28. 彼女の代わり
ドレスは二週間後に出来上がるらしい。
普通は早くても一ヶ月。
遅くて後半月は掛かる。
でも、それでは間に合わないからと、マダムとそのお手伝いの人が不眠不休で作り上げてくれるようだ。
──私達に任せて!
と、親指を立てたマダムは、女の私でもかっこいいと思ってしまった。
でも、頼もしい味方が居るのはありがたいことだ。
ドレスのことは彼女達に任せ、私は次の場所へ向かう。
流れていく風景を横目に、私はルディと入念な打ち合わせをしていた。一分一秒も無駄にはできない。
「ルディは引き続き、マダム達と連絡をお願い」
「かしこまりました。……それでお嬢様。プレゼントの方はどうなさいますか?」
「それについては今、ベルディア殿下にそれとなく探りを入れてもらっているわ。次のお茶会までには調べ上げると言っていたから、まだ後回しね」
「…………王族を使い回しにする人って、お嬢様くらいですよ」
「あら。強要はしてないわ。あちらが快く使われてくれているのよ」
と言い訳のようなことを言ったら、とても微妙な顔をされた。
「本当に、恐ろしい人です」
「褒められているのだと受け取っておくわね。……それで、次の予定だけど」
「はい。次の店は美容店です。これから毎日、夜会まで磨いていただきます。放課後も同様です。学科の用事が終わり次第、馬車でそちらに行っていただきます」
私は、はぁ……と溜め息を一つ。
「うちの使用人を自由に使えたら、こんなに苦労することはなかったのにね」
「仕方ありません。あのば──ンンッ! あのお二人はメアリー様にしか興味がありませんから」
「ほんと、あの馬鹿二人も大概よね……公爵家を存続させていられることだけが奇跡だわ」
「俺がわざわざ言い直したのに、お嬢様がそれ言っちゃうんですね」
「今はあの二人の目がないのよ。何を言っても聞かれやしないわ」
ルディは苦笑する。
大方、相変わらずだと思われているのだろう。
「でも、これだけ才能に溢れているお嬢様を放置して、なんの才能もない箱入り娘に執着するとか、本当に何を考えているのでしょうかね? 公爵家としての、当主としての自覚あるんでしょうか」
「許可を出した瞬間、急に毒舌になったわね」
むしろこっちの方が呆れてしまう。
それだけ両親に不満を持っているのだろうけれど、ほぼ私も同意見なので嗜めるようなことはしない。
二人が何を考えているのかは、わからない。
馬鹿の考えを理解しろという方が無理な話だ。
「使用人は完全に妹だけのもの。……ルディまでも取られなかったことだけが、唯一の幸いね」
「お嬢様の担当から外されたら、俺はあそこで働いていませんよ。それに、公爵家のご令嬢が誰一人も従者を連れていないのは、流石に問題があるでしょう。そういう常識だけ中途半端にあるようで……」
「そんなことを言ってあげないの。流石にそこまでやったら、お祖父様やお祖母様にぶん殴られることくらい、あの人達も理解しているもの」
私の祖父や祖母は、ちゃんとした常識人だ。
記憶を失ってからはまだ一度も会っていないけれど、一応私の味方をしてくれているのはルディから聞かされている。ただ、今は隠居暮らしのため遠くの地方に居るらしく、あまり公爵家のことに関しては口出ししてこない。
……まぁ、必要以上に接触されるのも面倒なので、私はそれで満足している。
味方が増えるのは確かに嬉しいけれど、それ以上に、敵が増えないことはもっと嬉しい。
「……本当に、面倒臭いわね」
気が付けば私は、そんな悪態を付いていた。
「今は我慢しましょう。いつか誰かがお嬢様を認めてくださいます……きっと、素晴らしい方が」
「そのためにヴィオラは味方を増やしている。私は彼女の頑張りを無駄にしないよう、彼女の代わりを務めるだけよ」
「………………あ、そうだった。お嬢様は記憶喪失でした」
──忘れていやがったなこの野郎。
という言葉は、ギリギリのところでグッと飲み込んだ。
私は公爵家の長女、ヴィオラ・カステルだ。
たとえ従者相手だろうと、言葉使いには気を付けなければいけない。
でも、睨む程度なら許されるだろう。
「いやぁ、お嬢様がいつも通りすぎて、すっかり忘れていました。本当に記憶喪失なんです? 最初の方は何の知識もなかったから変でしたけど、今はヴィオラお嬢様そのものですよ」
「これでも変化を悟られないように頑張っているのよ」
「あ、それは今更なので気にしなくていいと思います」
…………この野郎。
ぎゅっと拳を握る。
「だってお嬢様考えてみてください? 『シャトルレーゼ』のマダムと個人的に繋がっていて、剣術のみの決闘で次期騎士団長候補を打ち負かし、皇太子と交流を持ち、挙句にはいいように使っているのですよ? これでおかしいと思われなかったら、逆に世界がおかしいです」
ぐうの音も出ないとは、このことか。
でも、冷静になって考えれば、私とヴィオラのやっていることはおかしいのだろう。
公爵家長女という立場を考えても、やはり異常だ。
マダムは立場とかで物事を決める人ではない。ベルディア殿下も同じだ。
確かに出会いやすさを考えれば、公爵家という立場は利用しているのかもしれない。……でも、あの二人ならば、私が平民であっても変わらず接してくれていただろう。
真に才能のある人は、爵位を気にしない。
だって他に才能ある者を、そんなつまらない理由で見捨てるのは、とても勿体無い行いだから。
「…………私は、絶対にルディを見捨てないから」
「え、何ですお嬢様? 馬車の音で、ちょっと聞こえませんでした」
「何でもないわ。ただの独り言」
もし両親が、ルディを私から引き剥がそうとした時、私はどうするだろう。
きっと私は、感情を抑えられない。
きっと私は、これ以上両親を許せない。
だから、そうならないことを祈っている。
今の私には、彼が必要だから。