第5話 レイとの出会い
僕が電車に飛び込んだその瞬間、後ろから思い切り腕を引っ張られ、ホームに引き戻された。目と鼻の先で電車が轟音を立てて通り過ぎる。そのまま電車は駅を通過し闇に消えてしまった。今の電車は貨物列車だったようだ。
僕は振り返り、腕を引っ張った主を見た。小柄で白銀髪の男の子だ。前髪が長く、後ろの髪も長く肩ぐらいまである。太い白黒のボーダーの服を着ていた。ぱっと見女の子かと思ったが、
「おにーさーん。なんで死のうとしてるんだーい?」
という声で間違いなく男だとわかった。僕が立ち尽くしていると、その男の子が、ホームにある僕のスマホを拾いあげる。
「これ、お兄さんのだよね。・・・えええっ!?」
男の子は僕のスマホの画面を見て目を見開いた。
「いいいいちおくううううう!!!???」
口をパクパクしてスマホと僕を交互に見ている。スマホの画面メモを見てびっくりしたようだ。
「おおおお兄さん一億円持ってんの?」
「うん。」
「なのに、死のうとしてたの?」
「うん。」
「またなんで!?ちょ、ちょっとこっちで話そうよ!僕に事情話してから死んでも遅くないって!」
その男の子にぐいぐい引っ張られ、ホームのベンチに座らされた。男の子は側の自販機に行き、飲み物を買おうとしている。その男の子の姿を改めて見ると、またずいぶん派手な格好だなあと思った。僕はいわゆるお坊っちゃん学校出身だから、こんな髪色の人と関わる機会がなかった。だけどこの男の子のぶっ飛んだ見た目に気を取られたおかげか、さっきの暗い気持ちが少し切り替わりつつあった。僕、死ぬのに失敗したんだな。僕の運ならありうる、と冷静に感じていた。まだ死にたい気持ちが消えたわけじゃないけど、ひとまず保留しようという心の余裕が少し出来た。
男の子が自販機で飲み物を二種類買って僕の前に戻ってきた。
「おにーさん、どっち飲む?」
僕の前に立って飲み物を選ばせた。男の子が買ってきたのは銘柄はそれぞれ違うが両方とも水だった。適当に右側を手に取る。
「お兄さん、軟水の方が好きなんだ」
「いや、どっちでもいいけど・・・」
てか、軟水とかわからないし。
「あっはは。だよね、僕もどっちでもいい」
男の子は僕の右側に座り、僕が選ばなかった方の水を飲みだした。
「僕は、レイ。お兄さんは?」
「アタル。」
「アタルね。よろしく。それで?なにがあったんだよアタル?俺に教えてよー。」
レイは僕の顔を覗きこんでにやにやしている。口に付いてるピアスが痛そうだなあと思った。
僕は、レイにこの一週間に起こったことを話した。非現実な雰囲気の恰好をしたレイには、不思議とこの話がしやすかった。
「・・・宝くじで一億円当たって、振り込まれるまでの一週間の間に、両親と友達三人死んだってか・・・ひええええ・・・そりゃ死にたくなるかも・・・怖え・・・」
レイも、ヘビーな内容を聞くことになることは想定していたと思うが、さすがにびっくりしたようだ。しかし、レイはその後驚くことを言った。
「・・・だけど、アタルはえげつないぐらい運が強いから、あり得る話だな、うん。そりゃそうなると思うよ。」
・・・え?
「なんで、僕の運が強いってわかるの?それに、あり得るってどういうこと?」
レイはにやーっとした。
「よし、アタルには特別に教えてあげよう。僕は、人がどれぐらい運を持ってるかわかるんだ。みんなの頭の上に運の数値が表示されてるの。」
「ええーっ!?何それ?そんなことあるの?」
レイの非現実な雰囲気はファッションのせいだけじゃなかったようだ。
「そんなことあるんだよ。僕からすると、アタルの運の方がびっくりなんだけどね。見たことない桁数だよ。もう桁数えんの面倒くさいレベル。こんな人会ったことないよ。」
「そうなんだ・・・」
「そうだ、周りの人が死ぬのがあり得るってどういうこと?」
レイは、あの不可解なみんなの死が説明できるっていうのか。
「・・・あちゃ、僕、余計なこと言ったな。これは、その、聞かないほうがいいかもしれないやつなんだけど・・・」
レイは急に苦い顔をした。
なんだよ。こないだのソラみたいなこと言い出して。この期に及んで言い淀まないでくれよ。
「大丈夫だから。何もわからない方が嫌だし。」
しかし、このあとのレイの発言は、たしかに僕がショックを受けるものだったのだ。
「そう。じゃあ言うけど、アタルみたいに尋常じゃない運の人の中には、自分が元々持っていた運じゃなく周りの人間の運を使うタイプがいるんだ。話を聞く限り、そうとしか思えない。」
「え?」
「つまり、アタルの運は周りの人間から奪ったものなんだよ。」
僕と、レイは、しばらく沈黙した。
それって・・・
「それって、僕が、父さんや母さんや友達の運を奪ったから、運悪く事故にあって死んだってこと!?じゃあ、僕が宝くじなんて買わなきゃ、今頃みんなは・・・」
レイは、神妙な顔で僕を見つめている。
「まだ、確証はない、君の両親や友達の運を見る機会があればわかるんだけど、もう亡くなってるから、推測でしかない。ただ、君が今から運試し的なことをやって、周りの人間の運が減ったら、もう間違いないね。」
「運試し・・・今から・・・」
怖いけど、やっぱりはっきりさせたい。だけど・・・
「だめだ。そんなことやってまた人が死んだらまずいよ。」
「景品がたいしたことなきゃ全然問題ないよ。運を奪われた人も小指ぶつけるとかそんなもんだって。じゃなきゃ今までもアタルの周り死人だらけっしょ。」
「たしかに・・・じゃあ、そこの自販機は?」
「自販機はいいけど、周りに人がいなきゃ意味ないしなあ。」
ホームには僕とレイ、数メートル向こうにぽつぽつ人が居る程度だ。
「ねえ、不謹慎で申し訳ないんだけど、今ここで自販機で運試ししたら、僕はレイから運を奪うことができるんじゃないの?」
「お、鋭い。よく気づいたじゃん。実は僕、運が0なんだ。生まれたときからずっと、0から増えも減りもしないの。僕も一種の特殊タイプで、他の人から運を奪われたりしないんだ。」
「なるほど。ていうか0だと死んじゃわない?」
「死ぬようなやつは0どころかマイナスになるから。0って実はマシな方なのよ。」
「なるほどな・・・。」
「よし、じゃあ、移動しよう。」
レイが言った。僕達は駅を出て、駅前にある店を見渡す。
「コンビニのくじとかどう?そこそこ客いるし」
レイがそう言うのでコンビニに向かう。
コンビニのくじは、700円買えばくじが一回引けるというよくあるやつだった。当たりを引けばコンビニの商品が何かしら当たる。ちょうど、お腹が空いていたので、おにぎりやお菓子を買うことにした。
「アタルー。僕もお腹空いちゃったあ。なんかおごってー。さっきジュースおごったし。」
「いいよ。欲しいものは、ここに入れて。」
僕はカゴを手に取り、レイに言うと、
「おおーさすが億万長者、気前いいねえ。」
僕は少し笑った。僕はもともとこういう性分なんだけどね。
本当に僕は、レイにいくらでもおごるつもりだった。ほんのさっきまで、たった一人ぼっちだと思っていたし、こういう風に持っている物を分かち合える相手が現れたのは嬉しかったから。
レイはおごってと言ったわりにはチューハイ一缶とポテチしかカゴに入れなかった。口で言っているほど図々しい性分でもないようだ。
「チューハイって、レイいくつなの?」
「もしかして未成年だと思ってた?20歳だよ。」
うん。高校生だと思ってた。まさか年上だったとは。
「あれ?アタルはもしかしてまだ酒飲めない年?」
「うん。18歳だし。」
「ええー、22ぐらいだと思ってたわ。なんだ、酒盛りできないじゃーん。」
「じゃ、気分だけでも。」
僕はノンアルコールのチューハイをカゴに入れた。飲んだことないから美味しいのかわかんないけど、せっかくだし、僕なりに酒盛りに付き合おうとおもった。
おにぎりを2つとお菓子をあと何種類かカゴに入れ、レジに向かう。
会計は700円をちょいだった。会計はTポイントで済ませた。Tポイントは抽選でよく当たるので大量に持っているからだ。
「こちらのくじどうぞ」
目当てだったくじを差し出される。僕がレイを見ると、レイは、他の客や店員を順番に観察している。多分、運の数値を見ているのだろう。
「よし、アタル、引いていいよ。」
レイがそう言ったので引いた。
「おめでとうございます。」
と言われアイスを渡された。当たりを引いたようだ。
レイの方を見るとレイは神妙な顔で僕を観察した後、
「よし、行こうぜ。」
と言ったのでコンビニを出た。
僕達はコンビニのすぐ近くのベンチに座った。
「ど、どうだった?」
僕は恐る恐る聞いた。
「アタルがくじを引く瞬間に運が136上がった。そんで、店員と客の運がそれぞれ個人差あるものの減ってた。奪った運の合計は86だな。残りの50は謎だ。」
「えっと、それはつまり?」
「周りから運を奪っているのは間違いないね。普通、くじ引く瞬間に運が上がるのもないし、周りが減るのもないよ。始めて見たタイプだ。」
僕は、頭を抱えた。やっぱり、両親も友達も、僕が運を奪ってしまったから・・・。
「アタル・・・自分を責めるなよ。こればっかりは、生まれ持った、体質だ。アタルが悪いわけじゃないんだよ。」
「そう言われても・・・」
また涙がこぼれた。
「一億円なんて、いらなかったのに。僕は、家族と友達さえいれば、十分だったのに・・・」
レイは、黙ってチューハイを開けて飲み始めた。
「アタル、とりあえず、僕と友達になる?」
「え?」
「僕は、アタルに運を奪われない体質だ。いい友達になれると思うんだけど、どう?」
目から鱗だった。たしかに、レイなら側にいても大丈夫だろう。
「う、うん。僕こそよろしく。アイス、食べる?」
「いいの?サンキュー。」
レイは早速袋を開けアイスにかじりついた。
「ありがとう。命を助けてもらった上に、友達にまでなってくれて。」
「いや、こちらこそだよ。この永遠の運0体質が、誰かの役に立つなんて、思いもしなかった。よろしくな、アタル。」
僕に、新しい友達ができた。一億円振り込まれたときより、ずっと嬉しかった。




