第一話「田舎者のブリキ騎士」その六
金曜日更新
「ごほん、これからどうするかだっちゃ」
そそくさと乱れた身なりを整え、自分を受け止めてくれたそびえる大きな年長者に敬意を払う。その根に寄りかかり、かたわらの天然食料庫からもぎ取った形の悪い桃を噛りながら、未来予想図を思い描く。
「どうするもこうするも、オットウもオッカァもいるのにおら達だけで逃げるなんて出来ねぇだよ」
「うんだうんだ」
「だども、行ったところで殺されるだけだぞ」
進退を決めかねるヴァージニア小隊の面々。兵糧と貯蔵庫を押されられた今、大軍を率いている騎士団に勝ち目がない事を悟っていた。
「オスカーさんとボブソンとアトスは、今は身寄りがないっぺ」
「言って良いこと悪いことがあるだぞ」
何を言いたいのか悟った年長者のオスカーは副長を強めに嗜める。
「同郷を見捨てて逃げる位ならここで殺されたほうがましだっぺ!」
「最後までお嬢様に共にいたいだ!」
と、残り二人も負けじと続く。兵士達はシュレリア男爵に恩義を抱き、忠誠に近い感情が村々に根付いている。だからある種、踏み絵に見えなくもないこの誘惑に、臆病風が見透かされている気がして焦った。
「伯爵様が名誉の戦死をした今、付き従う部隊もいないだっちゃ。帳簿がないから逃亡しても軍律に抵触して処分されることはない。お前達だけでも私達の分まで生きるんだっちゃ。誰かが生き残れば私達の勝ちだっちゃよ」
ヴァージニアは副長の考えに賛同、胸中を告白して必要性を訴え諭す。
「くっ! お嬢様がそう仰るのなら……」
「シュレリアの火を絶やすわけには行かないべ」
二人は納得したものの、「いやじゃ!」アトスだけは首を縦に振らなかった。
「アトス、言うことを聞くだ!」
仕方ないのでボブソンは巨躯を生かし、分からず屋を軽々と米俵の要領で担ぐ。
「離すだぁ!」
「済まないだっちゃ」
「お嬢様のお気持ちをお察しすると、おら達は胸が張り裂けそうですだ」
去っていく仲間の背中に懐かしき想い出を重ねながら、騎士として隊長として領主の娘として深々とコウベを垂れた。
数十分後。
「取り敢えずお父様の元へ戻ろうと思うだっちゃ」
振り向き様に今後の方針を残った皆に告げる。
責任が重すぎてこれ以上単独は早死にすると判断したからだ。経験の薄い軽率な自己判断が一番危険だと、狩りに出た時、男爵に教わった教訓がこの場に活きた。
それよりも黒板代わりに自分より背丈が高い根へ文字を刻んだが、非常時とはいえ信仰してきた神木からバチは当たらないか地元民達は心配になっていた。
そしてそれは、文字通り的中する。
「――うわあぁぁぁぁぁぁ!」
「うゆ?」
木の葉が騒ぐ音と共に頭上から降ってきた核弾頭ならぬ石頭、「「あたぁぁ!」」岩と岩がぶつかり合うみたいな鈍い衝撃音が鳴り響いた。
「天罰だべ」
「神の采配だべ」
「女神様をキズモノにしたお仕置きだべ」
部下達は当然の結果と頷く。
「いたた……、何なんだちゃ」
ヴァージニアは衝撃と重力の法則で座り込み、右手で雑草を鷲掴んで、反対で頭に出来たタンコブを擦った。
現状を把握するべく、落ちてきた物体Xへ親の仇でも見るように観察する。人間の男で歳の頃は少女騎士と同等かそれ以下。一般より清潔感があり、魅力があると言えなくもないが、貴族に比べたら豚と孔雀程の差はあった。
だが、それよりも、
「いたた、何だろうか、僕の後頭部が生暖かいのだけど?」
余程持ち主が嫌いなのかズボンはまたズレ落ち、代わりにパンツを枕に少年が上向きに寝ていたのだ。感触を確める。
「♂%*¥¥∞&ΩΣΨ~~!」
声になら無い叫び。
貞操観念が強いこの鉄またはオリハルコンの処女は、初体験中の膝枕最終形態に、心の整理整頓が追い付かなかった。
「うきゃあぁぁぁ! ななな、何で空から不振人物が降ってくるっちゃあぁぁぁぁ!」
「ぐほっ!」
少年をドライブ気味に蹴り飛ばすと、錐揉み回転しながら墜落後、「きゅうぅぅ」ノビた。
「追手だべか?」
「それにしては格好が変だっぺよ」
見たことも聞いたこともない出立ちをした少年が天から落ちてきたのだ、警戒心の強い田舎者は皆恐れ慄いた。
色の抜けた黒髪、光の加減で虹色に反射する紺色のジャケットとズボン、見たこともない紋章。一方、顔は緩んでいるが普通で安堵する。
「こ、ここは何処?」
体が軋むのか 少年は挙動不審気味に言うならばゼンマイブリキ人形、または作業用ロボットを彷彿させる奇妙な動きを披露する。もちろん頭上には腫れ上がった大きなコブが一つ、偉そうに自己主張していた。
「お前は一体何者だっちゃ、魔王軍の偵察?」
ヴァージニアはこの得体が知れない少年に、宇宙人がファーストコンタクトを試みる。
少年はキョトンとした面持ちで皆を見渡すと、「魔王? もしかして新しいイベント?」、ヴァージニアの鎧をペタペタ触り、「それにしても感触があるCGって……、何処まで金のかかった技術使用しているのこれ!? うーん、貧乏人を騙して悪どい課金でメーカーは儲けているということだね」両手でマシュマロほっぺを揉みしだく。
「ぬにつるっぢゃぁぁ!(何するっちゃぁぁ!)」
お嬢様の絶叫と同時に、「え?」少年に向け一斉に数十の槍が向けられた。
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