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第一話「田舎者のブリキ騎士」その五

金曜日更新


 3


 一部が地獄の業火にやかれ、大地から地肌が曝け出す。その状況下を三十六計逃げるが勝ちという人間の本能に従って、ヴァージニア達は敵部隊の合間を掻い潜ってひた走る。


 敵に塩を贈った将の意図は読めなかったが、暗闇で針に糸を通す程の好機を、命を預かる身としては見逃す訳にはいかなかった。


「はぁはぁ、私は騎士失格だっちゃ……」


 しかし、内心は年頃の乙女らしくステンドグラスと同じぐらい複雑。

 我慢していた心の声があふれ、激しい呼吸と共に外へとこぼれ落ちた。


 今まで騎士として理性の無いモンスターを駆除することはあっても、魔族という高度な知性と統率の執れた軍隊を相手にした事がなかった今回、初めて圧倒的上位に打ち負かされ、盤上で滑稽に踊らされた自分を恥じる。

 しかし、部隊を率いる隊長として勝ち目のない戦場を後にするのは正しい判断。一個の感情を捨て去り、慕って付いてきてくれる仲間達を生き残す事こそ今の使命だと改めて何度も言い聞かせる。


「皆、もうすぐだっちゃ」

「だ、大丈夫だだよ!」


 強がっている精神的にも肉体的にも限界に近い仲間達に声を掛ける。ヴァージニアが乾いたタオルを絞っている様な状態で自分に鞭を打っているのに、大の男達が音を上げるわけには行かなかった。


 ヴァージニア・ウィル・ソードと言う名の少女はこの地に生を受け、この地を揺りかごとして育った。

 ここ一帯を束ねるシュレリア男爵の一人娘として、父に代わり村々の志願兵を従え、獅子王騎士団ゴスロ伯爵所属の小隊長となり参戦。援助を受けていた伯爵の恩顧に報い、この愛する地を守る為に剣を振る。

 だが、ゴスロ伯爵は騎兵と歩兵合わせて三千率いて兵糧を守備していたが、たった百匹の魔物になすすべもなく敗北した。

 無事だったのはヴァージニア小隊のみ。

 幼少から生来のお転婆なお嬢様は近隣でカリスマ的ガキ大将として君臨。そのお陰もあってちっぽけだが、祖国の為に立ち上がったジャンヌダルクに劣らない勇姿に配下の兵達の士気も俄然上がり、他の徴兵は次々と倒れる中、生存率が高かった。これも家族のように接し、領民の育てた作物が焼けた時共に泣いてくれ貴族らしからぬ優しき娘だから出来る事。


 遠くの兵糧庫から煙が上がっていた。彼女達には墓標と感じたが、迫っている一時の安住の地を目の前に、一瞥するのがやっとで、手を合わせる暇がない現実に悔やんでならない。


 無事にヴァージニア小隊は危険な街道を逸れ、導かれる様に、逃げ込むかの様に、平原に点在している木の群生地の一つへと足を踏み入れる。規模は関東圏、それも比較的都会にある町の大字一丁目と同等、そう説明した方が分かりやすいだろうか。北海道や九州でなくてでなにより、最悪、熊と共に一日中さ迷っていたであろう。


 一行を誘い、癒し効果を発する領域に足を踏み入れると、甘味系の甘酸っぱさと発酵した草の苦さが一層混ざり合い、ミント系に似た鼻に通る香りが気温の低さと相まって、火照った心にミストシャワーを吹き掛けられた様なじんわりと落ち着いた心持ちに変えてくれる。幾ら香りが同等でも、総合病院の威圧感とは全くの無縁の空間だと言いたい。


 領民達は息絶え絶えに空を仰ぐと、青葉に混じって紅葉と銀杏が所々舞っている光景に、敗戦からなのか、物悲しさからなのか、過ぎ去りし日々に想いがいったのか、自然と瞳から涙が滲む。


 緑、泥だらけになり裸足で駆け巡っていた幼少の日々。

 紅、豊作を祝って大騒ぎをした少年時代。

 黄、親しい人達が天に召される度に泣き崩れた青年期。


 重ねたきたメモリーが、樹木一株一株、葉一つ一つにこの場所へ集約されている。


 それが『女神の森』、小規模ながら木々によって外界から閉ざされた世界の名称である。中央にある樹齢一万を超える神木『ジュピター』を奉り、村々の心の拠り所で全ての神事を司る神聖な場所。

 太古より父のとして母として、厳しくも優しい白髪混じり初老として、時間からとり残された年を重ねた達観者または傍観者逹はこの地に根付く者達を見守っていた。

 

 だが、加速がつき過ぎたヴァージニアは、「きょわぁぁ! 止まらないっちゃぁぁぁぁぁ――、へみっ!」ユグドラシルに比べたらおこがましいが、よりによって、この土地一番の御神体にダイレクトアタック。衝撃と共に腐葉土混じりの枯れ葉を花吹雪のように撒き散らしながら、勢い余って反転、逆シャチホコにトランスホームする。最後はベルトが外れズボンが主を拒絶するが如く豪快に脱げた。


「……」


 罰当たりにも神木の御前で、貴族の御令嬢パンツ御開帳。本来ならここで手を合わせてやりがたや~と、ひれ伏すべきなのであろう。だが、お手製の不格好過ぎる刺繍が痛すぎて神聖さが半減していた。千年ぶりに人目に触れた御本尊のタペストリーが、子供が描いたラクガキだったぐらいの残念さである。せめてストリートアートまで昇華出来れば神仏みたいな後光も出るのかも知れない。


「お嬢様大丈夫だべか? パンツ」

「ヴァージニア様も相変わらずそそっかしいだべさ、パンツ」

「隊長は天然のドジっ娘なんだべなぁ。パンツ」


 兵士達は慣れているから平然と覗きこむ。


「パンツパンツと、うるさいだっちゃぁぁぁぁ!」


 仲間達は森が震える高音トーンに耳を塞ぎながら飽きれ気味に笑う。

 対してばつが悪そうに、釣られ白い歯を見せる残念ジャンヌダルク。面映ゆがりながら固い表情が崩れて綻んだ姿は、普通の少女そのものだった。

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