2 関係性
序盤のここいらへん絶対に書き直しますよ
左右を木々に囲まれた林道。うららかな日差しと鳥のさえずり。そんな気持ちのよい街道を一人の男が歩いていた。
「もう少し警戒を解いてもいいんじゃないか?」
「……」
姿の見えない何者かに向かってその男、リク・エクサスは声をかける。しかし、返ってくるのは沈黙と、鳥のさえずり。
だが、すこしして右側の林から、歩くリクをめがけ小さな石のつぶてが飛んできた。そのつぶてを身をひねってかわしたリクはため息をつく。
「はぁ……」
昨日の夜、多少の情報交換をしたのちに、エリスがまったく口をきいてくれなくなったのだ。
それだけならいいが姿も見えない。つぶての返事でいることはわかるのだが。
それに多少の情報交換といっても、エリスは「不老不死の謎について探してる……」とつぶやいただけで、あとはリクの言葉にうなづくだけだった。
まぁ、本気で殺気を向けあい、さらには切り結んだ相手と気の置けない会話ができるか、というと普通はできないかもしれないなと思う。
不死の体で傷を負うことの多い仕事をしていると生死に対する感覚が曖昧になってくる。自分は人間らしい感覚を手放してしまっているのかもしれない。
そういうものから抜け出すために”不老不死とは”を探求しているのだが。
寿命はある、ゆっくり探そう、そう思いギルドの依頼を消化しつつ旅をつづけ、もう何年になろうか。得たものといえば、数人の親友と一握りの情報のみ。
「…………」
しかし、ついに巡り合った手がかり。
不老不死者のエリス。
不老不死者など一般的な目線からすると存在するのか怪しいものですらある。リクも自分以外の話を聞いたことが無い。とんでもなく長寿な種族などはいても、不老不死の種族などいない。
ではなぜエリスとリクが不老不死、もしくは不死だと自覚しているのか、それは寿命と自動高速治癒によるものだ。リクは人間だ。しかし今の年齢は100と数十年。人間の寿命をとうに超えている。しかし寿命という解を以てリクを不死とするには問題がある。証明できないのだ。寿命によって死なないことを。寿命が延びただけという可能性が多分にある。実際に寿命を自力で延ばすのは魔法の才があればできる事。それによってここではまだ暫定的不老不死者。
だがそこで出てくるのが自動高速治癒という不老不死特有の能力。殺しても死なない。赤光を放ち傷を塞ぐ。または赤光とともに欠損部位が補われる。
これはもはや伝説のようで実際に存在する、そうリクが証明した事実。一部の人間しか知らないことではあるのだが。
エリスが不老不死である要因は、傷が治る瞬間に、傷口と同様の赤光を発していた魔剣であることが想像できる。おそらくエリスは魔剣の能力によって不老不死に”成った”のだろう。しかしその魔剣に対する見識がない。
というわけでもとよりリクが目指していた場所。王都にいる親友の一人である鍛冶師の工房へ行こうということになった。エリスに説明しても返事はなかったが、付いてきているということは同意してくれたのだろう。
彼女は武具、こと鍛冶の関する知識に関してはいままであってきた誰よりも深い知識を持っていた。魔剣を見てもらえばなにかがわかるかもしれない。
「はぁ……」
エリスと会話にならないことどうしようもないことだとは思うが……、どうしようもないがどうにかしなければならない、しかしどうすれば口をきいてくれるのかがわからない。聞きたいことは山ほどあるというのに。
今のリクは負のスパイラルため息量産機だった。
「はぁ……」
「……………………」
ため息をつき続けるリクをうっとおしく思ったのかまたつぶてが飛んでくる。軽くかわす、しかしそれから何も起こらない。互いが不老不死の謎にせまる重要な鍵だというのに会話もできない二人。
前途多難な旅の始まりであった。
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エリスと出会って1週間たった。一応いっしょに王都へ向かってはいるが、ずっと調子は変わらず。会話は殆どなかった。
殆ど、というのは二度は会話をしたからだ。たった二度だが。
一度目はエリスと出会って5日後。林から飛び出してきた猪を仕留めて捌いていた時に。リクは旅を始めてから固形の携帯食をエリスと分け合い食べていた。
………………”エリスと分け合い”というのは語弊があるかもしれない。もともと自分は一人分の携帯食しか持ってきていなかった。若干の予備があったとは言え、エリスに急に鞄を襲撃され携帯食の半分を持っていかれたのだ。分け合ったのではない。勝手に持って行かれたのだ!
それで腹が減っているところ、猪くんが姿を見せた。一瞬で仕留められ、腹から掻っ捌かれることとなったあわれな猪くん。そこへエリスが姿を見せたかと思うと、リクからナイフや鞄を奪い、中の簡易な調理器具をぶちまけると勝手に調理を始めたのだ。
「……大丈夫。任せて」
そうとう腹が減っていたからか、料理が好きだからかはわからないが、目を輝かせ調理をするエリス。美人なだけはあってこんな自然の中であっても、調理している姿は綺麗だった。逆に自然の中にあるからこそ映える……とも言える。
しかしそれを差し引いてあまりある暴挙。残念だ。
5日間、エリスがなにを食べていたのかはわからないが、リクの知っている限りでは携帯食以外を食っていないのではないかと思う。食事シーンを目撃したわけではないが、食うものがあるのに鞄を強襲し食料を奪って行ったのであればさすがに戦争だ。よってろくに食べるものをもっていなかったのだと思う。そう思いたい。
まぁとても美味い猪肉の焼串が食えたので文句は言えない。猪の肉は臭いし硬いしで調理が難しいものだと思っていたのだが、筋張っている肉が見事に食べやすくなっていた。器具のぶちまけなどに対して文句が言えない……。
思い返すと会話ではなく、ただ調理の宣言をされただけのような気がするが。
そして二度目の会話は王都の大門に差し掛かる前、林道から抜ける時だ。ここ数日ですっかりと板についてしまった林に向かって語り掛けるという行為を行う。
「門には兵がいる。身分証明ができなきゃ入れない。というか指名手配されてるなら絶対にはいれない。エリスさん、どうするんです??」
当たり前のことだが、王都のような大きい都市だと巨大な城壁がある。そして入り口である東西南北の門にはそれぞれ門番がついている。壁には魔道具の防犯設備などもあるのではなかろうか。
あたりまえだが殺人鬼として特徴が割れているエリスは入れないだろう。見つかれば捕まって投獄され死刑囚に。その場をしのげたとしても始まるのは逃亡劇。せっかく見つけた手がかり。いっしょに逃亡。そんなのはイヤです。
「……大丈夫。門に一番近い宿で待っていて」
「……! お、おう。わかった。二人部屋でとっておくぞ」
「……ん」
「!! じゃあ。ま、待ってるからな」
会話が成り立ったせいで変にテンパってしまった。いままで返事が返ってきたことがなかったのだ。驚きだ。
地味な醜態を晒してしまった。
だがこれでどうするのかが決まった。リクは金のプレートが身分証明変わり。門にはギルド受付と同じプレートの情報の読み取り魔道具がある。銀等級からしか使えないものではあるが冒険者は楽でいい。
エリスはどうするのかわからないが……。なにより王都にはエリスの魔剣鑑定に来たのだ。リクには別に剣を整備するという目的があったものの、魔剣鑑定はエリスがいなくてはならない。そのことは伝えてある。
ならおそらく、大丈夫だ。たぶん、きっと大丈夫なはず。エリスは王都へ侵入してくるだろう。
リクは不安感を抱きながら王都へと入っていった。
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リクはベッドに座り窓から宿沿いの道を眺めていた。
夕刻を少し過ぎたころ、外はまだ人が行き来している。まだ焦る時間じゃあないぜ。
宿二階の二人部屋にはリク一人しかいない。エリスはどうしているのかな、などと道ゆく人々を眺めながら考える。
逃げられたのかな……。
リクが王都に入り宿をとってから数時間が経っていた。
最初はあまり心配していなかったのだ。魔道具によって細い水の束が流れ出る装置……。シャワーなどを浴びてくつろいでいた。
武器を磨き。装備の見直し。鞄の点検。
だが時間が経つに連れ徐々に不安になってくる。エリスは来ないんじゃないか、また殺しに行っているんじゃないか、と
ただ座ってぼーっとエリスのことを考えていると眠くなってくる。旅の道程で疲れが溜まっているのだろう。
…………エリスはやはり逃げたのだろうか。リクのことを不老不死の謎に迫る鍵だなんて思ってなかったのではないか。そんなことを思う。
初めて他人の赤光を見た。魔大陸へ行かなければもう手がかりはないのでは、そんな風に漠然と感じていた。でも中央大陸で出会えた。同じ不老不死の人間。
早く休みたいという理由だけで単独王都入りを決したのは間違いだったのか。なんて馬鹿なことをしてしまったんだ……。
いっしょについておくべきだった。
やはりどこかへ行ってしまったのか。
いや、単純に王都へ入れないのかもしれない。普通は入れないよな。
うん……しかたない。明日は迎えに行こう。今日は疲れてるし、寝ようかな。うん。寝ます!!
理性はエリスを探せと訴えている。
だが、しかし、睡魔による攻撃。
シャワーを浴びたことによる爽快感。
久々に、ふかふかのベッドが横にある。
嗚呼、抗えぬ運命。
自分がまともな判断を下せていないことを自覚しつつ、リクは欲望にのみこまれた。
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「深い睡眠…………。っーーーー!」
んん、なんだろう。
頬がとんでもなく熱を発している。
おまけに痛い。いや、おまけではなく熱より痛みのほうが大きい。
頬を抓っている手を弾きながら絶叫とともに上半身を勢いよく起こすリク。
「痛い!!!!」
「! 驚いた」
「驚いた。じゃない! それは俺のセリフだろ!」
「静かにした方がいい。 一階の店主に怒られる」
「おう……。すまん」
なんというマイペース。
俺は激痛によって起こされる星の元にでも生まれてるのか? と顔をしかめて頬をいたわるようにさするリク。
そしてそのリクの足の上に馬乗りになっているのはエリスだ。
無表情のエリスがリクの足の上、厳密にいうと膝の少し上あたりに馬乗りになっている。この膝の少し上に座られている状況。その位置に座られると痛いです。さっきからずっと痛い。でも痛いことよりもエリスの顔が近い。それと先ほど成り立った会話のほうが大事。
一週間前からは想像もできないやり取りと状況。返ってくるのがつぶてではなく言葉。驚きだ。
「入れたんだな。王都の中に」
「……簡単だった」
「簡単か……。じゃあなんでこんなに遅くなったんだ? 早く来ればよかったのに」
「夜のほうが見つかりにくい。それに……、少し考え事をしていた。貴方について」
しかしあの巨壁と厳重な門を突破するのが簡単とは。どうやったのか気になる。
…………朝になって門番が死体で発見されたりしないだろうな。
馬乗りエリスさんによる膝の痛みに冷や汗をかきながら、まっすぐとこちらに向く視線に目を向ける。
「同じ不老不死。……どういう扱いをするか」
「考え終わったのか」
エリスがこくりとうなずく。
「もう一度……、話をしてほしい」
「その前にシャワーでも浴びてきたらどうだ?」
歩き旅の弊害。連日の野宿で臭いが酷かったなんて、言えない。