表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/23

邂逅

 3月頭の土曜日、東京は調布駅前。まだ冬の気配が残る冷たく乾燥した風が吹く中、駅のコンコースから出てきた少女は、肩のスポーツバッグがずれたのか、よいしょと担ぎなおして息をつく。

「寒いなあ。東京の空気って、本当に乾燥してるんだ」

 ひび割れて痛む唇に手を当てて呟く少女は、少し思案顔。地元ではこんな風に唇がひび割れた経験が無いのであった。ふと何かに気付いたように顔を上げた。

「そっか、リップクリームってこういうときのために売ってあるんだ」

 納得、という風に頷くと、携帯電話のアプリ(少女はまだスマホではないようだ)でコンビニを探す。思ったより近くにあるようだ。足早に向かっていく。


 コンビニで首尾よくリップクリームを手に入れた少女は、コンビニから出るとさっそくそれを取り出し唇に塗り始める。

「ちょっと痛み引いたかも、すごいなあこれ」

 一息ついて、腕時計に目をやると。

「ああっ、もうすぐ時間だ! 急がなきゃ!」

 あわてて駆け出していく。どちらかというとのんびりとした性格の少女は、しかし遅刻に対しては人一倍気を使う。気を使うのは、几帳面だから――というわけでもなく、遅れていったときの空気が苦手、だからである。

 ぱたぱたと駆けていく少女の後ろから。同じく駆け足の音が聞こえてきた。少女の足は決して遅いわけではないが、後ろの足音はどんどんと近づき。

「ひゃあっ!」

 真後ろで、悲鳴とともに誰かが倒れる音が、した。


「あの……大丈夫ですか?」

 少女が振り向いて声をかける。そこに倒れこんでいたのはリュックを背負った150センチほどの小柄な少女、であった。

「いたたたた…。スピード出しすぎちゃった、よく躓いちゃうの」

 小柄な少女は体を起こしながら照れ笑いをする。その膝はストッキングが破れ血が出てしまっているが、あまり気に留めてないようだった。慌ててスポーツバッグの少女が荷物から絆創膏、彼女の地方では一般的にカットバンと呼ばれている、を取り出す。

「はい、とりあえず貼っておきますね」

「あはは、ありがとう。お姉さん親切だね」

 にかっ、と笑う小柄な少女。

「いえ、そんな。あの、すみません、私急いでいるので、これで」

 あたふたとスポーツバッグの少女が立ち上がる。

「おっと、あたしも急がなくちゃ」

 小柄な少女も素早く立ち上がる。

「ひょっとして同じ目的地だったりして。お姉さんひょっとしてシャングリラってところに行く?」

「えっ、あなたも? じゃあ、今日のテスト参加者なんですか」

「やっぱりそうだった! うん、あたしもテスト受けるの。じゃあ、一緒に行こうよ! 一人より心強いよ!」

「そうですね、一緒に行きましょうか」

「と言っても走りだけどね! あはは!」

 屈託なく笑って走り出す小柄な少女に勇気付けられながら、スポーツバッグの少女も駆け出すのだった。



「……受付は、こちら」

 女子プロレス団体『シャングリラ』の道場入り口では、ジャージを着た練習生が受付をしていた。

「はあっ、はあっ、はあっ、間に合いました、ね……」

 スポーツバッグの少女がまず受付用紙に名前を書く。

「川部、雪江、っと。これでいいですか?」

「……うん。次……」

「ふー。よかったよかったー。えーと名前ね。天野、ケイ、っと」

「……はい。中に入って……案内の先に更衣室があるから……動ける格好になっておいて……」

 ぼそぼそとしゃべる練習生の声を何とか聞き取って、二人は更衣室に向かう。

「で、ええと、川部さん? は大学生?」

 小柄な少女、天野ケイが尋ねる。川部雪江は顔の前で手を振りながら、

「あ、違います、私中学生です、じゃなかった、ええと中学卒業したばかりで」

「ちゅ……え、年下!? うそ! 大人っぽい!」

「え、じゃあケイさんは私より年上!?」

「あたしは高校卒業したとこだよ……うわーそうなんだ……大人っぽい……」

 ほえー、っとため息をつくケイ。雪江は顔を赤くして。

「そんなことはないですよ。ちょっと、背は高いかもしれませんけど」

 雪江の身長は167センチ、確かに中学生としてはかなりの高身長といえるだろう。

「そんなことより、ほら、着替えましょうよケイさん」

「あーごまかしたー」

「いいじゃないですか~」

 きゃいきゃいとじゃれあいながら二人が更衣室に入る。と、そこは緊張した空気が流れていた。さすがに雪江も、そしてケイも、その空気を感じて口を閉じる。そんな二人に話しかける人物がいた。

「時間ギリギリに来て、じゃれあってるなんて。随分と余裕じゃない」

 明るい茶髪をツインテールにした少女が、スポーツタオルで首筋の汗を拭きながら棘のある言葉を投げかけてきた。

 遅くなっていたことを反省していた雪江はこの言葉にうっとダメージをうけたが、けろりとしていたケイはこの挑発にひるまない。

「そうだよー余裕だよー。あなたは余裕無いみたいだけどねー。だいたい時間ギリギリだったけど遅刻じゃないし」

「ふん、やる気が無いからギリギリでも気にしてないんでしょ。やる気がある人ほど早くきてアップしてたんだから!」

「ふーん。そういうツインテールさんは何番目? もちろん一番か。いやーさすがー」

「ツインテールって呼ぶな! 確かに、一番じゃなかったけど……」

 ケイの切り返しに言いよどむツインテールの少女は、ふんと鼻を鳴らして背を向ける。ケイはその背中を睨み付けながら、「目にモノみせてやるんだから」と息巻いていた。その様子を雪江は困ったように見つめていたが、

「と、とにかく、テスト頑張りましょうねケイさん」

と、ケイの手を引きながら、空いているスペースへと歩いていくのであった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] プロレスという少し私からすると馴染みのないジャンルの物語ですが、明るく楽しい語り口と、登場人物たちのテンポのいい会話で引き込まれてしまいます。 プロローグでの試合の実況と解説のやり取りが、…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ