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8. 学科選択



 この学園では通常授業の他に、自分が学びたい分野を自由に選択できる仕組みがある。


 それがルディの言っていた『学科』であり、通常授業の他に別分野の知識を伸ばせる選択授業というわけだ。

 授業の日程としては、午前中の二時限目までは通常授業で、午後からはそれぞれが選択した科目の授業を受けることになるらしい。


 それは入学式に説明されていたみたいだけど、もちろん私は覚えていない。




 選択授業の科目は5つに分かれている。


『応用学科』:通常授業よりも一段階上の授業を受けることができる。まさに応用の分野であり、ここを選ぶのは色々な意味で無難と言ったところだろう。貴族と平民の割合は『7:3』だ。


『礼法学科』:社交界での礼儀作法を学びたい、もしくはこの学園生活で完璧にしたい。という者向けの学科だ。ほとんどが貴族令嬢で構成されているらしい。平民が作法を学ぶ必要はないので、ここには貴族しか集まらない。


『商法学科』:貴族の中には商業に手を伸ばしている者もいる。そういった貴族や、商業を学びたい平民が集まる。周りは商人ばかりなので、それを利用して今の内にコネ作りに専念するのだとか。貴族と平民の割合は五分五分といったところだ。


『医学科』:将来医者になりたい者が集まる場所。薬草の調合や、人体への知識を主に学ぶらしく、たまに『まっどさいえんてぃすと』なる者が生まれるとか……。私の生きていた時代にはなかった言葉なので、それが何なのかわからなかったけれど、ルディの表情を見るに、良いものではないらしい。こちらの貴族と平民の割合は、若干平民が多いかなといったところ。


『剣術学科』:騎士になることを志願する生徒が多く集まる。代々騎士の家系である貴族は何人か居るけれど、それでも平民の方が圧倒的に多い。割合にして『1:9』だ。下手をしたら1割を切っているかもしれないほど、貴族は荒事を好まない。




 ……とまぁ、この5つの中の何か一つを選択するわけで、二時限目からはその見学をすることになっているらしい。二限目に大方回り、昼休憩の後、入りたい学科へ体験入会しに行くことになる。そして後日、入会手続きをしてようやく選択学科の仲間入りとなる手順だ。




「ってことで、お嬢様はどこに行かれる予定ですか?」


「……うーん、ルディはどこに行ってみたい?」


「俺はお嬢様の行くところなら、どこでも」


 つまり、私の決定に任せるということか。


 普通ならば、令嬢が多く集まる『礼法学科』か、より深い知識を得られる『応用学科』に行くべきなのだろう。実際、特に何もない貴族はその二つのどちらかに所属していると聞く。


 我が『カストル家』は商業でも医学でも、騎士の家系でもないので、私も必然的にどちらかを取るだろう。ルディもそう考えているらしく、すでに校舎の案内図を広げ、『礼法学科』と『応用学科』の教室の位置に丸印を付けている。



「うん、決めたわ」


「お? それでお嬢様はどちらに行かれるのですか? 無難な応用学科ですか? それとも令嬢を磨くために礼法学科ですか?」


「いいえ、どちらでもないわ」


「…………? では、商法学科ですかね? お嬢様、「いつか商いをしながら、世界を回りたい」って言ってましたもんね」


 そんなことを言っていたのかヴィオラ。

 でも、気持ちはわかる。あんな家さっさと飛び出して、商業をしながら各地を回りたいと思うのは、当然のことだ。何にも縛られない旅というのは、それはそれは楽しいだろう。


「でも残念。商法学科ではないわ」


「…………医学科? お嬢様って医学の知識持ってましたっけ?」


「いいえ全く。医学科にも入るつもりはないもの」




 ルディの顔が引き攣る。


 もはやそれを隠すことなく、盛大に引き攣っている。


「お嬢様待ってください。それはダメです……というか、危険です。貴族というだけではなく、女性が騎士になろうとか……」


「私は騎士になるつもりはないわ。ただ単に剣術を習いたいだけよ」


「……どうしてですか?」


「今後、何が起こるかわからないでしょう? 変な事件に巻き込まれるかもしれないし、公爵家をよく思っていない人達から狙われるかもしれない。その時のために最低限の防衛を身に付けておきたいの」


「それだったら、お嬢様は俺が守ります。命に代えてでも」


「それなら尚更、剣術学科に行かないとね」


「俺のことを心配してですか? そんなのどうでも良いです。お嬢様はお嬢様のことだけを考えてくだされば、それで──」


「あら、何か勘違いしているところ悪いけど、自惚れないでくれるかしら?」



 立ち止まり、くるりとルディに振り向く。


「私は私のために動く。剣術学科に入るのも、ルディに強くなってもらうのも、全ては私のためよ。ルディを心配するなんてしないわ」


「ですがお嬢様。それではお嬢様が危険に」




「──貴方が死んでしまったら、次は誰が私を守るの?」




「っ、!」


「ルディが何を思おうと、命を賭けようと、勝手にしてもらって構わない。でも、私を守ると言ったのであれば、最後まで守り抜いてみなさい。私が安らかに眠るその時まで、ずっと守り続けなさい。それができないのであれば、私は一人で十分よ」


 我ながら身勝手な命令だと思う。


 でも、そうするしかないのだ。私の味方はルディただ一人。彼が死んでしまったら、私は本当の意味で独りぼっちになり、この世界から孤立してしまう。私を守ってくれる人は存在しなくなり、全て自分でやらなければならなくなる。


 ルディに死なれたら困る。他でもない私が一番困る。


 だから彼には強くなってもらわないといけないし、私も強くなる必要がある。彼は私の側に居てくれるけれど、それは絶対ではない。二人が離れた瞬間を狙ってくる者が居るかもしれないし、ルディ本人が私から手を引く可能性だってある。



 ──貴族だ、令嬢だ。

 ──見た目だ、世間体だ。


 そんなの関係ない。

 私が生きるため、私は手段を選ばない。




「ほら、理解したなら剣術学科に行くわよ」


 私はずんずんと廊下を歩き出……そうとしたところで、不意に腕を掴まれた。そのせいで勢いが強制的に止められ、「ぐえっ」っとカエルが轢き潰されたような声を出してしまった。


 周りに人が居なくて良かったと、心から安堵する。

 もし聞かれていたら、ヴィオラの印象が下がってしまう。


「ルディ〜? 急に何するのよ」


 犯人はもちろん、ルディだ。

 首を回して犯人を睨み付けると、彼は困ったように苦笑して、


「お嬢様、そっちは真逆です」


 顔が熱くなるのを感じた。

 そして、この感情はどこにぶつければいいのだろうか。





 …………ああ、目の前にちょうどいいサンドバッグがあるじゃない。





「……………………(スッ)」


 私は右手を上げる。


「ちょ、お嬢様? あ、あの、流石にそれはりふじ」


「早く、それを言いなさいよ!」


「だから理不尽っ!?」


 バチーーーン! という軽快な音が、広い廊下に木霊した。




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