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6. 束縛の言葉

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 翌日、私は朝食を早々に平らげ、食堂から退出していた。


 てっきり朝食も私室で食べるのかと思っていたけれど、朝食は何があっても家族全員が集まる決まりらしく、私は再び地獄との対面を乗り切ることになったのだ。



 あの三人は相変わらず食事中ペチャクチャと話してばかりで、一向に食事が進んでいなかった。きっと、もうすでに冷めきってしまっていることだろう。あれでは料理を作ってくれている料理人への冒涜である。




 それは私も同じか……。


 ふっ、と息を吐く。


 私は私で、夕食と同じように、出される料理の味を感じられなかった。一切の味を感じず、美味しいの一言も言えないのだから、私もあの三人と変わらない。


「ルディ」


 私室へ向かう廊下で、


「はい、お嬢様」


「そろそろ時間かしら?」


 今日は学園初日だ。

 朝食が始まる前に私は学生服に着替えており、準備も前日のうちに終わらせていたので、今すぐにでも屋敷を出られる。


「まだ学園に行くのは早い時間ですが……お嬢様なら嫌がると思い、すでに馬車は用意してあります」


 私が露骨に嫌がる表情を浮かべたのを素早く察したルディは、困ったように苦笑を浮かべ、「ちょっと待ってくださいね」と前方へ走り出し、すぐに私の元へ戻ってきた。


 その手にはルディのと私の、二つ分の鞄が収まっている。


「さ、行きましょう」


 ルディは私の手を取り、馬車にエスコートしてくれる。


 すでにわかっていたことだけど、私達を見送る人は誰一人として居なかった。











 馬車は走り出し、流れ行く街の光景を私は窓からボケーっと眺めていた。


 窓から見える朝の街は賑やかで、活気に包まれていた。


 朝の買い出しに出ている婦人が行き来し、通り道にある店が次々と開店していく。道の側には露店も広がっており、馬車の中にまで威勢の良い男性の声が聞こえてくる。


 輝かしい朝日に照らされ、静かな印象がある朝の街は、徐々に商業区らしく覚醒していく。


「平和ね……」


 気が付けば私は、そのような言葉を呟いていた。


「平和、ですか?」


 その呟きは聞かれていたようで、ルディが不思議そうに聞いてくる。

 

「美しい街、穏やかな表情……争いとは無縁の雰囲気よ」


 カリーナが生きていた時代、争いの絶えない時代を感じさせない風景。


 街を歩く彼らの瞳に怯えと不安は感じられず、この国は本当に平和なのだと、私は嬉しいような悲しいような……不思議な感覚を覚えた。


 この街並みを見ていると、私が過去に取り残された気がして、不安になってしまうのだ。


 これは夢で、罪深き私に与えられた最後の希望で、目を閉じると二度と目覚めない地獄に落ちてしまうのではないか。私は怖くなり、震えた。


「ねぇ、ルディ……」


「はい。お嬢様」


「…………何でも……いいえ、お願いがあるの」


「はい。お嬢様の願いなら、何でも」


 ルディは私の真正面に座り、一切揺れることなく、その瞳は私を映していた。




「ちゃんと私を──守ってね」




「っ、はい。必ず」


 私はなんて弱いのだろう。

 彼のことを信じないといった次の日に怖くなって、守って欲しくて、弱音を吐いてしまうなんて……。


 ルディは私に忠誠を誓ってくれている。

 そんな私の願いを聞いた彼は、何が何でもそれを叶えようとするに決まっている。


 私の発言で、彼を縛ってしまう。

 それをわかっていながら、私は彼を縛り付けた。




 他でもない、自分を守るために。




 ──ごめんなさい。

 私は心の中で何度も、何度も彼に謝った。






          ◆◇◆






 エルスト王立学園の天井はとても高く、そしてとても高価そうなシャンデリアがぶら下がっている。床は全て大理石で作られていて、その上に質の良い絨毯が敷かれている。壁には沢山の絵画と肖像画、そして旗が飾られていて、豪華な作りとなっている。


 学園じゃなくて王宮に来ちゃった? と思ってしまうのは、私だけではないはずだ。


「お嬢様、お嬢様〜? おーい」


 学園の内装を改めて眺め、ポカーンと立ち尽くしている私に、ルディが顔の前で手をひらひらと振り、私はようやく我に返る。


「……なに」


「なに、じゃありませんよ。ボーッとするのは良いですけど、ちゃんと歩いてください」


「ボーッとしながら歩くのって、かなり難しいと思うのだけれど?」


「それくらいお嬢様ならできると思いまして」


「適当な奴ね。まぁ、できるけど」


「できるんですね。ダメ元で言っただけなのに、やっぱりお嬢様は凄いです」


「今褒められても嬉しくないのが不思議なところね」


 私達は軽口を言い合いながら、教室へと向かっていた。


 入学式の日に教室の場所は教えられたらしいけれど、私はその記憶を完全に失っているので、ルディに案内される形となっている。彼と教室が同じというのが、唯一の幸いだろう。


「……ここですね」


「ええ、そうらしいわね」


 教室の扉は開閉型のもので、横にスライドするようなものではなかった。


 私は取っ手を握り、臆せず中に入った。


 教室は扇状の形をしていた。

 先生が講義する教壇から遠くなるほど段差が高くなり、何処からでも見やすい工夫がされている。


 中にはすでに何人かのクラスメイトが居て、それぞれ固まって雑談に興じていた。

 でも、私達が登場したことにより、一瞬だけクラスが静まる。


「ふむ、妙に視線を感じるわね」


「そりゃそうですよ。公爵家の令嬢ですし、お嬢様の髪は目立ちますから。余計に注目されるのは仕方のないことです」


「まぁ、どうでも良いわ」


「そういう適当なところ、嫌いじゃありませんよ」


「これで嫌いとか言ったら、腹に一発入れているところだったわ」


 ──命拾いしたわね。


 そう言うと、ルディは苦しそうに顔を歪めた。


「……お嬢様の拳はなぜか痛いんですから、勘弁してください」


 腹をさすっている。

 昨日のことを思い出したのか、顔色は悪い。


 だからって私が気にすることはないけれど……。



「ほら、いつまでも突っ立ていると余計に目立つから、さっさと座っちゃいましょう」


 あまり目立たず、それでいて教卓が見やすい位置を探し、席に座る。


「…………ふむ……」


「なんですかお嬢様。変な表情になっていますよ」


「失礼な。思ったよりも挨拶に来ないなと思っていただけよ」


 普通、自分よりも上の地位に居る令嬢が来たのであれば、挨拶に来るものだと思っていた。しかし、誰も私達に近づこうとはせず、遠巻きにこちらを眺めるのみ。


 ……それが余計に視線を感じる原因となってしまい、変に居心地が悪い。


「そりゃ、お嬢様は色々な意味で怖がられていますからね」


「……例の二つ名ね。確か『紅蓮の薔薇姫』だったかしら? そこまで怖いのかしらね。むしろ令嬢には人気だったと思うけれど?」


「だからこそ近寄り難いのでしょう。あと、誰が最初に行くかで牽制しあっているんじゃないですか? お嬢様に声を掛けるだけでも、精神の疲労が半端無いですからね」


「勝手に怖がられているのも、それはそれで心に来るわね」


「まぁ、その内誰かは来るでしょう。適当に待っていれば良いんですよ。あ、お茶淹れます?」


「教室でお茶を淹れようとしないの。後で貰うわ」


 ルディは学園に来てから、飄々とした態度を崩さない。

 屋敷に居る時とは別人のようだけど、きっとこちらが『ルディ』という男の性格なのだろう。


 私としても、変に畏まられるより親しげに接してくれた方が話しやすくてありがたいと思う。それが主従関係としてどうなのかと言われても、これが私達の距離なのだから、誰にも文句は言わせない。




 でも、でもね、ルディ……。


 横で悠然とお菓子を食べるのは、少し控えてほしいわ。

 私も食べた──じゃなくて、隣に居る私の品格も疑われそうだから。


「……? お嬢様も食べます?」


「いいえ、結構」


 どうせ、ルディに注意しても聞いちゃくれない。

 なら私は、私だけの世界に入らせてもらおう。


 そう思い、鞄から本を取り出した。




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