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SS31 「巨人の下を通る」

作者: 花迺屋 風天


 夕闇の中、巨人が見えた。

 渓谷の底、山と肩を並べて巨人は立っていた。石でできた体は微動だにせず、頭部付近は青みがかった薄闇に阻まれ見えにくい。


 巨人の下を通る。


 川沿いの国道は巨人の足元を通って、海辺にある町へと繋がっている。元々、交通量の少ない道路だが、今は俺以外の車以外にはなかった。

 巨人はいつの日か海から「敵」が上陸した時に動くとされている。だが、「敵」の存在さえ疑問視されている現在、神話的な存在もただ海を見つめながら立つのみだ。

 俺は上を見上げ、軽く敬礼した。小さい頃からここを通るときはそうしている。親父もそうしていた。親父の親父もそうしていたと聞く。

 前方に夕日を浴びた海が見えた。

山が遮るので国道付近は影になり、波打つ稲穂も暗い海面を思わせた。陸クジラに飲み込まれた彼女を思い出す。陸クジラは稲穂の海を泳ぎ、まれに人を飲み込む。飲み込まれた人間はクジラが海へと帰った後も腹の中で生きていると言う。

……陸クジラは神聖な生物で手出しはできない。

でも、クジラの腹の中で永遠に生き続けたって何になるんだ?

 その時、前方の地面がせり上がった。小山のような体が空間を湾曲させながら通り過ぎていった。……陸クジラだ。

 俺は車を止めた。神聖な生物だとは分かっているが、このまま車をぶつけたい衝動に駆られた。ぶつけたって位相の壁に阻まれて車が壊れるだけ。

 それでも俺はそうしていたかもしれない。地響きと共に何かが上から降ってこなければ。

 それが巨人の足だと気付いたのは、転倒した車から這い出してからだった。巨人は右足を踏み出し、体を傾けていた。頭部は見えないが、何かを睨みつけているようだった。

 巨人の見つめている方向を辿り、俺は海が消えていることに気付いた。正確に言えば、波打ち際が遥か彼方まで後退している。そして、消えた海水が何処へいったかはすぐにわかった。沖の方角で立ち上がった壁・・・・・・巨大な津波が町へと向かっていた。

 巨人が歩き出した。一歩ごとに舗装された道路がミルクの上に張った薄皮のように割れ、土が吹き上がる。そして、巨人の周囲には促すかのように何匹もの陸クジラが海を目指し、泳いでいた。

 そのうちの一頭が目の前にいた。車の前に現れた陸クジラだと思った。

 陸クジラは口を開いた。空間が湾曲した口内は光に溢れていた。

 その中に懐かしい姿が一瞬、見えた。


 来いってことか。


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