第二話「そして、僕らは一つになった」その四
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「理由はともかく、お前は安全な所に隠れたと認識して良いのか?」
『僕は身の危険は無いと思う』
「はぁぁぁ……、分かったちゃよ」
容量オーバーで煙を吐くみたいに甘い嘆息をつく。
いつの間にか忽然と姿を消したハルト。それと同時に脳内から語りかけてくる陽気で不快なボイスが、ヴァージニアを混乱させていた。
もちろん本人は馬に念仏と表現して良い程に理解していないが、それだと話が進まないので現在の事実を妥協し、取り敢えず危機は回避したと考える。要は分かっていないのだが、分かった事にするといった所だ。
『君も何処かに隠れ――』
「これで心置き無く戦えるだっちゃ」
ハルトの善意が騎士の覚悟により遮る。
最悪の展開に色々と脳内で騒いでいるが彼女はもう聞く耳を持たない。
風が吹いていないのに木々や草花がざわめき、周囲の動物達も人身事故で電車の運行見合わせみたいに騒ぎ出す。
いつの間にか木の根本に刺さった大型の剣を、オーバーアクション気味に目一杯引っこ抜く。だが、エクスカリバーというよりは、童話のおおきなカブを引き抜くみたいに海老反りと説明した方が的確だ。
「キキ、見つけたゼ」
「首を取れば恩賞にありつけル」
ゴブリン。魔族の最下級モンスターの一種。
緑がかった浅黒い肌、オニオオハシのくちばしみたいな長い鼻、人生諦めた廃ニートを連想出来る淀んだ黒い瞳。
悪霊または悪い妖精とも言われているモンスターの代表格だ。何処のファンタジーにも一回は顔を出す売れっ子悪役と言っても過言ではない。狡猾で単体を好まず、常に徒党を組んでいる。
この世界では魔界の最下級種族として存在。知性がある魔物の中で数が一番多い事から、常に雑兵として兵に組み込まれていた。
数は五匹。それぞれ用途の違う武装をしていた。
魔王軍の基本隊列は伍。伍長を頭とした五人一組の分隊で構成されている。これなら乱戦になった時、一人一人が弱くても息が合えば格上の相手でも引けを取らない。
「ただで死んでやるもんか! 足掻いても、もがいてもお前ら道連れに前のめりに地獄に堕ちてやるだっちゃあぁぁ!」
再び柄を握り絞め、体格には合わないながらも引きずり下段で構える。
満身創痍だが着実に近付く死に対して一歩も引かない、怖じ気づかない。戦友達の弔いか、郷土愛からか、それとも騎士としての誇りなのだろうか、それは本人にも分からない。走馬灯を回しながら最後に決める事だと師匠の教えに従い、今は黙って剣を握る。
突進突きから斬り上げて、大きく振りかぶり縦斬り。横へなぎ払い、ジャイアントスイング気味な下段回し斬り。
だが、大きな振りが災いしことごとく防がれる。
一歩踏み込む瞬間、矢が目の前を通過する。あと半歩早かったら頭を確実に射抜かれていたであろう。
一匹のゴブリンに攻撃しても、もう一方の盾を装備しているゴブリンに防がれる。この伍は汎用性を捨てそれぞれ役目があった。直接攻撃担当と防御担当と遠距離担当。
一人対多数という伍のコンビネーションが上手く機能していて、幾ら雑魚でも容易には倒せない。
それでなくても、自分の才能の無さと技術の無さを根性と先祖代々に伝わる名剣で補っていたが、それにも限界がある。
「キケケ、無駄な抵抗は止めロ」
「キキ、俺達には勝てなイ」
ヴァージニアはもう疲労困憊、限界を超え肩で息をしていた。頬から流れ落ちた汗は、さながら朝露の滴のように葉の上を滑り落ちる。
乱れた呼吸を整えると共に、最後の小玉になった飴を奥歯で噛み砕き磨り潰した。
『死ネ!』
「まだだ!」
相次ぐピンチに思考が狭まっていた。そのせいで警戒せず、罠とは気付かないで声に導かれて後方に意識が向く。
だがその時、弓の弦を弾く音と同時に、
『隊長さん危ないっ!』
「え?」
ヴァージニアの体が勝手にジャーマンスープレクス気味にブリッジ、「いたっあぁぁ!」勢い余って頭を地面に打ち付けながらも、不意に前方から射られた矢はスレスレに通過。リンボーダンスマスターにも通ずる平面体が上手く機能し辛うじて回避した。
おまけに、
「ぐわぁぁァ!」
「なんだト!?」
その流れ矢は偶然にも後方のゴブリンに命中。マニュアル通り剣を振りかぶっていたから、回避が間に合わなかった。精錬された伍のコンビネーションが結果的に裏目に出てしまったのだ。
『動いた……』
「お前が何かやったのか――、おほっ!?」
ヴァージニアが言葉を全て紡ぎだす前に自由が奪われ助走からの、「目が回りゅぅぅ!」トリプルアクセル、「どす恋!」四股踏み、「シュシュ」シャドーホクシング、「モキュゥゥ」バクテン……、は失敗、また頭を打ち付ける。
『うん、殆ど同じだ。操作性の誤差はないよ』
「何が同じだっちゃ!」
頭を擦りながら、脳内の声にツッコミをいれるヴァージニア。




