4 商業区
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頬を張るような大きな音で目が覚めた。案の定、リクは頬を叩かれていた。
理不尽だった。
「……おはよう」
「ああ、警戒をだいぶ解いてくれたようでなによりだ。俺に痛くするのは何か理由がお有りで??」
頬を引き攣らせてエリスに問う。
「伝統の起こし方。つねる。たたく。なぐる。のる。ける。かんせつをき」
「わかった!! わかったからもういい。もし次から起こすことがあれば肩をゆするとかにしてほしいな」
「伝統はだめなの……?」
露骨にしょんぼりするエリス。つい二日前のエリスと同一人物だと思えない……ほどかわいい。しかしリクはⅯではない。ドⅯでもなければ、変態でもない。痛いのは嫌いだ。
「だめだ」
「……そう」
「………………その伝統は誰に教えてもらったんだ?」
「父」
「……わかった。その伝統はわすれたほうがいいぞ」
「……そう」
エリスの父……度し難い人物のようだな。
嫌なものを思い出した。
「まあいい。鑑定すぐいく?」
「いや、買い物をしよう。エリスが町をまともに歩けるようにしないと」
「? この格好、なにかおかしい?」
「いや、おかしいとは言わないが……顔を隠したいしな。服や防具もかえた方がいいと思うぞ」
リクが寝ている間にバスローブからいつもの装備へ着替えたのだろう。半袖のシャツに皮の胸当て、何の素材かよくわからないが頑丈そうなホットパンツ。そしてサンダル。指ぬきグローブまでしている。悪くはない。いろんな意味で悪くない。おそらく上等な素材で仕立てられたものだったのだろう。
昨日にシャワーを浴びたときに返り血も流したようだ。
こう言えば問題はないように思えるが……。
「ちょっとくたびれすぎてる」
「否定できない」
正直、正直なところ、くたびれているとかいうレベルでなく、みすぼらしかった。
というわけで鍛冶屋に行く前に買い物だ。
「______………っ」
エリスのお腹が鳴った。
「買い物の前に飯だな」
またエリスのお腹がなった。
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ご飯を宿で食べた後、現在歩いているのは商業区。王都の南側にある一番大きな区画だ。鍛冶屋も宿場も商店も王都の六〜七割がここにあるといっても過言ではないだろう。
「……王都は百何十年ぶりくらいかもしれない」
「!? そ、そうか。昔より豊かだろ」
「……ん」
さらっとエリスが爆弾発言をした。どのような生い立ちで不老不死になったのかわからないが、百何十年ぶり……。今、エリスが確実に百歳を超えていることが判明した。もしかするとリクよりも年上かもしれない。
なんという……。
「どの店に入る?」
「俺も王都は久しぶりなんだ。適当に見て回ろう。服以外は目安は付いているし」
「はい」
指名手配されているエリスとなぜ騒ぎにもならずこんな風に隣り合って歩くことが出来ているか、というとリクの所持していたフードをエリスがかぶっているからだ。軽い【気配遮断の付与】がされている。
存在が感知されないわけではないが不意に気に留められることは防げると思う。あまり使っていなかったから効果に自信がないが。
壁にはウォンテッドという言葉とともにエリスの肖像画、指名手配犯の顔が貼られている。
……忘れていたが王都に入る前から渡していればよかった。
ちゃんとした新しいフードを先に買おう。
そういう小物は昔世話になったよろず屋でいいだろう。革鎧なんかもありそうだし。ジジイが死んでなければいいけど。
外壁の近くの路地にある巨大な店に向かう。なんでこんな巨大なのにこんな立地を選んだのか意味不明だ。商いの腕もすごいのに。
風化していると言っても過言ではないほど黒ずんだ扉。取手を触るのは汚いので足で開けて店に入る。皆が足で開けるのか、下の方に型が付いていた。
「ジジイーーー!」
「なんじゃ!! クソこわっぱ」
「口が悪い」
「ふつうじゃよ」「ふつうだ」
「…………」
「なあ、ジジイ。客全員にこわっぱって言ってるのか?」
「そんなわけなかろうが。わしをジジイと呼ぶたわけは鍛冶屋のとことお前らだけじゃからの」
「そうかい」
「にしても久しいのう。ガキよ。何年ぶりかの。女子なぞ連れてきおって。初めてじゃの」
「おう、久しぶりだな。ジジイが死んでなくてよかった。エリスとはついこないだ知り合ったばっかりだよ。エリスさん、このジジイはジジイと呼べばいいぞ」
「……そう。おじいさん、はじめまして」
「おお、はじめまして。お嬢ちゃんはいい子のようじゃな。どんな品をお求めで?」
「ジジイの店はなんでもあるんだろ。全部たのむ。服は外の店で見繕うから、それ以外のエリスが装備してる物をな」
「わかった。合いそうなのを適当に引っ張り出してくるからカウンターの椅子にでも座っておれ」
「あいよ」
「ん」
ジジイがカウンター奥の倉庫に消えていった。
この大きな店はほとんどが倉庫になっている。倉庫の大きさに見合うだけの大量な商品が保存されているらしい。それを管理し売りさばくあのジジイはすごい。
エリスとリクは椅子に座る。
「どんな知り合い?」
「昔にパーティを組んでたときの仲間の知り合いだよ」
「仲がいい」
「まぁ長い付き合いだし」
「うらやましい」
「この世には長寿な種族も割と多いぞ。人間だってずっと長く生きられるんだ。ジジイが何の種族なのは知らんがな。…………エリスは人間だよな?」
「人間」
こんな会話をしているとお互いに何も知らないんだと実感する。もっとも今日いく鍛冶屋でエリスの不老不死の理由がわかれば、知る必要もなくなるかもしれない。
おそらく大丈夫だ。あの鍛冶師は何でも知っている。
倉庫から出てきたジジイがカウンターの上に抱えていたものを広げる。
全部が白色の皮でできているみたいだ。
値が張る予感がする。
「フードと胸当て、あとはグローブと靴じゃな。皮でいいんじゃよな」
「おう。サイズはどんなのだ?」
「微調整するだけで大丈夫じゃろう」
「……ありがとう」
「おうおう。サイズ調整するから装備してくれんか。フードとグローブを先に調整するからすぐ頼む。ほかのもんも数時間でやれるじゃろうから大まかなサイズだけ見たら、どっかで時間をつぶしてこい」
「わかった」
そういってフードを脱ぐエリス。
宙に広がる白銀の髪。
「あっ」
「……ぁ」
「…………………結局は訳ありなんじゃな」
ジジイが窓の外に貼ってあるウォンテッドの文字が躍る張り紙を見ながら、つぶやいた。