第二話「そして、僕らは一つになった」その二
呆然として気が緩んだ瞬間、「しまった!」ソンゲンはヴァージニアの体を鷲掴み、メジャーの一軍ピッチングと同列ぐらいの豪腕で、殺人アンダースロー。ハルトが隠れている神木の幹に投げつけた。
「ゴミの分際で抵抗するのではないである」
受け身が取れなかったので、「ぐはぁ!」ダメージが背にダイレクトに伝わった。ヴァージニアはずり落ち、神木の樹皮が一部剥がれ樹液が流れ出る。
「わ、私はゴミじゃないだっちゃ、生きているんだっちゃ……」
「いや、ゴミである。生ゴミである。魔族以外の知的生命体は存在自体が迷惑至極だ」
「皆、皆、いい人達ばっかりだったちゃ。お前らのせいで、お前らせいで!」
この無力な自分に腹が立ち、嗚咽を漏らす。下敷きになって死しても守ってくれた仲間の骸の目蓋を降ろした。
「バイ菌は消毒するべきである、ゴミは焼却するべきである」
ヴァージニアはもう立てなかった。いや、「……」立つことを諦めたのである。読み聞かせを終えた幼子が眠るかのように静かにマナコを瞑る。
「ふん、何事も諦めが肝心。直ぐにあの世に送ってやるのである」
金棒をスイカ割りの要領で構えるソンゲン。だが、「パラライカ~~!」みょちくりんな掛け声と共にヴァージニアをかっさらい横っ跳びする奇人あり。
「何奴だ!?」
お粗末な盗人はお宝を抱き込み、「ラリホー!」死に物狂いにおむすびころりの要領で幾つもの茂みを貫き、回転、回転、大回転。
「うわぁぁぁぁ!」
「ウキャアァァァァ!」
今走ってもお互い蟹歩きが関の山と理解している二人は、これが最高の移動手段だと本能に従う。気分は下り坂のトロッコorジェットコースター。
途中見付からない用心に猿知恵発動。コースを木々にぶつかりながら軌道修正、タンコブ量産しながらローリング。
「こここ、このまま外へ――」
ハルトは脱出を思案するも、足が木の根に引っ掛かり、少し離れた木にぶつかって止まった。ベルトコンベアの流れ作業で不良品として弾かれた感覚かもしれない。
最後、穴に落ちればオールミッションコンプリートだったが、これでもヘタレの分際では上出来とも言える。
「いたた、何で隠れていなかったんだっちゃ!?」
命の恩人に牙を剥く救命対象者。胸ぐらを掴むも、疲弊していたので握力がなく直ぐに手放す。
髪の癖毛で絡みやすいので、見事に色とりどりの木葉でトッピングされていた。頭の上で小鳥を飼っていたマリーアントワネットには遠く及ばないが……。
髪に絡んだ葉っぱ取り除きながら、「女の子を放って置けるわけがないじゃないか」然り気無く手を置く。
「ぐすん、私の方が歳上だっちゃ」
複雑な心境なのか涙もろかった。恥ずかしそうに手を払い除ける。
ハルトはポーチから取り出した水のペットボトルにハンカチを濡らして、少し腫れた血と涙を拭う。
幸い何故か外傷が少ない。何でも鎧に神の加護を付与しているので外傷を軽減しているそうだ。騎士たるものいかなる時も、民草に無様な姿を晒してはならないという、師匠であるゴスロ伯爵の教えである。
「それにお前みたいな変態よりはずっと強い」
「そうだね」
ヴァージニアは真実を語っているから、男の面目立つ瀬無し。しかし、こんなゲーム変態にも五分の魂、譲れないものもある。
(この子、本当に可愛いなぁ)
こんな絶体絶命の死地で、案外神経が図太いハルト。絶望が一時的にも回避したのだ、その余波で気が抜けるのも頷けた。
腰まで続く眩い金色の髪。例えるなら光沢のある糸飴の繊細さがここにあった。そこに荒々しい性格を協調しているみたいなウェーブが掛かった剛毛が、モンブランのボリュームに跳ね上げている。ちなみに土と葉っぱの味はしても栗の味はしない。
長いまつげ、二重まぶた、切れ長の目、その奥に奉納されているのは深海レベルのサファイア。寒天かゼリー程の透明度がある。
カスタードクリームを彷彿させる柔らかく滑らかな肌。鼻は低めで、口元はへの字、歌舞伎役者の如く固く結んでいる。
背は低い。本人が二番目に気にしているぐらい低い。
彼女の一番の特徴は指摘したらブチキレる事は間違い、万年不作の実らない胸……、ではなく独特の高音ボイス。柑橘系の甘酸っぱさとミントのような清涼感を彷彿させる、いわゆるアニメ声であった。その威力は声優慣れした玄人のハルトを一瞬に鷲掴みしてしまうほど凄まじい。
でも、この後どうしようか? 自慢だけど、鍛えているのはゲームの腕と断食とハーレム願望からくる妄想力だけ。とてもじゃないが戦場のど真ん中で生き残るサバイバル術は持ち合わせてはいないと、こんな事ならガキの頃ボーイスカウント辞めなければ良かったと今更後悔するハルト。人間不適合者までは行かなくても、負け組ルート決定と宣言して良いぐらいの見事な負け犬ぷりだ。
「もう、万策尽きたっちゃ。せめて変態だけでも隠れてやり過ごせだっちゃ」
「僕の名前、変態決定ですかぁ!? せめて名前で」
「あ”!?」
な、何でもないですと、トーンを落としながらも、生まれた世界からくる感性の違いか、まだヴァージニアほど諦めていなかった。




