第一話「田舎者のブリキ騎士」その二
毎週金曜更新
「と、ところで師匠、主力はいつ到着するのですか?」
ブリキは横断歩道を渡る幼稚園児の如く何度も左右確認する。
「ない」
「へ……、ええええっ!?」
「驚くな、我が弟子よ」
兜で顔が隠れているが、目を丸くしているだろう。
「傭兵は?」
「金も騎士団に寄付したから雇えない」
「……」
ブリキは力なく剣を落とす。暫し柄と矛先が交互に上下運動。
「師匠、何を馬鹿な事をやっているだっちゃ!」
「馬鹿な事? 失敬な、幹部として騎士団を支えるのは当たり前の事だ。それと訛りが出ている。もっと騎士らしくエレガントに」
「ああもう、何でこんな時に見栄なんて張るんですか!?」
「見栄と意地こそ貴族の本懐なり。この事を遠い異国では『武士は食わねど高楊枝』と言うらしい。騎士もまた然りなり」
伯爵の動かせる兵は僅かな契約した騎士と徴兵した私兵のみ。本隊は派遣、軍資金は全て騎士団に寄付してしまったからだ。
堅実より当然のように見栄を優先した。これが武門第一に考える名門貴族という生き物。
「ここを守るのには少なすぎますよ。それにこんな後方支援じゃ、伯爵が常に言っている騎士の栄誉と武功は立てられませんよ!」
「これは仕方がない。本来は奴が担当なのだが、手が離せない今、親友の私がやるしかない」
「う! そ、それは分かってますよ。十分と分かっていますとも」
口に出しておいて、並べていることが矛盾だらけだと気付き、ブリキは言葉を詰まらせる。
迎撃の場合、この地を支配する者が兵糧を管理する暗黙の習わしがあった。もちろん地の利に明るい者が何かと都合が良いからに相違ない。都合がつかない場合は代役を立てる決まりがあり、このシュレリアを治めている領主はゴスロ伯の友人、なので彼に任せたのだった。
「それに我が戦友より預かった大事な弟子だ。初戦で無茶はさせたくはない」
自分の子のように頭を撫でた。兜の上からなので揺するたびに音がする。
「まさか私の為?」
「それもなきにあらず」
「じゃあ、あれですか?」
二人の視線は平和がもたらした祖国の縮図を目の当たりにしてげんなりする。
「ああ、これは予行練習ではない、本当の戦だ。部隊は幸い前線ではないが気を緩めたりしてはいけない。だが……」
実際は皆、気を抜いていた。上官の断りもなく、日中から先勝気分で賭博を興じる者や、気が早い者だとアルコールにも手を出している。騎士といっても普段は街の荒くれ者と大差ない者も多数いた。顔が利いているごろつきに警備防犯役をやらせる為だ。似たところで、江戸時代にも岡っ引きを信頼の置ける元犯罪者や渡世人にやらしている。
主と契約した義務として、酒場から発する徴兵に応じなければならなかった。また、実費で参加しなければならなかった為、中には武器または鎧を売ってしまって軽装の者もいる。
平和という時代は、かくも誇り高き国守の志士達をここまで貶めるものなのか、ブリキはこの無様な現実を目の当たりにして戸惑いを隠せない。
「……そういうことですか」
「そういうことだ」
ここで初めて伯爵は上層部に賄賂を贈り、この安全な後方を手にいれたとブリキは理解した。
この私兵の堕落ぶりではとても戦闘にならないからだ。まだ、徴兵した近隣の村人の方が傭兵経験者もいるので頼りになった。
皆、本陣の裏手では絶対に敵は来ないと、たかをくくっているのだろう。
「――ひぃぃぃ! てててて、敵襲だぁぁぁぁ!」
見張りの兵が腰を抜かして見張り台から落ちてしまった。持っていた酒瓶が中身を撒き散らしながら地面を転がる。そこをタイミング悪くうろうろしていたブリキが、「あわわ、最悪だぁ……、へぶっ!」足を引っ掻け転倒。重量がある兜は勢い余って脱げ、無理矢理押し込んでいた長くて美しいブロンドの髪が静かに流れ落ちた。
油断していた辺りは騒然となる。
「何と無粋な。正々堂々と矛と矛を合わせるという、合戦の美徳は魔族の武人にはないのか?」
と、残念そうに首を横に振り、所詮は辺境の蛮族と罵った。
「ゴスロ伯様!」
「大丈夫だ、我が弟子よ。想定外だが、この剣美伯の舞台でバットエンドはあり得ない」
一人冷静に本隊へ援軍要請の願書を制作し、部下に向かわせた。
「ヴァージニアよ、お前はその似合っていない兜を置いて待っていなさい。その方が数倍ボクの力が出る」
「ななな、何をいっているっちゃぁぁ!」
ゴスロ伯は赤面している弟子に手をやり、細身のショートソードを抜刀し掲げ、「聞け、皆のもの! 敵は恥知らずな蛮族なり。このような卑怯な戦法をとらなけれいけない程の弱兵、我ら誇り高き獅子王騎士団にとって、とるに足らない小物なり。我らには建国の英雄、金獅子王ルイーンと12騎士の加護があるのだ、何を臆することがある」腹に力を込め声を張り上げ、動揺している部下達を落ち着かせた。