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第一話「田舎者のブリキ騎士」その四

金曜更新


「弱い。されど今回会った人間の中で1番勇敢だ。ならばこのバクリュクキョウの武勇伝に加えるのもまた一興なり」


 鍛え上げた二頭筋が動き、愛刀の刃を上から下に位置を切り替える。

 極度の緊張で小さき勇気ある者は無意識にごくりと喉が鳴った。


「だが、お前は子供ましてやおなごだ。今ならその勇敢さに免じて見逃してやるぞ」

「馬鹿にするなだっちゃぁぁぁ!」


 懐に入ってきた渾身の一撃を、寸でのところで足は動かさず、僅かな体移動だけでかわす。愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶというが、戦場の殺し合いの場では勇気と経験値の差が全てだ。即ちここでバクリュクキョウとヴァージニアの死線を越えてきた数が、ハッキリと形になったのだ。


「当たらない?」

「馬鹿が。すばしっこいだけなら、ウサギより劣る」

「げぼっ!」


 ヴァージニアをサッカーのフリーキックの様に横から蹴りあげた。平時ならば水滸伝の高俅と同じく蹴鞠で立身出世に違いない足さばきだ。


「まだだ!」


 横払い。

 縦一文字。

 下段横払い。

 

 死物狂いに父から預かった剣を振り回す。しかし、戦々恐々としているのか、ヴァージニアは基本の型がなってなかった。加えて大型の剣では振りが大きく、熟練者相手では一当ても出来ない。

 その徹底的な実力の差から、あたかも童をからかうみたく弄ばれ、激しい攻の乱舞を披露も、「たわけが!」一切合切避けきり、戟の柄で頬を殴ぐる。


「ぐふっ!」


 そのまま地面に押すように叩き付け、丸太を彷彿させる尻尾で豪快にスイング、ピンボールの如く弾いた。ヒットターゲットが複数配備されてれば高得点が出ていたかもしれない。


「その剣を理解していない貴様に勝ち目はない」

「私は負けないだっちゃあぁぁぁぁ!」


 機転で剣を大地に刺し勢いを削ぐ。

 人形と思わせる端整な顔立ちが一部歪み血みどろになりながらも、朱色の液体を吐き捨て、また気力だけで立ち上がる。


「ほほう」


 バクリュクキョウはこの気迫ある少女を前にある思いがよぎる。連れ帰って養女として鍛えるかと。それで改めて死合うかと。それほどまでに武人を魅了する何かを、このヴァージニアには持っている気がしたのだった。


「――ひやあぁぁぁぁ!」

「……ふん」


 偶然なのか必然なのか、近くの岩陰に隠れていたゴスロ伯はバクリュクキョウと視線が合う。咄嗟に全てを置いて敵と逆方向に駆け出した。自分の無力さを恥じながら職務放棄、尻尾を巻いて逃げたのだ。


「こんな子供に戦わしておいて、武人の貴様は逃げるのか!?」


 誇り高き武人リザードマンの戟がしなり舞う。 

 力ずくに振り回し唸る。

 旋風にて粉塵踊る中、勢い付いた戟から放った真空波によって、遠くにまで離れた臆病者を一瞬で真っ二つにする。


「師匠ぉぉぉぉ!」

「情けない。神聖な死合いを、戦争を、貴様は馬鹿にしているのか!?」


 剣美伯の二つ名を持つ騎士団十本槍の一人が、敵前逃亡中に一太刀で斬殺。実に笑えない冗談だった。


「あれが本気なら、私は奴に遊ばれているだけだっちゃか?」


 真実に気づいたとき、ヴァージニアは怒りと羞恥心と絶望を同時に味わっていた。仮にも自分では太刀打ち出来なかった師匠をいとも容易く、蟻を踏み潰すと大差ない勝ち方をしたのだ無理もない。

 だが、命懸けで伯爵が作ってくれた隙を、このまま生かさない手はないと冷静に判断した。


「ゴスロ伯様の死を無駄にしない為にも、今のうちにここを離れるだっちゃ」


 ヴァージニアは個人的感情を押し殺して、囮になっている間に遠くに離れた兵士達を確認すると、脱出ルートを見極め離脱を開始。


「逃げるだか?」

「違う、戦略的撤退だっちゃ!」


 残っていた副長と共に、一騎当千級の化け物から離れる。

 不甲斐なさに少女の瞳から涙が溢れていた。あまりにも格が違う相手では逃げるしか道はない。


「……」


 バクリュクキョウは気付いていたが、何もせず、遠くに駆けていく少女達を見送った。


「バクリュウキョウ様、何故に逃がすのですか!?」


 副官のリザードマンが不服そうに詰め寄る。


「俺の個人的主義だ」


 一仕事終えた武人は血を吸ったおのが魂を部下に預ける。重量があるのでゴブリン兵達が十人がかりでヨロケながら運んでいった。


「……直ぐに追っ手を差し向けます」

「待て、見逃してやると言った手前、追撃したら男のすることじゃない。俺の風評をこれ以上下げる気か?」


 これがバクリュクキョウという男の矜恃。

 元々この強襲には男らしくないと否定的であったので、名指しで指令がきても乗り気ではなかった。少女達を見逃したのはそんな後ろめたさもあったからだ。

 ちなみに風評とは、有り体に述べると噂を指す言葉。新聞、テレビ、スマホがない時代、商人または旅人から持たされた評判が酒場や色端会議を経て、その出来事や人物を形付けていた。化け物じみた伝承やおとぎ話が残っているのも、噂におひれはひれが付いた結果である。


「しかし、作戦は敵の全滅。一兵残らず殺すことです」

「うるさい、腹が減った。追い掛けるのは飯の後だ。それで手を打て」

 

 己の数倍体格が大きい上官に物怖じせず論ずるが いつもの悪い癖が出たと、去る獲物を尻目に副官は主に拱手、諦め嘆息する。



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