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「序曲」1


「おパンツ!」


 それは白だった。それは猫だった。それは女の子用だった。まるで天地がでんぐり返った様なアングルで、目撃者の思春期アイズにズームアップで映りこむ。メンタマの全面積を総動員して入念に焼き付けているので、見開いたまま瞬き出来ずにドライアイになりかねない有り様だ。でも、状況が呑み込めていないチェリーな少年、姓は神、名前がハルトの気が動転する理由としては十分だった。然らばエロに忠実で内向的な高校生らしく、頬を赤らめ硬直化もやもえない。

 

 数分前。


 ハルトは学校の放課後、学生の本分である勉強の為図書室……、ではなく、部活動で青春を謳歌している……、でもなく、顔はギャルゲー主人公なので彼女とのデート……、でもなく、一人侘しく行き付けのゲームセンターに足を運んでいた。健全といえば健全だが、限りある学生の時間をギャンブルの如く浪費するもの如何なものかと、もう過去に行くことが叶わない大人達は思うのではないだろうか。


 小型のゲーム筐体も、繁栄していた格ゲーと駄菓子屋の子供減少と共に衰退し終わりを告げ、少子化対策に始めた大人向け大型筐体にシフトチェンジ。カード、コイン、オトゲー多岐にわたって進化、それも軌道に乗り、各メーカーは競って質の高いゲームを造り出していた。現在は小型の遊園地と呼んでもけして差異はない。

 大不況時代の世知辛い学生のお小遣いでは敷居が高い気もするが、ハルトの場合は、両親は地方へ転勤、本人は寮には住まず一人で自由なアパート暮らし、多少学生には割高であっても、仕送り生活であっても、ゲームオタ男子に堕天した廃高校生にはさしたる問題じゃなかった。


 この哀れな子羊もランカーを目指して、ゲームメーカーの餌食になっている事を知りながら、なけなしの軍資金をお布施の如く投入し続ける。今のゲーム事情はオンライン対戦で全国のプレイヤーと戦う事によって人間の闘争心を刺激、これによりやりこみ要素も相まってただのゲームから、支払い専用ATMに昇華していると知りつつ、今更途中下車など日本の国債を止められないと同等なぐらい、生活費をマシンガンの薬莢の様に消費させている流れになっている。


 腕前はかなりの上位ランクだが、これからの人生になんの足しにもならない。それどころか金銭感覚が狂ってろくな大人にはなれないだろう。借り癖がついて、常に友人知人に頭を下げて媚びへつらっている未来が見える。それでも神 ハルトはハンドルネームのゴッドハルトとして、稚拙な厨二ネームだと感じながらも、最新型ロボ対戦アーケードゲーム『ヴァニシングライダー』に無駄な青春と情熱を、恋する箱入り娘の様に盲目的に傾けていた。

 売りは無駄に驚異の360度高速回転球体型コックピット筐体。これによりどんな激しい位置転換も可能。オモチャを逸脱したその性能は、来年度より軍学校のシュミレーターに採用されるまでになる。コックピットの内部も本格的で、360度マルチスクリーン、中央にハンドル、左右に操縦レバー、下には三種類のペダル、左横には二種類のギヤを備えてある。だが、全て使うのではなく、プレーヤーが選択した機体に合わせて操縦方法が変わるので、これだけ色々と付いているのだ。ちなみにこの高校生は滅法変わり者なので、わざわざ設定を変更、全てを使用するゲキムズ変態プレイを楽しんでいる。もちろん動画サイトにアップする常連で、朝の国営放送に放送される程、変態ゲーマーとして世界から注目されていた。


 そんなハルトは、BGM流れる巨大な回転募金箱内で、大事な兵糧とも言うべき通帳の残高に、世の中のシステムに恨みを込めながら、籠城しても降伏出来ない武将の心情を味わっていた。


 残高 ¥200円


 幾ら眼力を飛ばしても、200円が2000円または20000円に変貌する事はなかった。


 後悔はしていないが、全ての幸福を吐き出す勢いで大きく嘆息をつく。

 手に握っているのはなけなしの500円一枚。


(モヤシがあれば乗りきれる。凄いぞモヤシ!)


 ラテン系楽観主義なのかポジティブ。頭の中で連日カーニバルでも開かれていそうだ

 脳内表計算ソフトには次の援助まで残り5日のスケジュールが既に出来上がっていた。


 朝:モヤシサラダと水→昼:クラスメートの食べ残し→夜:モヤシの踊り食いと水。


 かなりアバウトである。これを後5日間続ければ行けると、オカルトではなく、アトランティス大陸が実在したと本気で思ってるぐらい当人は疑ってなかった。

 ガスと電気が止められているのでライフラインは水道のみ。ちなみに唯一の調味料の塩は、夜な夜な枕元に現れる孤独死した前家主のお清め用に当てていた。


 しかしながら、人生とは常にシナリオ通りにはいかないもの。「こ、これは!?」緊急イベントのデロップがメール音『親分ていへんでぃ!』と共にスマホに流れる。

 このロボゲームのもうひとつの売りが、短時間の限定ミッションだ。クリアすると超レアパーツをゲットする事が出来る。……と、おまけに水道停止のお知らせ。


 ハルトはこの一回500円の悪魔の中で、頭を抱える、葛藤する、身悶えする、奇声を上げる、店員に怒られる。

 されど諦めきれないチャレンジャーは、無謀にも脳内表計算を再び稼働。


 朝:公園の水と塩→昼:土下座してクラスメートの食べ残し多め→夜:金縛りで行動不能→エンドレス


(行けるぅぅ!)いけません。


 それでも欲望と使命に燃えるハルトには、人間失格の烙印を押されるのに相応しく煩悩に従って、なけなしの500円を憎念と共に投入口へ押し込んだ。


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