14. 呼び出し
ダイン・マクレスとの決闘があってから数日。
私は変わりない『日常』というものを謳歌していた。
いつ戦争が起こるかなんて気にせず、恐怖で震える必要がない。
──なんて素晴らしいことか。
相変わらず私の家族とは交流していないけれど、それは別にどうだっていい。私の中で家族は『なんか居る人達』程度の認識でしかない。
私の周りを世話してくれるのはルディだけだけど、案外不自由とは思っていない。むしろ余計な人数が居ない分、私室で伸び伸びとリラックスすることができた。
ルディは私のために色々と覚えてくれたらしく、使用人が覚えるような技術は全て完璧に会得している。だから私は、今の生活に十分満足しているのだ。
学園生活でも、あれ以来、面倒事に巻き込まれることはなくなった。どうやらダインとの決闘に勝ったという噂が流れているらしく、私とルディを恐れた生徒は誰も私に近寄ろうとしない。
そのおかげで友人は今の所一人もできていないけれど、友人を作るために学園生活を送っているわけではないので、別に悲しくない。
朝起きて学校へ行き、午前は座って授業を聞き、午後は適度に体を動かし、シャワーを浴びてから身支度を整え、その後は特にやることもないので学園を出る。
そんな日常が続き、私もそれに慣れつつあったその日の朝。
「──はぁ?」
その一言で教室の空気が凍りついた。
それまで優雅にお話ししていたクラスメイトは口を閉じ、怯えた表情で、先程声を発した人物──私を見つめる。
「ですから先程『今日の放課後は生徒会室に来るように』と先輩が伝えに来まして」
「なんで私が?」
「どうやら、先日の件のことを第一王子、ベルディア殿下が詳しく聞きたいらしく……」
「先日の件……? まさか、」
「そのまさか、でしょうね。ダイン・マクレスとの決闘の件でしょう」
「……なにあの人、自分が負けたら次はご主人様に泣き付いたってこと?」
「お嬢様。言い方が悪いですよ」
「だってそうじゃない。もし違うなら、ダイン、様じゃなくてベルディア殿下から呼び出しが掛かるのよ」
内心舌打ちする。
まさか第一王子から直接呼び出しがかかるとは予想していなかったので、私の驚きは大きい。
ダインと関わってしまい、しかも決闘で勝ってしまった。そのせいで注目されるようになってしまい、これ以上の被害に巻き込まれないように大人しくしていたら、まさかの学園トップと言っても過言ではない人物が出てきてしまった。
これに驚くなと言う方が無理な話だ。
何を言われるかわからない。
第一王子はとても聡明な方で、何事も自分から行動する。そんな素晴らしい男性だと聞いているけれど、実際のところはわからない。王子だからと話が膨張されている可能性だってあるのだ。
しかも、今回は彼の大切な護衛に関わる大きな問題……。
「とにかく、王族からの呼び出しとあれば無視するわけにはいかないわ。ルディ」
「はい、お嬢様。すでに生徒会室の場所は記憶済みです」
「流石ね。道案内頼んだわ。それと、話し合いは貴方にも出席してもらうから、そのつもりで」
「畏まりました。最悪の場合を考え、国外逃亡のルートはすでに抑えてあります」
「仕事が早くて助かるわ」
第一王子を敵に回した結果、学園での居心地が悪くなり、しかも帰ったら家族が居る生活とか考えたくない。そんなのを我慢するくらいなら、唯一の理解者であるルディと二人だけで逃げてやる。
最初は苦い思い出をするかもしれないけれど、ルディとなら生きていける自信はある。
「将来は業者かしらね」
「お嬢様となら何だってしますよ。でも、決めつけるのはまだ早いです」
「ええ、そうね。まずは敵対しないよう、穏便にいきましょう」
最初の第一声以外はクラスメイトに聞かれないよう、こそこそと話していた。変な密談のように見えるかもしれないけど、国外逃亡とか敵対とかを聞かれるよりはマシだ。
「でも、そうか。第一王子からの接触か」
……変なことにならないといいけど。
これは私に考えすぎなのか、どうにも嫌な未来に進んでいるような気がしてならない。理由は説明できないけど、絶対に面倒事が起こる。
長年信じてきた私の勘が、そう囁いていた。
「まぁ、何かあればルディを犠牲にすればいいか」
「え、なんか今、凄いことを呟きましたか?」
「気のせいよ」
「そうか。気のせいか──って、んなわけありますか! なんですか俺を犠牲にするって! いや、お嬢様のためなら何でもするつもりではありますけど、第一王子にくれてやるものなんむぐぐっ!?」
「わかった。わかったから、声を抑えなさい」
慌ててルディの口を塞ぐ。
ここは私の私室ではない。ここは学園で、人が沢山いる。王族に対して無礼なことを言えば、それこそ面倒なことになってしまう。
「むぐぐっ! もがもが……!」
「ちょ、ルディ。そんなに興奮しないの」
「──っ、ぷはぁ! お嬢様、口だけじゃなく、鼻まで抑えるのやめてくれます!? 危うく窒息死です!」
「あら、ごめんなさい?」
「ったく……でも、少し興奮していたのは確かです。ありがとうございます」
「いいえ。理解してくれたのであれば、それでいいわ」
予想もしていなかった急なことで、私もルディも混乱していたようだ。
約束の時間は放課後。
それまではいつも通りの日常を過ごさせてもらおう。
「まずはルディ」
「はい」
「もしどこかで商売を始めたとして、何から手を付けたらいいか考えましょう。その場所にあった商品を選んで安全に稼ぐか、その土地の人に受け入れられるかはわからないけど、珍しい物を取り入れて一気に稼ぐか。ルディはどっちがいいと思う? 私としては美味しいものが食べたいから、少し北の方に行ってみたいわ。後はそうね……あ、騎乗の練習もしなきゃよね。今のうちに習っておこうかしら。あと、これも……ああ、これも…………」
私はメモ帳を取り出し、今後の予定を書き出す。
「さてはお嬢様。まだ混乱してますね?」
そんな私に、半眼になったルディの冷静なツッコミが炸裂したのだった。