11. ダイン・マクレス
全員が武器を選び終わったら、次は稽古場の中心に案内された。
まずは軽く準備運動をして体を慣らせてから、その後、先輩達との試合が始まる。……と言っても先輩が新入生を相手に本気を出したら、ただの無双と化す。それこそ茶番だ。
彼らも新入生の実力を確かめる程度の気持ちでいるのだろう。どこか気の抜けたような雰囲気で、浮ついている様子なのが見え見えだ。
「あれで大丈夫なのかしらね?」
「……お嬢様も無関係ではないのですが、まぁいいです」
「……? さっきから含みのある言い方をするわね。そろそろお腹に一回打ち込まれたいのかしら?」
「遠慮させていただきます。というか、口調はもう諦めたのですか?」
「面倒になったわ」
「いや、面倒て、あんた……」
ルディはもう呆れを隠さない様子だ。
「この口調になる時はルディと話す時だけよ。他の人にはちゃんと丁寧な口調を使うし、聞かれていても『仲の良い主従だ』としか思われないわよ。多分」
「最後は自信を持ってください。こちらが不安になります」
「ふふんっ、さっきのお返しよ。──さて」
私は手に握った剣を持ち、ルディに向き直る。
「そろそろ私達も軽い手合わせをしましょう」
その瞬間、周囲の動きが止まった。
皆、同様にこちらを向き、私の動作一つ一つを穴が開くほどに見つめている。
妙に居心地が悪くて、私は眉間に皺を寄せた。
「何、なんなの?」
「お嬢様は注目されているのですよ。だって新入生の中で唯一の貴族令嬢で、しかも公爵家なのですから」
「…………ああ、そう。そういうことだったのね」
私はそこで全てを理解した。
受付の先輩の態度がおかしかったこと。先輩達の剣戟が真剣に感じられず、何度か新入生の座る観客席に視線を向けていたこと。同じ新入生や先輩達遠から巻きに眺められていたこと。そして、こうして私の行動を注目していること。
この中で、私が一番地位が高く、しかも私は公爵令嬢。
代々、王族の補佐官として名を馳せている『カストル家』の長女なのだ。
剣術学科に居ること自体、あり得ないのだ。
だから皆の気持ちが浮ついていたのだと、私は今更になって理解する。
そして思い出したのは、ルディの何か言いたげな表情と、含みのある言い方。彼はこのことを理解していたからこそ、あのような変な態度だったのだろう。
「ルディも早く教えてくれれば良かったのに……」
「あれだけわかりやすい視線を受けていながら、全く気づかなかった鈍感なお嬢様が悪いんです」
恨みがましく睨みつけても、本人はどこ吹く風だ。状況を知った上で主人に話さなかったことを、全く悪いと思っていない。
その飄々とした態度にはむしろ評価を入れたいほどだけ────いや、やっぱりムカつく。
「このっ……いいわ。その主人に対する根性。今この場で叩きのめしてあげる」
主に腹に集中して叩き込んでやる。
「──おい、そこの新入生」
「「ん?」」
ルディの腹に一発叩き込むと決意したところで、低い男性の声が横から割り込んできた。
そちらを振り向くと、騎士風の鎧を纏った大柄な男が、大股でこちらに歩いて来るのが見えた。
「……ダイン・マクレスです」
ルディがコソコソと耳打ちで教えてくれる。
彼の名は先程覚えたばかりなので、すぐに理解して「あぁ……」と声を漏らす。生徒には似つかわしくない鎧なのも、殿下の護衛なのだと思えば納得だ。そんな彼がここに居るのも、彼も剣術学科だから当然のことだ。
「そこの新入生。ここがどこだかわかっているのか?」
ダインは目を細くさせ、私を睨みつける。
初対面の相手へ挨拶も無しに、しかも相手が女だからと高圧的に接するのか。ここが貴族の社交場ではないとしても、私は公爵家であってダインは男爵家。この態度は流石に無礼というものだろう。
これが殿下の護衛だなんて、少し呆れてしまうな。
「あんた。お嬢様に向かってどの口を」
「ルディ。下がりなさい」
「……かしこまりました」
ダインに敵意を剥き出しにしながら前に出るルディを下がらせ、従者の行いに対する非礼を詫びる。
「お初にお目にかかります。ヴィオラ・カステルですわ。この場でダイン様に会えて嬉しく思います」
制服の裾を摘み、優雅に一礼。
ゆっくりと頭を上げ、ニコリと微笑みで返す。
「それでダイン様。先程の問いは、どのような意味でしょう?」
「どう、とは……」
「『ここがどこだかわかっているのか』という問いです。私達はここが稽古場で、剣術学科の授業中だというのは理解しています。……それは誰もがすぐにわかることだと思いますわ。本館を離れて授業を行う学科は、ここしかありませんもの。午前は先輩方の剣戟を見学し、午後は剣を持って手合わせを行う。そのような説明も受けました。そこまでやってもなお、場所を理解できない馬鹿だと思われているのでしょうか? 質問の意図次第で、覚悟くらいはできているのでしょう?」
私は冷やかな声を発し、言葉を並べる。
公爵令嬢としての威厳を纏った私を前に、ダインは言葉を詰まらせ、一歩後ろに下がった。
「ここは、騎士を目指す者が集まる場所。ご令嬢が来るような場所では、ない」
「あら……」
決して張りあげることをせず、しかしその場によく通る生まれ持った声を発して、口には薄い笑みを浮かべる。
「私の意思なんて関係無く、女は大人しくマナーの勉強をしていろと?」
「……そういう意味ではない」
「そういう意味ではない? 今の言葉はそう捉えられるものでしたわ。だってそうでしょう? 全て、ダイン様の決めつけなのですから。私がどう思っているのか考えず、貴方は貴方の意思で『令嬢は来るな』と、そう言いたいのでしょう?」
「ヴィオラ嬢は、そうではないと?」
「ええ。騎士になりたい……とまでは行かないものの、私も本気で剣術を学びたいと思っています」
「騎士になりたくないだと? ならば、剣術を学ぶ意味などないだろう」
なりたくない。とは一言も言っていないのだけれど、そこを突っついたらまた面倒なことになりそうなので、それについては触れずに微笑みを返す。
「それこそダイン様の決めつけというものです。騎士にならずとも、剣術が活かされる場面はあるのです」
「……それは、なんだ」
「貴方に教える必要はありませんわ」
暗に『これ以上踏み込んで来るんじゃねぇ』と言えば、ダインは悔しげに唸った。
「いいだろう。その覚悟……俺が試させてもらう」
「──はい?」
「ヴィオラ・カステル嬢に決闘を申し込む!」
「……………………はぁ?」
彼は腰に差した剣を抜いて私に突き出し、高らかに宣言した。
周囲からはどよめきが走り、もはや誰も剣の稽古をしようとしていない。行動力のある先輩に至っては、すでに観客席へと走っていた。
すでにお祭り騒ぎと言っても過言ではない。
こういう争い事に対する行動が早すぎて、当事者の意思とは関係なく事が進んでいく。
──誰か助けて。
そのようなか弱い少女の呟きは、生徒達の騒ぎの声にかき消された。