私は悪役
『あーっと、ここでMACHIKOが隠し持っていたフォークを海原まりんの額に突き刺した!』
『相変わらず、どこに隠し持っていたか分かりませんでしたね』
『そうですね吉田さん! まさにマジック! さあ海原のタッグパートナー、リリス渡部が救出に入る! おおっと、今度は毒霧を渡部に向かって噴射! 渡部の顔面が真っ青に染まる!』
『アイドルレスラーの海原が相手とあって今日のMACHIKOはいつも以上に生き生きしてますよね』
『そうですね吉田さん! しかしフォークとは、昭和を感じさせるチョイスでしたね』
『あえて古臭い凶器を使うことで、海原に屈辱を与えようということかもしれません』
『そうかもしれませんね吉田さん! さあ、パートナーの高峯を呼び込んだMACHIKOが……
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高梨真知子は若手の悪役レスラー『MACHIKO』である。それも、凶器攻撃を得意とし、シャングリラの中でも一等ブーイングを浴びるスタイルである。個人闘争がメインのシャングリラでは現在ヒール軍団というものがないため、その立ち位置は微妙なものがある。それでも本人はヒールを貫いているのであった。
一方で、道場においては。
「ほらほら、ちゃんと重心意識して動かないと崩せないわよ天野」
リング上で、ケイをマットに押し付け腕を固めているMACHIKOが、脱出してみろと促す。
「むぐぐ、重い~」
「重くないっ」
練習生のスパーリングに積極的に手を貸すMACHIKOの姿が見られた。本来面倒見がいいのである。練習生達は最初、面倒見のよい美人の先輩としての顔と、顔にペイントを施し凶悪な凶器攻撃を繰り出すレスラーとしての顔のギャップに戸惑っていた。しかし今では慣れたものである。
「ほらほら天野、ロープ近いよ! もうひとふんばり!」
リングサイドから見守る三宅美鈴が声を張る。
「ケイさん、頑張って!」
雪江もエプロンを叩いて声援を送る。
「十分レスリングできるのにな、なんで凶器なんだろうな」
渚がぼそりと呟く。わかんねえな、と頭をかいてMACHIKOとケイのスパーリングを見つめるのだった。
MACHIKOもデビュー当時は素顔でクリーンファイトをしていた。しかしスタイルがグラウンド中心の地味なものであり、また周りをよく見る余裕も無かったため客の反応が芳しくなかった。一方、同期の望月登子は蹴りを主体として華のあるファイトでルーキー時代から脚光を浴びていた。
焦り。
自分の居場所はあるのかと悩んだ。
そこで団体で一番キャリアのある松井香織に相談したのだった。
「デビューして1年程度で焦る必要があるとは思えないけど、そうか、高梨は苦しいんだね。それじゃあ、一つ案がある。今うちは敵役は海外から呼んだレスラーに頼ってる。自前でヒールっていえるのは、せいぜい高峯くらいだ。そこに光明があるかもしれない。やってみるかい、ヒール」
この言葉をきっかけに、高梨真知子はMACHIKOとなった。ヒールとしてブーイングを浴びる覚悟を決め、素顔では迫力が無いからとペイントを施し、団体唯一のヒールレスラーであったヴァイス高峯に師事した。
高峯は技術的なことは一切教えなかった。教えたのは心。ヒールレスラーはブーイングを受ける。
それを受け止めることが出来る心の強さを持て。さらに進んで、ブーイングこそが誉れであるとせよ。
自らの敗北時、どれだけ勝者に喝采が浴びせられるかが価値だ。その喝采を引き出す悪になれ。
ヒールは、安易なヒロインになるより厳しい棘の道。心を強く持て。そして、楽しめ。
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『さあ、出るか海原まりんのフィニッシュホールド、フィッシャーマンバスター! 決まったー! MACHIKOがマットに突き刺さる! 海原フォールにいき、カウントが入る! ……カウント3! 海原、流血に耐えて見事にMACHIKOを沈めました! 場内は歓声に包まれています! いかがでしたか吉田さん!』
『そうですね、海原選手よく耐えました。ファンの声援を力に変えて、見事な勝利だったと思います』
大の字に倒れたMACHIKOは、海原に向けられた歓声を聞いて心の中でガッツポーズをしていた。この歓声を引き出したのは海原だけの力ではない、自分の動きあってのことだから。
ヒールとして、自分の居場所を作っていく。MACHIKOの戦いは、まだまだ続くのだった。
キャラクター名鑑 vol.6
リングネーム:MACHIKO 本名:高梨真知子 身長:159センチ 階級:中量級
出身:京都府 スポーツ暦:柔道
得意技:凶器攻撃、丸め込み、飛びつき腕十字
概要:顔にペイントを施し、さまざまな凶器を手品のように操るヒールレスラー。流血試合になることも多く、ついたキャッチコピーが「ブラッディマジシャン」。素顔はシャングリラの中でも1,2を争う美形なのだが、「オーラが無い」「表情を作らないと地味」などとよく言われている。趣味は手品とバイク。