第二話「そして、僕らは一つになった」その一
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森とは生き物達の暮らしの舞台であると同時に、動物達の演芸場、昆虫達のコンサートホール、植物達のファッションコレクション会場でもある。
朝は躍動感ある動物達の演舞。今年のオスカーは誰の手に。
昼は観客である蝶や蜂にドレスアップした花々がアピール。歩けていたら颯爽とランウェイを進んでいたのであろうか。
夜は月をスポットライトにコーロギとキリギリス伴奏、フクロウのパーカッションのリズムに合わしてホタルがダンスを披露。ロマンチックにメルヘンチックに静寂を駆け巡る。
ならば、神代より樹齢を重ねる傍観者達は、さながら永劫の時を退屈しない為に生物の総合演芸ホールを築き、VIPルームで悠々と観覧している管理者ではなかろうか。
だから口惜しい、腹立たしい。人為的な一掴みの悪意によって、演芸ホールからコロシアムと化したこの小さき箱庭に心を奪ってきた美しさが陰る。世界的名画へペンキをぶっかけられた程に腹ただしい光景。
目下で繰り広げているのは太古から続く血の祭典、魂解放の儀。一方的虐殺は到底受け入れられない無慈悲の世界。神木は泣く事も許されず、ただ子供達の抜け出た御魂の行く先を見届けるのみであった。
大地に生い茂った緑、一面深紅に染め、かわず、紅葉の時期を錯覚す。
「なんなんだよ、これ?」
夢の1シーンから一変して悪夢、人間達の狩り場と化す。抵抗虚しく魔族に蹂躙される兵士達。だが、一度目にしたら避けられない恐怖がそこにあった。
何も出来ない自分に嫌気が差し、極度の緊張からか、木に食い込んだ爪の間から血が滲む。
ゲームでは見慣れたシーンでも、この非現実的な光景に、平和な世界の一般高校生には晴天の霹靂、急転直下であろう。
矢面で戦わないのは、主人公としては失格の烙印を押すべきだが、何も出来ない一般の少年が選ぶ選択肢としては最善ではなかろうか?
つい今し方まで遊んでいたハルトにとって、どうしても眼前の世界に現実感を感じられない。ホラーや古代戦争映画を3Dで視聴しているような感覚だった。
それも相まって、ここはゲームの世界の最新型VMMOβ版と捉えていた。そう認識することで一人殺される度に、心臓がかきむされる感覚を中和していたのだ。治安の良い世界の堕落または疲弊の賜物である。
「こ、これはゲーム、ゲームなんだ。メーカーが仕組んだ体験版だ。ならさ、良いところで終わる筈。僕を早く元の世界に戻してよ!?」
ハルトはいるかどうかも怪しいゲームマスターまたは神に訴える。
VMMOの出需品、コンソールを探すも出てこない、メールも出せない、SNSも駄目、ブレザーの制服に入っていたスマホはもちろん圏外、外部との連絡が一切取れなかったので、こうして最も原始的手段を使わずを得ない。
「チビ、次はお前である!」
「くっ」
流石に唯一ゴブリン兵を何匹か仕止めているヴァージニアを目障りに感じ始めたソンゲンは、骸と化した兵士を投げ捨て、一歩一歩勇敢な少女に歩を進める。
ハルトの心が訴える。あの子を見捨てるのか? だが同時に、僕にあの子にして上げる事何てない。どうせ、これはゲームだ、現実じゃないと。臆病の模範的回答も返ってきた。
「うおおお!」
雄叫びを上げながら勇敢なる少女は抵抗する、抗う、悪あがきする。足止めに次々と襲ってくるゴブリン達の頭を潰しながら、大型の鬼の攻撃ルートを算段する。
「無駄である。為す術もない圧倒的な蹂躙が我輩の美学。お前の死によって完遂するのである」
鬼の長いリーチから繰り出した金棒の一撃は計算より射程が長かった。寸でのところで鼻をカスリながらも間一髪、バックステップで躱す。生まれて初めて低い鼻に感謝しつつも、この来襲で生まれた僅かな間を活用、懐まで香車を彷彿させる突破力で間合いを詰める。動きが鈍いオーガ族だから可能だった。もしあのリザードマンであれば一太刀でほふられていたであろう。
「まだまだだっちゃ!」
下段からオーガの足を狙って一撃。よろついた隙にその状態からスライディンクで股を潜り抜け、蔦を使って傍観者の一本へよじ登り、大型の剣が背後から首を狙う。打撃に特化しているので切れ味は悪いが、致命傷を与えるには十分だった。風で流れる長い金色の髪が西日で煌めく様は、さながら閃光。一本線の残光がハルトの目に焼き付く。
だが、アクションや格ゲーと違い、現実は攻撃モーション中は無敵ではないので、無数の矢が行く手を遮り、その間にソンゲンの大木の如き肘鉄がヴァージニアに直撃。「ぶっ!」そのあまりのインパクトでピンポン球のように反動でバウンドし、鎧の一部が衝撃で変形する。思わず体内の物を戻したが、矢継ぎ早、オーガの動きが遅いのを利用、剣を連結部分目掛けて切りつけた。
だが、「何て硬さだっちゃ!」ソンゲンの体に傷ひとつ刻む事が出来なかった。
「効かないのである」
オーガ族の身体は竜族と同等に頑丈、武術の基本しか出来ない少女には、報いるどころか、歯牙にもかけられなかった。
まるで豆腐で戦車をワンターンキルするミッションに挑むようなもの。




