。


それは、単純な武力ではなかった。

経済力。

人脈。

民からの支持。

巨大な領地。

そして、それらをまとめ上げる政治力。


『(底知れない力を感じました)』


だが、義藤はそれ以上を口にはしなかった。

秀高もまた、自分の考えを口にはしなかった。

それぞれの思いは胸の内に留められたまま、二人は別々の道を帰っていった。

堺へ戻った秀高は、再び内政へと戻った。


「さて……」


机の上に大量の書類が置かれる。


「一年経ったんだから、また見直さないとな」


『殿、またですか?』


「まただよ」


小梅が呆れた顔をする。


『戦に勝って領地を増やしたのに、戻ってきて最初にすることが書類整理ですか』


「そうだよ」


『普通は勝利を祝うものでは?』


「祝ってる暇があったら仕事した方がいい」


『本当に変な御方ですわ』


秀高は笑った。


「領地は生き物だからね」


『生き物?』


「うん」


秀高は書類を見る。


「放っておけば悪くなる」


「だから定期的に手を入れる」


「税もそう。街道もそう。市場もそう」


「人間関係だって同じだよ」


小梅は苦笑する。


『また土台の話ですか?』


「そう。土台は一回作ったら終わりじゃない」


秀高は笑った。


「毎日補修するものだからね」


その頃、畿内では秀高の予想を超える大事件が起ころうとしていた。

将軍家と細川晴元の対立。

それは、ついに決定的な段階へ入っていた。


そして、その中心人物の一人が三好長慶だった。


三好長慶は、細川晴元の家臣として勢力を伸ばしていた。

だが、細川晴元との関係は徐々に悪化していた。

長慶は細川家の内部で力を持つようになっていた。

しかし、その力が強くなるほど、細川晴元から警戒される。


長慶自身もそれを理解していた。


『このままでは、いずれ潰される』


そう考えた長慶は、ついに決断する。

細川晴元へ離反を起こしたのであった。

細川軍と三好軍による、戦いが起こり、勝利したのは、三好長慶であった。

それだけではない。勢力は一気に拡大し畿内へ。

三好長慶は、日ノ本有数の巨大勢力へと躍り出た。

秀高のもとへ、その報告が届いたのはその直後だった。


『殿! 急報です!』


「何?」


『三好長慶、離反!』


秀高は顔を上げる。


『細川晴元との決戦に勝利したとのことです!』


「……」


『さらに、細川家から奪った畿内を掌握しつつあるとのこと!』


秀高はしばらく黙っていた。


「土台が弱くなれば、崩れるのも一瞬に……」


小さく呟いた。


「将軍さんには、いい勉強になったね~」


小梅が首を傾げる。


『将軍様に、ですか?』


「うん」


秀高は笑った。


「ついこの前、土台の話をしたばかりだからね」


「しかし、三好さん……ここでやるとは」


秀高は地図を見る。


「勝負に出たんだな」


細川晴元は敗北。

もはや畿内における細川氏の権勢は、かつての姿を留めていなかった。

晴元は丹後、そして丹波方面へ逃れるしかなかった。

長年にわたって畿内政治を左右してきた細川氏の権勢が、急速に崩壊したのである。

秀高にとって、それは単純な朗報ではなかった。


「三好が畿内を取ったか……」


『はい』


「これで、また一つ勢力が大きくなった」


『堺にとって敵になるのでしょうか?』


「分からない」


秀高は首を振った。


「三好長慶がどう考えているか次第だよ」


すると、その数日後。


一人の男が堺御殿を訪れた。


『堺中将様に、お会いしたいとのことです』


「誰?」


『松永久秀と申しております』


秀高は目を細めた。


「松永さん?」


『はい』


「三好殿の家臣の?」


『その通りでございます』


秀高は少し考える。


「通して」


やがて、松永久秀が姿を現した。


『お久しぶりでございます。松永久秀にございます』


「堺中将、鷹司秀高です」


『此度は、長慶様より伝言を預かっております』


「何かな?」


久秀は一礼する。


『長慶様が、堺中将様と会談をしたいとのことです』


「会談?」


『はい』


「場所は?」


久秀が答えた。


『石山本願寺にございます』


「本願寺だと」


思わず聞き返した。


『はい。長慶様はそのように』


「わざわざ敵地に入ってくると」


『それほどの姿勢を示さなければ、堺中将様は動かれないだろうとも』


秀高は苦笑した。


「普通に御忍びで来ても、話はするつもりですけどね」


『ははは。堺中将様は流石ですな』


久秀は笑った。


そして、ふと話題を変える。


『そういえば、本城の方の建設は順調ですか?』


「えぇ。まあ。今のところ予定通りですよ」


『それは良かった』


久秀は城の建設状況を尋ねる。


「人夫が増えた分、工期も短縮しています」


『成る程~。それは結構なことですな』


久秀は笑う。


『中々の規模のようなので、少々心配致しまして』


「そうですね」


秀高は笑った。


「あと六年ほど掛かりますよ」


『六年……』


「ですが、地道にやるしかないですから」


「(いや、完全に狙ってるだろ)」


秀高は心の中で呟いた。


本丸。


天守以外の主要部分。


そして全体の堀切。


それらはかなり完成へ近づいている。


「(もう少しで本丸が完成する)」


「(全体の堀切も完成する)」


「(それまでは、できれば大規模な戦は避けたいんだけどな~)」


秀高は何食わぬ顔で久秀を見る。


「まあ、しばらくは地道にやりますよ」


『何かお手伝いすることがあれば、この松永に言ってくだされ』


「ははは。今のところ問題ありませんよ」


『そうですか』


「では、長慶様に宜しくお伝えください」


『承知しました』


久秀は立ち上がった。


『では後日、本願寺で』


「はい」


こうして、三好長慶との会談が決まった。



それから一ヶ月後。


石山本願寺の一室。

本願寺証如の立ち会いのもと、秀高と三好長慶は向かい合っていた。

最初に口を開いたのは秀高だった。


「先ずは先の戦勝、おめでとうございます」


長慶は笑った。


『いえいえ。何もかも堺様のお力添えのお陰かと』


「私が何かしましたか?」


『以前、細川から離れるならば、まだ時期ではないと仰ってくだされたではありませんか』


「そういえば、そんなことも言いましたね」


『あのまま離反していたら、負けていたのは某の方でした』


「そのような……」


長慶は首を振る。


『御謙遜なされますな』


『当時は、細川はまだ弱くなかった』


長慶は淡々と話した。


『しかし、将軍家との戦で敗れたことにより、その土台が揺らいだ』


『そして、綻びが見えた』


『某は、それを突いたまでです』


秀高は頷く。


「そうですか」


長慶は少し笑った。


『話は変わりますが、将軍義藤様とお話をしたそうですな』


「はい」


『如何でした?』


「良き話をすることができました」


『そうですか』


長慶は少し間を置いた。


『では』


「?」


『堺様は、将軍派に付かれるのですか?』


秀高は首を傾げた。


「将軍派?」


『はい』


「と、いいますと?」


長慶は腕を組んだ。


『政局の構造です』


そして、日ノ本の情勢を説明する。


『将軍家といえど、嘗ての力はほとんどありません』


『現在の勢力は、山城、若狭、西近江』


『それに比べ、西には大内、尼子』


『中央には三好』


『そして東には今川』


『その中で、堺がどこに付くのか』


長慶は秀高を見た。


『私は、それを知りたい』


秀高はしばらく黙っていた。


「どの勢力に付くか、という話ですか?」


『いかにも』


長慶は真剣な表情になる。


『そして私は堺様と、新たな勢力を創りたい』


「新たな勢力ですか?」


『はい』


長慶は地図を広げた。


『堺と三好が組めば、西は三好、東は堺で統治する』


『将軍家が難癖を付けてくると思いますが、その時は武力で退ければよい』


『如何でしょうか』


秀高は地図を見つめた。

三好。

堺。

確かに、この二つが組めば巨大な勢力になる。

西を三好。

東を堺。

中央に広がる巨大な経済圏。

軍事力も経済力も、他の大名を圧倒できるだろう。

だが秀高は静かに首を振った。


「確かに、三好様と組めばそうなるでしょうな」


『では』


「ですが」


秀高は長慶を見る。


「東西に分裂すれば、いずれ戦いになります」


長慶は黙った。


「今は仲が良くても」


「十年後」


「二十年後」


「互いの代替わりが起きた後」


「その時、必ずしも同じ考えの者が当主になるとは限りません」


『……』


「私が望んでいるのは、東西に分裂した日ノ本ではない」


秀高は地図全体を見る。


「統一国家です」


長慶はじっと秀高を見つめた。


「だから、三好様と縁が切れるのは痛手です」


『ほう』


「でも、今すぐ一つになる必要もない」


秀高は笑った。


「ここは、同盟という形で均衡を保ちませんか?」


長慶は考え込んだ。


『成る程……成る程』


ゆっくり頷く。


『確かにそうですな。互にに争いたくなければ、組めばよいと。しかし堺様が望むのは、その先』


「はい」


『統一した日ノ本』


「そうです」


長慶はしばらく黙っていた。


『分かりました』


長慶は手を差し出した。


『その同盟、受けましょう』


秀高も手を差し出す。


「ありがとうございます」


そして秀高は本願寺証如を見る。


「では、証如上人に立会人をしていただき、盟を結びましょう」


『承知いたしました』


こうして本願寺証如の立会いのもと、三好と堺の間で、正式に同盟が結ばれた。


その情報は、瞬く間に全国へ広がった。


「三好と堺が同盟を結んだ」


その一報は、各地の大名たちを震撼させた。

三好と堺。

この二大勢力が互いに争わず、それぞれの領域を固める。

それだけで、周辺勢力にとっては大きな脅威だった。


「このままでは危ない」


「三好・堺に対抗しなければ」


「兵を増やせ」


「城を築け」


「隣国を攻めろ」


各地の大名たちは勢力拡大へ動き始めた。

その結果日ノ本各地で戦が増えた。

三好・堺連合に負けないため。

将来に備えるため。

隣国に先を越されないため。

それぞれの大名が、それぞれの思惑で動き始めた。

そして、政治の中心である京でも同様であった。





室町御所。


大御所、足利義晴と新将軍・義藤が向かい合っていた。

義晴は静かに口を開く。


『義藤』


『はい』


『この三好と堺の同盟、どう見る』


義藤は少し考えた。


『恐らく、三好は堺中将様と争いたくないという意思かと』


義晴は頷く。


『堺中将は、それを汲み取り、盟を結んだと』


『はい』


義藤は続ける。


『堺中将様が率いる軍勢は、恐らく日ノ本一の軍勢となっていると思います』


義晴は黙って聞いている。


『兵を養い、訓練し、軍備を整える』


『並みの財力では到底賄えません』


『堺という重要拠点があるのも、もちろん理由でしょう』


『ですが、それだけではありません』


義藤は地図を見る。


『堺の影響によって、他の国々でも銭が大量に動いております』


『商人が集まり、物流が集まり、金が集まる』


『その経済力によって、堺は兵を維持している』


義晴は静かに頷いた。


『成る程な』


そして義晴は息子を見る。


『義藤』


『はい』


『お主はどう動く』


義藤は少しだけ目を伏せた。


『先ずは、土台固めが重要かと』


義晴の目が細くなる。


『土台……』


『はい』


義藤は続ける。


『綻びがあれば、直ぐに崩れます』


『先ほどの細川のように……か』


『はい』


義藤は頷いた。


『それからでも遅くはありません』


『最初の攻略目標は――』


地図を見る。


『細川と若狭武田』


義晴はしばらく考えた。


『ふむ』


『よし』


『確りと土台を固めよ』


義藤は頭を下げる。


『はい』


その言葉を受けた義藤は、御所を出る。

一人になったところで、義藤は空を見上げた。


『(堺様……)』


あの会談を思い出す。

人は城。

人は堀。

人は石垣。

土台が大切。

その言葉が、今も頭から離れなかった。


『(何れ……あなた様と雌雄を決することになるかもしれませぬ)』


義藤は拳を握る。


『(その時までに、私は成長してみせます)』


まだ十歳。将軍になったばかで今は何の力もない。

だが義藤は、その言葉を忘れなかった。

土台を作る。

仲間を作る。

力を蓄える。

そして、いつの日か。自らの意思で日ノ本を動かせる人間になる。

そのために義藤は歩き始めた。



一方の堺御殿では。


秀高は今日も書類の山と格闘していた。


「……多い」


『殿、何を今更』


小梅が笑う。


「いや、増えすぎじゃない?」


『ご自分で増やされたのでしょう』


「それを言われると何も言えない」


秀高は苦笑した。

そして窓の外を見る。

堺の町。

その向こうには大和。河内。和泉。紀伊。伊勢。志摩の巨大になった領地とそこで暮らす人々。

秀高は静かに呟く。


「まだまだだな」


『何がです?』


「俺の土台」


小梅が首を傾げる。


「まだ弱いところがある」


「もっと強くしないといけない」


「もっと民を豊かにしないと」


「もっと商人を増やさないと」


「もっと街道を繋げないと」


「もっと港を整えないと」


小梅は微笑んだ。


『では、まだまだお仕事がございますね』


「そうだね」


秀高は筆を持ち直した。


「やるか」


『はい』


秀高は再び書類へ向き合う。


その姿は、まるで一人の領主そのものだった。


将軍・足利義藤も。

三好長慶も。

全国の大名たちも。

誰もが、秀高の存在を無視できなくなっていた。

だが、秀高自身はまだ知らない。

この先。自分が築いた土台が、日ノ本全土を巻き込む巨大な戦いの中心になることを。

そしてその中心には、かつて法隆寺で言葉を交わした少年。

後の「剣豪将軍」と呼ばれる足利義藤も立つことになる。

戦国の世は、静かに次の段階へ進もうとしていた。

秀高の思惑通りに進まぬ日ノ本の情勢は、少しずつ、そして確実に混沌とし始めていた。




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― 新着の感想 ―
[一言] 三好家とこの先戦うのかな? 公方と主人公の戦いかな? 織田家と主人公はこの先婚姻するのかな例えば市姫と, 側室どうするのかな??
[気になる点] この頃はまだ義藤だったはずですよ。義輝と改名するのはもう少し先のはずです。
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