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4. 迎えのない我が家


 率直に言ってしまえば、私が感じていた嫌な予感は当たっていた。


 しかも、結構すぐにそれはわかった。



 馬車に乗り、我がカステル家の屋敷に到着した時、誰も迎えに来なかった。玄関に入ってからもそれは同じことで、そこから私は「あれ、おかしいな?」と思い始めていた。


 屋敷の主人ではなくとも、その家族の帰宅であれば使用人達がお迎えするのは当然のことだ。なのに、誰一人として迎えは来ず、ルディに案内されるまま私は私室に入った。


「ねぇルディ? 使用人達は忙しいのかしら?」

「っ、それは、申し訳ありません」


 ルディがわかりやすく言葉に詰まる。

 早くも嫌なことを当てられて、焦った。そんな感情が彼から感じられた。


「どうして謝るの? ルディは私に悪いことをしているの?」

「──それはありません! 心に誓って申し上げます! 俺がお嬢様を裏切るなんて、絶対にありえません! そんなことをするなら、命を捨てます!」

「お、おぉ……そこまで必死に言われると照れてしまうわね」


 口に手を当て、微笑む。

 彼は途端に真っ赤になり、小さく「失礼しました」と口にして下がった。


 ここまで反応があるとは思っていなかったので驚いてしまったけど、わかりやすい態度を取られるのは面白い。私もつい、からかってしまった。



「それで、話してくれる?」



「最初に言わせていただきます。使用人は皆、お嬢様のことを好いています。同僚を庇うというわけではありませんが、どうかそれだけはご理解ください」

「……わかった。ルディを信じましょう」


 ルディは感謝の言葉を述べた。


「でも、使用人が誰一人として迎えに来ないのは、おかしいわよね」

「はい。お嬢様の言う通り、異常です」

「ということは、私は意図して遠ざけられている。ということなのね」

「…………その、通りです」


 そう呟くルディは、苦虫を噛み潰したように顔を歪め、唇を噛みちぎってしまうのではないかと思うほどに、強く噛んでいた。


 折角の整った顔が台無しだと思いながら、私は、私の予想をつらつらと並べていく。



「使用人を意図して動かせるのは、それよりも上の人。つまり家の者ね。この場合は両親が考えられるけど……どっちかしら?」

「………………それは、」



 ──なるほど、どちらもか。

 どうやら私は家族に嫌われているようだ。しかも、露骨に。



 原因はわからないけど、嫌われていることだけがわかっていれば、それでいい。



「まぁ、いいわ」

「……いいえ、よくありません。はっきり言ってこの屋敷は異常です。これ以上お嬢様が苦しむのは──」


「ルディ」


「……、……はい……お嬢様」

「私がいいと言っているの。今更、家族の『愛』なんて必要ない。私が欲しているのは、私の自由よ」


 ヴィオラの両親は私にとって赤の他人も同然。他人から『愛』を貰ったところで、私が抱く感情は皆無。むしろ鬱陶しい。


 愛情なんてものは、私にとって邪魔な感情だ。




「私は、誰にも邪魔されなければそれでいいの」




 何もかも要らない。


 信頼も愛情も名誉も尊敬も期待も嫉妬も殺意も憎悪も全て、邪魔だ。


 だからこれはむしろ幸いなのかもしれない。

 『ルディ』という必要最低限の者しか側には着かず、家族からは見放され、そして使用人からも相手にされない。


 それはつまり、ルディと二人きりの時だけは私の自由に過ごして良いということだ。誰にも文句を言われない。文句を言ってくるほど、私に関心を持ってくれる人はいない。




 どうせ裏切るのだ。

 どうせ見限るのだ。


 ──民とはそういうものだった。




 大切な者を作れば、悲しくなる。

 大切な者を失えば、苦しくなる。


 ──皆、私を置いて逝ってしまった。




 それなら、最初から何も要らない。




「お嬢様、失礼を承知で言わせていただきます。──狂っている、と」

「あら? それじゃあルディも私から居なくなる?」


 私はそれでも構わない。

 身の回りのことは基本自分だけで終わらせられる。


 だから、どちらでもいいのだ。

 ルディが私の側に居ようが、離れようが──どちらでもいい。


 むしろ私と居ればルディの方が不自由になる。

 彼が望むのであれば、私は彼の自由にして欲しいと思った。


 薄く笑い、わざとらしくルディを遠ざけようとすると、彼は笑った。


「いいえ。お嬢様らしいです。そんな貴女を、今にも崩壊しそうな貴女を見捨てることなんて、俺にはできません」

「…………そう、一応、ありがと」


 ルディだってわかっているはずだ。

 私が向かっている先は『崩壊』だと。


 なのに、私の側から離れない。

 ──離れてくれない。






 まるで、あの人みたい……。






「──っ!」


 私はそこまで思い出し、首を振った。


 もう忘れるのだ。

 あの楽しかった日々も、愛しかった人達も、皆で笑いあった思い出も……。


 全ては幻想だったのだと、忘れるのだ。


 再び手を伸ばせば、私は心から欲してしまうだろう。


 それを願って何が起こった。何が待っていた。


 裏切りだ。暴動だ。死だ。


 欲せば──死ぬ。


 私は過ちを犯すために生まれ変わったのではない。




 私は────




「お嬢様?」


 気が付けば、ルディの顔があった。

 ……どうやら、長い思考に陥っていたらしい。


「何でもないわ。それより、そろそろ着替えたいのだけれど……」

「はい。今日の私服は何に致しましょう!」


 急な話題変更に、ルディは一変して笑顔になる。

 彼は、私が何かを言う前にクローゼットを開き、どれが良いかを物色中だ。気持ちの切り替え早すぎるだろうと内心思いながら、私は溜め息を吐き出し、口を開く。


「あのねルディ? 着替えとか、いつも誰がやっていたの?」

「え? 俺ですけど?」



 ──まじか。

 いや、まじですか。



「はい。まじですよ?」


 顔に出ていたのだろう。心の中を読み取ったルディは苦笑しながら、私の着替えを手にした。


「お嬢様、こちらはいかがでしょう?」


 しかも、選んだのは私の好みをバッチリ抑えたものだったので、余計に文句を言えなくなってしまった。


「…………これからは自分で着替えます。選ぶのはこれからも頼むけど、出て行って」

「そんな……お嬢様、それでは俺の楽しみが……!」

「ご令嬢の着替えは、男が手伝うものじゃありません! ほら出て行った! シッ、シッ!」


 私が強引にルディを部屋から退出させ、ようやく一息ついた。



「何させてんのよ、ヴィオラ……」


 私は、私だった少女に、何度目かの溜め息を漏らしたのだった。





 その後、ルディから聞いた話によると、ヴィオラも流石に着替えを手伝わせたことはなかったらしい。


「いくらルディを信用しているからって、下着を見られるのは心の準備ができていないの!」とは、ヴィエラの言葉だ。

 自分のことながら、何ともまぁ可愛い台詞を吐いたものだと、感心してしまった。それでは世の中の男性は諦めない。むしろ興奮するものだ……今更言ったところで遅いか。


 でも、だったらなぜ私に「着替えはいつも手伝っている」と嘘をついたのか。

 それをルディ本人に問いかけると、彼は──


「いやぁ、記憶が無くなっているお嬢様になら、押し切れるかなって」


 と、悪びれもなく白状した。


 とりあえず一発腹に拳を入れたのは、当然の処置だった。





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