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3. 情報交換


 その後、私はルディから色々なことを聞いた。



 まずはこの国について。

 ここは『アクセラ王国』というらしい。過去には存在していなかった国の名前だ。それもルディに聞いたところ、私が居た時代が終わると同時に立ち上がった国らしく、あの最悪の時代を終わらせた大国の一つなのだとか。


 そんな素晴らしい国が誇るこの学園は『エルスト王立学園』らしく、私が最初に予想した通り、令嬢が主に通う学園だとルディは教えたくれた。

 でも、入れるのは令嬢のみというわけではなく、入学金さえあれば平民でも入学は可能だ。実際、学力と財がある平民も何人か入学しているらしいが、周りは貴族ばかりということもあって肩身が狭い思いをしている。


 貴族というのはプライドが高い者が多い。平民と一緒に勉強する程度のことも嫌がるワガママな貴族が居る世の中は変わっていないようで、たまに優秀な平民を影から虐めている傍迷惑な馬鹿も居て、学園側も困っているらしい。




 その次に聞いたのは、私の身の回りの人物のこと。

 私は現在、両親と一つ下の妹と共に屋敷で暮らしているらしい。公爵家というだけあって屋敷の規模はとても大きく、国内で王城を除いて一、二位を争うとか。


 この際だから両親のことについて教えてもらおうと思ったのだが、途端にルディの歯切れが悪くなり「その内わかりますよ」と曖昧に誤魔化されてしまった。

 私に言いたくない何かがあるのか。実の両親なのに、何を誤魔化す必要がある。様子のおかしいルディに疑問を持ったものの、確かに帰宅すればわかることだと、私はそれ以上、その件について追求することはなかった。



「では、残るは俺のことですね」

「それはいいわ」

「なんでです!?」

「興味無いもの」


 ぶっきらぼうに告げれば、ショックを受けたように沈むルディ。彼の背後にどんよりとした空気が可視化されるほど落ち込んでいるけれど、今のところ主要人物について必要以上に調べるつもりはない。名前とどのような性格をしているのか。それだけが何となくわかっていれば、とりあえずは十分だと思ったからだ。


 さらに本音を言ってしまえば、そんなの急に教えられても覚えられない。覚える気が無いと言っても過言ではない。


「せめて俺とお嬢様の出会いだけでも……!」

「必要無いわ。ヴィオラはそうなのかもしれないけど、私にとってルディとの出会いはついさっきのことなの。知らない私との出会いを語られるのは、違うかなと思うわ」

「……わかりました。お嬢様が聞きたくないのであれば、俺は何も言いません。でも、貴女の記憶が無くなろうと、俺は貴女のためなら、何だってします。それだけはどうか、覚えておいてください」

「そう。期待しないでおくわ」


 甘い言葉を吐かれたところで、私の心は動かない。

 むしろ、吐き気がする。



 ──どうせ守りもしないくせに。


 と、そう思ってしまうのは、私の心が歪んでしまっているからだろうか。


「前は、心ときめいたのにな……」

「ん? お嬢様。何か言いました?」

「…………いいえ、何でもないわ」


 思い出したのは、私の想い人。


 ……じっくりとルディを見つめてみれば、彼の面影を感じる気がするけれど…………流石に気のせいだろう。


 彼は天国から私を見守ってくれている。きっと、ルディと彼が似ているのは、彼が私を一番近くから見守ってくれている証拠なのだろうと、私は信じたい。





 そうすれば、たとえ孤独でも頑張れる気がするから……。





「他の情報といえば、お嬢様のことですかね」

「私? 私のことはもうすでに聞いたわよ?」


 私はヴィオラ・カステル。王国に仕える公爵家の長女であり、今日この『エルスト王立学園』に、使用人兼護衛として着いてきたルディと入学した。

 私の内心に燻る炎のような髪を背中まで流し、スカイブルーの瞳を持つ令嬢。薄く微笑めば吹雪を呼び、声を低く発せば他人を恐怖で震わせる。いわゆる『悪役令嬢』な見た目なのが、私、ヴィオラだ。


 ヴィオラの性格は私と似ており、他人に決して弱みを見せず、誰に対しても素っ気なく接する。貴族同士で集うお茶会や夜会などの『社交界』でも、その塩対応は変わらなかった。


 涼やかな切れ目、高い鼻、艶やかな紅い唇、豊満な体。全ての美貌を持ち合わせたヴィオラは、一瞬で世の中の男性を魅了してしまう。だが、色目を使い近づく者には容赦なく、プライドをズタズタに引き裂く。



 そんなヴィオラに与えられた二つ名は、『紅蓮の薔薇姫』。

 一見美しい花に魅了され、彼女に色目を使い不用意に近づいた者は、華麗な花弁の下に隠れる鋭利な棘によって痛い目に合う──それはまるで『薔薇』のよう。


 燃え盛るような紅の髪色を『恐怖の象徴』と捉え、全身の震えが止まらなくなったり、恐怖に耐えられなくなった者は失神したりと、変な悪名が広がっている。一番酷い時は、同じ夜会に呼ばれた者が発狂し始め、その騒動のせいで夜会が中止になったこともあるとか……。




 それが私であり、ヴィオラという人物の全てだった。

 最初に聞いた時は「何やってんだ私は」と頭を抱えた。ルディはそんな私の反応を笑い、ヴィエラの悪名を次々と話していった。よくよく考えてみれば、私が私であったとしても、世の中の人々に対する対応は変わっていなかったと思う。


「お嬢様のことは話しました。次は、お嬢様のことを俺に教えて欲しいのです」


 …………?

 私は意味がわからず、首を傾げた。


 ルディは私以上にヴィオラのことを知っている。

 今更私が話して何になるのだろう?


「俺が聞きたいのは、お嬢様はいつ記憶が無くなったと理解したか、です。もしかしたら記憶を失った原因を突き止める証拠になるかもしれません」

「ああ、なるほどね……」



 ──自然と記憶を失ったとは考えられない。

 それがルディの考えなのだろう。



「そうね……」


 私は入学式の様子を思い出す。

 記憶を失った……というより、前世の記憶を取り戻したきっかけになったのは、あれだ。




「──学園長」




「学園長? まさか、彼に何かされたのですか!?」


 予想外の人物に慌てたのか、ルディは勢いよく立ち上がり、椅子がガタンッと倒れた。


「学園長の……」

「学園長の?」

「頭が光った瞬間、不思議な感覚を覚えたわ」






 ガシャーーーーーーン!!!






 ルディはコケた。その拍子にテーブルも倒れたけれど、何となくそうなる予想をしていた私はティーカップを持ち上げ、最悪の結末を回避していた。


 彼の行動は大袈裟にも見えたけれど、心から信頼している人が学園長の頭に反射した光を見たことで、全ての記憶を失ったのだ。若干大袈裟になるくらいは仕方ないのかもしれない。


「お、お嬢様……? 流石に冗談ってことは」

「ないわよ。それ以外できっかけになりそうなものは、それこそ記憶に無いわ」

「えぇ……?」


 意味がわからないと顔を歪める今の彼は、イケメン顔が台無しだ。

 それがちょっと面白くて、口の端が小さく釣り上がるのを、私は自覚していた。


 すると、ルディもつられて笑う。

 彼は私よりも一つ上だと聞いていた。そして私に仕える者として従者の仮面を外さない。二人きりの時──というより相変わらず口調は軽いままだが、彼が纏っている雰囲気が自然なものではないことくらい、私でも容易に理解した。


 だが、そんな彼が年相応に笑ったのだ。


「……なにかしら?」

「いえ……やはりお嬢様はお嬢様なのだと、少し嬉しくなってしまいました」

「訳がわからないことを言うんじゃないの」

「ええ、申し訳ありません──っと」



 散らかったテーブルや椅子を手際良く片付けたルディは、ふと、手元の時計を見て声をあげた。


 楽しそうな雰囲気は一瞬で消え去り、彼は従者の仮面を被る。

 先程までの親しさは無くなり、感情の一切を感じなくなった彼の顔を見た私は、一瞬『怖い』と感じてしまった。無表情を通り越した──氷獄。周囲を凍てつかせる絶対零度が彼から滲み、背中に冷や汗が垂れる。



「……お嬢様、ご帰宅の時間です」

「え?」

「ご帰宅のお時間です」

「そ、そう。……わかったわ」


 何を言い出すのかと思えば、帰宅?


「ルディ?」

「はい。何でしょう、お嬢様」

「…………いいえ、ごめんなさい。行きましょう」


 校門に向かおうとする私の手が、ぎゅっと掴まれる。


 握ったのはルディなのだと、振り向かずともわかる。最初、私とルディが初めて出会った時と同じだなと思った私は、やはりすぐにそれとは違うのだと悟った。



 ──彼の手は震えていた。


「ルディ。ねぇ、ルディ? どうしたの?」

「……、……申し訳、ありません。お嬢様は俺がお守りします。だから、どうか信じていただけますか?」


 押し隠した感情の奥には、不安が揺れていた。


「……馬鹿ね」


 私はそれだけを言い、ルディの手を引く。


 彼が何を思い、何に怯えているのか。

 ヴィエラの記憶を持たない私は、何も知らない。


 きっとそれは私に関することなのだろうと、彼の表情から察することはできた。

 だからって逃げることはしない。私に関係することなら、尚更だ。


 ──でも、この感情は何かしら。


 胸がざわつき、校門に向かう足が重くなる。

 まるで私の中の何かが、家に帰りたくないと言っているような気がしてならない。


「思い過ぎ、かしらね」


 ポツリと呟き、私は馬車に乗り込んだ。




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