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影遊び  作者: はなび
5/6

5話目



それから季節が二つ巡り、僕も新人の指導をする立場になった。

その間に僕は、彼らや影にすっかり慣れた。時折、暇つぶしの話し相手を務めたり、たまに月夜の舞に招待されたり、本当に(まれ)に、影を地下に帰したり…。

この年は新人が多く、僕の部署も忙しかった。部署内の新人研修に、僕も指導者側で参加していたので、準備期間も含めると、ろくに休んでなかったと思う。僕が忙しくしている間は、彼らも遠慮したのか、あまり近寄ってこ来なかった。



新人研修も一段落して、通常業務に戻れるようになったある夏の日、僕は同じ部署の上司に呼び出された。

何かやらかしたかと思って、恐る恐る上司の元に行くと、上司は、一緒に晩飯を食いに行こう、とあっさり言った。拍子抜けしたが、入社した時から尊敬していた上司のお誘いだったので、即答で了承した。

連れて行ってくれた店はこじんまりした料理屋で、上司の馴染みの店らしく、何も言わなくても個室に通された。

食事中、上司は僕に、新人の様子や僕の事を色々聞いてきた。冗談を交えながら気さくに話す上司との会話は、とても楽しかった。

食事が済み、店員が膳を下げたあと、

「おまえ、クロとシロに付き纏われてるんだって?」

ニヤリと笑って上司が聞いてきた。思わず飲んでいたお茶を噴き出しそうになって、僕は盛大に()せた。

「…あ、あの…っ、つきまと…われっ、て…ませ…んっ…けど…っ」

噎せながら返事をすると、上司は、大丈夫か、と背中を摩ってくれる。

深呼吸して息を整えて、

「…どうして、そんな事、知ってるんですか?」

戸惑いながら上司に訊いた。

「他の視える連中の前に現れる回数の合計より、おまえに寄って来る回数の方が、数倍多いと教えてくれた奴が居るからな」

「…誰ですか…?」

「情報元は秘密だよ」

と、上司は声を立てて笑う。

「あの、重守(しげもり)さんも、彼らの事、視えるんですか?」

「いや、視えんよ。だが、あいつらの事を一番良く知ってるのは、俺だろうな」

上司は、どこか懐かしそうに目を細める。

「俺が、まだ若い頃の昔話だ。聞くか?」

問われて、頷いて答えた。

上司は、懐かそうな表情を少し翳らせる。

「俺の同期にな、玄田(げんだ)真琴(まこと)鈴城(すずしろ)笑太(しょうた)というオペレーターがいたんだ。そいつらは、変わり者の多い同期の中でも特に変わっていた。玄田は飄々として掴みどころがなかったし、鈴城はオペレーターとして入社しておきながら、途中で調理師になった変わり種だ。あいつらは、いつも2人で連んでた。幼馴染だそうだ」

上司は、その頃を思い出して、ふと笑う。僕は、上司の話の脈絡が掴めなくて困惑したが、黙って聞いていた。

「俺が施設に務め出した頃、施設は怪奇現象がよく起こってた。その被害も結構なもんだったよ。皆が狼狽える中、あいつらだけが全く動じない。訳を問い質したら、あいつら、何て答えたと思う?」

僕に質問しながら、上司は困り顔で微笑んだ。

見当がつかない、と正直に答えると、だろうな、と、また笑う。

「あいつら、施設の地下深くに(うろ)があって、そこに住み着いてるモノが暴れてるって言うんだ。悪いモノじゃないし、要石で洞は閉じてあるから心配ない、ただ、せっかく眠ってるのに上が騒がしいもんだから、怒って暴れるんだと」

その言葉に、思い当たる節があった。あ、と僕が声を上げると、上司は頷く。

上司の言では、彼らは元々、怪奇現象によく遭遇していて馴れていたらしい。対処も手慣れたもので、彼らが関わるようになってから被害が少なくなったそうだ。

「この話は一旦、横に置いておくぞ。ところで、一度、施設が建て直ししたのは知っているか?」

上司の急な話題の転換について行けなくて、僕は目を瞬いた。

「…はぁ、一応。確か、原因不明の爆発事故で被害を受けた上に、直後に局地的地震にあって、一階の床がが完全に崩落したんでしたっけ?」

「一般では、そう報道されたな。だが、真実は違うんだ」

そう言った上司の顔が曇る。悲痛な表情を浮かべて、グラスに残ったビールを一気に呷った。

「30年以上前の話だ。おまえが生まれる前だな。あれは爆破テロだった。各国のお偉いさんが視察に来ていたのを狙われた。あの日、俺は現場にいて、館内の自動ドアの整備をしていた。そこに偶然あの2人が通り掛かって、俺と話してた時に、爆発が起こった。俺ら3人共、巻き込まれたよ」

上司は一旦、言葉を切って、グラスにビールを注ぐ。

辛いことを思い出しているのだろう。表情が痛々しい。

「居た場所が比較的被害の少ない場所だったから、俺は地下に落ちた衝撃で足の骨に罅が入っただけの軽傷で済んだ。ホール中央や地下に居た者が瓦礫に埋れたので、助け出そうとしたんだがな…」

その時、地震が起こった、と上司は呟いた。

「…二次崩落で俺も瓦礫に埋まって、そこからの記憶は無い…、と、事故調査員には話したよ」

上司の奇妙な言い回しに、何か違和感を感じる。確信めいたものがあって、僕は、上司に問いかけた。

「…それ、本当は、違うんですよね…?」

恐る恐る尋ねると、上司は驚いた顔で僕を見た。そして、何度も頷く。

「そう、本当は違うんだ。あれは地震じゃない。洞で眠っていたモノが暴れ出したんだ。爆発で、洞を塞いでいた要石を壊された上に、お気に入りのあいつらまで傷付けられて、怒ってな」

「その時、クロさんとシロさん、まだ生きてたんでしょう?」

「…生きてた。俺より重傷を負っていたのに、大暴れするアレを止める為に必死で宥めてたよ。自分たちが要石の代わりになるから、地下に帰れ、ってな…」

上司は、ビールの入ったグラスをじっと見つめる。でも、本当に見ている景色はきっと、あの時の光景だ。

しばらく押し黙り、上司は口を開いた。

「…アレは、暴れるのを止めた。あいつらを自分の住処に引きずり込んで、大人しくなった。結局、あいつらは何処を探しても見つからなかったから、犠牲者として扱われた。あの事故の事は、施設の資料室を探せば、簡単に閲覧できる」

重い溜め息を吐いて、上司は、話はこれで終いだ、と言った。

そういう事か、と僕は納得する。

彼らは今も生きているが、もう生き物ではないのだ。


ー生きてるとも言えないし、死んでる訳でもないー


あの時、白い彼が言った事の意味が、今になって分かった。

「…重守さん、どうして、僕に話してくれたんですか?」

その問い掛けに、上司は表情を緩めて笑う。

「…そう、だな。誰かに…あいつらが信頼を寄せる誰かに、あいつらの事を憶えていて欲しかったから、かな…」

彼らが寂しい思いをしないように。

寂しそうな、温かな視線で見つめられて、上司の、彼らを思う優しさが伝わってきた。



ありがとうございました。


ちょっとイタい話になりました…。

でも、イタいのはお終いなので、あとは安心して読んでいただけると思います。


あともう少し続きます。よろしければ、お付き合いお願いします。

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