10. 午後の授業
昼休憩を挟み、場所は再び稽古場。
午後からは選択したい学科の体験加入をすることになる。剣術学科ならば、先輩達と軽い手合わせをしていただけるらしいと、剣術学科の新入生達は興奮したように話しているのが、遠くの方から聞こえてきた。
私の周りには誰も寄り付かず、新たな仲間になるはずであった生徒達は、私を遠巻きに眺めるのみだ。まるでクラスに居るみたいだなと思いながら、私は彼らの会話で聞こえた単語を反復する。
「先輩達と手合わせ、ねぇ……」
「あれお嬢様。意外と嬉しくなさそうですね」
「そりゃぁ、ね。あんな茶番を見せつけられたら、嬉しくなるわけないじゃない」
隠しもしない嫌味に、ルディは苦笑を浮かべる。
彼もあの茶番には思うところがあったらしい。でも一応生徒達の前だからと、私のように文句を口にするようなことはしなかった。
「では、お嬢様は不参加ですか?」
「いいえ。これでも一応剣術学科の一員になるのだから、ちゃんと予定に従うわ。久しぶりに剣を振ってみたいし」
「……ん? お嬢様、剣を握ったことがあるのですか?」
「…………前に、一度、ね……ちょうどルディが居なかった時に、ちょっと」
「ああ、なるほど。危険だからそんなことはしないでください……って、そう言われるから人目を盗んでやったんですか。まったく、本当にお嬢様は危なっかしいんですから」
「うぐっ、め、面目次第もありません……」
本当は前世に剣を振っていただけなのだけど、上手く誤魔化せたらしい。
でも余計な傷を食らってしまった。
危なっかしいのは、カリーナもヴィオラも一緒なのだ。以前の行いを咎められているみたいで、私は居た堪れない気持ちになった。
「まぁ、今回使うのは木でできた武器ですし、皆も女性相手だからと寸止めしてくれるでしょう。危険は無い、はず……です」
「ちょっと、最後まで自信を持って言いなさいよ。私も不安になるでしょうが」
いくら茶番を演じていたからと言っても、先輩達の実力は認めるところがある。流石は未来『騎士』を目指しているだけあって、動作の一つ一つが綺麗だ。
特に先輩達の中で一番実力があるのは、2年生のダイン・マクレスという男。
ルディの情報によれば、同じ学年である第一王子の護衛を務めているらしく、彼の父親は現騎士団長なのだとか。
生まれ持った才能なのか、それとも小さい頃から剣術の指南を受けていたのか。3年生すらも凌駕する剣の腕を持っていて、卒業後は騎士団に入籍することがすでに確定しているらしい。その若さで就職先が決まっているのは羨ましいけれど、それは彼の才能と努力の賜物から来ているのだろう。
「でもまぁ……問題はないかな」
「え、なんです?」
「…………なんでもないわ」
「新入生の皆はこちらに移動してくれ! 防具と剣を貸し出すぞ!」
と、そこで先輩達の準備が整ったらしく、先輩の一人が新入生達を迎えに来た。
一瞬で色めき立つ新入生達。我先にと先輩の後を付いて行く。
「……私達も行きましょうか」
「ですね」
最後尾に着き、私とルディも案内に従うこと数分。
辿り着いたのは武器保管室だった。
そこには剣を始め、槍や斧。カタナという珍しい武器まで置いてあった。
どうやら各国の武器は取り揃えてあるらしく、流石は我が国が誇る学園だなと感心する。
「皆、好きな武器を選んでくれ」
その言葉を合図に生徒達は様々な武器に群がった。朝の市場のような喧騒だなと他人事のように思いながら、あれの中に混ざっていくのかとなれば……少し、憂鬱だ。
「うわぁ、朝の市場かよ……」
私と同じことを思っている人がいた。
それは真横から聞こえてきたので、ルディだとすぐに気づく。
「お嬢様は何を使います?」
「ここは無難に剣を使うわ。重いのだと十分に振れないから、軽めのものをお願い」
「了解しました。ちょっと待っていてくださいね」
ルディが人混みの中に消えていき、すぐに戻ってきた。その手には二振りの木剣が握られている。
「随分と早かったわね。ご苦労様」
「人混みの中を避けて歩くのは得意なんですよ」
もう一度、あの群がっている生徒達を見つめる。
どう見ても『人混み』という分類には入らない、『争奪戦』とも言えるようなあの群れの中、すぐに得物を選んで持ってくるのは至難の技だ。それを当然のようにやるのだから、ルディは意外とそういうのに慣れているのかもしれない。
「はい、お嬢様の剣ですよ」
木剣を受け取り、礼を言ってから軽く素振りする。
……やっぱり、以前と同じようには振れないか。
ヴィオラもそれなりに腕の筋肉を付けていたようだけど、やはり屋敷で過ごしているだけだと訓練にも限界がある。ルディを含む使用人の目もあっただろうし、以前の私くらいに鍛えるのは厳しいだろう。でも、できる限りの必要最低限は鍛えていたようで、一先ず安心した。
「どうです? まだ重いようでしたら交換してきますが」
「……いいえ、驚くくらいちょうどいいわ。流石はルディね」
素直に褒めてあげると、ルディは一瞬嬉しそうに顔を輝かせた。
「ま、まぁ……? 俺くらいになれば、お嬢様のことはなんでも知っていますからね!」
「ちょっとキモいわね」
「ひどいっ!?」
女性(私限定)のことならなんでも知っているとか、親しい間柄だとしても少し引く。
「まぁ、ルディがキモいのはさて置き」
「さて置かないでいただきたいのですが」
「それじゃあ、貴方がどこまでキモいか隅々まで徹底解析してあげましょうか? もちろん、貴方が満足するまでたっぷりと……」
「さて置いてください! お願いします!」
「理解したのであれば、よろしい。まずは先程の発言に関してだけど」
「掘り返すのやめていただけますか!? ほんと、あの本当に勘弁してください!」
「ふふっ、冗談よ」
このままでは土下座までしてしまいそうな勢いだったので、適当なところで許してやった。二人きりの時は別に構わないけれど、ここは大勢の目もある。従者を土下座させている場面を見られれば、私の印象は更に悪くなるだけだ。
「ちゃんと頼りにしているわよ、ねぇルディ?」
「…………お嬢様は、小悪魔です」
冗談めかして笑う私に対して、ルディの表情は盛大に引き攣っていた。