第一話「田舎者のブリキ騎士」その八
「お前は何で戦場のど真ん中にいるんだっちゃ? 魔族側の密偵じゃないのか?」
落ち着いた所で改めて最初の問い掛けをする。
「どうしてこんな場所に迷い込んだのか分からない。それと僕は魔族じゃない人間だよ」
首を横に振り無関係を意思表示。
「今は領国に侵攻してきた魔族と戦争中だっちゃ」
「僕の国には魔族はいないから分からない」
「魔王は世界中に侵攻している。そんな平和な国、あるわけがないべ」
「信じてもらえるか分からないけど、こことは多分、違う場所から飛ばされてしたというか……」
申し訳なさそうに眉を下げ、確証がないから言い淀む。
「そんな馬鹿な事あるわけないち――」
「あるだよ」
速答。
「あるのかよ!」
「あのネジのぶっ飛んだ魔法ギルドの連中ならやりかねん。全て合点がいくだ」
ヴァージニアも推理小説の犯人が分かったみたいに、「おー、なるほど」手の平に小槌を落とす。
魔法ギルドこと魔導師連合組合は、大陸の魔法使いの総本山で、魔法の進歩の為にと、口実に夜な夜な妖しい魔法実験を行っているので有名だった。
「確かにそれだと、その変な格好も説明つくっちゃよ」
「うーん、まあ、そんなところなのかな。詳しくは分からないけど、いつの間にかのこんな訳の分からないになっていた」
ハルトは認めるが、何処か歯切れが悪い事に周りは気付かなかった。
「そんなことより本題」
ハルトはとある大きな疑問を抱いていた。
「ここは戦場なのに何で君みたいな幼い女の子がそんな物騒な鎧を着ているのかな。この国は人材不足だと幼女でも矢面に立たなければならないの?」
ここは子供の遊び場じゃないよと、言いたげだ。これがハルトが現実の世界と認識出来ない要因でもある。
それに対し仲間達は目を合わして、「「「あはははははっ!」」」大爆笑した。大将を除いて。
「私は子供じゃないっちゃあぁぁぁぁ!」
余程触れられたくない話題なのか、大音量のハニーボイスが反響する。副作用として驚いた虫や鳥を遠ざけた。
「そうだね、お嬢ちゃんは大人だね。よしよし」
ハルトはお兄ちゃんとして子供をあやす仕草、癖毛のある薄い金色の頭を優しく撫でる。
その素直な行動に兵士達は腹を抱えて転がった。
「私は十八歳だっちゃあぁぁ!」
「はははっ、僕より二歳上ってサバ読みすぎだよ、どうみても八歳――」
「チビなだけだっちゃぁ、死ねぇ!」
「ぶっろぉあぁぁ!」
見た目八歳の飛び膝蹴りが、精神年齢八歳の腹をえぐった。
「「「頼むからこれ以上笑わさないでくれぇ!」」」
漫才の大御所に負けず劣らずの鋭いボケツッコミで、笑いの渦が起きる。
「まったくっ」
隊長というお立場をお忘れなくと、一声かけて、一人離れた所で警戒に当たっていた副長も、呆れながら木の幹にもたれていた。もちろん肩書きにハルトは三度驚き、コマンダーらしかなぬブレンバスターでまた周囲を沸かした。
「――騒がしい。自ら進んで居場所を教えるとは殊勝な心掛けだが、軍人としては失格であるな」
「誰だべ!?」
背後から聴こえる重低音の不気味な声。この小隊で唯一戦場経験が豊富な副長が気配に気付かなかった。
「ゴミに名乗る名前は持ち合わしてはいないのである」
「ぐわあぁぁぁぁぁぁぁ!」
「「「……!」」」
和やかな世界を切り裂く絶叫。
その先には人ならざる者が、最も頼りにしていた副長を捕まえ仁王立ちしていた。
「お、お嬢様、は、早く逃げるだぁぁぁ!」
「黙れある」
鬼は首を例えば収穫したキュウリをもぎ取る、またはバナナの先端をむしるみたいに、ヴァージニアの忠実なる副官を簡単にへし折った。
「副長おぉぉぉぉ!」
ハルトが腰を抜かしている中、皆、武器に手をやる。
同時に周囲から反響する複数の金属が奏でる重低音の旋律。
「囲まれていっるちゃ……」
油断と気を抜いている隙に魔族軍に包囲されていた。まさに四面楚歌、退路は完全に絶たれている。
「見逃してくれるんじゃなかったんだっちゃか!?」
「知らないのである。あの下等種が勝手に結んだ約を、何故にこのソンゲンまで従わなければならないのである?」
赤い地肌、鬼面の如く厳つい顔立ち、暗黒の瞳、大きな角、大木じみてる手には1メートルはある金棒を携えていた。
そこにはおとぎ話の本から抜け出したみたいな赤鬼が姿を見せる。
「ソンゲン……、聞いたことがあるちゃ」
ソンゲン、モンスター最強種の一つオーガ。バクリュウキョウ百魔人部隊第三席。隊長職不在の場合は命令出来る立場にある。
魔界10貴族の一つオーガ族なので非常にプライドが高く、軍でも手を焼いていた。
鬼の一種で魔界貴族らしく高い身体能力と知能を持ち合わしている。おもな特は2メートルを超す巨体と、鬼特有の額がら生えてる1本角。
屈強な体には鉄製の板を生地に編み込んである玄甲を纏っていた。バクリュウキョウと違い、能力を十二分に発揮出来るように敢えて肩当ては取り除いてある。
分かっていたとはいえ、魔族は信用してはいけないと、ヴァージニアは改めて認識する。
一方ハルトは女神の大樹の裏に隠れてながら、「ここは投降しましょうよ!?」一般のヘタレなのでこれしか思いつかなった。だが、それが購う事の出来ない窮地に落ちた人間としての当然の反応。
「投降? 魔族に投降とか降参など生ぬるい概念はないのである。殺るか殺られるかのみである。こいつらのように」
3つの玉がヴァージニアの元へボーリングの球のようにハイスピートに転がってくる。
それは変わり果てた三つの首だった。
「あああああ! オスカーさん! アトス! ボブソンンン!」
ヴァージニアは自らも転がりながら死に物狂いに抱き止める。
「お前らあぁぁぁ!」
「うおおぉぉ!」
「副長達の敵討ちだぁ!」
「やったるだよ!」
絶望を宿した怒号。兵士達は殺意で我を失う。
「ゴミが購うなんて無駄である。抜刀!」
号令に従い下級ゴブリン達は剣を抜き、ゆるりと相手の出方を待っていた。まるで遅出しジャンケンだが、兵法では状況によって確実に勝つ為の正統で手堅い一手になりうる。
有利な立場だからろうか、浅黒い邪悪な醜い顔を歪ませ、モンスターらしいゲスな薄ら笑いを浮かべていた。
「待つんだっちゃ!」
ヴァージニアが制止を促すも、私が隙をつくってる間に皆を……、という思惑がばれていたので、誰も踏みとどまらない。冷静に舵取りを出来るものが欠番の今、もう、この小隊の暴走は抑えられなかった。
「ギャアァァァァ!」
「ごはぁ!」
「おっ母あぁぁ!」
「ま、まだ、死にたくネェだよぉぉ!」
断末魔のカルテット。
一太刀も浴びせられず、強靭に散っていく。
命の炎が軽風で揺らぐ様に消えていく。
後事を託し想いを置いていく。
幾ら死兵になっても、本職は酪農家だ。ろくに訓練も受けていない者が戦のプロに勝ているわけがなかった。
それでも、窮鼠猫を噛むを実演するかのような特攻。一騎一殺で挑む。
兵士の一人が最後の力を振り絞って根の壁越しに、「ボ、ボウズっ、お、お嬢様をつれて逃げるだよ……。ぐふっ!」鮮血の手形が自らの存在をあたかも残すように、神木の根元に押しささる。
「うわあぁぁぁぁ!」
小脇から恐る恐る覗きこんだハルトは、初めて見る事切れた死体に、どう行動すれば良いか判断出来ず、さながら生まれたての小鹿、ただ、うち震えるのみであった。
「チビ、次はお前である」
尊大な物言いで威嚇。下顎から突き出した自己主張の強い双牙がこの鬼を物語っていた。
「我輩自ら相手をしてやろうである」
手刀を抜いた勇気ある者を投げ捨てる。
それを合図にヴァージニアは駆け出す。 ソンゲンに向かって一直線に。
剣を走りやすい様に下段に構えて、生い茂る緑に足をとられながらも、大地を蹴る。
「うおおおお!」
仲間の無念を背負って咆哮する。最期に逃がしてあげられなかったハルトに懺悔。
「隊長さぁぁん!」
少年の悲痛な叫びが惨劇の現場で木霊した。




