ようこそシャングリラ寮へ
過酷だった入団テストから一週間。川部雪江は、愛用のスポーツバッグを担いでシャングリラの選手寮前に立っていた。選手寮は道場の裏手に位置している。玄関から練習生がやってきて、中へと入れてくれた。
「ようこそ、シャングリラ寮へ。私は練習生の三宅、三宅美鈴」
「あっ、えと、川部雪江です。よろしくお願いします」
ぺこり、と頭を下げる雪江に、うんうんと頷く美鈴。
「靴は履き替えてね。スリッパはいっぱいあるから適当に使って。自分のが欲しかったらちゃんと名前書いてね。靴も適当に下駄箱の空いてるところに入れてくれればいいから」
「はい」
そしてついてきて、と手招きして奥に進む美鈴に、雪江はぱたぱたとスリッパの音を鳴らしながら駆け寄る。
「寮は4階建てで、一階が食堂、フリースペース、浴場、ランドリー。二階から上がそれぞれの部屋で、狭いけど個室になってる。あと各階にシャワー室一つと、給湯室、トイレがあるよ」
「充実してますねえ」
「古いけどね」
そう言って肩をすくめる美鈴。
「そういえば、古い感じがしますね。シャングリラってまだ4年目ですよね? なんでですか?」
「どっかの会社の寮だったここを買い取ったんだよ。道場の裏に寮がある形だけど、正確には寮がここにあるから道場やオフィスを近くに用意したらしいよ。聞いた話だけどね」
「へえ、さきに寮があったんですねえ」
うんうん、と美鈴が頷く。階段を上がっていると。
「よう美鈴。そっちが新しい練習生か」
ショートカットに精悍な顔をした人物が降りてきた。
「あ、望月さん。そうですそうです」
望月登子。空手仕込みのパワフルなキックを武器にする、若手の中でも特に人気のあるレスラーである。雪江はやや興奮気味に自己紹介をする。
「今日からお世話になります、川部雪江です。よろしくお願いします」
「うん、雪江か。よろしくな」
望月は軽く雪江の肩を叩くと、階段を下りてゆく。
「はあ~。望月さん、かっこいいですねえ……」
「うん、男女問わずファンが結構ついてるし、次代のエース候補だよね」
そして、美鈴は402号室の前で足を止める。
「はい、到着。ここが雪江の部屋、カギはこれね。届いた荷物は入れてあるから」
「ありがとうございます。開けます」
「うんうん」
雪江がドアノブを回し、ドアを開ける。その部屋は2坪ほどの長方形をしていた。至ってシンプルである。
「クローゼットとかはないから、荷物が増えると結構狭くなるんで、注意ね」
「は、はい」
「お布団以外の荷物少なかったけど、大丈夫?」
「はい、プロレスに集中しますから、余計なものは持ってきませんでした!」
「おっ、いい心がけだね。まっ、最初は特に他のことをする余裕もないしね」
「うっ、頑張ります」
雪江が入居した後、先の入団テストをクリアした他の3名も到着していた。そして、フリースペースに集まるよう指示を受ける。フリースペースは大きなソファがふたつと、大型の液晶テレビが設置されている。ソファに座っているのはテストに受かった4名と、あと一人、ジャージ姿の女性が脚を組んで座っていた。170センチを越える長身に広い肩幅、筋肉がしっかり乗った太い手足。この人は誰だろう、とテスト組の4人は思ったが、なかなか聞けずにいた。
皆の前には三宅美鈴と、もう一人。整った目鼻立ちに長い髪、いわゆる美形とよんで差し支えない若い女性が、柔らかく微笑んでいる。シャングリラのレスラーに詳しい雪江も、こんなレスラーがいたかしらと不思議に思っている。全員が集まったのを見て、その美人が口を開いた。
「えー、新人の寮内での教育担当になりました、高梨真知子です。リング上では、MACHIKOというリングネームでヒールをやっています」
その美人の言葉に反応したのは雪江であった。
「ええーっ!あの、顔にペイントしてる、凶器よく使ってるあのMACHIKO……さんですか!?」
「はい、そうです。でもペイントしてないときはオフなので、安心してね、悪いことはしないから」
「は、はい……」
「それから、初顔合わせになるわね。今年の入団はテストをクリアした4人と、アマレスからスカウトされてきたそちらの久保渚さんの、計5名になります」
「おう、よろしくな」
獰猛な笑みを浮かべて渚が4人に軽く挨拶をする。悪い人ではなさそうだが、その迫力に「なんか、怖いよう」とケイは萎縮してしまう。
「それじゃあ、自己紹介をしてもらいましょうか。名前、年齢、出身、趣味くらいでいいかしら。じゃ、久保さんから」
「おう。名前は久保渚。神奈川県出身、年齢は19、趣味はぬい…スポーツ観戦ってところだな」
「じゃ、次の人。久保さんの隣からで」
「はい。七瀬雅、17歳。佐賀出身。趣味はバイク」
これにはMACHIKO、渚が反応した。
「あら、バイクに乗るんだ。私も持ってるわよ」
「俺もだ。今度一緒にツーリングいこうぜ」
親指を立てて笑いかけてくる渚に、雅も笑みで応える。
「ええ、そうね、是非」
しかしMACHIKOは苦笑して、
「最初のころは疲れでツーリングどころじゃないかもしれないけどね」
と呟いた。
「はい、次ね」
「坂本樹理亜、18歳。愛知県出身で、趣味はスポーツ全般と、自家用飛行機の運転です」
「飛行機? そりゃまた大層な趣味だなあ」
渚が興味深そうに樹理亜を見やる。
「元々はパイロットのパパの趣味だったんだけど、私も教えてもらってから、好きになっちゃった。気持ちいいわよ、空を飛ぶの」
「飛行機って18歳で免許が取れるんですか?」
不思議そうに雪江が聞く。
「そうよ。17歳からね」
「へえ、車よりも早く取れるなんて意外」
と、雅。雪江もうんうんと首を縦に振っている。
「練習自体は16歳からできるわよ。もちろん16の時から乗ってたわ」
と、樹理亜は興味を引けて少し満足そうであった。
「じゃあ、次の人」
「はい。川部雪江、15歳です。島根県出身、趣味はプロレス観戦です」
MACHIKOがすこし意地の悪そうな笑みを浮かべて雪江に話しかける。
「あえてプロレス観戦が趣味っていう子の方が長続きしない、なんて言われてるけど、あなたは違うわよね?」
「そ、そうなんですか? 大丈夫です! 頑張ります!」
胸の前で両手を握り締めて答える雪江に、MACHIKOは優しげに微笑んで頷く。
「はい、それじゃ最後ね」
「はーい。天野ケイ、18歳、今月高校卒業したばかりだよ。出身は新潟県。趣味はマンガを読むことと、水泳でっす。みんな、よろしくねー」
しゅたっ、と手を上げて自己紹介をするケイ。
「はい、ありがとう。あと、他の入寮者への挨拶だけど、夕食前に食堂に集まってもらうことにしていますので、そのときにお願いね」
めいめい「はい」「はーい」「おう」などと返事をした。雅が不思議そうに口を開く。
「食堂で自己紹介するなら、今やったのは何故?」
「ああ、それはね、私がなるべく早く把握しておきたかっただけよ。ほかに深い考えとかはないんだけど」
「あ、そうですか……」
「ほら、私教育係だし、一応ね」
手をわちゃわちゃと動かししどろもどろになってきたMACHIKOを見て、一堂の胸に「この先輩、ひょっとして要領が悪いのでは」という思いがよぎったが、あえて口にするものはいなかった。
キャラクター名鑑 vol.1
本名:川部雪江 リングネーム:未定 身長:162センチ 階級:中量級
出身:島根県 スポーツ暦:柔道(二段)
概要:小さい頃から熱心なプロレスファン。本当はアマレスをやりたかったが、近所にあったのは柔道の道場だけだったので仕方なく柔道を選択する。立ち技より寝技が好き。