入団テスト
シャングリラの道場には、100人近いテスト生が集まっていた。設立4年目のシャングリラであるが、この人数は過去最多。いや、過去最も多かった1年前の入団テストが応募者30人だったことを考えると、爆発的に増えたと表現しても良いだろう。これにはシャングリラの知名度を引き上げた3周年記念大会におけるタイトルマッチ戦の影響が見て取れた。元々プロレスラー志望であった川部雪江がシャングリラを選んだのも、天野ケイがプロレスに興味を持ったのも、その試合があったからこそ、である。
そのテスト生達を前にして、一人の女性がメガホンを持って話し始めた。
「シャングリラ入団試験の試験監督を務めます石黒です。普段はトレーナー兼レフリーを担当しています。よろしく」
4分の1ほどのテスト生が、よろしくお願いします、と応えた。
「うん、ちゃんと返事できる子は好感触です。えー、試験補助に練習生と現役から数名付くことを伝えておきます。では試験前に、ゼッケンと安全ピンを配ります。番号は受付で記入した順になりますので、取りに来てください。三箇所で配ります。1番から30番、31番から60番、61番以降の三箇所です。では、取りに来てください」
ややざわつきながらも、大きなトラブルはなくゼッケンが行き渡る。その様子を見て石黒がメガホンごしに声を出す。
「では最初の試験、といきたいところですが、広さの関係上この人数をここで試験することができません。そこで、近くの小学校の体育館と校庭を使用させていただくことになりました。外を走れる靴に履き替え、体育館に上がれる靴を持って付いてきてください」
事前の募集要項に、運動靴の屋外用、屋内用とも持ってくるように記されていたため、テスト生達に混乱は無く道場の外、駐車場に集まった。
「はい、それでは先頭を練習生の三宅が歩きますので、おーい三宅、手を上げて。そう、あれが三宅だ、三宅について行って下さい」
手を上げていた三宅美鈴が、ぶんぶんとその手を振りながら大きな声を出す。
「はーいテスト生の皆さん、はぐれないように着いてきてくださいねー! あと、中間くらいを先輩のオリビアさんが歩きますので、後ろの人は目印にしてください」
オリビア、と呼ばれた銀髪のレスラーが、ぽりぽりと後頭部を掻きながら三宅の横に立った。
「あー、知っとるかも知れんけど、うちがオリビアや。アメリカ生まれの大阪育ち、ちゃんと日本語通じるから安心したってや」
オリビアを見たケイは隣の雪江に、「ユキちゃん、あの人のこと知ってた?」と小声で尋ねる。
「はい、もちろんです。見た目は完全に白人なのに大阪弁でしゃべるっていうのが売りの、濃いキャラクターのレスラーですよ」「なるほどー」
そして三宅を先頭に、集団が目的地の小学校へ向けて動き出した。
小学校の校庭で。再び石黒がメガホンを手に口を開く。
「では最初の試験を行います。種目は持久走。この校庭のトラックを走ってもらいます。鹿山、スタート位置に立って」
鹿山と呼ばれたのは受付に立っていた、少し声の小さい練習生であった。
「……はい」
「おっけー。あの辺からスタートしてもらって、やめの合図があるまで走ってもらいます」
ざわ、とテスト生の間に動揺が走る。が、恐る恐るといった風に手を上げるテスト生がいた。明るい茶髪をツインテールにした、ケイと軽く言い争いになった彼女であった。
「はい5番の人」
「5番の、坂本です。何周、という区切りではないんでしょうか?」
「言ったとおりです。こちらがやめと言うまで走ってください。ペース配分は任せます。周回数やペース配分などを見て総合的に判断します」
「わ、分かりました」
坂本と名乗ったツインテールの少女は思案顔で親指の爪を噛む。そして、「ハードだわ、このテスト」と呟いた。
なるべく周回を稼ごうと序盤から速いペースで走るもの。へばらないように、ゆっくり目に走るもの。持久力が無く、序盤から苦しそうに走るもの――個々の走りをチェックしながら、石黒は鋭い視線をテスト生達に向ける。終わりの見えぬ持久走は30分を過ぎて。走り続ける者、歩きになってしまっているがそれでも足を動かす者、もう走れないと足を止めてへたり込んでいる者など、様々だ。石黒が特に注目していたのは、序盤から速いペースを維持したまま涼しい顔で走り続けている45番と、逆にペースダウンして苦しそうにしながらも足を止めることなく可能な限り速く走ろうとしている91番。その91番とは、雪江のことであった。
「(苦しい、けど、絶対に、止まらない!)」
精神力で体を動かしているような状態であったが、その意志の強さが石黒には伝わっていた。
そして1時間。石黒の「やめ!」の合図で、テスト生達のほとんどは助かったと言わんばかりに座り込んだり、大の字になったりしていた。雪江も大多数と同じく仰向けになり、激しく胸を上下させている。そこへケイがふらふらとやってきた。大きく肩で息をしている。
「ユキちゃん、すごく、がんばってたねー。はあ、ふう」
ケイも体力に自信はあったが、先の見えないランニングでペースを決めかねてしまい無駄な体力を使ってしまった。それでもこうやって歩けるのは、誉められるべきであろう。雪江はこくりと頷くが、まだしゃべる事はできないようだ。
雪江がようやっと息を整えて体を起こす。周りを見回すと、同じように起き上がってくるテスト生がちらほらと。しかしそこで雪江は驚きの光景を見る。45番のゼッケンをつけた少女は、クールダウンのためにスローペースで、しかししっかりとした足取りでジョグを行なっていた。
「陸上とか、やってたのかな。すごく細いし、長距離の選手かも」
雪江の視線を追いかけて同じ方向を向いたケイがつぶやく。
「本当に、すごい、ですね」
雪江も息を切らせつつ同意する。
「他にもダウンしてない人は何人か居るけど、あの45番の人はなんか別格だよ」
「ですね……」
しばし休憩の後。
「では、次のテストに移ります。次からは体育館に入って行ないます」
石黒がそう言って体育館へと歩き出す。疲れた体を引きずって、テスト生達はついていく。体育館に入ると、テスト生は番号順に整列させられた。と、その時テスト生の何人かが端にいる二人組みに気付き、騒ぎ始める。
そこにいたのは『シャングリラ』の中ではベテランであるタッグチーム「ダブルドラゴン」の二人。スープレックスを得意とする「ブラックドラゴン」松井香織と、蹴りを主体とする「レッドドラゴン」芹沢すずな。西日本のインディー団体出身で、シャングリラ旗揚げに際して引き抜かれたコンビであった。自分たちの直弟子になれそうなテスト生がいるだろうかと見に来ていたのだ。
ざわめきが徐々に大きくなるが、石黒が手を鳴らして注意をひきつける。
「騒がない! 次のテストいきますよ。腹筋50回、奇数番号の人から行ないます。偶数番号の人は足を押さえてあげてください。できた人からその場で起立、採点をしていきます。では、はじめ!」
その後も腕立て伏せ、背筋、ブリッジなどのテストが行なわれ、最後に自己アピールの時間となった。以下、今回の入団テストで合格した受験生のアピールを見ていく。
「5番、坂本樹理亜、17歳です。英国系オーストラリア人と日本人のハーフです。なので、この髪の色は地毛です。スポーツは陸上、球技などなんでも得意です。えー、特技というか、自家用飛行機の操縦免許を持っています」
「45番、七瀬雅。実家が道場をやっていて、小さいころから鍛えられてきました。趣味はバイクです」
「実家の道場は何をやっているんですか? 柔道? 剣道?」
「……忍術です」
「え?」
「忍術、です」
「忍術、ですか。そ、そうですか、すごいですね」
「はあ(こういう反応が嫌だからぼかして道場って言ったんだよ! くそ!)」
「91番、川部雪江、です。小学校のころから柔道をやっていて、二段の段位を持っています。投げ技よりは寝技が得意です。えーと、趣味は、プロレス鑑賞です」
「92番、天野ケイです! 水泳の、飛び板飛び込みをやってました。インターハイ出場経験がありまーす。空中でのボディコントロールには自信があります!」
かくして、この4名が入団テスト合格者となった。補足をすれば、坂本樹理亜は石黒の採点では不合格となるところであったが、「ツインドラゴン」の推薦によって合格となったのである。
プロレスラーになるための第一関門を突破した4人。この先の試練を乗り越え、スポットライトの当たるリングに立つことはできるだろうか。リングの女神に愛されたヒロインは、この中にいるのであろうか――。