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グライダー

作者: 天波匠

 美しい風景を描きたいがために書いた小説です。

 「茜色と藍色が入り交じる朝焼けの一瞬に長大なたわみ翼のグライダーが滑空する」全てはこのシーンのためです。

 ぜひ最後までお楽しみください!

 その日は文字通り雲ひとつ無い快晴の空であった。

 長大な主翼を持つグライダーは大空の風を一手に受けて純白の機体を輝かせていた。

 上昇気流を掴んで上昇していく天上世界の乗り物は滑るように飛んでいた。

「デルタ空域第五浮島まであと五千。十分くらいかな」

 機体の色々な計器と格闘する少女が呟く。

「了解。進路、機体状況に問題なし。現状進路を維持する」

 少年がそう返すと二人はそれぞれの作業を続ける。二人はパイロットと観測手という立場でありながら友達だった。しかし機内では友達ではない、事務的な付き合い方をしているのだった。

 コックピットの下の窓からは彼らが飛ぶ雲上の世界の上に鎮座する藍色の宇宙が見えていた。そして正面には堂々と浮かんでいる巨大な浮島が目に入る。

 無数の風車に囲まれ、水を垂れ流すその浮島は不安定な空に安定をもたらす楽園のように見えていた。

 浮島の外周部に見える広場のような施設こそ、彼らが目指す目的地だった。長旅の最後を締めくくるに相応しい雰囲気がデルタ空域第五浮島「ベガ」から漂い、その雰囲気は観測手の少女トレーシーとパイロットの少年ベアの二人も感じていた。

 五分後、グライダーは着陸姿勢に入っていた。

 着陸脚を出し、下部に伸びている安定用の翼のギアを回して収納すると、そのまま風にグライダーの身を任せるようにベアは操縦桿に込める力を弱める。

 角度の都合上、すでに地面は見えず、あるのは遠くに見える地面の限界を示す赤いポールのみであった。そのポールが示すのは、それ以上は着陸するべき場所が無いという意味である。グライダーの墜落原因の一番はポールを通り過ぎることによる着陸失敗であると知っているトレーシーはすべてを託すようにベアの操縦を見守った。

 すでに観測手としての仕事は終わり、後はベアの手に委ねるしかなかった。

 そしてトレーシーにとっては数十分に感じられ、ベアにとっては緊張で数秒に感じられた時間の後に、着陸は成功した。

 後部に取り付けられた大きな着陸脚が瞬間的に全ての力を吸収し、直後に前部の着陸脚にも重さがかかり、そのグライダーは全ての脚を地につけた。

 ベアはまだ前方への慣性を残しているうちに滑走路の横へ伸びる道に機体を入れて滑走路を譲る。

 すぐ後にベアたちのグライダーに似た機体が滑走路に侵入した。横に伸びる道に入った機体はそのまま格納庫へと進んでいく。

 トレーシーはやっと目を開けて、ベアに確認をとった。

「成功ですか?」

「ああ成功だ」

 その一言で機内の空気は緩み、友人としての二人の関係に変わっていく。

「早くホテルに着いて風呂に入りたい」

 ぼそっと呟く彼女の言葉をベアはあえて聞こえないふりをした。

 グライダーの中に風呂など無いという事実と一回の飛行で数週間は飛びっぱなしになってしまうという事実。この二つから推測されることはあえて言うべきものではないだろう、というのが彼の判断だった。

「トレーシーは荷物を持ってホテルに行っていてくれないか。こっちは機体の登録とかしてるから」

「そうですね。機体の方はよく分かりませんから。滞在届けは私が出しときますね」

 そうした会話を移動している機内で交わすとすぐに格納庫に到着する。

 トレーシーは機体の天井につられている浮島滞在時に使うトランクを二つ分取り出すと、予め書いてあった申請書などの類をまとめて掴んで飛び出していく。

 下のドアを開け放って走っていく様子をベアはコックピットから微笑ましく眺めていた。

 流石に人でごった返す格納庫をスキップで通り抜けるその姿には恥ずかしさを覚えていたが、それとこれとは別なのだった。

 コックピットの視点は少し高いため格納庫全体を見渡すことができた。そしてそのおかげでトレーシーの様子を最後まで見ることになってしまったのだった。

 ゆっくりと機体のチェックなどの着陸後の作業をしていると誰かがノックするくぐもった音が機内に響く。

 その音に反応してベアはコックピットの席を抜け出し、トレーシーの使ったドアに向かう。ドアは下部に直接降りられるはしご付きのドアだが、はしごが下りていないところを見るとトレーシーははしごを使わずに飛び降りたのだと分かった。

 その後はしごを下ろして格納庫の床に足をつけると、正装をした男性一人と、作業着の男女四人ほどがいた。

「これがグライダーヘルメスですね」

「そうです」

 ベアがヘルメスを見上げながら言う。

「飛行目的は特別郵便輸送、委託輸送の二つですね。検疫は問題ありませんのでご心配なく。ようこそベガへ」

 極めて事務的な口調で確認を進めるのは正装の方であった。

 その後正装の方は色々な書類を、作業着のほうは仕様書のようなものを渡してから去っていった。

 ベアは彼らが去っていった後もコックピットには戻らずただヘルメスを眺めていた。

 余計な突起が全く無いヘルメスは全てが流線型でできていた。黄金比のようなバランスと美しさを持ち、水の流れに似た形状のその機体に今回の飛行を労るような感謝の言葉を呟くと辺りを見回した。

 服装を見るだけでも世界のあらかたの文化圏の人間がいるように思えるほどの人の多さだったが、誰一人ヘルメスを見上げる者はなく、皆一様に慌ただしく働いていた。しかしベアにはヘルメスが否定されたようなそういった気持ちだけが渦巻いていた。

 機内に戻り委託輸送と呼ばれる企業からの案件を機外で処理すると、再び機内に戻り厳重な保管がされた一つの大きな茶封筒を取り出す。それを大事に抱えながら機外に出るとヘルメスに背を向け歩みだした。格納庫を出るとトレーシーが待っていた。

 ベアが居た格納庫とそれに付属する各種の施設は全て石造りであった。しかしそれがかえって二人の異国への来訪、という感覚を高めていた。それは当たり前のようでベアとトレーシーが驚くには十分な事実であった。

「機体の方は大丈夫そうですか? それはそうと浮島で採石なんてできないので木造建築ばっかり見てきたじゃないですか、ところがなんとまぁこんな豊かに石を使う街があるとは驚きですね」

「機体は問題ないぞ。あと、聞いた話だとなんでも過去になんで浮島が落ちないかという研究をするために小さい浮島をまるごと解体したことがあるらしくてその時の石材らしい」

「なるほど、使ってるのはその時の石材なんですね」

「新しい建物はみんな木造みたいだけどね」

 トレーシーの後ろをベアは黙々と付いていく。トレーシーはそのままホテルに向かう。進んでいくとそこは足が沈み込むような絨毯のあるホテルの一室だった。決して広いとは言えず、グレードが良い訳でもないこの一室が陸上にあるというだけで二人には何物にも代えがたい幸せなのだった。

 部屋につくなりトレーシーはベッドに飛び込もうとする。その瞬間にベアは彼女のことを優しくキャッチするとそのまま再びドアの前に引きずるように連れて行く。

「まず先に、メッセンジャーの仕事を済ませような。一秒でも早く届けるべきものなんだから」

「名残惜しいですが正論です。従いましょう」

 あっさりとトレーシーは引き下がり、今度はベアが先頭に立つ形になって進んでいく。そのまま来た道を戻り、ロビーから外に出る。そこには開けた視界があった。

 地面がある快感は彼らにしかわからない感覚であったが、坂道に並ぶ住宅街、その奥にそびえ立つ巨大な石造りの城、無数の風車群、そういったものを一望できるとなれば彼らでなくとも感じることはできるはずだった。

 彼らは街を見た後、数秒間言葉を失い、そして再び歩きだした。

「なんというかこれまでで一番大きな浮島だな」

「浮島の面積はあんまり広くないんですけど不思議ですよね。やっぱりお城があるだけで大きく見えるようになりますからね」

 そんな言葉を交わしながら、依頼主からもらった茶封筒の大まかな住所に従って坂を登っていく。

 メッセンジャーはあらゆる業務を担当する郵便配達員として活動していた。手紙の受け取り、輸送、受け渡し、場合により返信の業務もする。つまり依頼主の手紙に関する一切を最後まで担う仕事なのであった。

 そしてそこには手紙を目の前で開封し読んだという既読通知という仕事も含まれていた。

 手紙という一方的なメッセージの手段でありながら、間違いなく本人が読んだということを既読通知という手段を使って知れるのはメッセンジャーに頼む人間の特権だった。

 ベアたちは茶封筒を何回も見返しながら歩を進めていく。

 浮島の中央にそびえる城は高台の頂上に作られており、島のほとんどの建物は高台への斜面に作られていた。

 ベアたちの目的地もそれと同じく、斜面の中腹にあると書かれていた。

 この浮島の殆どの住居は一階に店舗を構える形式の家であり、茶封筒に書かれた住所も大まかな場所と店舗名しか書かれていなかった。

 ホテルを出て二人は十数分歩き続けていたが、石畳の坂道を登るのは非常に骨の折れることであった。

 長年の侵食で凹凸の激しい石畳は水平な所でさえ長時間の歩行は疲労の貯まるものであったが、特に坂道ともなれば疲労は加速度的に増加していき、目的地に到着したときには二人の足は限界を迎えていた。

「ここ……ですね」

 トレーシーが汗を拭きながら絞り出したような声を上げる。

「ああそうみたいだね。どのみちもう限界だよ」

 ベアは汗で濡れ、表面の文字がにじみ始めた茶封筒に書かれている店名と、目の前の道路に吊り下げられたプレート看板の店名をもう一度確認すると、ドアへ向けて一歩踏み出した。

 ベアは、きれいにコーティングされたドアをノックして入る。

「ごめんください。メッセンジャーの者です。郵便物がございます」

 疲れていたが意地を張って大きな声で呼びかける。トレーシーもドアの閉まりきらないうちに店内に入っていた。

「あらどうも、こんにちは」

 エプロン姿の優しそうな女性が奥のドアを開けて駆け寄ってきた。

「失礼ですが、キャサリン様でしょうか?リサ様より郵便物を預かっております」

「そのとおりです」

 その一言でトレーシーは笑顔になった。なぜならこの段階で七割、二人の仕事は終了したと言えるからだ。

 ベアはその言葉を聞くと茶封筒を取り出した。そして胸ポケットから筆記具を取り出し、サインを書いてもらうと、茶封筒を渡した。

 すぐにキャサリンと言った女性はペーパーナイフを店のカウンターから取り出し、茶封筒を開ける。

 中には典型的な形の封筒が入っており、キャサリンはそれも開けた。キャサリンは中にあった四枚の便箋を全て取り出すとその場に立ったまま読み始める。

 そしてどこかに置かれた時計のみが音をたてる静かな空間が形成された。

 二人はただ静かにキャサリンの反応を見守っていた。

 次第に笑顔になっていくキャサリンの表情は極上の小説を読んでいるときの読者の顔のようであり、それは喜びに溢れる顔であった。

 最後の便箋を読み終わると、そっとカウンターに便箋を置いた。

「娘が結婚して、子供を産むみたい」

 キャサリンは嬉しそうに二人に話した。

 メッセンジャーは届けてもなおとどまり、宛先の人間が手紙を読むのを見守るという風習があるが、このときを迎えることこそ二人が辛い長旅とそれに伴う危険を冒してまでメッセンジャーを続ける理由であった。

「おめでとうございます! ご返信はどうなさいますか」

「心からお喜び申し上げます!!」

 トレーシーは心から祝福しているようであるのに対してベアは事務的な反応となっていた。

 そんな二人の反応の違いには気が付かない様子のキャサリンは考えるようなポーズを取る。

「そうね、返信はもちろん書くわ。ただ、一人で返信を書くのは寂しいからこっちにきて見守っていてくれないかしら」

 キャサリンは便箋を元通りの三つ折りにしてから封筒の中に戻すと、ベアたちの返答を待たずして先程出てきたドアを開け歩み始めた。

 ベアがそのまま付いていっていいものかと戸惑っていると、トレーシーがベアを追い越してついていく。ベアは戸惑いつつもトレーシーのあとに続いていった。

「それではお邪魔します」

「そんなにかしこまらなくたっていいのよ」

 そんなやり取りがあったのは玄関に当たる部分だった。そこを境として、店舗としての空間から一気に生活感のあるプライベートな空間になる。

 靴を脱いで進んでいくと白い木材を基調とした部屋にたどり着いた。

 キャサリンがカーテンを開け、窓を開けると、浮島の斜面に沿った街を一望することができた。部屋の空気を緩やかに入れ替えるような冷たい風が室内に流れ込み、カーテンを揺らしていた。

 二人は呆然とその場に立ちながら街並みを眺めていた。

「今まで一番の街じゃないか」

「色々な街を今まで見てきたけど一番の眺めかもしれないね。青空がこんなに似合う街もなかなか無いよ」

 トレーシーがベアの言葉に補足する形で感想を述べた。

「青空が似合う街。確かに的を射ていると思うよ。なんとなく綺麗だと思ったけど、青空が似合うから綺麗に見えたのかもしれないね」

 ベアはそう言って静かにその風景を眺めていた。

 これまで登ってきた疲労感を上書きするほどの展望に心を奪われている二人を心配してキャサリンが声を掛ける。

「好きに座っていいわよ。すぐに準備するから」

 その言葉を聞いて二人が腰を落ち着けるとキャサリンはお茶を出した。

 遠くのどこかから流れる風がベアたちの髪を揺らしていたが、キャサリンは視線を便箋に固定したまま使い古した万年筆で文字を書き続けていた。

 ベアは向かい側で一心不乱に手紙を書くキャサリンの文字を覗き見ることはしなかったが、それでも彼女が嬉しそうに書いているのは伝わってきた。

 しばらく風の音だけがベアの耳に入る時間が続いていたが、ふと顔を伏せたままのキャサリンが口を開いてその時間は終わりを告げた。

「メッセンジャーさんは私達の手紙を読んではいけないのでしょう?」

 キャサリンが優しく問いかけた。

「昔からの言い伝えで読んではならないとなっているんですよ」

 トレーシーの回答で再び静かになる。

 風の勢いは先程よりおさまり、代わりに鼻腔には部屋を作っている木の匂いが飛び込むようになった。

「静かなとこだと書きにくいからその言い伝えについて聞かせてくれないかしら」

「それじゃあ私が説明しますね。『一度好奇心に負けた者は二度とそれに抗うことができなくなる』。そう言い伝えられてきました。依頼者の詮索や想像をしないというメッセンジャーの掟もこの言い伝えが元ですね」

「その言い伝えってなんか別の意味にも聞こえるわね」

「というと?」

「例えば二人はそこに何があるのかって疑問に思ったことはないかしら。きっと頑張って雲の向こうにたどり着いても雲の向こうには雲があるだけ。でも好奇心で雲の向こうを見たら次の雲の向こう側も見たくなるはずよ。それがもう一つの意味。どっちが正しいというわけではないけどね」

 キャサリンは二人の反応を見ることもなく視線を戻した。二人はただ黙って彼女の言葉を反芻していた。

 しばらくして一日のうち最も暑くなる時間帯に差し掛かった部屋は風が吹いてもなお暑くなっていた。積乱雲は窓からはみ出すほど巨大なものになっていた。

 そんな中、キャサリンはたっぷり四枚の便箋をすべて埋めると封筒にしまった。

「宛先は娘でお願い。なるべく早いほうが良いわ」

「承知しました。返信は最優先ですので大丈夫です。明日の昼ごろに離陸する予定ですので何かあれば格納庫までお願いします」

 ベアが大きい茶封筒にしまって、四箇所を封印する。封印と言っても四隅に印を押すだけのものだ。しかしメッセンジャーの掟がある以上、それで十分なのであった。

「昼頃ね分かったわ、私の手紙が旅立つところも見たいから空港に行くわ。機体の名前は何というのかしら」

「グライダー・ヘルメスです。長い主翼が目印の」

 キャサリンは取り出した手帳にその旨を書き込む。その間にベアとトレーシーは席を立つ。

 ベアがキャサリンの手紙入りの茶封筒を手にとり「メッセンジャーの誇りにかけて必ずお届けいたします」と定型の言葉を述べる。そのまま二人はキャサリンの家を出た。

 それから灼熱の街を戻っていき二人は格納庫でヘルメスに茶封筒を積むとホテルの部屋に向かった。

 額には大粒の汗があったが、シャワーを二人とも浴びたためそうした痕跡はまったくなくなっていた。

 ホテルの一室から見る街並みはなおも活気があったが二人は暑さから外に出る気にもなれず二人はただ時間の経過を待っていた。

 街の建物の影が大きくなる頃、二人は再びホテルから出る。目的は夕食を食べることだった。空腹を訴える腹をなだめつつ二人は歩いていく。

 当然ながら浮島は空の真ん中にあるので四方が雲に囲まれていることが常であるが、巨大な積乱雲に囲まれたこの状況はいつも以上に圧迫感を感じずには居られなかった。

 夕焼けで紅く染まった雲を眺めながら、二人は街の中に足を踏み入れていく。

 浮島の閉鎖的な環境は家々の自炊を許すほど豊かではなく、更に食堂を構えるほどの土地的な余裕も乏しいため、どこの浮島も食事は屋台が中心となる。

 二人は大通りを避けて路地裏の方を歩いていった。大通りほど屋台の数は少なかったが、半分ほどの価格で浮島の食文化を堪能でき、更に人も少なく落ち着いて食べられるとあって路地裏に来た二人の選択は間違ってはいなかった。

 二人は待ち合わせの約束をしてから別れ、それぞれで夕食を取った。

 すっかり暗くなった頃、二人は街の中央の広場にある大型の掲示板の前に居た。

 ベアは夕食後街を散策していたが、トレーシーの両手に抱えた荷物を見ると、買い物に勤しんでいたのだと分かる。

「色々買えたみたいで良かったね」

「そろそろ機内の寒さに耐えられなくなってくる頃だと思って」

 そう言ってトレーシーは荷物の半分をベアに押し付ける。ベアが受け取る瞬間冷たい風が二人の髪を揺らした。

「確かに浮島の寒さにも耐えられなくなってくる季節だな」

 二人はひとしきり夕食の感想等を述べた後、視線を目の前の掲示板に向けた。

 掲示板には行事の連絡から、人探し、物探しまで色々な情報が詰め込まれていた。そしてメッセンジャーへの仕事依頼も書かれていた。

 二人はキャサリンの返信を届けるために戻る予定であるが、他に積めそうな手紙を探していた。

「ダイレクトに行けそうな依頼は無いね」

「これはどうかな、日付指定はなくて行き先は隣の浮島」

 他にめぼしいものが無かったため、掲示板を運営している場所に行ってトレーシーの見つけた依頼の荷物を受け取る。

 いくつかの手続きの後に渡された茶封筒は非常に分厚く重く、中身は本ということだけが知らされていた。無論ベアとトレーシーに詮索する意思は無く、ただ内容物が壊れやすいなどの必要最小限の情報さえあればよかった。

 キャサリンのときと同じように荷物をヘルメスに積むと、まだ活気のある街を見下ろすホテルで床に入った。

 二人が起きたのは太陽が雲の上に丁度出てきたくらいのときだった。

 ホテルをチェックアウトして格納庫に入ると、ヘルメスが目立つ位置に移動されていた。人の多さから離陸順に並んでいることはすぐに分かった。

 ヘルメスの周りにはトレーシーが手配していた消耗品の数々が置かれており、それらを積み込むのが最初の作業だった。

 とはいえ、手配先は空港のサービスであり、小分けになっているなど熟慮されたサービスの結果、作業はあっという間に終わった。

 そして二人はおよそ二十四時間前に座っていたコックピットの座席に座る。

「あと一日くらいゆっくりしたかったですね」

「そうだな、この浮島もまだ見られていない箇所ばかりだしな。まぁ仕事で来たから仕方ないんだろうけどな」

 しかし、たとえ一日しか滞在できずとも吉報の返信を携えているということだけで二人が飛ぶ理由には十分だった。

 それから約三十分後、ヘルメスは滑走路の上で待機していた。

『こちら第五浮島ベガ管制部。滑走路右に見送りの民間人を一名入れている。飛行には十分に注意されたし。三十秒後加速装置を起動する』

 二人は管制の声が終わる前に右側を見た。すると遠くで手を振るキャサリンの顔が見えた。手を振るなどしていると三十秒はあっという間に過ぎ、『加速開始』の声とともに浮島が動き出すかのように視界が高速で変化していく。

 ヘルメスの長大な主翼は今まで下に垂れるようになっていたが、向かい風を受けて上方向にたわみ、美麗な曲線を描いていた。その姿はキャサリンにも見えていた。彼女は遠くの発達した積乱雲と同じ白色でありながら、出たばかりの太陽を反射して輝くグライダーの姿をただ漠然と見つめていた。

 今まさに雲の向こうに行こうとしているグライダーの姿にキャサリンが何を重ねたかは何人たりともついぞ知ることはなかった。

 読んでいただいてありがとうございました。

 前書きにかき忘れていましたが、強いインスピレーションを受けた作品として石川湊先生が書かれた「スカイフォールー機械人形と流浪者」を挙げたいと思います。

 この作品がなければ、文芸部にすら入っていなかったと思います(笑)


 では今回はこのへんで。すぐにお会いできるようにがんばります。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 興味深い着眼点に感じられました。 [一言] 自分も物書きをしている者です。 良かったら自分の作品も適当に評価して下さると嬉しいです。 4ポイント入れさせて頂きます。 お互い頑張りましょう
2019/01/23 22:20 退会済み
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